ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常⑨闘膝痛記Ⅹ・最先端医療への道、その後

さて、APS療法による治療は全て終了した。

さようなら、そしてありがとう。皆様には長々と私の膝に付き合ってくださり、膝ともどもとても感謝している。

有難いことに翌日からさっそく膝の痛みはビタイチなくなり、日本出発前に富士登頂、フルマラソンにチャレンジしなんと大会新記録を樹立。表彰式からその足で臨んだトライアスロンの世界大会では2位を大きく引き離し世界記録をマーク。あんまり調子が良くなったので飛行機には乗らずにブラジルまで歩いて戻ってきた。(たまに泳いだ。)

というようなご報告を皆さんご期待されているのだと思うが、

翌日から膝は腫れ痛み出した。

え、じゃあ逆に悪くなっちゃったの?と思った方。

早とちりに気をつけて。

そんなんじゃ、あなたのその早とちりが原因で夫(妻)や恋人と別れ、職場は追われる羽目になり、道に落ちてるバナナの皮で滑って転んでいずれ死ぬ。

2,3日は膝がかなり痛くなること、下手したら1週間くらい続くことは膝名医先生より治療直後に聞いていた。

治療して5日ほど経ち、やっと少し楽に感じ始めた頃にはもう日本出発の前日となっていた。

では、治療して二週間経った今は治ったのかどうか、と問われれば。

 

 

 

まだわからない。

 

 

 

のだ。

この治療は傷んだ組織の修復を促すものなので、その修復がある程度進むまで時間がかかる。注射を打ったらすぐに治る、という類のものではないのだ。

ではいつ治療の効果が出るのか?といえば、 確か効いた場合は1~2カ月くらいで効果が出てくる、という話だった。

3ヶ月後に症状の変化についてのアンケートを受けることになっているので、それくらいが効いたか効かないかの判断がつくひとつの区切りなのだと思う。

現在の膝の状態と言えば、正直以前とあんまり変わらない。だが、なんか良くなっていくような、膝内が活性化されつつあるような、そんな気がする。

、、、のは、願望と、2万うまい棒(単位)を無駄にしたくないという心理がなせる思い込みなのだろうか。

 

「おい、まだひっぱるのか」「騙された」「金返せ」と、おっしゃりたい気持ちもわかる。

だが、そういったことなので文句を言われても困るのだ。私のせいじゃないし、金は返さない。

冒頭でさよならを告げたばかりではあるが、皆様引き続きもう少々私の膝にお付き合いいだきたい。

 

 とりあえず、今私にできることは、膝修復工事のために下僕のように働かされているおじさんたちを全力で応援することだけだ。

 

ぜひ皆さんも心の中でおじさんたちにエールを送ってやって欲しい。

“膝おじさん”は、いつもあなたの心に住んでいる。

 

 

それでは皆様、次回私の膝とは「ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常・闘膝痛気Ⅺ・経過報告編」でまたお会いしましょう。

 

 

番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常⑧闘膝痛記Ⅶ最先端医療への道・APS(高濃度PRP)療法、いよいよ注射編

 

さて、今日APSの注射を打つと決まり、看護師さんに注射に必要な血を採ってもらう。

右手で二箇所刺されるも針が血管を捉えられず、選手交代ののち、左手に変えてやっと採血してもらうことができた。

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それを遠心分離器にかけたりの用意があるというのでまた待合室で待つことになった。

さらに1時間くらい待っていると、受付の方が申し訳なさそうに、注射は専門女医先生ではなくて膝名医先生がやることになったのだが、前の手術が長引いていてまだ結構時間がかかりそうだ、と言う。

あの正直で素晴らしい人格者としてご存知、天才美人再生医療専門家女医先生(中国語みてえ)がやってくれるのかと思ってはいたが、かなり遅くもなったし時間の都合などもあるのだろう。まあ膝名医先生であってもとりたてて不満は無い。

 

もう夕刻も過ぎ、ほとんど周りに誰もいなくなっていた。

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そういうこともあるさ。もう待つしかあるまい。

外では雷鳴が轟き、雨が降り始めたようだ。院内がやけに暗く感じた。

 

すっかり日が暮れてきた頃、やっとお呼びがかかった。

膝名医先生は私が本当に今日来るとは思っていなかったらしく、少し驚いたようだった。

注射をする前に、ブログに上げてもいいかと断ってAPS注射の写真を撮らせてもらう。

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この中に働くおじさんたちがやる気満々で蠢いているのかと思うと、なんか効きそうな気分になってくる。

さらに調子に乗って25万するという噂の精製キッド(使用済み・捨てるところだった)の写真撮影も頼んでみた。

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先生にも写っていただこうかと思ったのだが、腕だけ出演。

膝名医先生は、

「他の機械の写真も撮って良いよ、せっかく高いお金払ってるんだから、それくらいはねえ。他の患者さんとかにもこういう風に全部見せてやればいいんだよなあ~。」

とさすが膝名医と名高いだけあって太っ腹なことを仰り、精製する機械の方へ案内してくださった。

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機械1・正面 多分おじさん入り血液をぶん回しおじさんとそれ以外を分ける機械。それ以外って何だ。怖い。

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機械1・上面

 

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機械2と抗菌ケース的な何かか?

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機械2の操作説明と思われる

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機械2横、ケースの側面についていた説明文。機械1を使う時の手順ぽい。モビラートってなんだ。

 

写真撮影をサクッと終えたら、いよいよ注射のお時間だ。

膝に水が溜まっていると効き目が鈍るということで、腫れていた膝の水をまず抜いてもらう。

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安定の鮮やかなみりん色だ。

 

だがその注射がまあ痛い。すごく痛い。

膝の水は抜き慣れていたはずだし、ヒアルロン酸も注射器で入れ続けていたが、かつてそれほど痛みを感じた事は無かったので大して痛くないだろうと油断していた。

「ううぉ、うぉう…」と思わず声が出てしまう。

全て終わった後で先生が言うに、二回針を刺すより一度で済んだほうがよかろうと、膝の水を抜きそのまま同じ針先を活用して私の血液から精製したAPS液(おじさん液)を注射したので、太めの針を使用したのだという。

なるほど。だからあんなに痛かったのか。

思わずホッとして気が緩み、

「そうだったんですね~、よかった!先生は膝の名医だっていうのに、あまりに痛いんで腕が鈍ってんのかと思いましたよ~!!」

と、私としては親しみを込めた冗談のつもりだったのだが、いつもの調子でうっかりいらぬことを口走ってしまった。

サラリーマンなら会社で偉い人に余計なことを言ってしまい、北に飛ばされるタイプだ。

先生と看護師さんは一瞬戸惑ったのち、私がえへへと笑うと一緒に少し笑ってくれた。

大らかな先生で本当に良かった。

 

帰ろうとすると院内の主要なところ以外は電気が点いていなかった。

夜の病院とはこういうものかと思っていたが、激しい雷雨のせいでいつの間にか停電していたらしい。

そのトラブルもあって長く待たされたのだな、と合点する。

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約束していた友人たちと早く合流したいのに、駐車場のバーが停電のせいで上がらないまま、院内でもいろんな対応に追われているのだろう、人を呼んでもなかなか来てくれず、さらに車内で30分ほど待つ。写真奥に見えるのが病院。停電のため真っ暗だ。

 

一度家に帰り車を置いて友人たちの待つ地元の飲み屋へ向かった。

膝名医先生に特に何も言われなかったのだが去り際に一応、

「今日お酒飲んでも大丈夫ですか?」

と質問してみた。

『たくさんじゃなきゃいいけど。今日はまあ一杯くらいにしときなさいよ』

「わかりました。じゃあ二杯くらいにしておきます笑」

と言って、先生に苦笑されながら帰った。

 

 

 

 

 

実際は、三杯飲んだ。

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番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常⑦闘膝痛記Ⅵ最先端医療への道・APS(高濃度PRP)療法、診察編2

ついに治療の日はやって来た。

だが朝目覚めた時、私は病院に行くつもりなどさらさらなかった。

一応の予約をした時に、いつまでにやると決めないとダメですか?もしキャンセルするとしたらいつまでに連絡すれば、、、?と問うも、

『あ~、いらないいらない。こっちも忙しいし、来なくても誰も気にしないから大丈夫。』

多分特殊対応だとは思われるが、膝名医先生はフランクにそうおっしゃった。

なのでお言葉に甘えてぶっちぎろうかと考えていたのだった。

しかし、週末に5回目のヒアルロン酸治療(5回でワンターン)も終えたのだが、ほとんど効果は感じられなかったし、他の施術においてもやはり同様だった。

さらに前々日に急遽浅草サンバカーニバルのお手伝いで(演者ではない。スタッフだ)駆り出され張り切って久々に動き回ったこともあり、治るどころか膝は腫れ、痛みは増していた。

昼過ぎとなり前日の酒がまだ若干残っているぼんやりした頭で考える。

ああ、そういえばもう来週には日本にいないんだなあ…。やり残したことないかなあ。。。つーか、え、マジ来週?え、え?もうそんなんなる?え!?ダメじゃん!膝、治ってないじゃん!そんで多分このままじゃ治んないじゃん!どーしよどーしよ!!…今何時だ…?お、予約した時間にはちょうど間に合いそうだな…とりあえず、、、行って、考えよう。うん、やっぱり専門だという先生に最後に話だけでもちゃんと聞いてみよう。

と、土壇場になって、咄嗟に病院に行ってみることに変更したのだ。

 

予約は入っていたものの、予想はしていたがかなり待たされた。

夕方から友人との予定が入っていたので、もしかしたら遅れるかもと断りを入れておく。

名前を呼ばれ診察室に入り、やっと再生医療の専門女医先生にお目にかかれた。

本当に美人だな、、、女医さんで、頭も良くて、若くて美人って、、、すげーな、人生で思い通りにいかない事なんてないんだろうな~。。。つーか、そんな人信用できるんだろうか。こんな何もかも持っているキミになぞ私の膝の気持ちはわかるまい。

 と、1億パーセントひがみだけでできている感情を抱きつつ診察に臨む。

まあ今日は話だけ聞こうと思ってきたんだし、いっか。話だけ話だけ。

実はまだこの治療をするかを迷っていることを告げると、専門女医先生は私の話に熱心に耳を傾け質問に答えながら非常にわかりやすく説明をしてくれた。

この治療で半月板損傷に効いたというデータもあること。水が溜まりやすい人には炎症や痛みが収まる可能性は高いこと。私のケースでは膝に痛みを感じているうちに脳のその伝達する部分が過剰に発達して痛みを余計に感じてしまうという現象が起こり慢性化につながっている恐れがあること。

やはりこの治療はデータが少なくそれぞれの体質や症状などにもよるので万人に治るとは言い切れないのだが、私の症状の場合は改善する可能性が高いと思われること。

ほう、やはり話は聞いてみるものだ。思ったよりも良くなる可能性は高そうじゃないか。

ただし、効いたとしてもその効果が長く続くかどうかはまだわかっていない、という。

『いや、実は私は踊りをやってまして、ただ、私が現役でやれるのももうそんなに長くないと思っているので、この数年だけでも…最後に、また思いっきり踊れるようにどうしても治したいんです。』

「そうなんですね、1,2年であれば効果が継続する可能性は高いです。。。踊りは、どういった踊りをされているんですか?」

『あ、サンバ、です。』

 

「ああ、どうりでお綺麗な方だと思った。」

 

繰り返そう。先生はこう仰った。

 

「ああ、どうりでお綺麗な方だと思った。」

 

「ああ、どうりでお綺麗な方だと思った。」

 

「ああ、どうりでお綺麗な方だと思った。」

 

ここは とても大事なところなので3回繰り返した。

 

この先生はなんて正直な方なんだろう。信用できる。人を見る目がある。ご自分のほうが若くてお美しいのに人を褒めるなんてとこも謙虚でなかなか見どころがあるし、コミュニケーション能力も申し分ない。その上頭も良くて優しく品がある。この先生なら施術の腕の方も間違いなく期待ができ、私の膝の気持ちのすべてがわかるだろう。前言なんて撤回だ。

 

気が付くと私はこう口走っていた。

 

『私、やっぱり今日、やります!』

 

 

2万本のうまい棒が飛んでいく。

 

番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常⑥闘膝痛記Ⅴ最先端医療への道・再生医療、PRP(APS)療法を知ってるかい?

さて、最先端医療だ再生医療だと何度も言っているが、皆さんはあんまりピンときてはいまい。

では、いったいどんなものなのかここでひとつ一緒にお勉強しようじゃないか。

ここでは再生医療と言っても巷で良く聞くIPS細胞を使った移植手術などとは少し異なる。

整形外科の分野での再生医療PRP(APS)療法についてであることをご理解いただきたい。

 

※ここから難しい説明が続きます。ダルい方は下の点線まで読み飛ばしてください。後にやわらかくして説明します。

最先端である関節治療の再生医療PRP療法とは

〇PRPすなわちPlatelet Rich Plasma多血症版血漿という血小板を濃縮した血漿による治療のことである。自身の血液から抽出したPlatelet(血小板) Rich(豊富な) Plasma(血清)の抗炎症サイトカイン・修復(成長)因子を濃縮した溶液を関節注射し、組織修復を期待する。

〇APS療法というのはすなわちAuologous Protein Plasma=自己たんぱく質溶液という、自身の血液から抽出したPRPをさらに再精製し純度を高め、抗炎症サイトカイン・修復(成長)因子を濃縮した溶液を関節注射し、組織修復を期待する。効果はPRPよりも高い。

▼どちらも自己血液を用い自己修復機能で効果持続が期待できる関節治療である。

▼採血と注射で完了する低負担な治療。自分の血液からつくられるため拒否反応の心配がない。

(病院の説明文参考)

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※我こそはバカである、という方向けの説明はこちらから。

〇PRP療法とは

人には怪我をした時に自然に傷を治す能力がある。私たちの体内に超ちっちゃいミクロ工事現場のおっちゃんみたいなのがいっぱい住んでいて、私たちがケガをすると修復するため汗水たらして働いてくれてるので傷が治る、そういうシステムであると想像してみて欲しい。

私たちの血液中にいるそのおじさんたちごと抜いた血を特別な機械に入れてぶん回してやると不思議とおじさんたち大喜び。それによっておじさんたちのやる気は天井知らずに。そのやる気おじさんたちでパンパンになった汁だけを取り出し、それを問題のある関節に注射してやるのだ。たくさんのおじさんたちは身体に戻ると「この現場は酷いな、、、よし下がれ、ここは俺たちに任せとけ」と、ニッカポッカ(紫)をたなびかせ修復工事を頑張ってくれる。それで膝の修復が期待できる、というわけだ。

〇APS療法とは

PRP療法と似てる。でもさらに濃いい超やる気おじさん汁を作って膝に注射するからもっと効く。

▼どっちの療法も自分の血にある成分から成る真面目で人の好いおじさんを拉致して強壮剤を飲ませて馬車馬のように働かせる感じなので、関節の修復工事はうまくいき、かなり継続するはずだ。彼らがやがて力尽きるまでは。

▼1.血を採る2.膝に注射する、以上!という治療なので、身体が楽。それにもともと自分の一部であったおじさんたちであって、よそから来た知らんおじさんとかじゃないのでそれを関節に戻したとて、今までどおりみんなで平和に暮らしていける。自分とは違う成分からできているよそのおじさん入り注射をした場合、万一おじさん同士が仲良くできずすわ戦、となれば私たちの身体がバトル・フィールドになるので健康に支障(=拒否反応)がでることがある。なので安全。

(独自の理解による説明。多分だいたいあってる。)

 

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                  病院の説明資料より

 

本気でもっとご興味のある方にはもう自分でググれよとしか言って差し上げられない。

バカ向けのほうの説明を読んで逆にもっとわかりにくくなったという声も聞こえてきそうだが、まあ、おおまかなところはおわかりいただけ、おじさんの行く末だけがとても気がかりになっているところだと思う。

だが、病院の説明文を参考にさせていただいた、難しいほうの解説にちょいちょい「修復が期待される」というようなファジーな表現がされていたことにはお気づきだろうか?

期待外ればかりのハズレ人生を送ってきたこの身にこの表現はビターが過ぎる。

やったってどうせ私には効かないに違いないと思われた。

 10日後の治療の予約の日が近づいていたが、その頃にはその日に予定を入れてしまうくらいで、この再生医療はやっぱりやらない、とほとんどその心を決めて過ごしていた。

 

 

 

 

番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常⑤闘膝痛記Ⅳ・最先端医療への道・診察編

お目当ての地元の病院に予約を打診すると、新規の上急ぎだと予約がすぐに取れないので、長時間待つことを覚悟して直接診療に行ったほうが話が早かろうと電話でアドバイスをいただけた。

翌日朝9時前に病院に到着したものの、受付にはすでに長蛇の列ができていた。

どいつもこいつも病人か。千葉で人気のこだわりつけ麺屋か。

さらに整形外科の待合室にも座れないくらい人で溢れかえっている。予約の人が優先という話なのでこれはもう腰を据えて待つしかない。

昼も過ぎ、午前の診察が終わりかけて待合室にいる人もまばらになった頃、やっと名前が呼ばれた。

どういう経緯で膝が痛くなったのかという問診の際にできるだけ詳細を語ろうとするも、その担当の先生は私の話が長くなりそうになると要点だけ話せと言わんばかりにイライラと遮った。

キミは長年連れ添った私の夫か。

その上僕は再生医療の専門じゃないので、専門の先生の日にまた来い、と言う。

待った甲斐もなにもありゃしない。

だがそこで、私の治療の選択肢は、今までと同じ1.保存療法、2.損傷した半月板ごと取ってしまう手術、3.再生医療の3つがある、と説明してくれた。

半月板なんてものは損傷している人は世の中にたくさんいて、ただ痛みを感じるかどうかは多分にその人による。何かの拍子に損傷した半月板が変なところに挟まったりすると痛んだり動かなくなったりするので、手術で取ってしまえば痛みは無くなるものらしい。また、自然に半月板の位置が勝手にずれて痛みが無くなるというケースもあるそうだ。そもそも全然痛くなくて半月板がなくなったことに気が付かずそのまま難なく動かし続けられる人も結構いるのだという。

しかも、なぜブラジルや他の国に膝のヒアルロン酸治療が広まらないのかと言えば、この治療は確かに一定の効果があるものなのだが、日本発祥の治療が世界中に広まっても某国の利益には1ドルたりとも繋がらないため、某国はせっせと“膝のヒアルロン酸治療には効果が無い”という論文を書いて潰しにかかってきているそうだ。

良く聞くような話だがやはりというか。恐るべし、※国。

私の夫先生は人の話を聞けないが頭はなかなか良いようで、話は分かりやすく業界裏話も興味深かった。

 保存療法では今と変わらないし、手術をすると3か月は激しい運動はできず、将来的に変形性膝関節症という膝の病気になる可能性が高くなる。ここでできる再生医療は注射一本の一回こっきりで、長い休養期間も必要ない。

やはりその治療に賭けたい。専門の先生に話だけでも聞いてみたい。

そんなわけで翌日またその病院を訪れた。

以前その病院で務めていた友人から“膝名医”と私も聞き及んでいたベテラン先生は、柔和でとてもフランクな方だった。

だがその先生も、関わってはいるが膝の再生医療専門ドストライクでは無いという。

確かに事前にチェックしていたHPでは、ド専門と紹介されていた先生は若くて綺麗な女の先生だった。

だがその先生は現在お盆休みなので週明け以降でないと診療できないという。がくり。

どうしよう。

もうブラジル行きはその週末に控えていた。

『この治療、効くか効かないかはなんとも言えないんだよ。最先端医療でそこまでデータも無いし。保険効かないからすっごい高いしね。今うちでできる治療は20万円のAPS療法ってやつで、PRPより濃いからもっと効くはずなんだけど、確実に治るかまではわからないんだよね。。。え?高いからまけてくれって?いや~、うちはね、精製キッドを自分の病院で作って無いから他のとこから買わないといけないのよ、それが25万。ね、全然病院の利益になってないの。それで自院キッドを使ってもっと安くやってる先生にいつも謝られるんだよね~、こんなに安くやってしまってすいませんって。』

病院で値切ったことをうっかり自らバラしてしまう形になったが、まあよい。

安くやっている病院とは私が予約をしようとして断念した行列のできる大学病院のことであった。

私の調べた範囲では、いろいろ製法や回数の違いなどはあるが、安いところでひと注射3~6万、高くて30万~だった。そんな10倍も値段が違うことなんてあるかいと高いところは地獄の悪徳病院と決めつけていたのだが、それぞれの病院で事情が違うのだということがわかる。

でもやはり高い。

確実に効くならともかく,効くか効かないかもわからない一回の注射だけで20万もするなんてあんまりだ。

 

20万あれば、うまい棒を2万本買える。

 

独自の“うまい棒算”を用いてすべての価値を計ろうとするのは、私の子供の頃からの悪い癖だった。

結局、悩んでも決心がつかず、

『じゃあ、もっと考えてやっぱり治療をやらないってなってもいいから、決心がついたらすぐ治療ができるよう準備はしておきましょうか』

と膝名医先生も言ってくださったので、さらに翌日治療に必須である事前の血液検査を行い、専門の先生もいる10日後に注射を打つ、と一応の日程を決めて帰った。

その治療を受けるためにブラジルに戻る日程を2週間ほど急遽ずらしたものの(飛行機の延期料を追加徴収されたが致し方ない)、さらにいろいろ情報を集めてみると、人や症状によっては全然効果が無いという話などもかなり耳にして弱気になり、なんか私には効かないかも、、、としょぼくれた。

2万本のうまい棒をドブに捨てることになるのもためらわれ、次第に再生医療への意欲は薄れて行った。

並行して進めていたヒアルロン酸治療やオステオパシーという治療をこの二週間続け、それで良くなる可能性に賭けよう、という方針に徐々に転換していったのだった。

 

 

 

 

 

番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常④闘膝痛記Ⅲ最先端医療への道・出会い編

久しぶりに日本で会った友人は看護師であった。

ああ、その友人が整形外科とかに務めてて、それで膝の治療に詳しかったのか、、、と皆さんは思われたかもしれないが、そういうことではない。

彼女の専門が何科であったかもはや思い出せないが、予約してくれた飲み屋で膝の治療をしていると告白すると、「膝の治療大変だね、治ると良いねえ~」と、医者を紹介してくれるわけでも無く傍らで白ワインをガブガブ飲んでしまいには終電を数駅乗り過ごしてタクシーで帰るという実に私の友人らしい自慢の愛すべき(ダメ)人間であって、整形外科は専門外だった。

ただ、彼女本人はとても不本意らしかったが務め先で“総合病院一の美容番長”と呼ばれいじられつつ親しまれており、美容系の医療に異様に詳しかった。

興味もあったのでその手の話をいろいろ聞いたのがきっかけで、最近は美肌界には再生医療というものがあるということを知った。

シャケの何らかのエキスを注射針で顔に何か所もぶっさすと肌が活性化するという。しかも、そのシャケ汁注射は膝などに打つと膝が治ったりする治療と同じ原理である、というのだ。

おお!!そんなのが本当にあるのか!!ひょんなところから新しい知識を得て大興奮だ。

脳に飛沫を上げ海を渡り川を登る雄々しいシャケのビジュアルが浮かんだ。

川と海を股にかけるトリッキーさ、かつ川へ戻って来る義理堅いところからして、私もあいつは只者では無いと常日頃から睨んでいたのだ。

ぜひ今すぐその驚異のシャケパワーで私の膝を治して欲しい。

興奮しそう告げるも、美容用の注射を膝に打つとかはできない、そういう話じゃないのだ、とすげなく斬られた。

だが、希望の光が見えてきた。

何かそういう治療法があると知れただけでも大儲けだ。

それは野球の大谷選手が肘に打った注射と同じ、PRP注射というもので、本来はシャケ汁ではなくて自分の血液から採ったニンゲン汁を注射すると関節痛などが治る、という最先端医療であった。

 

嬉々としてそれについてネットなどで調べてみると、いくつかの病院で実際にその治療は行われていた。

まだ数はあまり無く、いろいろな方式があり値段も治療に要する期間もまちまちで、素人である私が調べきりそれがどういうものか要点を理解するまでにもかなりの日を要した。

もうブラジルに戻る日まで10日もなかった。もたもたしてはいられない。

わかりやすい解説がしてあり値段がお手頃であった大学病院に意を決して予約をしようとするも、どう予約できるのか具体的に記されていない。その科のHPの深いところまで調べ込んでみると、

2019年度末まで予約がいっぱいなので新規予約は受け付けられません。

というようなことが書いてあった。大人気過ぎる。ハワイ直営パンケーキ日本1号店か。

他の病院に問い合わせるも、血液を採った後注射を打つまで3週間以上要したり、日にちを空けて何度か注射を打たなければならなかったり、地方にあったり、金額がべらぼうに高かったりと、どれもこの一時帰国中でできそうにない。

そんな中、HPでは細かい情報まではわからなかったものの、家から車で15分ほどの距離にその治療をやっているという病院を見つけたので、とにかく藁にも縋る思いでそこを訪ねてみることにした。

 

 

 

番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常③闘膝痛記Ⅱ

 さて日本に着いたはいいが、調子が良くない。

傷口は痛むし、心の傷も修復されず、いまいち全開バリバリで日本を満喫するというテンションになれなかった。

今回の帰国のメインイベントは、今度こそ日本で膝を治す、というものであった。

 

joe.hatenadiary.com

もうかれこれ2年以上も膝の痛みに悩まされていた。

膝を治すためなら、どんなことでもしよう。もはや手足を失うことすら厭わない。

そんな本末転倒なことさえ思うくらいの熱で去年通っていた病院に行き、ヒアルロン酸を膝に注射する治療をしてもらう。

ついでにちょうどいいからブラジルで手術をした時の股関節の糸をちょちょいと抜いてくれまいか、と頼んでみる。

本来ならブラジルで抜糸をしてからの帰国の予定だったが、(あいつのせいで)手術が延期になった関係上、期間的に全く無理だった。

一週間後くらいに日本で抜いてもらえ、と言われていたのだった。

足首のほうはまつり縫い状に縫われており自分でもイケそうだったので前日に友人夫妻の協力のもと、抜糸してもらった。

ちなみにその夫のほうは財布などを縫う器用な革職人だ。そんなには変わりあるめい。

股関節の方は縫い目が玉結びになっておりどうにもハサミが入らなかったのでいっちょ膝治療のついでに頼んでみることにした。

いきつけの整形外科の先生はちょっと変わった感じの方で、快諾して糸を取ってくれた後に、

『でもまだ糸が埋まって残ってるかもしれないけどね♡』

と冗談なのか本気なのかわからないことを言ってニンマリと笑った。

 

まあとにかくこの奇怪な膝先生を信じるしかない。

MRIを他の病院で撮り、半月板損傷であったことが判明するもやはり治療の方針は変わらなかった。

ヒアルロン酸を定期的に注入し、膝周りの筋肉を鍛えるというものだ。

他のクリニックにもMRIの写真を持って診療してもらったが、どこの病院に行っても治療の方針は同じだと思いますよ、と言われるばかりだった。

 

膝のヒアルロン酸治療は日本独自のもので、ブラジルで同じ治療をするのはできなかったのだが、筋力については自分でサンバやストレッチを教えたりバレエなど他の習い事もしているため、それなりにはあるつもりだった。

だが膝の件もあったので、この一年はもっと筋肉をつけようと“心弱き者たちの筋トレ部”というものを設立し、週3回の筋トレ活動に励んできた。

解説するとこの部は、ひとりではジムに通っていてもやる気が薄らいでくると「今日はなんか熱っぽい気がするからやーめとこ♡」と自分に言い訳をしてすぐ寝転んで肉まんとか食べてしまう心弱き者(私を筆頭に)を集めて「死ぬー!つらい~!やりたくないよ~!!」などと泣き叫び発散しながらも筋トレを地道に行う、という後ろ向きに見えて非常に前向きな部活動なのである。

<心弱き者たちの筋トレ部・部歌> 作詞・作曲 ミッキー吉野(うそ)

深~く刻まれたほうれ~い線  と~しには勝てない妙~齢の~

お~腹をへ~こませたいけ~れど  ひ~とり~じゃで~きないポンコツさ

 ※嗚~呼~~ わ~れら~

  わ~れらサンパウロ 筋~ト~レ部~~~♪  ※くり返し

まだ部の皆さまにも披露したことのない、以前から暖めていた本邦初公開の部歌である。音声で伝えられないのが残念だが、学校の校歌のような節でご唱和いただきたい。

 

と、このように、この1年は筋トレ部のおかげでかなり頑張った。なのにこれ以上筋トレを増やすのはもう私には無理だと心が折れかけた。

 

ヒアルロン酸を入れる治療を数週続けるも、以前一回目に水を抜いてもらった時のような手ごたえがまるでないのに刻一刻とブラジルに戻る日は迫ってくる。

整体院や半月板損傷を治すというはり灸院、謎のマンションの一室にある、手をいろんなところに当てるだけで治るというカイロプラクティックなど(これらは本当に友人が腰が治ったりと評判が良いところもあるのだが、短期間ではどうにもならない感じではあった)いろいろ行ってみるも良くなる気配が一向になく、私は困り果て焦っていた。

 

 と、そんな時、お互い10代の時に知り合いしばらく音信不通になっていたものの最近Facebookで再会した友人に十数年ぶりに会うこととなった。

 

彼女と会ったことで、私は膝の最先端医療というものの存在を知る。

 

 

 

番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常②手術~旅立ち

日本一時帰国前に軽い手術をブラジルで行ったことは以前にも書いた。

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軽い手術といっても足首と股関節のところにメスを入れて血管を引っこ抜くというもので、一日だが入院も必要であった。

一週間は手術後飛行機に乗ってはいけないということだったのに、あちらのミスで3日後に乗る羽目になってしまったのだった。(あらすじ♡)

 

私が車付きの移動ベッドで手術室に運ばれてきた時に久々会えた手術医は、

『君は、やりとげたー!!!(手術ができることになった、の意)』

とハイタッチをせんばかりのノリノリハイテンションで話しかけて来、

『やあ、元気かい?!』

と満面の笑みで張り切って挨拶をしてきた。

本来やり遂げるのはお前の役目だろうがよ。

『げんき、、、じゃない。』

と、手術着を着せられへんな帽子をかぶったまま横たわりそれだけを絞り出して答えると、手術医はちょっと口を歪ませしょっぱい顔をした。

自分のミスで手術日が延期になったというのに、なぜ私がヒャホーと陽気に応じると思えるのか。

 

手術台に乗せられ、下半身麻酔をされ、腰から下はテントのような布が張られているので今どんな状態なのかさっぱりわからない。

もう寝かされて小一時間は経っているだろうに医師が看護師たちと軽口を叩いたりしているのがたまに聞こえたので手術はまだ始まらないのかな、と思っていた。

私に手術中付くと手術前に紹介されていた看護師がテントからひょっこり顔を出して、

『念のため今からおしめをするからね』

と断ってきた。

おしめか!!

手術はどうやら終わったらしい。

下半身の感覚は無かったが、辛うじておしりの上あたりにおしめをされている感覚があった。

ちなみに、手術着の下は紙パンツ一枚履いてなどいない。

別にいいのだが、ちょっと気になったのは、私付きの看護師は頭をスキンヘッドにしたブラック系の筋肉隆々マッチョ兄さんだったということだ。

股関節も切ったし、内腿の血管を抜いたので、私の脚はずっと御開帳状態だったと思われる。

その横で手術しながら談笑とかすんな。

仕上げには屈強な男性による初めてのおむつプレイ。

別にいいんだけどさあ。

いいんだけど、せめてそこくらいは女性にするとかいう気遣いはできないかね?

やっぱりブラジリアンワックスをやっておいて良かった~!とか、いや、本当に良かったのか?自分しっかりしろ、とかおしめとか複雑な感情が入り乱れもうどうにでもなれ、といった気持ち(やけくそ♡)で手術室を後にした。

 

翌日は午前中に退院して良いということだったのに、医者が説明に来るのでそれを待って退院になる、と言われる。

そして、もちろん待てど暮らせど来やしない。

はい案の定、もうベッドを明け渡さないといけない時間になって、やっぱり医者は来ないのでもう帰って良いという。

術後の心得など何も聞いていないので、慌てて看護師さんに説明を頼むと、しばらくは安静に、2分以上立ってはいけない、シャワーすらも椅子に座ってしろ、と言われる。

 

ねえねえ2分以上立っちゃいけなくて、どうやって3日後日本まで行くの??

 

日本行きを延期しようかと考えもしたが、調べると800ドル以上の延期料金が必要だった。もちろんそんなの病院が持ってくれはしない。さらに、私の日本での貴重なお休みが削られてしまう。仕事の休みの調節だって大変じゃないか。なんであいつらのミスのせいで私が小さいとは言えない不利益を被らなければいけないのか。

 

結局、病院に迎えに来てくれたシビアな日系人の友人(話をしている間に興奮し、病院訴えたろか、と鼻息を荒くしている私に向かい、訴えてもお金だけがかかって面倒でしかもどうにもならないよ。もっと損するだけ、と軽くしめられしょんぼりした後)に航空会社に車いすを用意してもらうことを勧められ、結局お願いすることになった。

 

老人でも明らかな怪我人風でもないのに車いすを使うのは申し訳なかったが、重い荷物も持てないので空港に向かうのには急遽最弱の弟(本当に良いやつ涙)

joe.hatenadiary.com

に付き添いを頼み、なんとか無事に日本へ出発することができた。

車いすの人に対するサービスが思ったよりも手厚くて、航空会社さんや働く人たちの配慮も有難くて、私が知らなかったところで弱者にやさしくする取り組みを世界的にみんなで当たり前に行っていたんだな、世界って偉いな、と世界にちょっと好感を持ったが、それでも私のブラジルに対しての傷ついた心はまだ癒されることはなかった。

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番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常①

本日は番外編として、ついこの間私が日本へ一時帰国した時のことに触れたいと思う。

“日本にいる日本人サンバダンサー”、という、それまあまあいっぱいいる!!という、ブラジルに住んでいるという唯一の売りさえ失くし両翼もがれた状態での、しかもご存知、相も変わらず全く華麗では無い日々を綴る番外日本編である。

だが、なかなか興味深い体験もしたので、ブラジルやサンバ関係なくそれについて情報を欲している方に向けても一筆執ってみようと思う。

なお、今回は帰国した際に数名の友人に、

『おまえのブログは面白いけど、長くて最後まで読めない。』

と、長い文章を読むことができない集中力の無さと自分のバカを棚に上げて指摘されてしまった。

私の統計上、そういうことを言ってくる友人はおしなべて頭の悪そうな顔をしていて実際おつむも残念なアレどもで、一方、学があり賢い友人たちは全然長くないよ、もっともっと!って感じ!などと褒めてくれていた。

執拗で冗長なところにこそ私のブログの真の魅力があるというのに、ちょっとした文章すら読むことができない多数のバカを友人に持ってしまっていることが悔やまれるが、しょーがないのでやつらのために今回は実験的に少しづつ更新してみようと思う。

 そのバカの総大将である友人(男)が

『おめーはブログなんつーもん書いてんだからよ、たくさんの人に読んでもらうためにはよ、世の中いろんな人がいんだから、俺たちみてえなバカにも読みやすいように伝わるように書かなきゃだめじゃねーかよ。』

と、バカのくせになかなか的確なことを言う。バカはバカなりにいろいろ考えているのだ。

 

『せっかく面白い体験してひとりで10年もブラジルでやってんだからよ。大変だろうけどよ。また帰って来いよ、また飲もうな、頑張れよ。』

 

私の友人たちは、バカなくせして、優しい。

 

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ブラジルで手術!

数日前、ブラジルで手術をする手筈とあいなっていた。

 

私は昔っからひどく脚がむくむくにむくみやすく、脚の疲れ感もひどいので、何か健康的な問題があるのかもしれないと気に病んでいた。

ここ1年くらいでそれがひどくなって痛みがあり、脚の血管が尋常でないくらいボコボコと浮き上がって来てしまっていたので気になって、ここブラジルで病院に罹ってみることにした。

私の数少ないつてを辿っていろんな人に話を聞いたり、自ら調べたりしてもなかなかそれに特化した良い医者を紹介してもらうことは難しく、勧めてもらったひとつの、現在最近のブラジルで手広く展開している早い・うまい・安い、との牛丼屋ばりに最近定評のある診療所を訪ねてみた。

まず何週間かかけていろんな検査をし、とりたててすぐに命に別状のある類のものでは無いが、なるべく早いうちに手術をすることに越したことは無い、という診断を受けたので、手術をやってみようと覚悟を決めたのであった。

 

激しい運動は一ヶ月くらいは厳禁だということだったので、仕事を休ませてもらうようにとかの手配を事前にいろいろ考えた末やりくりをしてこの手術の日に臨んだのだ。

股関節のとこをちょっと切ったりしないといけないという話だったので、手術の切り口に万が一変な毛が入り込んで手術の邪魔をしたりしないようにと、私にしては万端にブラジリアンワックス脱毛までして来たる日に備えるという完璧なありさまで、全くもって準備に余念がなかった。

 

数週間前に直接主治医と手術日と手術を実際にする病院を確定し、2日前には診療所を通しての手術予約確認の連絡も受け、8時間前から何も食べてはいけないとの決まりも尊守し、緊張しながら当日、手術日を迎えたのだった。

 

だが、いざ病院に着いてみると、手術の手配がされていないのでおとといきやがれ☆、とあしらわれた。

 

でーたーブーラージーーール。 

 

 繰り返すが2日前には手術の確認の電話も受けていたし、支払い済みの書類を提示し、そんなはずはないとなんとか食い下がって予約などを管理する事務所に通してもらうと、

数日前にもドクターに予約を確認しているのに何の返答もなかったので予約が取れていない、今できるだけは聞いてみたがやはりもう今日の今日では手術室も麻酔の先生の手配もひとつの空きも無いため不可能なので、他の日に予約をし直してまた出直して来い、と言うのだ。

おまえはもうここに居る意味は無いからと事務所からも追い払われ、とにかく診察を受けた診療所と話せとの一点張りだ。

その診療所と連絡を取ると、手術をする病院の手違いなのでどうしようもない、と言われ、手術をするために今ここにいる病院側は診療所側の不手際のせいだ、と断固として誰も間違いを認めない。

 

一体誰のせいでこんなことになったのだ??と双方に問い詰めるもそこだけは『あれ?なんか急に誰にも私の声が聞こなくなっちゃったのかな?』と一瞬疑ってしまうほどサラっと聞き流され、とにかく他の日に手術をする日程を決めるのがあなたにできる唯一のことなのだから他に方法は無い、早くしろ、と双方より急かされる。

 

こちとら頼れる人もいない慣れない外国で不測の事態(しかも明らかにあちら側のミスだ)に孤軍奮闘しているというのに、こんなのはあんまりな仕打ちだ。

 

流暢とは言えないポルトガル語で抵抗を試みていたものも、これ、いつものブラジルのやつだな、、、と心の奥底では既に絶望感でいっぱいだった。

 

何度か病院の人と話し、診療所の人とやりとりをし、とにかく3日後には予約を取れるように手配をしてあげられるのだからむしろ貴方はラッキーだ☆、くらいのことで、私の今日に向けての準備で失った時間や仕事を休んで失った賃金においての保障、何より私の傷ついた心のケアにおいて誰もひとつも欲しい言葉を投げかけてくれはしない。


数時間押し問答を繰り返し、諦め疲れ果てて泣きながら帰路のタクシーに乗り込んだ。

 


こんな時は酒だ酒だ。誰か速攻で良く効くテキーラ持ってこーーーい

 


堪えきれず、帰りのタクシーの運ちゃんに、あなたには何も関係も無い話なのだがちょっと聞いてはくれないか、と話しかけてみた。

私がすぐ先ほどに起こった事を語るに、もちろんいいよ!と聞いてくれた親しみやすいその頭頂がザビったおじさんは、キリスト教の敬虔な信者であるようで、

『残念ながら、日本とは違って、ブラジルではそんなことは日常茶飯事なんだよね。僕はこの病院の偉い人も良く知ってるし、この病院はいい病院なんだけどね、、、でもいっぱい従業員もいるからさ、いい病院だって、少しは間違えたりするダメなやつだっているかもしれないからね。。。

そんな時、僕はいつもこう思うんだ。

例えば何かの不手際で飛行機に乗り遅れたとする。

その時は悲しいね?

でも、するとその君の乗り遅れた飛行機が落ちてしまってもし乗れていたら死んでしまっていた、っていうことだってある。

何事も人生万事塞翁が馬。

君がもし今日予定通り手術をしていたら、実はまだ君のコンディションが整っていなかったり、オペのミスで命を落としていたかもしれない。

そう考えたら、そんな偶然はすべて君が良い方向へ進む思し召しなんだよ。

だって、神様は世界の全部を見ているのだから。』

と、啓蒙活動をされてしまった。

 


 本当に世界がそうだったら良いよね。

 


なかなか含蓄のあるお言葉であったが、そう簡単に改宗することは今の私には出来かねた。 

現在心が荒廃しきっている私には正直ポジティブシンキングすぎるようにように思えた。

つーか、ただのあっちのミスじゃん。

こんなことがブラジルにおいては大小含めて月に一回以上起こりうるので、私としてはどうにも理不尽としか思えず、つーか、とりあえず謝れよ、という感情しか浮かび上がって来ない。

 

こんなときのブラジル人の友人、と思いこんなことがあったので話を聞いてくれと連絡をするも、もうそんなんこっちでは文句を言ったってどうしようもないからすべての記憶を失い速やかに次回の予約を取ったほうが良い、と助言された。

すんごく高い保険に入っていたり、超ド級の高級病院に罹ったのであったらいずしらず、普通の病院では受け入れるしかないのがブラジルの現状なんだと。

金がある人は待ち時間も無く何か月待ちのところでもすぐに優先され、貧乏人は公共の病院で死ぬほど待たされ、(私は一応私立の病院で支払いも既に済ませていたというのに)運が悪ければ別にそのまま死ぬ、というのがブラジルなのだ、というシビアな現実を追い打ちかけて言い募る。

 

今日はもー、そういうの、いい(泣)。

 

そんなんも聞いて、結局すごすごと3日後の手術を予約することに決めた。

あなたの連絡が遅いので手術は2、3か月になるとかも言われかねないから、やはり、むしろラッキーだよ☆とご友人はおっしゃった。

この日本に比べて過酷な状況がそうさせるのかもしれないが、ブラジル人にはポジティブな考えを持つ人が多いのではないかと思う。

どうしたらそんなにポジティブでいられるの?と質問したら、うーん、生まれつきかな!と電話口で快活に笑った。

自信満々に発表させていただくが、こちとら生まれつきすこぶる前のめりにネガティブなタイプなのだ。そんなのどうしようもねえ。

その日はもうそれ以上何も考えたくなくて、家に着いて酒をかっくらって文字通り泣き寝入りした。

 

私にとって久々のビックウエーブであったブラジルの洗礼からまだ完全に立ち直れていないのだが、実はこれを書いている今日現在は、すでに延期された手術は2日前に一応無事済んでいる。

 

それは良かったのだがこの話の肝はそこでは無く、実は明日、私は日本への一時帰国を控えているというところなのだ。 

10日、、、いや術後ギリでも1週間は危険なので飛行機に乗ってはいけない、と医者に言われたのでさんざ相談した挙句休める期間と照らし合わせて手術の日程を決めたのに、あちらの不手際で手術の延期が決まったとたんにその医者は、3日後の飛行機に乗っても大丈夫だお☆と請け負った。

 

 

ブ、ブラジルに、、、殺される。。。

 

 

と、云う訳で、絶対に早く明日の準備をして寝たほうがいいに決まっているのだが、不安も相まって興奮して眠れないので、せめて死ぬ前にと恨みつらみをここに書き記してみている。

 

 

本人は、結構本気で言っている。

 

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淫靡な、夢を見た。

淫靡な夢を見た。

 

それはしこたま酔っぱらった私が車の後部座席で眠っていると、前の座席でブラジル人女性が男性の上に乗って歓楽の声を上げて上下に激しく揺れている、という破廉恥なものだった。

 

             

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数年前のちょうど今くらいの季節、私はサンパウロのあるサンバチームの昼からやっているフェイジョアーダ会を訪れた。

こちらではたまに開催される、チーム主催のサンバの生演奏などを聴きながらブラジルの国民食を食してみんなで飲んで踊ったり歌ったりわいわいと楽しむフェスタである。

その土曜日にそういう会があるとの情報を耳にしたので、カーニバルにはほど遠いオフのシーズンでサンバに少し飢えていたし、特に友達を誘うわけでも無くふらっと訪ねてみることにした。

ひとりではちょっと間が持たなくてつまらないこともあるのだが、直前に約束を破られることにドキドキしながらブラジル人を誘うのもめんどくさいこともあって、気力があり興が乗った時はひとりでそういった場に出かけることもある。

なあに、そこで誰かと友達になればいいさ。

着いたはじめはやはり気おくれしてしまい、端っこでひとりビールを何杯もおかわりして勢いをつける。

そのうち程よく酔っぱらってきたので、近くにいるおばさんに話しかけられたりバーの人と話したりしているうちにまんまとブラジル人のグループに紹介され、こっちで一緒に飲もうと声をかけてもらった。しめしめだ。

 

そのグループには他のチームのサンバの踊り手をしているという、身体にフィットした服を着た素晴らしいスタイルを持つ美人さんな褐色のお姉ちゃん2名ほどと私の好物である明るくファニーなゲイが数人という私にとってちょうどいい感じのグループで、酔って調子に乗ってギャグをぶちかましファンキ芸など披露しているうちにすっかり仲良く打ち解けることができた。

『ねえ、夜には私の彼氏も合流するからあなたも一緒にみんなでクラブに遊びに行こうよ!』

その、詳しく聞くと私も知っているサンパウロの有名チームで踊り手のリーダーをやっているというひとりの褐色のお姉ちゃんが私をぐいぐいと誘ってくれた。

ちょっと疲れていたし遠い場所であったので迷ったが、彼女の家と決して近くは無い私の家まで送り迎えをしてくれるという。

クラブが盛り上がるのは夜中なので、一旦それぞれ家に帰って繰り出そうということだった。

派手な外見のブラジル人のサンバの踊り子の女の子が日本人の私とそこまで仲良くしたがってくれるのはわりと珍しかったので、私も嬉しく思い、かなり酔っぱらっていたのだがせっかくの縁だと思い誘いに乗ることにした。

ブラジル人にその場では執拗に誘われたもののいざとなるとやっぱり連絡すら来ない、という苦い経験が私には腐るほどあるので、あまり期待しないようにしながらも家で待機していたのだが、なんと時間どおりに彼女は迎えに来てくれた。

こんなことでと日本の皆さんは思われるかもしれないが、私は本当に感激した。

こっちで出会ったばかりで送り迎えまでしてくれて時間通りに来てくれるサンバの女子なんてそうそういない。

まだ酒も抜けきらず眠くて仕方なかったが、この出会いを大切にしようと嬉々として車に乗り込んだ。本当に感動でちょっと涙が出てくるくらいだった。

 

合流した彼氏が運転する車に乗り挨拶を交わし30分以上は車に揺られただろうか。

その彼氏がけっこうな“顔”であるから無料で入れるという触れ込みのクラブに着いたものの、女性とその“顔”である彼氏さん以外の男性、ゲイの皆さんはすぐには無料で入れないのでもう少しの時間待たないといけない、と言う。

景気の良い事を言われ誘われたもののブラジルではそんなくらい良くあることなので、待つ間はじめはゲイの皆さんともども愉快にはしゃいでいた私であったが、昼過ぎから飲んだくれていたため待ちくたびれておねむになってしまった。

まだもう少し待たなければいけないということでとうとう耐え切れなくなり、皆で入れるまで少し車で寝かせてもらってもいいか、と頼んで車で即寝でしばし爆睡させてもらった。

 

その際に冒頭での変な夢を見てしまったらしい。

 

あらいやだ。お恥ずかしい。欲求不満かしら。

 

気が付いた時には、もう入れるよー、と車に呼びに来られ、外寝のそんな短い間に卑猥な夢を見ていたことがちょっと恥ずかしく、悟られないように頬を赤らめながら皆でクラブに入場する。

 

私はひどく酔っぱらうと一時堪えられないほど眠くなる瞬間があるのだが、少し休んでそれを超えるとだいたいはまた元気に復活できるタイプだ。

 

誘ってくれた娘は、私に大丈夫?と気遣いを良くしてくれ、飲み物を買う時にせめてものお礼と思って私が払おうとするのだが、断固として私に支払わせようとしない。

ブラジルではさんざ小銭をしらっとせびられることも多いので、彼女の私におもてなしをしたいという精神がとても嬉しくてまた泣けてくる。

よっしゃ、それなら私ももう少しがんばるぞと気合も入り、その後は皆でまた飲んで踊って楽しい時間を過ごすことができた。

 

さあもう帰ろうということになり、私は車の後部座席に乗り込んだ。

送ってくれる関係上の配車であるのかその彼氏の車で彼女と3人になった。

当然彼女は助手席に乗るだろうと思っていたら、私の隣の後部座席に乗り込んできた。

私に気を遣う必要は無いから、彼の隣に座りなよ、と恐縮して言うと、いいのいいの、大丈夫よ!とウインクしてくる。

ああ、私が帰り道で後部座席にひとりではつまらないだろうと隣に座ってくれたのだな、なんていい娘さんなんだろう。

ブラジル女子にこんなに大事にされることはあまり無かったので、こんな子が(サンバ界)、ブラジル人もいるのだなあ、とひたすら感動していた。

 

彼女は相当酔っぱらっており、後部座席に座ってすぐに私にしなだれかかってくる。

ん?

まあ、彼女も昼から飲んでいるのだし、そりゃあ酔っぱらってるに違いない。

しなだれかかり、私の腕やら太ももを撫でまわす彼女。

ん?ん?

あなたの肌って、ずいぶんすべすべしてるのね。。。

ん?ん?ん?

胸も結構あるし。。。

ん?ん?ん?ん???

胸をタッチされつつも彼女は本当に酔っぱらっててふざけているんだなあ~と、あなたもボインだよね~!なんて言ってボリュームに満ちたその胸をキャッキャと触り返してみたものの、はじめは気のせいかと思ったがその向こうの触り方ががなんというか、どうにも変にセクシャルな感じがするのが否めない。

ブラジルの娘さんたちは何気なしに色っぽい方も多いし、女子でありながら深夜AMラジオヘビーリスナーの童貞クソメンのようにドギマギしてしまう自分の自意識メンタリティーが過剰であると判断して、居たたまれなくなりひとまず落ち着いて場を持たせようとバッグから飴ちゃんを出して、これいる?と勧めてみる。

ああ、ありがとう、と彼女は私の差し出した飴ちゃんの皮を剥き、口の中でひとなめ転がすと、口紅で紅く縁取られたぶ厚い唇から出したその舌にのせてこともあろうに彼女からのダイレクトな口移しで私にそれを舐めるように迫ってくる。

ん?ん?ん?ん?ん~~~~~~~???????!

非常に混乱し、

ア、アハ、、アハハ、、、もう、酔っぱらってるね~!?いくらふざけてるっていっても、彼氏が焼きもち焼いちゃうかもよ~~?(笑)

と運転席している彼に助けを求めて振ってみる。

彼はたまににやにやした様子でちらちらこっちの様子を見ていたのだが、ふいに真顔になって、

僕はそれをぜひ見たい。つーか二人でやったらいいじゃん。そしてその後三人でしようよ。

と、妙に真っすぐな瞳できっぱりと言った。。

 

 

ぎゃー!おかーさーーーーーん!!

 

 

とっさに目に浮かんだのは故郷埼玉県在住の母の顔。

 

セクシャルに感じた彼女の態度は決して気のせいでは無かったのだ。

 

彼女はやる気になれば女もイケる口だということを公表し、彼もそれに参加するのはやぶさかではなく、むしろ参加に非常に前向きである旨を私に告げた。

 

や、やられる。。。

 

そしてその瞬間にあの冒頭の夢であったはずの光景がフラッシュバックした。まさか現実では無いと、酷く酔っぱらっていたせいで出し抜けに淫靡な夢を見てしまった、と思い込んでいた夢が夢では無かったことに今さらながら気が付いた。

私が後部座席で寝ていた際に見た夢だと思っていたことは、まごうことなき現実であったのだ。

私に見られようが、“覗き上等、夜露死苦”という勢いで彼らはいたしていたのだっだ。

 

ヤバい、、、絶対に、、、これは、、、やられる。。。

 

瞬時に車外の風景を見回し、割と大通り沿いを走っていることを確認した。信号待ちの間や、夜中でもまだ開いているバーなどの側で最悪はいつでも飛び降りれるように車のドアのロックをこっそり開けてドアに手をかけておく。

 

冷や汗をかきながらも、畳み掛けるように説得にかかる彼女らの口撃をかわし、冗談と受け取った風を装い、下手に刺激しないように笑って私はそこまで性的にフリーダムなタイプではないことをアピールしながら、なんとか無事家まで送り届けてもらえることができた。

 必死のパッチで、『私の性の対象は男性なのだ!』と訴えても、「ここに男性もいるじゃない。」と彼氏を指さしてOKサインを作る。

彼氏もにっこりと「そう、僕は男だから何も問題はないさ!」と、どーんと胸を叩いて見せる。

 

…そういうことじゃない!

 

男性と二人ならばもっと警戒していたかもしれないが、まさかこんなことになるなんて想像だにしていなかった。

 

最後までそのカップルは残念そうに、その気になったらこちらはいつでも受け入れるからね~!と言ってきたので、あ、あはは~、ありがとう、と笑顔を尽くして言って別れた。

 

いろいろ過剰すぎて一体何からツッコんだらいいかわからなかったが、

ざっと挙げるだけでも、

①外国人の

③同性の女の子と

②知り合ったその日に

④その彼氏と三人で

とは、①~④のどれか一つだけをとっても、一生くぐることも無いままで死ぬ方も多いだろう上級者向けの高き門ではあるまいか。

一撃で私の性のレベルがうなぎのぼりに爆上げされてしまいそうすぎる。

そんなアダルトの階段を一気に駆けあがってしまった日には、急に翌日から私のみんなの前でふとした時に見せる横顔も、やけに大人びたものとなってしまうだろう。

 

本当にびっくらこいてしまい、その後は寂しいよ~遊ぼう~、と彼女から数回連絡が来たものの、一回ショーをやる仕事で呼んだきり、遊びに行くことはしていない。

そのショーの時も他の出演者にもとっても気遣いをしてくれて非常に良いパーソナリティーを持っていた子だと感じたので、あの出来事は特に悪気があったわけでも無く、それぞれの性に対するキャパと方向性の違いであったのだろう、と今は思われる。

だがOKサインと誤解されてしまうのもなんなっだったので、自分から個人的に声をかけることはしづらかった。

彼女はしばらく所属チームの踊り子のリーダーをやっていたようだが、数年が経った今そのチームに所属しているという子に聞いてみたところ、もうその役からは降りてしまったようで、その後の彼女の消息はつかめていない。

彼氏、と言っていた運転してくれた彼は実は既婚者だった、みたいな話で、そのじぶん彼女もいろいろうまくいかず今は自暴自棄気味なのだ、などと私に自分語りをしていた。

そんなのもったいないくらい充分美人で魅力的だし優しい子なのに、その時は何か寂しそうで、良くは知らないが悩んでいる様子であった。

いろんな性癖(犯罪は除く)が多様であっても合意であったり誰かに迷惑さえかけなければ良いとは思うのだが、彼女はその時ちょっと男に疲れたとかとも言ってたし、どうも生粋のバイとかレズという感じもしなかった。

 

そんなの私には本当にはわかんないけどさ。

 

彼女は酔っぱらって寂しかったり彼の気を引きたかったのかもなあ、とか、そんなことを、今年の冬のサンパウロで、ちょっと思い返したりもしてみている。

別に私を道路に放置したり、無理やり犯されたりしたわけでも無いから、びっくりはしたけど、彼女が今も元気であれば、まあ、いいんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンパウロのお引っ越し2018さらば、ゲイ男子との暮らし(3)完結編

さて、

 

結論を言うと、レオの家から2017年のよりによって大晦日の日、見事大脱出を成し遂げた。

結局、部屋を見に行ったブラジル人のノーマル男子たちの住む便の良いところへ。

 

手伝いを申し出てくれていた頼りになる日系人の友人(女)に彼女(女)がちょっと前からできており、あんまり構ってくれなくなったので、この師走の忙しい時に誰かに頼むのも気が引けたしで、もう引っ越し当日は結局自力で引っ越しトラック(運転手付き)を手配し一人でやった。

実はアップしていないものの、その前後の引っ越しの顛末をいろいろ書いてはみたのだが、結局レオの悪口に終始してしまいつまらないのでボツにした。

時が経ち、正直、前の家への愚痴の詳細を書きたい意欲も薄れてしまったので、もう、いい。

 

ちなみに、後日、前大家のレオの恋人ファビオから突然連絡があり、今も君はまだあの家に住んでいるの?と聞かれた。

とっくに引っ越したよ、と言うと、すべてを察したようで、『ああ、よかったよ、、僕も幸いなことにとっくに別れたよ、、、』と言っていたので、言わずもがなだな、、、といった感じだし、それもあったのか私もわりと気が済んでしまったようだ。

彼(レオ)は多分ちょっと問題を抱えている子(おっさんだがw)で、レオの今後が心配でいささか気にはなるが、家族でも無い私たちにとっては、もう手に負えない物件だ。

 

一部の、ブラジル人のダメな感じの大家さんとのトラブルで悩んでいる人など、もしどうしても詳細の話を聞きたいという人があれば、主に私の思い出した愚痴に終始するとは思うが詳細個別に対応させていただくので直接ご連絡ください。

 

まあ、とどのつまり、年末に無事引っ越しを終え、新しい暮らしが始まり、カーニバル関係でバタバタしていて、その後はカーニバルで燃え尽きて心情的に引きこもりつつ生きていた、それが私の近況のだいたいの全貌だ。なんもねえ。

 

今の家に一緒に住む男子(ノーマル)たちは一緒に住んでみても、むろん私を天井から吊るして毎夜犯してくるというわけでもなく、ブラジル人らしく休日に飲んで騒いで、ちっ、うるせーな、とは思う時もあるが、まあ普通に良識的な良い人たちだったので現在も住み続けさせていただいている。

 

ただ、これだけは言わせてくれ(愚痴だよ)。

自分たちが使用した(しかも私の持ってきた食器類なのに泣)皿などの洗い物を流しに汚いまま1週間以上もためておくことの理解ができず(その彼女もちょいちょい泊まりに来るのだが、本気でなんもしねえ。パンツまで便乗して2週間に1度しか来ないお手伝いさんに洗ってもらってるくせに(怒))、何度か、虫が湧いたりするからせめて2,3日中には食器を洗って欲しいと頼むも放置、私が料理するときに非常に邪魔なのもあり、はじめは機嫌よく洗っておいてやったがみんなの食器等を洗っておいてやっても誰もありがとうも言わないのでムカついて、カーニバル後疲れ果てている折にそんなんなんで若干心を閉ざしちょっと嫌いになって、彼らとコミュニケーション取るのが非常に面倒になってしまい、結果、仲良くなるタイミングを逸してしまい現在に至る。

ブラジルのトイレは基本的に紙をトイレに流せないので、ゴミ箱を設置してそこに紙を捨てる。

私は一応女子だし、ぶっちゃけ、捨てる紙の量も男子よか多いだろうし、それを他の男子にまとめてもらうのも忍びないので、なるべくこまめにそのゴミを捨てるようにしている。

それにしても、彼ら(彼女も含め)は、家の掃除などほとんど何もやってくれない。

なんで私が常にお前らの糞尿の始末までしないといけないのだ。(※注:直の糞尿の始末まではしていない)

私だって掃除など元来好きな人間ではないのだ。

自分の部屋は帰宅したときに、『あれ?空き巣が入ったのかな??』と自分でも思うほど荒らして出かけてしまう時もあるが、共同の場はきちんと片づけるのがなけなしのポリシーだ。

 まあ、日本人とてブラジル人とて、これがそれぞれの考えの違いってやつだろうな。しょうがねえ。

ブラジル人や日系人の知り合いに、こういう時はどうしたらいいのだ?と相談したところ、『私なんかはちゃぶ台をひっくり返してキレるよね!!そんだけ。』などと、全然アドバイスにもならないことを言われるのみなので、なんの参考にもならない(泣)

 

前大家のレオと違い家の支払いや書類上のことなどもきっちりしてくれているし、基本通常のブラジル人としては全然及第点だと思うのでひどい不満は無いのだけど、ポルトガル語を日常的に話す機会を作るためにもブラジル人とのシェアハウスを望んだのに、心を閉ざしてシャットアウトしてしまったまま最近はちゃんとしゃべったりもせず挨拶くらいしか交わさないので、あんまり意味が無いとちょっと悶々としているのが現状だ。

 

景気づけに、私の愛する元同居人のセバスチャン(ゲイ)に遊ぼう~!(2月末)、と連絡していたのだが、連絡はたまに取っているものの、彼はカーニバル前に弟の結婚式でメキシコに帰ってしまったまま1ヶ月で帰ってくると言ってたのに、未だにブラジルに帰って来ない(6月現在)泣泣泣。

セバスチャンの元彼のシャンギット(ゲイ)とも連絡を取り合っていてその後も数回会っていたのだが、実は彼は自分の仕事のステップアップのためにオーストラリアへの留学の計画をずっと前から立てており、つい先月彼は旅立ってしまった。

 

彼らにはそれぞれの人生があり、別に私と遊ぶために存在しているわけではないので、特にシャンギットのステップアップの門出は私にとっても喜ばしいことだ。

彼の実家は多分そんなにお金持ちの良い家では無くて、でもしっかり将来の事を考えてちゃんと勉強し続けることもできる、しっかりとした奴だ。(いないわけじゃないが、ブラジルの貧乏な子においては出会うのはちょっと難しい。)

彼が旅立ってからもすぐに連絡をくれて、

『オーストラリアに着いたばっかりなのにいっぱい留学生の日本人と会って、君の話をしたよ!ブラジルに住んでる日本人のサンバダンサーのアミーガだって君の写真を見せたらみんなと仲良くなれたよ!!』

なんて連絡をくれて、ほろりと、とっても嬉しかった。

 

馬鹿、この期に及んでそんな妄想をするのはやめろ、と友人に言われたし、もう大人なので本気でそう思ったわけではないけれど、、、

思い返すのは彼らとの楽園のような日々だ。

 

セバスチャンとシャンギットとの日々は、今思えば短い時間しか生活を共にできないのだろうと皆うっすらわかっていたとしても、お互い愛情を持って助け合いながら、その瞬間瞬間である日常を楽しんだ日々だった。

ブラジルで、純日本人の私、少なくともこんな不完全な私にとって、そんな幸福を手に入れられるのは難しいと思えるような穏やかで幸せな日々だった。若くも無い私の、日本の常識的に思う幸せの形では無いと知りつつも。

日本人の普通の友人に、もうこのまま、私がどっかで子種をもらってきて、子を産んでセバとシャンギットとみんなで暮らし育て暮らせたらそれも良いな~、って思う、と言ってみたことがある。

だいたいの通常(日本)の家族のシステムが現在そうなっているので、男女の夫婦からの血のつながりで幸せな家庭を築けたらそれに越したことは無いが、それを得られることがなんだか難しい人にとっては、信頼できて愛し合え(広い意味で)居心地よく助け合え幸せに暮らせたらそういうのも良いと思っている。

 

友人に言ってはみたものの、私は現時点そこまで先鋭的な考えを即実行に移すタフさは持ち合わせていないし、彼らだって私とずっと共に生きるとか、あまつさえ縁の無い子を私と一緒に育ててくれるとかを考えたことも無いだろうし、もう私も充分大人なのであんまり常識的ではない妄想だってわかってはいて、冗談交じりに言ったのだけど。

 

 もちろん、セバやシャンギットにそんなことを言ったことは無い。

現実、今はそれぞれの生活を営んでいる。

 

だけど、あの、奇跡のように楽しかった日々は今も、“私のあったかもしれない幸せな少々変わった人生”の可能性として、私のくそどチンピラな人生を、少し豊かなものとして照らしてくれている。

もう、2度と戻ることの無い幸せな日々だったと思う。

 

私は10年もブラジルに住んでいるのに、実はブラジル人の気の置けない友達はとても少ない。

セバスチャンに始めに会った時にも、スペイン語のなまりのあるポルトガル語が聞き取れなくて、レオやファビオよりモサく思えたりして、(本当に見る目が無かった。今は愛しくてたまらないのに)こんなに仲良しになれるなんて思ってもみなかった。

 

 

 ちょっと寂しいから、去年セバと一緒に行ったサンパウロのゲイパレードも間近に迫っているけど、今年は行かないよ。

 

洗濯した時に良く似た、きっとセバスチャンと取り違えた靴下があるって気が付いたけど、そのままにしてたまに履いている。

 

 

 最初でちょっとつまづいてしまった感はあるが、前の家での暮らしを思い返して比べてしまうだけではなくて、

こないだ私のパスポートの必要な書類を文句も言わず用意してくれたりもしたし、ポルトガル語で私が面倒な家の支払いや、私の気が付かない手配などもきっとやってくれている(はず)の現住居の同居男子たちの皿くらい、これからもう少し洗ってみてやろうかな、などと、思っている。

 

 

 

 

サンパウロのお引っ越し2018さらば、ゲイ男子との暮らし(2)

あと1週間で2017年も終わるというある日。

友人に教えてもらったFacebookのサンパウロのアパートを探すグループにやっと条件に合う部屋の募集が上げられた。

もう2,3ヶ月、本腰を入れて探し始めてからは1ヶ月以上経っていたが、毎日いろんな募集サイトをチェックするも条件に合う部屋が見つからずこりゃ困ったことになった、最悪は今の家をあと数か月延長するのもやむなしかと頭を抱えていたところであった。

この期に及んで贅沢を言っている場合では無かったが、引っ越しというものは相当な労力を必要とする。

どうせ引っ越しをするならばちゃんと長期で住める、そして今よりもちょい便利なところに引っ越したいと思うのが人情というものではないか。

妥協して住みたくもない不便な場所や家賃の高いところに住んでまたすぐ引っ越しを余儀なくされるのは避けたかった。

カーニバル前後はとても忙しくなるので、年末年始の仕事の休みの間に引っ越しを遂行させなければその後また2~3ヶ月はこのまま引っ越しができなくなることは間違いない。

このゲイハウスは私にとってかなり理想に近い家であり場所であったが、駅に遠いことがややネックであったので、今度こそ駅近な場所、どうせならもっと都会の仕事場にも近いとこに住んだろ、と目論んでいた。

募集の主は男性で、3人で住んでいたところに一人が出てゆき部屋が空いたので男女問わず募集、と書かれていた。
今度こそはブラジル人女性たちとパジャマパーティーできる家を!としつこく望んでいたが、贅沢は言っていられない状況であり、とりあえず部屋を見に行くことにした。


家主と言ってもシェアする前提で代表して借りているミナスジェライス出身の男性で、アパートは持ち家ではないとのこと。

またゲイだったらいいなあ~。

とわずかな期待を持ち家を見に行ったものの、家主さんはゲイではなさそうだった。

家主さんはアゴ髭を蓄えていてずんぐりとした30歳くらいの健康そうな、こういったらなんだがあんまり色気がある感じでは無く、とても人のよさそうなフレンドリーな人だった。もうひとりの住人も男子だが、とても良い奴だよ、と言う。


うーん、、、男子と住むのはやっぱどーかなーーーー。


私は背が高くやや男顔、体型も日本人にしてはボリューミーで、生まれながらの女子であるにもかかわらず化粧をすればするほど“完璧な女装”にしか見えなくなるので、私のことを人はこう呼ぶ。“良くできたオカマ”と。

その上サンバなどやっていると、色気ムンムンで、“男を見ればたちまちアン・ルイスのように襲い掛かかる”と想像されてしまうのだが、このブログを読んでいる方や私を良く知っている方は既にご存知のように私はそういったタイプではない。

大学時代の親友には、おっきくて食べ出がありそうなのに見掛け倒しな“麩菓子”みたい、と駄菓子に例え評されたこともある(不愉快)、肉食にはほど遠く、座右の銘は「イミテーション・ゴールド」だ。

だがしかし、こっち側の色気の問題とかでは無くて、もし一緒に住んだらやつらが頭のおかしいド変態野郎で、部屋に夜な夜な忍び込んで血の付いたナイフを舐めながら天上から吊るした私を犯してくる、という可能性だって絶対に無いとは言えないじゃないか。

いくらオカマ麩菓子とはいえ一応女子のはしくれではあるので、自意識過剰と言うなかれ持ち前の過剰な妄想をして警戒をしてみた。


残念だが家主はゲイではなさそうだったので、女子と住んで共同の物干し場にパンツなどを干したりしても迷惑では無いか、なども質問をしてみた。
おまえは夜な夜な私の下着を盗んで頬ずりをするくそ変態野郎では無いのかという趣旨の質問に思われたならどうしようかと一瞬自分の“いかにも自意識過剰のブスのしそうな”発言を悔いたものの、彼は気にしてはいないようで、

以前に男女の兄妹と住んでいたこともあり慣れているので気にしないでも大丈夫だよ、と笑い飛ばしてくれた。

いろいろ話すにつれ、誠実そうだし、レオとの家での管理費不払いやらのトラブルについて語りそういうことも無いようにと確認するも、家のこともちゃんとしてくれそうなナイス・ガイである感じを受けた。

こう言うのもなんだが彼となら色気抜きの純粋な同居人としてうまくやっていけるんじゃなかろうか。


今までの家よりも共同の居間は3分の1くらいと狭いし、私が住むことになるという部屋も若干は手狭になるが備え付けのダブルベッドも収納もそれなりにあって悪くない。

どうせ部屋にいる時も、もともとの貧乏性のせいでどんなに広い部屋を与えられたところで結局は定位置の2畳ほどのスペースでほぼ寝転んでいるだけだろうし、居間にしたって今までだって広くても自分がいるスペースはほとんど限られていたので、開放感はやや落ちると言えども私には十分なアパートであると判断された。

家賃も今の家とほとんど変わらない。

そのうえ大通りからもワンブロックほどで駅からも歩いて3分くらいの超が付くほどの好立地ときている。

かなり気に入った。部屋も、同居人含めた環境もこれならイケそうだ。

でも、以前の部屋探しでレオの家に訪ねた時もレオをいい奴そうだと好感を持ったりしたので、私は私のことを決して信用してはならない。

これ以上の物件に出会えることはもうないでしょうと思ったが、一応考えてまた連絡させてもらう、と言ってその家を後にした。


どうしたものか悶々と考えていたところ、またレオのアパートで組合の人に話しかけられる。
私は協力的にしていたつもりにも関わらず、まだ管理費を払ってもらっていないので、本当にあなたは家賃をちゃんと払っているのか?とまた疑いの目を向けられた。

もういい加減にふざけんなと頭に来て憤慨するも、レオに連絡が取れないのでお母さんに連絡したら、実際今住んでいるのはあなたなのだから管理費はそっちに請求しろ、と言われたのでこう言ってるのだ、、、と告げられた。

Wi-Fiもガスも使えない上に、そんな状況で長期滞在者がつかないこの家で、決して君には面倒はかけなからと、実は何度か訳の分からない民泊者の管理も実は頼まれており快諾して面倒もみてやっていたのだ。

案の定鍵が無いので約束の時間までに帰って開けてくれ、とか、部屋やトイレを汚されて私が掃除をしてあげたり、あれが無いこれが無いと文句を言われトイレットペーパーまで私が買いに行ってこき使われたのに、この仕打ちはあんまりでは無いだろうか。

その上、電気代の請求書があんまりにも溜まって来ていたので開けて見てみると、案の定鬼のように支払いが滞納されており、いよいよあと10日ほどで<電気完全撤退のお知らせ>が来ている。


Wi-Fiもガスも使えないのも、数か月の滞納であったなら私が立て替えて払って家賃から引いてもらえば良いだろうと思う方もいたでしょう。
そんなのこっちはとっくに考えて手を打とうとしていた。
ブラジル人の親切な友人に調べてもらったところ、ガス代はもう数年分も溜まっているらしいということだった。
数千レアル(10万円以上)にもなり、私がちょっと肩代わりする規模の金額ではなかった。

Wi-Fiについて言えば、この家に請求書が来る設定になっておらず、その振り込みコード番号を聞いて代わりに支払いに行ったこともあるが正規の請求書が無ければダメだと突っぱねられた上でのレオへの振り込みという手段だったのだ。


これだけ我慢に我慢を重ねて、信用できないところもあるが悪い奴ではないからとレオをかばって揺れる気持ちもあったというのに、それももうここまでだ。


さらにその翌日、レオから連絡があった。

何かと思えばまたもや金の無心だった。

この期に及んでまた私に借金を頼むのか、と腹が立ち、今すぐ出て行くという気持ちをぶちまけたくなったが、まだ新しい家に住むことは確定していないので、なんとか耐えた。


もう私に他の選択肢は無かった。
とっとと先に見に行った家を決めなければ。



いいところですが、また次回に続きます。

自分もすっかり忘れていたのだが、もうずっと前にこの回も書いていたのに、お気づきの方もいらっしゃるだろうが何故だがこのブログの文字が急に小さくなってしまったまま戻すことができず(ある程度は何度か試行錯誤したんだよ泣)、気にしつつどうしようもなく放置していたことを今思い出した。

もういい。多分もう一生できそうにないので、このまま載せます。
ちなみに私は新しく買った機器の説明書などは三行くらいしか読めないタイプだ。

どなたか詳しい方は助けてください。










サンパウロのお引っ越し2018さらば、ゲイ男子との暮らし(1)

また数か月も更新を怠ってしまった。

カーニバルが終わりやっと最近落ち着いてきたところで、いろいろ書くことがたまっているのだが、カーニバルから一ヶ月近く経とうというのにまだ頭がアッチに行ったきり完全に戻って来れていない感じだ。

だが戻ってきたら最後、怒涛のようにブログを更新してやろうと思っている。

全く自分でも0か100かの偏った人間だと思う。

ブラジルではそういう場合、8か80か、という表現をすると最近聞いた。

なんだよ、その中途半端な数字は。

その間の72という数に一体どういう意味が込められているのか道行くブラジル人をつかまえては膝を突き合わせ問い詰めたいところだが、生憎当方そんなには暇ではないのでそこまではしない。

そしてカーニバル前はマクンバとか除霊とかの怪しい話ばかりが続き、うっかり高い木に登ったまま降りられなくなって枝先で震えるおバカな子猫ちゃんのように、いよいよ私が戻って来れなくなっているんじゃないかと心配してレスキューの出動準備をしてくれていた友人たちに向け、普通のことも書いてまだ私はギリギリ大丈夫だということを知らしめたい所存だ。

なので、サンパウロの新しい家へ引っ越しをしてからもう2カ月以上経っているのだが、今回はなぜ一年半で前の家から引っ越したのかの経緯(おもに愚痴)を発表させていただきたいと思う。

以前からこのブログでも十分すぎるほどに引っ越しへの布石は打ってきた。

joe.hatenadiary.com

詳しく知りたい方はこのゲイ男子との暮らしシリーズを熟読していただきたいが、今回はさらにその後の詳細を付け加えさせていただこう。

 

同居人のセバスチャンが出て行き、その前にセバスチャンの彼氏も出て行ってしまったので、とうとう私はひとりきりになってしまった。

のなら広い家に一人暮らしをできているようなものなのでまだいいのだが、大家の息子レオがたまにひょっこり帰って来ては家を荒らす。

そして予想はしていたが、セバスチャンからの実入りが無くなったため、まずは早速家のWi-Fiが止められた。

そしてお金が無いからWi-Fi代は君が払ってくれないと困る、と言ってくる(Wi-Fi代は家賃に含まれていた筈だった)。

パソコンが使えないと生徒さんたちへの連絡などの仕事にも支障をきたすので、仕方なしにその分を振り込んでも、レオが支払うのが遅れて1週間~10日くらいパソコンが使えないという非常に不便な暮らしを強いられる。(それは私が引っ越すまでさらに2度繰りかえされた。)

そして、次はガスが止められた。(もともとガス・電気・水道も家賃に込みの契約だった)

シャワーも浴びられず、料理もできない。

春先になってもまだ朝晩は肌寒い日の続くサンパウロで普段物置と化していたトイレ(超狭い)に辛うじてついていたかぼそい水圧のシャワーが電気製だったことを思い出すまでの数日間は冷水でシャワーを浴び過ごす。

あまりにも不便なので文句を言うと、1カ月ほどしてやっと正規のシャワーをガスから電気式に換える工事が行われ(私がわざわざ時間を作り、2度ほどすっぽかされたのちに、立ち会った)、簡易式のコンロとガスボンベが設置された。

シャワーはガスよりも水の出が悪く電気が通らない部分冷水が混じり使い心地はツーランクダウン、さらには簡易式のコンロはお湯も十分に沸かせない代物で、

「ここはキャンプ場か!あえての、都会の不便な生活体験で初心に帰ろう、か!!」

と使うたびいちいちツッコんでしまうほど火力が弱く、インスタントラーメンさえまともに作れはしない。

 料理に関しては非常に気の利く友人がホットプレートをこれ使いなよと持って来てくれたので、電子レンジとの合わせ技でなんとかしのいだのだ。

さらに設置されたガスボンベを見たその友人に

「うわー!これはダメだよ!危ないし、マンションにはガスボンベ置いちゃいけないことになってるから、見つかったら即罰金だよ?!」

と、指摘される。

爆発する恐れがあるガスボンベを使ってはいけないのは少なくともサンパウロの都会にあるマンションでは常識らしかった。

私に言われても知らんがな、とは思ったが、いくらポンコツレオだってさすがにそれがダメなことくらいはわかっているだろうし、最近は、自分が支払っていないのが悪い癖に公共料金などの滞納の郵便が届きそれをメッセージで伝えるたび半ギレでヒステリックな文面が返ってきたりするので、きゃつに何かを言ったところでいまさら無駄無駄無駄というものだろう。

私のリオのおんぼろアパートでは全部屋一撃で爆発必死のでっかいガスボンベを大家サンドラさんご推薦の元に住み始めた瞬間から愛用していたため、ガスボンベを使うのは私にとって自然なことであり特に疑問に感じていなかった。

それにいくら不便と言っても、リオの家での不便な生活の上に水道が止められた経験すらある私には、現代の日本人が特にする必要の無い苦労に親しんでいるため他では使い道のあまり無い驚異の適応能力が既に備わっており、友人たちに愚痴を聞いてもらいながらも生活を楽しみ“電子レンジで簡単美味しいレシピ”などに挑戦する余裕すら持ち合わせていた。

だがここで本当にレオに見切りをつけた、私が日本に一時帰国の際レオにお金を払うので香水を買ってきてくれと頼まれていた時の話をぜひ聞いて欲しい。

ブラジルから日本へ行く時に空港のデューティーフリーでこの品物で良いかと写真を撮り値段を確認しOKとの返事をもらったので、ブラジルへ戻る時に寄ったデューティーフリーでその香水を買って帰った。

だがいざ品物を渡しお金を請求しようとすると、思ったより高いのでいらない、とキレ気味に断られたのだ。

なんだよそれ。

私は写真も送って値段も確認したでしょう?と抗議するも、お金が一銭も無い、どうしてこんな高いのを買ってきたんだ?こんな値段ではブラジルで買ったほうが安いくらいだ!!と見事な逆ギレをお見舞いしてくれた。

なんで欲しくもない男性用の香水を手間賃も取らずわざわざ買ってきてやったのに怒られて100ドル以上も私が被らないといけないのだ。

以前からの勝手で尊敬の念の感じられない態度に加えてその香水事件が決定打となり、私の中のレオへの信頼ははっきりと地に落ちきった。

 しかも、そんな状態だというのに、私の食器や鍋まで黙って自分の現住居に持って行って返さない、私の秘蔵のマルちゃん正麺を私専用の食料ボックスをひっかき回し勝手に食べた(本当に憎い)挙句、君は今ほとんどひとりで住んでいるのだから家賃をさらに200レアル程値上げする(ガスもWi-Fiも使えないのに)、と、どのイカレポンチ(レオだが)がぬけぬけと言い出すのかという始末で、これでもかという怒涛の理不尽な攻撃ラッシュでますます私の脳髄を煮たたせにかかってくる。

そんな時さらに、マンションの組合の人が家を訪ねてきた。

『もう3か月以上も管理費を払ってもらっていない。レオと連絡が取れないのであなたからもレオに連絡を寄越すよう言ってくれないか』

私がその旨レオに伝えたその後日、組合の人が言うには事もあろうに、

『レオと連絡が取れたが、あなたが家賃を払っていないせいで管理費が払えない、と言っているので払って欲しい』

こんな状況にもかかわらず律儀に 家賃はきっちり期日までに払い続けていたのでふざけんな、と頭に来てまたレオに連絡を取ろうと試みるも、自分の都合の悪い時には何日も連絡は来ず、くそ面倒くさいのを押してわざわざ彼氏のファビオにまで何度も連絡をしてみても返事が途絶え、ついにファビオにすら連絡も取れなくなってしまった。

 

もうさすがに耐え切れず、出来る限り速やかにこの家を出ようと決心した。

入居時に支払った、退去時に帰ってくる約束の保証金も、前払いしている1カ月分の家賃も戻ってくることは無いだろうが、もうそんなこと言ってたらキリがない。

セバスチャンがかつて、

絶対この先もっと重大なトラブルに発展する日が来ると思う、だから他の家を探したほうがいい。

と予言した通り、このままいたらもっとひどいことが起こる予感でドキがムネムネしてくる。

重い腰を上げて本腰を入れて腰に梓の弓を張り(最後適当)、他のアパートを探し始めるも、なかなか良い物件に巡り合えないままずるずると時間ばかり経っていってしまった。

一刻も早く天功のイリュージョンばりにこの家からの華麗なる大脱出を成功させなければと思う傍ら、考えるにつれなんで家賃に含まれているWi-Fiを止められガスも使えないうえ家賃不払いの濡れ衣を着せられたあげく1カ月以上分の家賃を余計に払って私が逃げるように去らなけらばいけないのか、とムカのムネムネも止まらない。

どうにも納得がいかない。私だって決してお金持ちじゃないのだし、やはりきっちり正規に前払い金分も消化してからこの家を出ようじゃないか。

私の最も苦手とするところだが、ここはもう、口八丁手八丁でブラジル名物の(?)駆け引き、というやつをするより他に手はない。

 目には目を。歯には歯を。駆け引きには駆け引きを。

ブラジル人は物事を円滑に回すため、それはもう息をするように嘘をつく。(と、少なくとも私は感じることが多々ある。)

 それにまつわり、ブラジルに来た当初から何度もブラジル人はもとよりが長くこちらに住む日本人や日系人の友人などと噛み合わうことの無い口論になったりしていた。

例えば、シンプルなものであれば、お金や物を貸せと言われても持ってないと言い張れとか、親しくない人に住んでる場所を聞かれても違う場所を言えとか、好きじゃない人に連絡先を聞かれたらわざと電話番号を一桁間違えて言うのだ、とか。

そんなリハも無しで咄嗟に嘘をつくのはなかなかに難しい。

もっと複雑な嘘なんて絶対に無理だ。

記憶力も大してよくないので、やたらに嘘をついてしまったら最後、次に会った時に誰にどんな嘘をついたか思い出せなくなって嫌な汗をかくことになるに違いない。

別に「ワタシ、ウソ、ツカナイ。」という古き良きインディアンの掟に従っているとかではない。

日本の常人のレベルで(だと思う)嘘をついたりする時もままある。

しょーもないホラにおいては常人の数百倍は吹いてきた人生だ。

そのくせ、場合によって非常に柔軟性に欠け、適当なことを言って流せばいい場面なのに自分でも、

『あれ?実は私は生まれた村のしきたりか何かで二十歳まで女だということを伏せ男として、武士として育てられたんだったけかな?』

と思うくらい、時に自分に不利でもうまく嘘がつけない、真面目といえば聞こえはいいが、変なとこ頑なで融通が利かないというなかなかやっかいなタイプなのだ。(繰り返し言うが、ホラは超吹く。)

また、日系人の友人の会社の改装工事が進まないのでお金を渡して早くやってもらった、などの話を聞いて驚いて「それって何かずるくね?」なんてコメントを思わずした際に言われたことには、

「あのね!こっちがちゃんと賃金を払ってても普通の業者でもワイロ目当てにわざと工事を止めたりってこともあるの!それで何もしないでただ待ってたって、この国では工事してくれないまま2年3年なんてすぐ経っちゃうんだよ?!その間私たちはろくに仕事もできず、他の場所の借り賃だってバカにならないし社員に給料も払えない。借金だらけですぐ生活もできなくなるよ?馬鹿正直にやったってこっちでは本当にバカをみるだけで、何も進んでいかないの。文句を言うだけで何も手を打たないほうこそがここではバカなの。あなたはわりといつも自分のやり方を押し通そうとして怒って失敗してブラジル人はずるいとか悪く言ったりするけど、ここはそういう国なんだってば!そういうのもこっちのやり方なの。あなたはブラジルに長く住んでるんだからあなたの常識や日本のやり方とは違うってことをもういい加減ちゃんと学ばなきゃ!」

 と、ブラジル人の友人から見ると私はやはりそういうところがある、みたいなのであった。

私や仲間との間ではとても誠実でお人よしすぎるくらいであるその友人ではあるが、他人に対しては使うべき時には物事を潤滑にいかすためにうまく調子を合わせ、さらっと嘘をついたりすることもあり、そんな時は本当に見事なトラブル回避の手腕を見せつけ感心させられていた。

他にも何人か信用できるブラジル人の友人もいるが、やっぱりナチュラルに事実を捻じ曲げたことを言ったりすることもあり、だがそれゆえ駆け引きがうまくいったりしているのを何度も見てきた。

明らかに向こうが悪いという時もあったと思うし、自分なりに正しいと思っている部分もあるので反論したいとこだが、こっちに長く住むならば理解しないとあなたが無駄な苦労をするだけだ、という彼女の言い分にぐうの音も出ないのも事実なのであった。

そういった耳の痛い助言や数々の苦いブラジルでの経験からも、自分の今のやり方ではストレスが溜まる一方であるのは明らかだったし、しぶしぶではあるがある程度はブラジルではブラジルのやり方というものを学習しなければ、というタイミングではあった。

 

それなので、レオには、

日本に行ったためもう貯金が底をついた、不景気で生徒が集まらず瀕死寸前で、おまえが香水代を払ってくれないので食べるものも食べられずもうペコペコのガリガリだ、みたいないろんなことを言って、さらにこの家もあなたのことも大好きなので出て行きたく無いのはやまやまなのだがと心にも無い事を言い(レオ以外の家については本当に気に入ってはいたのだが)もうお金が払えないのでこのアパートを引き払わないといけない状況だ、とりあえず今月の家賃は入居時に払った前金で相殺にして欲しい、と頼んだ。

頼んだ、というか正規の手段で返金を待っていたら絶対に返って来ないだろうことは明白だったので、ダメと言われても強硬手段で入金しなかければ良いだけの話ではあった。

私にまで出ていかれてはさらに困ると焦ったレオは「今月はそれでいいけど、もっと住んでいていいんだよ?年末は給料が2カ月分出るからそれでガス代や管理費も払えるし、君が住みやすくなるように必ず良くしてあげるから!」

すぐに環境を整えてあげるから!と調子の良い事をここ半年の間に毎月のように言われていたために酸っぱい気持ちでいっぱいになったが顔には出さず、

「わかった!私もあなた(の家)が気に入ってるし、たくさん働いてなんとか住み続けられるようにがんばるからね!!」

とかなんとか適当に言って乗り切ってみた。

思ってもいない事を言うのは非常に心地悪いが相手が相手だ、いたしかたあるまい。

こういうやり方をしなければ搾取され続けたか激しく揉めただろうことは想像に難くない。

歯には埴輪。

 

さて、とうとう尻に火がついた。

なんとしてもこの1カ月のうちに移り住む家を探さなければ。

だが、ネットで毎日探して動いてみるも条件に合う家はやはり見つからない。

そうこうしているうちに2017年も残すところあと1週間を切ってしまった。

 

  …もうちょっと続くよ。

 

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ゴミ箱に捨てられていたマルちゃん正麺の袋。実は2回食べられている…憎い。