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ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

リオ2017・カーニバル前夜(ブロコ☆キラキラ編)

カーニバル前にはここ数年、リオの地元のブロコ(道でやるパレード)でハイーニャをやらせていただいている。

ハイーニャというのは=女王という意味で、ここではサンバチームの楽器隊の前に置かれる女性のことを差す。近年リオのカーニバルの大きいグループではモデルや女優さんなどの有名人がなっていることが多い誉(ほまれ)ある役職だ。

そんなに商業化していない小さい街のブロコなどでは、そういう時は踊れるパシスタに話が回ってきたりすることもある。

サンバのブロコと言ってもサンバ会場でのような衣装を着ける訳ではなく、参加者はお揃いのTシャツ、ハイーニャはショー衣装っぽいワンピースなどで踊る。

私は日本でサンバをやっていた頃から、そういう華やかな地位には無縁の、床を舐め地底を這いつくばるようなサンバ人生を送ってきておるので、リオの自分の家のほうの地域で行われる1500人ほどの小さいお祭りとはいえ、日本人である私をその地位に何年も就かせてくれているのをとても光栄に思っている。

 

あれ?なんか話の流れがいつもと違うぞ?もしかしてこいつ少しキラキラしようとしてるんじゃないだろうな?

 

と思われた方、

 

正解です。

 

いいじゃんいいじゃんいいじゃんいいじゃん、たまにはキラキラ報告とかさせてもらったっていいじゃん。

どうせ私のオンボロ靴底サンバ人生ももうそう長くはない。

もう親指のところは穴が開いているし、履きつぶしたかかとも減っていて留め具も壊れているようなありさまだ。

 

それにこのブログを読んで私を架空のお笑いサンバダンサーだと思っている方たちに向け警鐘を鳴らしたい。

私はブラジルのサンバ界に生息する実在の生き物だ。

だが絶滅危惧種なのでみんなで 大事に守ってあげなければならない。

滅びる定めの死にかけ寸前の生物で、たぶんもうすぐしぬ。

膝は割れて常に水が噴き出しているし、片目は大抵爆発していてお腹から腸がはみ出ているようなありさまだ。

 

 

ごめん、なんか言い過ぎた。

  

だがせめてもの思い出のよすがに、キラキラしている部分もたまには書かせて欲しい。

私だってあなたたちの知らないところでごく稀にだがキラキラしていたりすることもあるのだ。

いつも私がオカマに軟禁されたり、不動産のおやじにセクハラされていると思ったら大間違いだ。(というかだいたい合ってる。これらも事実なので、今後書く。)

 

そもそもの馴れ初めは、以前私がいたサンバチームの人がそのブロコの会長をやっていたことから、そこで見染められ?初めて声をかけてもらった2012年のことだ。

最近私が他のチームでカーニバルに出ることになっても変わらずに私を呼んでくれていて、本当に有難い話である。

だが、当時は彼の娘も同じチームで一番の踊り手としていたので、いやいや、私なんかよりも彼女にやってもらったらいいじゃん、と断ったのだが、その彼女がぜひお願いしたいと説得に来てくれたので、そこまで言ってくれるのだったらありがたくお受けしよう、ということになった。

彼女はチームの中で一番目立っていて、踊りが上手くてスタイルが良い、一見とっつきにくそうなタレ目の意地悪顔美人で、いつもニコニコしているようなタイプではないがチームでも私が仲間に馴染めるように助けてくれたり、他の人たちにもまっとうで正しいことを言う実はかなり性格の良いやつだったので周りから好かれ、また、皆に一目置かれていた。

その大好きな娘や前のチームの友達、知り合いなどがたくさん手伝いに来たり遊びに来ていたりするので、私も楽しい。

私の好物である子供たちも多いので、一緒に話したり遊んで可愛がったり、頭をなでてその若さを吸い取ったりもできる。

 

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それにしても開始時間を誰も知らないのは一体どういうことだ。

何時に行けばいいのだ?と今年も聞いてみたが、13時に来い、と言うので、嘘つけ、と思い例年の教訓から14時半ごろに行ってやった。

ここでの祭りは広場でそのくらいの時間からぼちぼち始まっていて、生バンドが入って歌ったり踊ったり、参加者は入場料代わりのTシャツを事前に買っておいてプラスチックのジョッキをもらい、それを持っていれば水やビールなどはフリーで飲み放題というシステムになっている。

だが、メインとなるブロコのパレードは通常だいたい17時~18時くらいから始まる。

私はその時に綺麗に着飾って、じゃじゃーんと現れて楽器隊の前に立ち、そのブロコの女王様として悠然と踊るという算段だ。

知ってるなら始めから時間を尋ねるなよ、という話だが、私に開始時間を聞いてくる人も多いので、ちょっと対処に困ってしまうから聞いたまでである。

 

人込みの中、やっと着いても誰もそんなに大事にしてくれない。

飲み物なども用意してくれず、事前にTシャツなども渡してくれてはいないので入り口で必ずもめる。

日本人が誰も住んでいないような郊外の街のお祭りにいきなりやってきて、私はここの女王だから中に入れろ、とカタコトのポルトガル語で話してみても、気のふれた外国人が無料で中に入ろうとしている、と門前払いにしたくなる気持ちもわかる。

飲み物をくれ、と言ってみてもジョッキを持ってないのでダメ、とあっさり言われ近くの売店まで人込みをかき分け買いに行ったりしなければならないという好待遇だ。

それに、他の人たちはラフなTシャツ姿で、飲んで踊ってバカ騒ぎをするために来ているので良いのだが、これから私は前に出て踊るので他の人たちと同じように遊んで飲んだくれているわけにはいかない。

控室など用意されているはずもない広場で着替えなども済まさねばならず、干からびたトカゲの死骸の上の地べたに持参の敷物をひいた隅っこで照り付ける太陽の下、汗だくになり化粧や着替えをコソコソと行いながら何時間か待機していなければならないのだ。

荷物なども誰も預かってくれず一度そのまま放置して出なければならなかった年もあった。(荷物は無事だったが)

今年は音響を積んだ小型トラックの人が知り合いだったので、とにかく頼むと荷物を押し付けて、やっと本番に臨めたのだ。

 

団地の脇にある広場から出発し、小道を通り大通り沿いの公園まで約1キロほどの距離を1時間半ほどかけてパレードするのであるが、Tシャツでついてきている人たちが入れ替わり立ち替わり楽器隊の前で踊ろうと、楽器隊とその他を仕切るロープをくぐって入ってきてしまうので、私の踊るスペースが無い。押されて転びそうになり仕方なく楽器隊の中に入っていくと、あんたは前で踊れ、とスタッフの人に怒られる。

ロープの中から出て行け、と会長が傍までやってきて注意してくれるのだが、彼がいなくなるとまたみんなロープの中に入ってきてしまう。

みんな盛り上がって楽しそうで良かったなあ~^^

などとは思えない狭量な人間であるので(ちょっとならいいんだけどね)、ち、邪魔だぜ、と心の中では思っていた。

しかし女王が鬼のような形相で周りの参加者を蹴散らしたり、お前らはこのロープの中に入ってくるな!このクソ庶民どもが!!と悪態を吐き捨てたりするのは絶対に良くないと堪えて笑顔をつくっていたのだが、凸凹の多い道で踊りにくい上、あまりの扱いの悪さにイラっとして、ひとりの偉そうなスタッフにもっと前に行けと押されたときに「こんな状況でどう前で踊れっていうのよ!!」と1度だけキレてしまった。女王なのに。

最後の公園に着くとさらに人は増えもうお祭り騒ぎで、ビールをかけられ、もみくちゃにされ、私の場所確保なんてさらに誰も気にしてくれない。女王なのに。

結局最後は楽器隊がサンバではない楽曲なども演奏し始め、ひょっこり遊びに来ていた同じサンバチームで以前のメストレサラだった子なんかも、ただのお兄ちゃんと化してはしゃぎ回り正規のヴォーカルからマイクを奪い、カラオケ同然で熱唱し始めたりと皆めちゃくちゃに盛り上がった混乱を経て、日が暮れきって終わりを告げた。

お疲れ様、と皆に声をかけてもらえ、胴上げをされて皆で涙を流したりするわけでもなく、私(女王なのに)は終わったらそのまま放置されるので、自分で荷物を取りに行き、自分でビールを買い、そこで適当に飲んで、自分で車を手配して、帰る。

ちなみにきっぱりとノーギャラだ。

あんまり感謝してくれてる感じもしないが、毎年向こうから声をかけて来てくれるので、かなり気に入ってくれているのだろうとは思う。

他の子とダブル・ハイーニャとされた年もあったが、私の評判が良いので来年は彼女は切るから君はどうか続けて欲しい、と言われたこともある。

というか、2度とその子たちがハイーニャで来ないのは、このブロコのこの扱いのせいなのでは、、、?

 

 

入り口で相手にしてもらえず、おとといきやがれジャップと言われブチギレる女王。

トイレが混んでいて入れないので、近くの売店で70円渡してトイレを借りる女王。

雑な扱いを受け、あんまり民衆に敬われていない感じの女王。

 

フウーッ。女王というのもなかなか大変なものだ。

 

 

 

あれ?

 

キラキラ報告をしようと思ったのに、なにかおかしなことになってはいまいか。

 

そう、頑張ってキラキラしようとしても、どうしても私の場合結局こういったとんちきな報告になってしまうのだ。

 

 

ん?また話が違ってきたぞ。こいつ、全然キラキラしてねーじゃねーか、

と思われた方。

 

 

 

 

正解。

 

 

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サンバカーニバル・リオ2017~追記

 

カーニバルが終わって一週間が過ぎた。

灰色の水曜日、と呼ばれている先週の水曜から一般的には仕事が始まったので、カーニバルがいつまでかといえば通常火曜日までなのだが、その土曜にはスペシャルグループのチャンピオンパレードが行われる。

リオは上位の6チームがチャンピオンパレードに出場するシステムで、私のチームもその中に入ったのでこの土曜日までが私にとってサンバカーニバル・延長戦、だったのであった。

 

去年私が出させてもらったチームが優勝した。

老舗の人気チームだが、優勝は三十数年ぶりとのことで、めでたい話だ。

私はサンパウロのカーニバルに出ていたときから数えて12年くらいブラジルのカーニバルに参加していて、年によっては大小いくつかのチームで掛け持ちして出ていたにも関わらず、私の参加したチームは一度も優勝したことがない。

私がそんなアンラッキーガールである事がばれて今のチームに追い出されたら嫌なのでこの件については黙っているつもりだ。

 

一介の踊り子がどんなに頑張ったところで優勝を左右できるほどの力は無いのが現実で、テーマ選出から何千人も関わっているその大きな流れがすべてピタリとはまりトラブルも無くうまくいった年に優勝が訪れたりするのだが、それにしてもちょっと残念である。

一度思い切りチームのみんなと一緒に喜びの涙を流してみたい。

 

とは言え、自分の出たチームが優勝すればそりゃみんな嬉しいが、サンバというものはそんな底の浅いものではない。

どのチームも素晴らしいし、みんなそれぞれが自分のチームを愛して頑張っているからこそ、そこに感動があるのだ。

点数発表の際に、審査員の高得点が発表されたのを聞いてオイオイ泣いているいい年のおじさんなんか見てると他のチームであっても、よかったね、よかったね、とついもらい泣きしてしまう。

 

カーニバル自体やその採点にはいつもTV局の都合やマフィアの圧力やチームの不正など欲やお金絡みの汚い噂が必ずついて回る。

 

憤懣やるかたない気持ちになることも多々あるがそういう部分だけではない筈で、誇りを持ってコツコツとやってきた人たちひとりひとりを労い優勝したチームを称えたい。

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サンバの持っている強さや美しさを信じたい、と思う。

 

 こんなことを思うとき私は、

 

“Não deixe o samba morrer” サンバを死なせないで

www.ouvirmusica.com.br

 

 という気分になる。

 

 私のようなペーペーがこのような事を思うのは百億万光年早いが、最近この曲を聴くといつも泣けてきてしまう。

 

“私がサンバ会場にこれ以上立てなくなった時 

私の脚が持ちこたえられなくなった時

私の体を連れて行って欲しい 私のサンバと一緒に

私のサンバへの情熱に震える指輪を 使う価値のある人に託すから” (少し意訳)

 

渋い。

 

膝が痛む。

 

 

カーニバル2017サンパウロ・リオ

昨日リオのカーニバルに出た。

パシスタという踊り子のひとりとして今年も参加することができた。

日本の新聞?かサイトにちょっと私のコメントが載ったようだ。

www.jiji.com

このブログのはじめにみなさんに誓ったように、決してキラキラするわけにはいかないのでここには私の写真などは断固載っていない。

 

joe.hatenadiary.com

 

こう書くと私からきっぱりと写真撮影を断ったように思われるだろう。

というか全然そんなみなさんのご期待などは0.3秒で鮮やかに裏切り撮影に応える気満々だったのに別に求められなかった、という悲しい現実だけが胸を突き刺すが、結果的には約束は辛うじて守られたのでどうか許していただきたい。

浮気する気満々だった悪い恋人でも、結局相手にフラれて何事も無かったのだったらいいじゃない。

だいたいあなたがそんな度量の狭いことを言っているから浮気されそうになるのだ。

殺人だって計画はしても実行していなければ罪には問われないはずなので、ここはひとつ無罪を主張したい。

 

 

金曜はサンパウロのカーニバルの日本人参加ツアーのコーディネートと当日スタッフで駆け回り。

ご参加の皆さまが楽しんでくださったなら嬉しいなあ。

 

そんなこんなでやっと落ち着いてきたが、まだマクンバのことなど長々書いている場合ではない。

膝も痛い。

まったくもってBBAだ。

 

明日は関わっているプロジェクトの子供たちのサンバカーニバルでスタッフだ。

 

とにかく、今年も無事に出られてよかった。

 

この今回のブログを読んで、だらだらつまんねえ文章垂れ流しやがって、と、思った方、特にはじめてこのブログを読んでみた方、

 

その通りだ。すまん。

今日は無理だ。許せ。

できたら私の他の日の記事も読んでみて欲しい。頼む。きっと君を少しは笑顔にしてあげられる。

 

いつもより短いが、日本から来た友達が持って来てくれた貴重なラ王を食べて少し寝ます。

今日もカーニバル観に行くので、これにてドロン。

 

 

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愛と友情のマクンバ 実践・準備編

ついに、この日が来てしまった。

 

朝から張り切って生卵6個をオロナミンCで割ったものを腰に手をあて一気飲みして元気ハツラツ備えていたかというとそういうわけではなく、なんとなくふわっと明日連絡する、とマクンバガール・ヤスミンちゃんに言われていたので家で待機していた。

何の音沙汰もなく予定が変更・延期になることも良くあるので、もし急にダメになったりしてもキレたりしないようにいつでも心を無にして待つように気をつけている。

一部のブラジル人とはそうでもしないとイラついて即関係終了、となりかねないので、それはいちいち心を乱さないようにこちらで暮らしてから覚えた処世術であった。

その2日ほど前にも、マクンバを明日決行するから今日のサンバの練習の帰りがけから家に泊まりに来れるように着替えなど準備をして来いと言われ用意して行くと、急な仕事が入ったのでやっぱり今日は無し、とあっさり言われて、チェッ、と、道の空き缶を蹴りながらすごすごと帰ったばかりなのだ。

こりゃもう今日は無いかな、とふて寝しまどろんでいた午後3時頃、今からすぐ来い、と連絡があった。

まったく、いつもこうなんだからほんと困っちゃうぜ。

よいしょと身を起こし、なるべくす早く身支度をしてバスに乗りこむ。

彼女から紹介されて私も知り合いになっていたホーザと共に、マクンバショッピングで買い物をしているのでそこで落ち合おうということだ。

渋滞の時間と重なり、道が地獄のように混んでいてる。

スムーズに行けば30分で着く道のりが今日は1時間半くらいかかった。

自分の都合の悪い時は電話に出なかったりするくせに、まだ着かないのかと何度も連絡が入る。

自分の時は余裕で人を何時間も待たせるくせに、待ちきれないのでもう帰ると何度も連絡がくる。

もうすぐ着くからあと5分だけ待ってくれとバスから降りて小走りで駆けつけると既に買い物は済ませており、一緒にいるホーザに早速、あなたのほうが力があるからこれ持って、と段ボールの包みを押し付けられた。

 

まったくおまえらはよお。

 

せめてもの抵抗で不服を込めた表情で彼女を軽く睨み、しぶしぶその荷物を持って二人の後について歩き出す。

別に荷物くらい言われなくても持つのだが、上から偉そうに言われると腹が立つものだ。

 

予想はついていたが、その段ボールには、何かごそごそと嫌な予感のする安定しない質感があった。

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で  す  よ  ね  。

 

近くの駐車場に止めてあった車の後ろのシートに座りその横にその荷物を置くと、イキのいいまま運べるようにか開けてあった空気穴から顔を出すその生き物の姿が確認できた。

なるべく情が移らないように目をそらしてそれを意識しないようにする。

 

ヤスミンちゃんの家に着いてしばらくすると、ヤスミンちゃんの家の並びに住んでいて最近仲良くしている友達に連れられて、見たこともない白人の女性が暑い暑いと言いながらスカートにブラジャーだけの姿で訪ねてきた。

いくら暑いからといって、中年のだらしのない身体を持ってして上だけといえ明らかな下着姿(ちなみに見せブラなどでは無いモスグリーンのような色のレースのブラだった)で人の家で椅子をリクエストし堂々とくつろいでいたので、私は初見だが最近のヤスミンのなじみで、今回はこの人物がマクンバを仕切るひとなのだろうかと当たりをつける。

すると、そのモスグリーンを連れてきた近所の友達とホーザが結構な口論を始めた。

早口すぎて内容はすべては理解できないが、一触即発な雰囲気だ。

私の経験では、日本人が人前はばからず口論をするのはよっぽど本気のケンカの時だけのように思う。

だがこっちでは友達同士で言い合いになって、すわ喧嘩か!とこちらが緊張して身体を固くしていると、その後は何事もなかったかのようににこやかに話していたりすることもあるので、こっちはもうそういうもんだと処理することにしていた。

それにしても長く激しいので、私は関係ありませんとソファーの端っこで気配を消している。

ブラジャーの彼女も特に口をはさむ気配はない。

さすがにヤスミンが途中で仲裁に入り(そしてそこでもヒートアップして今度はヤスミンと口論になっていた)、もう私の子供の前で二度と変な事言わないでよね!と、吐き捨てて近所のその彼女は去っていった。

 

まだヤスミン宅に着いてから何もしていないのに、なんだかすごい疲れる。

 

そんなこんなの上、ヤスミンが2階の自分の部屋で少し休むとかで放置され、やっと準備をしろと言われた頃にはもう夜もかなり更けてきていた。

まずはひとりずつ身を清めるためにシャワーを浴びて着替えろと言う。

私としては昼の3時に呼びつけられたので、遅くとも夜12時頃にはすべて終了し家に帰れるのではないかと踏んでいた。

だがこのままだといったい何時になるのだろうかと恐れつつ、順番を待ちシャワーを浴びる。

自分の着てきた服を再び着て出ていくと、

ええ?!白い服を持って来てないの?!とヤスミンに軽く怒られてしまった。

私はその日、黒いキャミソールにジーンズの短パンで彼女の家を訪れていた。

こういう時は白い服を用意してくるものだ、とホーザにも追い打ちをかけられる。

 

知らんがな。

 

そんなことは事前に0.1ミクロンたりとも聞いていない。

モスグリーンブラジャーの彼女とホーザは既にそれぞれ用意してきた白い服に着替えている。

 

とにかくすぐに急いで来いと言ったのは貴様だヤスミン。

こっちはマクンバなんてするのは初めての、いわばマクンバージンなのだ。

初めてなのだから、もうちょっと優しくして欲しい。

 

ヤスミンに白い服を借り、キャミに合わせブラも黒だったので、ブラジャーまで借りるのははばかられしょうがない、躊躇しつつもノーブラのまま白い上をまとい皆の前に出ていく。

ジーンズの短パンはそのままで、中のパンツはグレーのものを履いていたのだが、それを言ったらまた面倒くさいことになりそうだったので自分で勝手にパンツは黒でなければセーフ、と決めこんで黙っていることにした。

 

さらにヤスミンの用意とやらで待たされること30分、素敵にバイアーナ風の扮装でお洒落をした彼女は優雅に家の螺旋階段を降りてくる。

どんな時でも、どんなに人を待たせても、いつも可愛い恰好をする彼女の美に対する情熱はいつも本当にすごいと思う。

すっかり何もかも諦めているような人やセンスの無い人も中にはいるが、多くのブラジル人の女性としての美に対する執念のようなものは日本人には無いような、“土葬になるまで私は女“というようなしぶとさで、その違いにしばしばハッとさせられる。

他の二人もヤスミンほどでは無いにしてもそれなりにキマっていて、借り物の服にノーブラの自分が少々恥ずかしい。

私だってそれならそうとちゃんと事前に言ってもらえたら、それなりに準備もして来たのにな。

マクンバをするのにお洒落もくそも無いと思うなかれ、女子というのはそういうものである。

それに、これから神聖な儀式をするのだから、身も心も清い感じで臨むほうがより気分も高まるというものだ。

 

ようやく準備が始まった。

勝手がよくわからないまま、私も手伝いを申し出る。

ブログに上げてもいいかと断って、写真を撮りうろうろするだけであまり役に立っていない。

写真撮影を断られるのも覚悟していたが、ヤスミンに珍しいんでしょ?別にいいわよ、と言われたので、なるべく邪魔にならないように写真を撮りつつ祭壇がしつらえられつつある庭の掃除をしたりしていた。

そんな時、ホーザがこっちに来いと手招きをする。ヤスミンも、ここはいいからホーザのところへ行け、と促してくる。

彼女はカバンからタバコケースほどの硬そうなポーチを出し、ここに座れとソファーに導いてきた。

そのポーチからトランプのようなものを取り出し、おもむろに私と彼女の間の空間にあるソファーの上に並べ始める。

 

それで、

ふうん、そう。へぇー。。。

などとほくそ的な笑みを浮かべたりしながら頷いている。

ヤスミンを介して何度も会っていて、最近パイロットの旦那さんと離婚したばかりだという彼女は一緒に夜遊びに行ける独身の友達を欲しており、他にちょうどいい塩梅の友人がいないのか私を頻繁に遊びに行こうと誘ってくれたので、それに乗って二人で遊びに行ったりもしていた。

私のなまりのあるポルトガル語を彼女が聞き取れないことも多く、それにしては自分がいかにモテるかという話になって私が気の利いた相づちを打ったときは異様に勘が良く私の言うことをすんなりと理解するのであった。

そんなことで、まだやや警戒しつつ、しかしいつか何かやらかしてくれるのではないかという香ばしい臭いをほんのりと嗅ぎ付けた私は、とりあえずつかず離れずの距離を保っているところだった。

年齢を尋ねたことはないが、19歳と16歳の息子がいるというのに異様にスタイルがいい妙齢の女性で、やはり胸もお尻も注入済みだという。

彼女と遊びに行く道すがらで彼女の昔からの友人にバッタリ会った際、あら~!あなたずいぶんと痩せたわねえ!いったいどうしたの?!と聞かれていて、その友人と別れた後で、離婚した旦那の慰謝料でお腹の肉を取り、それを胸と尻に入れたのよ、と自慢げにしれっと語ってくれていた。

ホーザと一緒に知り合いの家を訪ねた時に、今取り出したのと同じポーチをカバンから取り出して、そこの女主人と一緒に他の部屋に行ってしばらく帰ってこなかったことがあったので、ああ、その時疑問に思ったアレがコレだったのだ、と今その謎が初めて氷解したのであった。

 

へえ~、あなたって、そうなのね~~~。

 

と、カードをめくるたびにしたり顔でにやにやしている。

 

体調が良くないわね。。。それに、、、あなたはいっつも家で横になっているって出ているわ。それと、あなたに危害を与えようと企んでる人が見えるわ。それは男女のカップルよ。本当に危ない、、、気を付けなさい。・・・出来ればすぐに引っ越したほうがいい、、、。。。ぷっ、それにしても、あなたは本当にいっつも横になっているのね。え?なんでわかるのかって?だって、ここのカードに出ているもの。あとは、、、あなたは女性に恨まれる星って出ているわ。誰か女性とケンカをしたでしょ?

 

そう、以前このブログにも書いた、

joe.hatenadiary.com

“霊力を持つという人にカード占いのようなものをやってもらうこととなった、というのは、このホーザのことなのであった。

 

一緒に出掛けてくれる人を求めている彼女は、いつも私に自分の家のそばへ引っ越して来いと勧めてきていた。

それが頭にあり、すぐにそれらの占いは本当かなあと疑いを持つ。

言葉は子供並みかそれ以上に拙くあっても、ブラジルでの経験を積んできてはいるので、本気で頭が悪いのだと舐められて騙されたりすることの無いように疑問があったら口にするように心がけている。

これまで友人などと後味の悪いケンカ別れをしたことに心当たりはあったが、それなりに生きてきたひとりの女が人生の中で、他の同性の者と一度もトラブルを起こさずに来れたなんてことはまずありえないだろう。

それを言うと、それについては、まあ、そうよね、と彼女も認めた。が、で、あなたを呪う黒い女に何か心当たりはないかと質問してくる。

全部信じているわけではないが、私は基本的に本を読むときやパソコンで動画を見るのにはゴロンとリラックスした状態でいるし、さらに最近の膝や体調不良もあってここのところ家にいる時は横になっていることが多かったので、それほど親しくも無い彼女が、私が、

横たわりがちな女

であることを繰り返し言い当てたことが引っかかり、思わず真剣に心当たりを探ってしまう。

それで真っ先に、私を舐めて盗みにかかった元・隣人のハム子のことを思い浮かべた。いろいろと嫌な思いはした。だが、そこまで恨まれたりするほどには濃密な関係では無いと私は思っているのではあるが。

それでさらに、私を呪うほど憎んでいる人は誰なのだろうと考えてしまう。ただ思い付きで言っている当てずっぽうの占いかもしれないのに。

そりゃ女友達とケンカしたことくらいあるけど、、、と言って思い出を辿っていると、ヤスミンまでが話に参加してきて、その人物はあなたよりも色が黒いのか?とグイグイ攻め寄ってくる。

いや、今はどうか知らないけど、日本人だから多分私と同じくらい、と言うと、

じゃ、違うわね、と急に興味を失い、また準備に戻る。

とにかく黒い女、というのが彼女らにとっての最重要ポイントのようだ。

ここで、ブラジルの日系の方に嫁いでいる、私の人生史上一番の漆黒と思われ“サンパウロの黒真珠”と勝手に異名を付けた日本人の友人の顔が頭によぎったが、彼女はただただただただむやみやたらに生まれつき色が黒いだけの、すごい美人なのにいつもキレキレのギャグをぶちかましてくるところがたまらない愉快で大好きな女性であるので、これを話したらきっとウケるだろうな、と吹き出しながらそこから排除する。

友よ、黒、で思い出してごめん。でも疑ったわけじゃないからね。

 

というか、マクンバをかける黒い女といったら、そりゃもうブラジル人の知り合いなのではないか。

でも思い当たる節が全くなくて、どうもこの占いは眉唾なんじゃないかな、と密かに疑いを持つ。

後でヤスミンが、彼女はすごく霊感を持っている人だから、、、と言ってホーザの予言?を受け入れているのを聞いて、少なくともヤスミンは信用しているのだな、ということはわかった。

どちらにせよ、いつもは無意識に蓋をして気づかないようにしている感情を意識上にひっぱりあげる効果はあるのかもしれない、とも思う。

実は自分は何を嫌いで何を信じているのかということを考えさせられたので、そう捉えれば占いもバカにできたものではない。

 

それに、このマクンバの翌日にハム子が隣の部屋を出て行った。

やはり占いを鵜呑みにしてるわけではないが、これを読んでくれてる皆さんも、ちょっと関係づけたくなったりするんじゃないだろうか。

 

まあハム子は出て行ったと言っても結局すぐ隣のアパートに住んでいるので、昨日も今日も、すぐ家の前で壁と路駐している車に挟まれた状態で佇む相変わらず肉々しいハム子の姿を見つけてしまい(ハムサンド)、しかも絶縁宣言をしたサンドラさんと普通に道で話し込んでいた。

私の知らない間に何が起こっているのか、とにかくブラジル人の行動は理解できないことも多い。

口論していたホーザとヤスミンの隣人も仲良さげにしているのを後日目撃した。

私は物事をすんなりと受け入れることのできるタイプではないので周りの出来事に振り回され、いろいろと苦労もしている。

 私も私なりに結構大変なので、“黒い女”は、あんまり私を呪わないでいてはくれまいか。

 

マクンバ実践・本編へと続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラッシュ

事故った。

 

私が乗ったコンビ(乗り合いバン)が。

昨日の夜中1時半ごろ、サンバチームの練習の帰りに、

信号の無い交差点で。

 

左から走ってきた赤い車の横っ腹に突っ込んだ。

私は運転手の右後ろに座っており、多分車内の人の中では進む道を横切ろうとするその赤い車に一番早く気が付いた。ああ~車来てるけど避けないの~?、と思って、

もうダメだと悲鳴を上げた直後にはぶつかっていた。

双方の前方不注意と思われる。

交差点の真ん中で止まり、とにかく降りろと運転手に言われ、身体が動くことを確認しフロントガラスの割れたバンを乗り捨てて急いで降りる。

 

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死の恐怖を覚えるほどスピードが出ていたわけではないが、それなりの衝撃があった。

赤い車はひとりの男子が運転しており、友人グループらしき何人か若い女の子も同乗していたようで、まだ10代にしか見えない二人組がショックのためか道の脇に座り込んで涙ぐんでいる。

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双方誰も骨が折れたり血が出たりはしていないが、私は左半身を前のシートに打ち付けたので、翌日打撲とむち打ちくらいにはなりそうな手ごたえだ。

衝撃を受けた部分と頭が痛い。

思わず頭を抱え込むと、怪我は無いかと周りの人たちに聞かれる。

痛いことは痛いが、どっかが著しく壊れてはいない感じで、救急車を呼ぶほどではなさそうだ。

それに怪我をしていても100パー自腹・自力で行かないといけないのだろうし、どうしたもんかと痛む部分をさすりながら周りを窺う。

こういう時は多分日本なら一緒に警察を待って証言などしたほうがいいのだろうが、隣に野次馬で集まってきたタクシーの運転手さんの話では、

「君の乗ってたバンも公営のものじゃないし、赤い車だってもちろんそうだ、免許持ってるかどうかだって怪しい。だからケガしてても何の保障もあるわけないよ。運が悪かったって、それだけさ。え?もし事故で死んでたらどうなってたかって? 同じことさ。運が悪かった、それでおしまい。」

ひどい話だが、ここはブラジル、まあそんなもんだろう。

もうここに居ても無駄なので君は帰っても大丈夫。僕のタクシーで送ってあげようか?と聞かれたが、もうちょっと様子を見ることにした。

保障などは出ないだろうが、一応事故現場と二つの車の損傷具合とナンバーがわかる写真を撮る。

運転手と話すと、「僕は全然(赤い車が横切っているのに)気が付かなかった。」と言うので、ちょっと腹が立ってきた。

直前まで隣に乗っている相棒としゃべっていたための不注意のように見えたからだ。

『私は気が付いてたよ!悲鳴を上げたけどあなたはそのまま避けるでもなくぶつかったのよ!』

私もブラジルでこんなことになるのは初めてで、動揺していた。

誰かに話したりでストレスを発散したかったのだろう、強めの口調になってしまった。

どこか痛いところはないかと聞くので、頭と体が痛い、と言うと病院に連れて行く、と言ってくれるが君の車はフロントガラス割れているし、いったいどうやって?

「病院連れて行くったって、無理じゃん!それに治療費は誰が払うのよ!!」

 と、事故に遭った不安な気持ちと日ごろのブラジルへの不満が混ざり合い、それを彼にぶつけてしまった。

見ると彼は足を負傷したようで引きずっている。

バンの助手席に乗っていた彼の相棒が赤い車のグループに向かって、俺の友達は怪我してるんだぞ!と食って掛かっていたことからしても、優先道路を守らなかったのは向こうなのかもしれない。

なんだか運転手の彼が可哀そうになってきた。

実は事故に遭うまでの帰りの道すがら、暇なのでこのコンビという乗り物の時給をざっと計算してみていた。乗組員2人に対して乗客が3人だったので、割が合わないんじゃないかと余計な心配をしたのだ。それによると私が乗った今回の売り上げは15レアル、500円くらいなのでガソリン代引いて300円ほどだろうか、二人で割って一人150円、という割に合わないことこの上無しで、でもそんな時があってもくさらず犯罪にも走らず真面目に働いているのだから偉いよな、と思っていた矢先の事故であった。

「乗車賃を払った?もし払ったのだったら返す、今から取ってくるよ!」

と足を引きずりながら取りに行こうとするので、支払い前だったので返金の必要は無いことを告げた。

だいたいブラジルにして、相手を責めず自分の言い訳に終始せずに、病院に連れて行ってあげる、乗車賃を返す、などとまで言ってくれるのは相当に良心的なことである。

よく考えたら、車が壊れてしまって足を怪我してその修理・治療費もバカにならない上、明日から働けない身だというのにこの気遣いをしてくれる彼にちょっと感動すら覚えてしまった。

動揺してきつく当たってごめんよ、と思い、彼の足の負傷は大丈夫なのか?他に怪我はしていないか?と労りの言葉をかける。

どうにもならないことはわかっていた。

こちらでは日本ではありえない頻度で目の前で血を流して倒れている重傷者が出るような激しい交通事故を目撃しており、そのたびに、強盗に遭う前に多分いつか交通事故で死ぬ~、と何度もおののいていたのだった。

たいした事故でなかったことはむしろ幸運であったかもしれない。

私がすべきことはここで特に無く、もう家に帰って休んだほうが良いと判断する。

彼が赤い車の主たちと話し合っている時に私の家方面の別のコンビが来たので、一声かけたかったが諦めてその車に乗り込み、家路についた。

 

そんなこんなで今回のブログはマクンバ実践編としゃれこもうと思っていたのだが、それはまた次回としたい。

ここのところリオでもギャングが殺されたとかが画像付きでWHAT`SUPP(日本のLINEのようなアプリ)に頻繁に回って来たり、練習の帰りに携帯を盗まれたというメンバーがいたりと物騒なことこの上無く、サンパウロでも邦人男性がピストル強盗に遭い殺害されてしまったニュースをはじめ、盗難、強盗などの物騒な話は後を絶たない。

そのため、かなりびびって日々気を付けて過ごしており、チームの宴はまだ続いていたのだがあまり遅くまでいて危険な目に遭う可能性を高めるのはやめようと、自分の出番を終え昨日はさっさと帰ることを決断したのに、まさかこんなところで交通事故に巻き込まれるとは予想していなかった。

  という訳で、今回は私のショックを和らげるための緊急事故報告ブログとあいなっている。

 

今朝起きるとやはり体が痛い。頭も痛く、特に首のムチ&ウッチーが活躍している。

左半身の肩・腰のダボ君も健在だ。

今日はリオのサンバ会場で私のチームのリハーサルの日だ。

相変わらず膝も痛い。

が、身体はどうにか動きそうなので参加するつもりだ。

 

一昨日は私の誕生日であった。

自分から誕生日だから祝えとかを言いにくいので、こっちに来てから基本はひとりで

はっぴばーすで~~とう~み~♪

と、世界で一番悲しい歌を歌ってひとり祝うのが通例となっていたのだが、

今年は半ば強引に祝っていただけたりしたので、歌うのを忘れていた。

遅ればせながら今高らかに歌おう。

 

あんはっぴばーすで~~とう~み~♪

 

と。

とりあえずこれを読んでくれた方は今日の私の健闘と幸運を祈ってください。

あ、うちの親には伝えないでね。誕生日の通例行事も含め。間違いなく余計な心配をかけるに違いないので。

 

 

 

愛と友情のマクンバ インターバル

私は、マクンバによって幸福を掴みました!

 いつもなぜだかツイていなかった私。もういい歳なのに彼氏もおらず、ダンサーという職業なのに膝を壊してしまい、しまいには隣人に騙されお金を盗まれる始末。そんな時に友人に勧められ軽い気持ちで始めたのがこの、マクンバだったんです。何をやっても絶好調ですべてトントン拍子にうまくいっている友人を羨ましがる私に、「え?もしかしてまだ知らないの?!」って(笑)。最初は半信半疑。鶏やヤギの生首になかなか慣れることができず、始めた頃は効果が感じられなくって何度も諦めようと思いました。でも、幸せそうな友人の言葉を信じて、もう藁にも縋る気持ちで頑張ってみたんです。すると、2か月くらい経った頃、、、そう!ついに効果が現れたんです!今は膝も完治し、仕事も順調。素敵な彼氏も出来て、私を騙した隣人も(大きな声ではいえませんが…)不運続きでどうやらバチが当たったようです!!なにもかもがうまくいっていて怖いくらい。本当に私、マクンバに出逢えてよかった!みんなにもこの感動を伝えたい!私、最高に幸せです!!!(ブラジル・J江)

 

驚きのこの効果を見よ!!

・一度振られた彼と復縁できました!そしてまさかのプロポーズ!私にメロメロの彼と、今日もこれからデートです♡(愛子・北海道)

・念願の億万長者に!今は何もせずにお金のほうが勝手に転がり込んでくる(笑)左うちわの毎日に、もう笑いが止まりません。(Y彦・熊本)

・ぶさいくでずっと童貞の僕に、なんとクラスのマドンナが告白してきた!幸せすぎて思わずほっぺたをつねっちゃいました。(M男・神奈川)

・ロト6をはじめてやってみたら、まさかの大当たり!!金額は、、、ムフフ、言えません♪(タクヤ・葛飾区)

・心配していた娘の縁談が決まりました。人柄の良いお医者様との良縁に親族一同ほっと胸をなでおろしております。(サナエ・愛知県)

 

反響続々!喜びの声多数!!

この幸福のマクンバで180度人生が変わった!

もっと早くに出会いたかった!

ありえない奇跡の連続に感謝の気持ちでいっぱいです。

てきめんの効果!くやしいから誰にも教えたくない!!

8キロのダイエットに成功しちゃいました♪

 

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ラ・ク・ラ・ク1日30分!まずお気軽に始めてみませんか?

一歩踏み出すちょっとの勇気で、アナタの人生が激変することを保証します!

成功も幸福も、ここでマクンバを選ぶかどうか・・・すべて貴方次第なのです。

もうクヨクヨ悩む必要はありません!今日からアナタも、レッツ☆マクンバ!!!!!

 

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 ~ブラジルの神秘!あなたの願いを叶える驚異のマクンバはこんな方におすすめです~

◎運気を良くして幸運をつかみたい!

◎素敵な彼氏・彼女が欲しい!

◎昔の恋人と復縁したい!

◎希望の会社に就職したい!

◎とにかくお金が欲しい!

◎病気を治したい!

◎ライバルのあいつを負かしたい!

エトセトラエトセトラ・・・

 

マクンバの秘密はここから・・・

注意!!)ここからは本気だと言う方だけ読んでください!

 

いつもは決して教えないマクンバの秘密・・・。

 

知りたくありませんか?

 

私は、マクンバを知らなかった頃の昔の自分のような不幸な人たちを救いたい!

 

そんな純粋な気持ちでこのサイトを立上げました。

 

※マクンバを信用できないという方、からかい半分でこれを読んでいる方はここでお帰りください。(中途半端な気持ちでいると、災いが降りかかります。脅しではありません。)

 

私は本当に心から幸せになりたいという人にだけに向けてこれを書いています。

 

効果は抜群!

 

翌日から夢のような奇跡の連続で、あなたもすぐにマクンバの力を実感するでしょう。

 

そんなブラジル最強宗教儀式マクンバ ・・・

 

今日はあなたにだけ特別に、そっとその秘密を教えちゃいます!

 

その秘密とは・・・?

 

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完璧だ。

もう準備は整った。あとは私がマクンバによって訪れる幸せをがっちりキャッチするだけだ。

広告に多少の嘘や誇張もあるが、これも素晴らしいマクンバで不幸なみんなを助けるため。必要悪だ。

 

 

 いつもの形態のブログよりも筆が滑ってスラスラと書けた。

これを書くためにとりたててどこかの似たサイトを見に行ったりしたわけでは無く、何かの記事をモデルに書いたわけでもないので、コンプレックス産業の広告記事のストックが自分の中にこんなにもあったことに驚いた。

出会わなくてもよかった未知なる自分にうっかり出会ってしまい、底知れぬ自分の可能性に今、戦慄を覚えている。

 

ちなみに今回158回目を迎えた、大好評連載4コマ漫画『マクンバっ子♡ヤッちゃん』は私の友人ヤスミンちゃんをモデルにしており、リオ在住・マクンバ大好き28歳、ちょっとおしゃまなブラジル人の女の子。クールに見えるが意外に情にもろくておせっかい、巨乳(シリコン)でいつも変なところに穴が開いた露出の高いファッションをしている、という設定だ。

執筆先生のペンネームは「シチュー川・緑(みどり)」としていたが、今思いついたのでこれを機によりブラジルらしく「フェイジョアーダ川・緑」先生へと改名したい。

注:フェイジョアーダとはブラジルを代表する料理の一皿。黒い豆を豚の耳やしっぽなどと煮込みご飯にかけて食べるうまい。

改名を機にノリにノッている 今後のフェイジョアーダ川・緑先生のさらなる活躍に乞うご期待だ。

 

まさか鵜呑みにする人はいないと思うが、上記の記事は私の妄想マクンバ広告記事なので、すべてフィクションだ。これに懲りたなら、私のことは金輪際1秒たりとも信用しないほうが良い。どうだ、わかったか。

神聖なマクンバをこんな風におちょけて書いてしまって、それこそマクンバをかけられてしまうのじゃないかと心配で震えている。

 

マクンバの効果が出て幸せを掴むか、バチが当たって不幸になるか。

のるかそるか。

こうなったらもうやけくそである。

 

さて、時は来た。

次回はついにマクンバ・実践編、だョ!

 

 

 

愛と友情のマクンバ 序章

つい最近のとある日、ヤスミンが、

「あなたの膝が痛いのは、マクンバで呪われてしまっているせいよ」

と言い出した。

 

 

一体なぜそんなことになるのか。

 

 

 

ひさびさの登場であるリオの友人、ヤスミンちゃんのとの日々である。

いろんな経験をしてきた彼女であるが、

joe.hatenadiary.com

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彼女は結構な“マクンベイラ”という顔を持つ。

マクンベイラとは頻繁にマクンバをやる人のことだ。

マクンバというのはこちらの黒人密教からの宗教色の強い儀式のことである。

説明すればするほどブラジル文化に詳しくない人を迷路に誘い込んでしまっているような気もするが、何となくの雰囲気はお分かりいただけただろうか?

実は私もちゃんと説明できるほど理解できていない。

まだブラジルに来たばかりの時に呪いの儀式だと説明され、誰かがイラっとさせるようなことを言うと、

あ、もうっ!マクンバかけるぞ!

というしょーもないギャグは、私も含め、まだこちらに来て日の浅い日本人同士がマクンバという言葉を知ってはしゃいで必ず一度は使う代表的なブラジリアン・ジョークである。

ググると人を呪い殺すための呪術で、かけたほうも命がけでリスクも高いとおどろおどろしいことが書いてあるのだが、実際身近で接してみるとそういう一面だけでなくて就職祈願や恋人探し、最近ついてないので厄落とし、みたいな普通に日本でも神社にお参りするような感覚でマクンバをやる人も多いと聞いた。

 

いろんな形態があるようだが、私がリオに通い始めたばかりの時にもヤスミンの家にマクンバの聖人だという人が良く来ていて、憑依したその人がお告げをする機会にたまたま同席したことがある。

そこで言われたものを準備をしてほど良き日にマクンバの儀式を遂行するようだ。

一緒にいたら私にまでお告げをしてきて、今よりさらにポル語がわからなかったので内容はちんぷんかんぷんだったが、葉巻をくゆらせ白目をむいて唾をペッペとバケツに何度も吐き出し体を奇妙に揺らしながら、その聖人は男性にもかかわらず女言葉で話していたことなどから女性の神様が憑依してお告げをしていることはなんとなくわかった。

後で確認すると、ヤスミンにはドナ・マリアという人が、私にはセッチサイアという人が下りてきて、それぞれのマクンバへ必要な捧げ物などを告げたという。

私には赤いバラを20本と、あと何やらいろいろ用意してマクンバをすれば私の願いのふたつが叶う、ということだった。

ヤスミンはやったほうが良いと勧めてくれたが、そんなもんはまったく信じていなかったのでその時はきっぱりと断った。

叶うと言われた2つのうちの、“希望のリオのサンバチームに踊り手として出る”というのはマクンバに頼らずとも叶ったので、ほらみろ、と思っていたのだが、“素敵な恋人に出会い仲良く暮らす”というものは未だ実現されていないので、やっぱりあの時に素直にヤスミンの言うことを聞いておけばよかったのかもしれない。だがそんなことを今さら思ってみてもそれこそ後のサンバカーニバル(既出・2度目)というものだ。

 

その後もヤスミンのマクンバ用グッズの買い出しに付き合わされたり、また、彼女の家族総出のマクンバ・デーに居合わせたりしたこともある。

連れていかれるのを覚悟をしていたが、

“どうする?でもあなたにはちょっとショックが強すぎるかもしれないわ。ここにいたほうがいいかも…”

という意見に同意してヤスミンちゃんの家でひとりお留守番をしていたこともあった。

すぐ帰ってくると言って2,3時間しても帰ってこないので心配していると、みんな疲れた様子でやっと帰ってきて、マクンバショッピングで買っておいた大量の生きた鶏が忽然と消えていたりする。

まさか鶏を生贄に絞め殺したりしてないよな、と、注意深く帰ってきた皆の衣服の汚れをチェックする。皆わりと綺麗な格好で出かけており、戻ってからも特に衣服に特に異変は見られなかった。気のせい気のせい、とほっとして気を落ち着かせていたのに、同行していた聖人がくるりと私に背を向けたのに目を向けると、彼の背面にびっちりと返り血が飛んでいて度肝を抜かれる、なんてこともあった。

おまけにその帰りのお土産に焼きたてのチキンを持ってきて、食べるか?と勧められたが、

もしや、あれが、これに。

とか思うと食欲がわかず手を付けることはしなかった。

 

 またこれは最近のある日、彼女の家にいるとやはり霊験あらたかなマクンバ師の元へ連れていかれた。

マンゲイラに行く、と言うので、おお、マンゲイラ(という有名なサンバチーム)に連れて行ってくれるのか、と思っていたら、チームの前を素通りして地名でもあるマンゲイラという地区にあるそのマクンバ小屋に導かれたので、巧妙なトリックにしてやられた感があるが別に彼女は嘘はついていない。

マクンバ師といっても、こんなんいたらどうしようと怯えていたような、顔を白塗りにしておもむろに人を指差し不吉な呪いを叫んで泡を吹いて倒れる、というエキセントリックな感じではなく、初老の、人をホッとさせるような、イメージとしては教会の神父さんみたいな穏やかな方だった。

基本的に彼女が相談のような形でそのマクンバ師のおじいさんとずっと話し込んでいるだけで、隣の部屋のTVの音がうるさくて話している内容はほぼ聞き取れないし退屈だったので、勝手にそのマクンバ小屋を散策してみた。

 すると、

 

にわにはにわにわとりがいた。

 

2羽どころではなく6,7羽の鶏がゲージに囲われて生きたまま収められている。

庭でその成れの果てと容易に想像がつく、絞めたてと思われる数羽の鶏の羽をむしっているおばさんに、ここで見ていてもいいか、と聞く。

寡黙だが気さくで、全然構わないよ、というので、首を切り落とし羽を捥ぐその工程を心の中でぎゃー、と叫びながら息を飲み見守る。

台所のほうでは大量の汗をかきつつ狭いスペースで若い娘さんが野菜などを煮ていた。

ここで働いていると思われるその二人はマクンバの聖地バイーアの伝統的な女性のする恰好で、ターバンのようなものを頭に巻いて長いふわっとしたスカートを履いていた。

マクンバ師の家族なのかもしれない。日本風に言えば巫女兼家事手伝い、といったところだろうか。

私が退屈に好奇心も手伝ってあれこれ質問をすると、仕事をこなしながら話に付き合ってくれる。

「ふぅー、あっつい。今日はまだ他のマクンバもあるから仕事が多くて大変よ。へー、日本にはマクンバって無いの?うふ、だから珍しそうにしていたのね。そう、これは儀式でつかうものよ。でも日本でもマクンバに似たようなものはあるでしょ?そりゃそうよ。“嫉妬”っていう心は世界中の誰もが持っているものだものね」

と、多分ブラジル国内から出たことのないだろう彼女でもさすが巫女のはしくれ、なかなか鋭い事を言うので本当にそうだな、と感心していた。

二階では何かの儀式の最中なのか、何かの断末魔のような叫び声が聞こえてくる。

庭の物置のような建物の中を覗くと、祭壇があり黒い羽をした鳥(死骸)やヤギの首などが飾られている。

ヒッ、と声を出さずに小さい悲鳴を飲み込み、また庭先をうろうろしてみる。

それでもまだ退屈を持て余していると、さきほど叫び声のした2階にヤスミンちゃんは司祭と一緒にあがっていき、何をしていたのか30分ほどで下に降りてきて、少しまた話をした後でやっと帰ることになった。

 

 

ここで、

ヤスミンが、「あなたの膝が痛いのは、マクンバで呪われてしまっているせいよ」

と言い出したところへ話へ戻そう。

だからまずは薬草などを使った膝の治癒メインに嫉妬を落とすマクンバをしたらいい、という。

「あなたに嫉妬した黒い女の人があなたを呪っているの。あなたもマクンバをしましょう。」

近くにいた友人も、うんうん、そうだとしたり顔で頷いている。

 

 

一体何がどうなってそんなことになってしまっているのか。

だいたい私を呪う黒い女とは誰か。 

 私はその彼女にどんな非礼を働いてしまったというのだろうか。

 

茫然としつつも、いや、でもこれちょっと面白いかもしれない、と好奇心がうずき出す。

 

今度この話はゆっくり書こうかと思うが、私は去年カーニバルの10日ほど前に体調を崩して倒れ一時緊急入院した。

カーニバルにはなんとか参加が出来てその後快方に向かってはいたがなお日々目眩などの症状に悩まされていた。

私が道でバッタリと生き倒れた時のそのさまが狂人のように尋常では無かったのを見ていた大家のサンドラさんは、これは絶対に悪魔に取りつかれてしまっているに違いないので祓ってもらったほうがいい、と私を、彼女の行きつけの教会に連れて行ってくれた。

半分顔を立てるために付き合った部分もあったのだが、お祓い的なことをしてもらうと、その日からピタリとその目眩がやんだ。

私はもともとスピリチュアルなことにはどちらかと言えば懐疑的な方である。

回復期と重なっただけの偶然かも知らないが、それにしてもその時はかなり不思議な体験をした。

 

私の膝が痛むことはわりと前からヤスミンちゃんに告げていた。

手術が必要かもしれない、などと不安に任せて言ったりしたこともあったので、膝の不調と体調不良を理由にサンバの練習を休みがちでリオに例年のようには訪ねてこない私を心配して、彼女なりに何か原因を突き止めようとしてくれた結果のようだ。

 次回ヤスミンの開催予定のマクンバは、呪ったりするネガティブなものでは無く、願いを叶えたり汚い思念など寄せ付けないように身体を浄化するためのマクンバだと言う。

どうしてこんなことになっているのかはさっぱり理解ができないが、ヤスミンが私のことを親身になって考えてくれるのは伝わってきて嬉しく、有難かった。

よし、いっちょのってみるか。

 

そういった訳で私はマクンバをすることになった。

 

もし私の膝が治り、その上今度こそ素敵な恋人のひとつでもできたら、それはヤスミンちゃんのマクンバのおかげかもしれない。

 

もしそれで私の欲望が叶ったら、

 

私はマクンバのおかげで幸運を掴みました!!

 

という、目元を黒い線で隠して恋人と腕を組んで歩くショットと共に札束の風呂に入った写真を乗せた胡散臭い広告を作り、このブログでも大々的に宣伝する予定だ。

 

 次回に続く。

 

 

ブラジル・日本人サンバダンサーの加齢な日常

 

膝が痛い。

 

joe.hatenadiary.com

 

でも触れたように、去年の5月くらいから膝に異常を感じていた。

ずぼらで病院嫌いの私は、しばらく放っていれば治るだろうと様子を見ていた。

以前も何度か膝や股関節などに痛みを感じたことはありいろいろ治療をしてみたが治らなかったのが、時が経つにつれ良くなったことがあるからだ。

7月終わりから1か月ほどの休みを取る予定だったので、その間になるべく安静にしていればまた元に戻るのはずさと静観していたのだった。

だが休みを取り、安静という名目の元にはりきってごろごろと怠惰な暮らしをていたにもかかわらず、一向に回復の兆しが見られない。

とうとう膝を曲げることができずあぐらすらかけなくなり、それどころか寝そべっていてもズキズキと膝に痛みを感じ出し、足を軽く引きずらないと歩けない日さえあるようになってしまっていた。

さらに、オリンピックの閉会式を終えて久々にサンパウロの友人たちに誘われて行ったカラオケハウスで酔っぱらって調子に乗り、体が柔らかくないとできないご自慢のエアー足ギター(special ver.)を披露したところ、もともと膝が悪いゆえバランスを保てずもんどりうって痛いほうの膝をしたたか強打してしまうという、全然誰にも同情してもらえない理由によりさらに加速して悪化してしまった。

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この人は座っているが、立った状態で、さらに足をもっと高く、12時10分くらいの角度で。

http://itizusugita.jugem.jp/?eid=425

 

聞いてはいたが、今まで理解できなかった“膝がぐちゃぐちゃになる”というのはこういうことか!と負傷中の膝を思わず打ってしまう。痛。

 

しゃがむことができず、痛くて左足を軸にして立ち上がることもままならない。歩いたり踊ったりすると膝が抜けるような感覚とともに痛みがあり、こりゃ本気でやばいな、と、思いつつ体が資本である仕事をしているためだましだまし日々を送っていた。

 

そんなある日、私が通っている腕の良いマッサージ師さんに相談したところ、今すぐ病院に連れて行ってあげるから用意をしなさいと言ってくれた。

そこで私ははっと我に返り、何か月もうじうじと悩んでいるよりも、原因をはっきりさせて治療を受けたほうがそりゃいいよな、と思い、お言葉に甘えて言われるがままタクシーを呼び付き添っていただいた。

とりあえず無料でやっているSUSという公共の病院に行こうということになり、だがそこでは無理をして平気なふりをしたりすると、下手すると何日も待たなければならなくなるので今こそその痛みを余すことなくアピールするのだ!と言い含められ、

もっと私の肩につかまって体重をかけていいから!ほら、もっと足を引きずって!!

と、ちょっと大袈裟だろうと思うようなありさまで病院を訪ねることになった。

いかにもブラジル的な手段にやや抵抗はあったが、我慢も限界に来ていたので彼女の指示に素直に従った。実際に痛くて不安だったので、彼女のサポートがとても有難かった。

こちらの公共の病院では基本急患以外は後回しにされ、重患者であっても何日も予約が取れずに悪化してしまったり、待っているうちに死に至ることもままある。

膝が痛いくらいで死に至ることはないと思われるが、その日は他に重症な患者もおらず、それでも2時間以上待ってやっと診療にありつくことができた。

レントゲンを撮り触診をしていくつかの質問をされる。

もう数か月痛みがあり、さらにその後に転んで膝を打ったことは言いにくかったので、酔っぱらって調子に乗ってしまったくだりはカットしてそのことを話した。

膝がカクンと抜けるよな感じがするか?と聞かれ、

そうそう!それそれ!!まさにそういう感じがするんです!!とまた自分で膝を打つ。痛。

僕は膝の専門家では無いからはっきりしたことは言えないが膝の前十字が損傷して腫れているので、まず痛み止めと腫れ止めの薬を出すからそれを飲んで足を高いところに吊って2か月は安静にしていなさい、と太ももから足首までの広範囲に渡って包帯でぐるぐる巻きに固定されてしまった。

 

まじか。

 

経済的にも、私を待っていてくれているはずのサンバ教室などの生徒さんたちにも、

いや~ん、じゃー、2か月ほど休むんでシクヨロ~♡

と簡単には言えない。

生徒さんたちは良い方ばかりなので、きっと無理しないで休んでくださいね、と言ってくれるだろう。

でも、それは嫌だ。困る。

大丈夫、なんとかなる。

そう信じてまた日々を過ごした。

同じく左膝を痛めて調子の出ないフィギアの真央ちゃんの頑張っている記事だけが心の支えだ。

国民のアイドルである一流スポーツ選手と厚かましく自分を対等な位置で重ね合わせながら、無理無理やっていたバレエのレッスンはひとまず辞め、リオの練習も休んでしばらく悶々としていた。

 

以前このブログにも登場した貴婦人に話をすると、

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ご自分や柔道をやっていた旦那様が通っていたすこぶる優秀な膝の専門家の先生を知っていると言う。

保険が無いとすごく高くなってはしまうのだが、行ってみる価値はあると勧めてくれた。

渡りに船と、またもや忙しいところ貴婦人の予定を変更していただいてまで、その病院に連れて行っていただいた。

本当に周りに支えていただいていてこそのブラジル生活である。

膝の不調のせいで変に考え込んでしまい身も心も憔悴しており、もう踊れなくなってしまうのではないか?もう潮時なのでないか?もうそもそも日本に帰ったほうが良いのではないのか?

と、プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達を観ては涙を流し、日々インターネットで、膝 痛い 前十字、などというワードで情報を集めていたところだった。

そこには私に似た症状の人たちをたくさん見つけられ、日常生活にはそんなに支障は無くても、一度損傷してしまった膝は自然にもとに戻ることはほとんどないので、激しいスポーツなどをしっかり続けたいという人に対しては手術することが勧められていた。

手術してもその後半年から1年リハビリを続けなければ復帰は難しいとの情報を得て、ひたすら絶望的な気持ちになっていた。

 

だがいざ診察を受けると、その海外の学会で最新の技術を学んだりもしているスペシャリスト医師は触診だけにもかかわらず、悲壮感を漂わせ、で、手術はいつだ?と詰め寄る私に、手術などしないで大丈夫だ、と太鼓判を押す。

何度も必死でしつこいほど自分の症状をアピールするのだが、しまいには失礼なことになんなら半笑いだ。

重症でなさそうなことに安堵しながらも、なんだか私の膝が恥ずしめを受けたような複雑な気持ち。

違うんだ、私は詐病で大袈裟に騒ぎ立てる構ってちゃんのパラノイアなんかじゃない。

本当に痛いし思うように動かせないのだ。信じて欲しい。

 

それに、このお医者さんにもここで一言ちょっともの申したい。

アホか、と。

あなたはその職業にして今まで一度も膝の気持ちを想像したことはないのか、と。

だいたい、本当に素晴らしい腕の専門医だというのなら、私や私の膝の立場というものにもうちょっと配慮してくれたっていいのじゃないか。

せめて、本当に手術が必要なほどの重症であった痕跡はあるが驚異の治癒力で奇跡的に治りつつある、だとかうまいことを言って膝と私を心ごと癒してこその膝師・スペシャリストなのではないのか、と。

実際にそう告げたら、初心を忘れていた自分を激しく悔いて、感謝の涙を流してすぐに改心するに決まっている。

 

ええ。

 

半ば言いがかりであることは自分でも気づいている。

 

だが、痛みがあることはわかるがその痛みさえ除去できればオールオッケーという診断で、こちらとしては薬も強めでガツンと効きそうなものをご所望なのに他の薬は必要無いと言って処方されたのは、“軟骨を作る成分の入っている薬”という生ぬるい感じのものであってひどく納得がいかない。

 

帰りの車の中で、彼の腕に絶大な信用を寄せる親切な貴婦人に、手術をしないですむ程度だとわかってよかったわね、と声をかけられた。

これからも家に帰って急な仕事を片づけなければならない貴重な時間を割いてまで付き合ってくれた貴婦人に、そんなにたいしたことはないという診断の上、送り迎えまでさせてしまうことに恐縮しつつ、でも本当に痛いんだけどなあ、、、とぼやいてみた。

 

「そんなの使い過ぎよ。みんな年を取ってくると何もなくてもどっか痛くなったりしてくるのよ」

 

と、さすがの貴婦人、年の功。言葉に重みがあった。

 

 

そっかあ。

 

 

今度は膝こそ打たなかったが、しみじみと納得してしまった。

なんだか気が抜けて、安心したせいか心なし膝の痛みが和らいできた気がする。

 

実際その後の経過は、まだ痛みはあるもののピークの時よりだいぶ楽になってはきていた。

 

誰もがいつまでも若いままではいられない。

これからもこういうことがたくさん起こり、多くはそれと共存してうまく付き合っていくという方法で生き延びるしかなくなってくるのだろう。

 

 

 そう、つまりこれが、ブラジル・日本人サンバダンサーの加齢な日常、というわけだ。

 

 

 

 

 

ハム子、その後

予想していたとおり、大家サンドラさんからかつての隣人ハム子の香ばしい話が早速私の元へ届けられた。

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そしてそれを、花粉を運ぶ蜜蜂のように、私が今あなたの街に届けている。

(注)これからここでする話は、たった今サンドラさんから聞いたばかりで、えぐい内容が含まれます。未成年の方、気分が悪くなりそうな方は読まないでください。

 

先ほど、もう夜中だったのだが飲み足りず、ビールでも1本買いに行こうかと部屋を出た。

するとサンドラさんが3階にある住人の共同の物干し場でゴソゴソとなにかしている。

「マクンバ(呪いの儀式)でもしてるの?」

と笑って軽口をたたくと、

「ジョガンド(捨てている)してる」

と、咄嗟に韻?を踏んで返してくる。

まったく、頭の回転の速い人だ。

明日のゴミの日のために、ハム子が置いていったフライパンなどのゴミを袋に入れて仕分けしていた。

どうせ私も下に降りるからと、それらを一緒に階下のゴミ捨て場に運ぶのを手伝う。

 

ほら、これ見てよ。こんな汚っないまんまで台所用具全部置いていったのよ。

と、油まみれの汚れた手を私に見せる。

もう借り手は決まっている元ハム子の部屋を、このままでは汚すぎて貸すことはできないと、ここのところの猛暑のさ中、ずっと汗をかきかき掃除や壁の修復などの後始末をしていたサンドラさんである。

物干し場には古い冷蔵庫とオーブンがまだ放置されていて、掃除があまり得意ではない私でも引いてしまうほどにマジできったねえな、と今日も昼間の通りすがりに一瞥(いちべつ)していたところだった。

それらも明日粗大ゴミに出すことになっていると言うので、

『え?二人は別れたの?』

と疑問に思って聞いてみた。

サンドラさんに追い出されて住処を失い当面はお互いの実家で別々に暮らしているハム子夫妻ではあるが、またどこか新しいところを探して一緒に住むのかと思っていた。

だが家財道具一切を処分するということは、新しい家を探してそこで二人で暮らす気がないからだと思えたのでそう聞いた。

(いくら古くて汚くても、全部の家財道具を新調して暮らす、という選択は二人で月1万円のワンルームに長く暮らしていた彼らの経済状況では無理なのではないか、と思ったので。)

また、そんなに連日殴り合いのケンカをしていたような夫婦であれば、子供がいるわけでも無いし、この機会に別れるというのもアリなのではないかとも思った。

「そう、もう別れたわ。」

ああ、やっぱりか。

「だって、追い出したしもう住むところないもの。」

『でもさ、たとえばまたファベイラ(貧民街)とかに新しい家とか探したりしてさ。』

「ファベイラはいつも音楽がかかってたりして雑多でうるさいところけど、盗んだり、毎晩夫婦喧嘩で怒鳴り合いするような人たちをマフィアが住まわせてなんておかないわ。家と家の間が近いし周りに迷惑だもの。私がケンカを止めにいっていたのだって、殴り合いのひどいケンカをしてるから、勢いあまって壁に頭をぶつけてどっちかにここで死んだりされたら困るから、そんなファベイラで起こるような悲劇を防ぐために止めに行ってたのよ」

 

なるほど、多少矛盾しているように感じるところもあるが、ふたりの仲を心配して、とかではなくてそこまで考えていつもケンカを止めに行っていたのかと初めて理解する。

そういった部分サンドラさんの思考・行動は非常に現実的かつ土着的で、いつも私の想像の上を行く。

 

それでサンドラさんは私の今まで知らなかった裏事情をいろいろと語りだす。

 

(ハイ、ここで、あまり生々しくならないように、箇条書きにしてサンドラさんから聞いた話のポイントをまとめてみますよ。

ほらタク~ちゃんと聞け~、ここテストに出るぞ~。)

 

1.ハム子はやはり私の家に忍び込んで金を盗んでいたこと

2.スエーリョ(ハム子の家の反対隣に住んでいた推定90歳の老人)の家でも金を盗んでいたこと

3.盗み癖や虚言癖がひどいこと

4.近所の人たちにも借金をしまくって一度も返したことがないこと

 

私の家の引き出しにしまっておいたお金が盗まれたことなどについては以前も書いた。

疑惑の隣人2/と近所であった殺人事件 - ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

 

ハム子を追い出す際に、サンドラさんは追い出す理由をすべて話したそうだ。

連日の物騒なケンカに加え、ほうぼうから借金をして返さないこと、私やスエーリョの家からお金を盗んでいたこと。

私のお金の盗難の件に関しては実際には警察は指紋を取ることはしなかったのだが、サンドラさんはカマをかけ、

「joEの家に警察が来たときに、財布からあなたの指紋が出たのよ。それで警察はあなたを捕まえようとしたの。でもそんなに大した金額じゃないし、大ごとになるのもアレだから、joEには今回は黙っていなさい、って私から言ったのよ。本当は警察はあなたがやったって知ってるから、何か事を起こしたらあなたはすぐに警察に捕まるはずだったの。スエーリョの家でのお金だって同じことよ。」

と、告げた。

ハム子は(ハッタリだが)証拠を突き付けられ、それを聞いて黙ってうなだれたという。

 

 (ハイ、ここらへんは以前にも出てきた基本問題です。みんな、覚えているよね!

 これからもっと香ばしくなるからますます注意してくださいね。)

 

5.スエーリョに頻繁に体を50レアル(1500円)で売っていたこと

6.近所のほうぼうの人にそういうことをしかけていたこと

 

隣人のスエーリョ(風呂嫌いで尿漏れのひどい90歳の老人)の家に、自分の家のシャワーが故障しているからシャワーを貸してくれと現れたので了解すると、何も身に着けずに出てきて彼を誘惑したそうだ。思わず彼がその裸の胸に手を伸ばすと、

待って、1回50レアルよ。

と言って事に及んだという。

それは家賃を払う前の日などに日常的に起こっていたということを、スエーリョが以前から話したそうにしていたのにサンドラさんは気が付いていて、ここを出て行く際にとうとうそのことを彼自身の口からはっきりと聞いたそうだ。

実はその前からサンドラさんは近所の他の人たちからも彼女がその豊満すぎる肉体を武器に小銭を稼いでいるという、そんな話をたくさん聞いていたので、中2階に住む年の差カップルの女癖の悪い年下旦那に疑いをかけ否定はされたが、(頭上すぐにあるその部屋を指差しながら)あれもぜったいにやってる、と断言して、あ、まずい、彼の家の窓が開いてるわね、と声をひそめた。

 

 

(だんだん厳しくなってきたね!ついてこれてるかな?!

 先生ももうかなり苦しいよ!

 けどもうちょっとだからみんなもがんばって!!)

 

7.ハム子の旦那にも、ハム子がいろんな人から借金をしては踏み倒したり、盗みを働いていたことを知っているでしょ?と問い詰め、知っていたが怖くて言えずにずっと悩んでいたと告白されたこと。

8.さらにハム子の旦那に、信用をしてお金を貸してくれた隣人や友人を裏切っただけではなくて、旦那を裏切っていろんな男とやりまくっていたことを暴露したこと。

 

それを聞いて、当事者である彼はいま私たちが感じている数倍も気持ち悪くなったのだろう、吐くゼスチャーをして見せ、まさかスエーリョまでとも、、、。と何度もえずいていたそうだ。

リミットまでは自由に泳がせておくが、いざ仕留めるとなったら息の根を止めるまでとことんやる。

本気になったサンドラさんの破壊力のなんとも凄まじいことか。

リオに舞い降りた聖なる破壊神・デストロイサンドラ。

 

“怖かった”というのは、ハム子についてのことだけでなく、バンジード(ギャング)の一員であるハム子の兄弟が、少し前に警官に撃たれたことなどにも起因しているという。

サンドラさんはほんの2か月ほど前に近くのファベイラの道で悪い薬を売っているハム子の兄弟を見かけた。

またそんなことやっている、と見ないふりをして素通りしたサンドラさんであったが、それから1週間後に彼は殺された。

こっちの地区の警官の多くは犯罪者を殺すことに慣れていてシビアなので、犯罪を繰り返すどうしようもないその兄弟はついに撃たれて死に至ったという。

サンドラさんの実況解説によると、

「その警官はね、ここらへん(腰と太ももの間くらい)を撃ったの。手に収まるようなピストルじゃなくてこんなん(手で1mくらいの幅を広げて)長くて大きい銃よ。そんな銃で撃たれると、心臓に近くなくっても10分も経てば出血多量で人は死に至るの。前から目を付けられていて、こいつをこのまま生かしていたらダメだと判断した警官は、すぐに病院に連れて行っくれと請うその兄弟を路上にころがしたまま無視して自分の腕時計で時間を計って、ちょうど10分してからやっとパトカーに乗せて、わざと遠回りしながらゆっくりゆっくりとその兄弟を病院に運んで行ったの。病院に着いたときにはもうその顔は真っ白になっていたって。」

 

オーマイゴット

 

外人でもないのにあまりの生々しさに頭をかかえてそう言いそうになってしまう。

犯罪者とはいえあまりにもしんどい話だ。

 

そんなこともあって、公にはなっていないにしても、犯罪じみたことを繰り返すハム子に旦那はいろんな意味で恐怖心すら感じていたということだ。公。ハム。

ちなみにもうひとりいる同じくバンジードの兄弟の片割れは最近刑務所から出てきてハム子と同じく実家に帰ってきたものの、自分も撃たれることを怖がってこの間のクリスマスの日にだけ外に出てきて、お母さんと腕をしっかり組んで近所を一周した以外はずっと家に籠っているという。

 

ハム子にはもうこのアパートの敷地内には一切立ち入るな、わかっていたと思うけれど、joEや他の隣人女性は家に招き入れても一度も私の家にも入れたことは無いだろう、何故ならばあなたという人はまったく信用できない人間だからだ。

と、サンドラさんはきっぱり絶縁宣言をした。

だが、ちょうど昨日はハム子の、もう元旦那となった彼の誕生日だったということで、仲良くなった他の隣人と共同の物干し場でシュラスコ(バーベキュー)をやりたいというのはすんなりと受け入れて、隣人同士で肉を分け分け楽しい時間を過ごしたらしい。

もちろんハム子は抜きだ。

ちょっと太めだったハム子の元旦那は実家に帰って母親にきちんと身の回りの世話をされ健康的な食生活を行っているせいで、ハム子と別れてまだ少ししか経っていないのに見違えるようにシュッとしたナイス・ガイへと生まれ変わっており、驚いた皆で口々に、痩せたね?!なんかすごくかっこよくなったんじゃない?!と声をかけると、

「ああ、だって今はもう心配しなきゃいけないことが何も無いからね」

と、サンドラさんたちの、あなたはちゃんとしているいい子なんだから早く別の良い女性と幸せになったほうがいいよ、という忠告にしっかりと頷いていたということだ。

一方のハム子は未練タラタラで、暇さえあれば彼に連絡をして復縁を迫っているという。

 

 そんな話を一通り終えたところで、2台のバイクが続けて目の前の道を走りやってくるのが見えた。

それにサンドラさんはさっと顔色を変えて、門の扉を開けてすぐ中に入ろうと指示してくる。

「夜中の連れだったバイクは一番危ないの。2台がかりで強盗をしようと通りすがりの家や通りかかった車を物色してる場合も多いのよ。ここらへんでもそういう事件が最近頻発してるの。」

ファベイラに程近い治安の良い場所ではないと知ってはいたが、私自身は近所でモロに危ない目には遭ったことがなく、住宅街なのでそれほどに危険な場所ではないなんて勝手に解釈していた。

「あ、そうかこれから出かけるのね。すぐそこで飲み物を買うだけか。でもそれでも気を付けて。もしそういうのに狙われてる気配を感じたら家の前を通り過ぎて一回やり過ごすのよ。門を入る時についてきてそのまま家に押し入って強盗されるケースが最も多いの。」

そんな物騒でパンチのある話を立て続けに聞いて、命を懸けてまでこれからビールを買いに行こうという気はさすがに消失した。

つくづく日本とは別世界のように物騒で不穏な場所に住んでいるのだな、と再認識する。決して親には話せない。

情熱に押し上げられたその成れ果てに今こんなところにいるが、いつまでもここに住み続けることは私には不可能だろう。

私がここから去る日もそんなには遠くないことをうっすらと予感した。

 

今日は久々にいろんな人と会ったり忙しく過ごしており、最後にこの話を聞いたダメ押しでかなり疲れた。

 

ビールも買いそびれたことだし、今日はもう寝る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイーアの旅③~ペロリーニョのペレ~

さて、バイーアの旅③、いよいよ涙の完結編である。

 

バイーア滞在の最後の夜にもバレー・フォルクローリコ・ダ・バイーアを鑑賞し、

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このままホテルに帰るのももったいなく思い、感動の余韻に浸りながらペロリーニョ広場という超観光地の近くをホテホテと歩いた。

年末年始の数日はブラジルの有名アーティストが参加する無料の大々的なフェスが夜中まで繰り広げられていたのだが、ひとりだし、どうせ地獄のように混んでいて楽しむどころじゃないだろうと了解しつつ、一応その会場のほうへ向かってみる。

その会場へ行くための観光用にも有名なエレベーターには笑うくらいの長蛇の列ができており、会場を高いところから見渡せる場所に移動する。

すると想像した地獄をも軽く凌駕する混雑は舞台の近くにたどり着くまでに軽く3年くらい要しそうで目眩を覚えた。

米粒に描いた等身大の人物の顔くらいの頼りない小ささで人気ミュージシャンが歌っているのが辛くも確認できたが、もうすっかり私のやる気メーターはマイナスに振り切られていた。

隣で眺めている家族連れやカップルも会場まで行って見るのはあきらめモードである。

(翌日同じホテルに泊まっていたシンガポール人の女の子の話を聞くと、あまりもの人込みで皆殺伐としていて、荒ぶれた喧嘩なども頻繁でとっても危なくて怖かったと言っていたので、やはり私の判断は賢明であった。)

 

そこにひとりの物乞いの少年が現れた。この数日間で何度も見かけたこ汚くサイズの合っていない赤い大きなTシャツを着た裸足の12歳くらいの男の子だ。

ほうぼうでお金をせびり、思い通りにいかないと暴言を吐いていたのを見かけ警戒していたのだがその前日、私が広場の屋台でアカラジェ(バイーアの代表的な軽食。ドーナツのような揚げた生地に干しエビや玉ねぎやオクラや味のついたねちゃねちゃした何かが挟まっている。うまい。)を求めて並んでいるときにまんまと目をつけられ、避けることもままならず既にほんのりと絡まれていた。

 

ゲ、あいつまたいるよ。

 

憂鬱な気持ちになりその場を早く去ろうと思ったが、隣の家族に話しかけている彼を見ていたらなんだか悲しい気持ちになってしまった。

隣はいかにもお金持ちそうな身なりの良い子供連れの家族で、子供は彼よりも小さいがそんなに年の頃も変わらないだろう。

想像するしかないが彼がもしとっても素敵な家族に恵まれていたならば、裸足で毎晩こんなところで金をせびってはいまい。

よく見るとボサボサのアフロ頭の右側が何かの病気なのかがっつりとハゲている。

まだクリスマスの飾りつけもまばゆい、お祭り気分ではしゃぐ観光客や幸せそうな家族連れの中で、何日も同じ格好のままひもじく連日小銭を請わなければ生きられない生活でも、それがおまえの人生なのだから受け入れて品行方正にしていろ、と誰が言えるだろうか。

彼の肩をちょんちょんとつつき、少しだけお金を渡す。

彼はにっこりと笑ってオブリガード、と言って、手の中で渡したお札を何度も開いて嬉しそうに見つめた。

その時はじめてちゃんと顔を見て、意外にも整っていて美しい顔立ちをしていたことに気づく。

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ショーを見るのはさっさと諦めてホテルに戻る道の途中、

「おね~さ~ん!ちょっと!ちょっと!日本人デスか?!」

と通りの反対から声が聞こえた。

ここに来てから観光客から教わったのだろう、カタコトの日本語で話しかけてくる輩は何人かいた。

どうせ挨拶程度の日本語しか知らないだろうし、それに、どうせ関わってもろくなことにならないだろうとガン無視してこれまではやり過ごしていた。

「ねえ、ねえ、ちょっと、聞こえてる?ムシしないで!ねえ、いいから、ちょっとこっちに来てよ!」

なんか今までの輩の日本語とは様子が違う。

なまりはあるもの、繰り出す日本語がナチュラルでやけに流暢だ。

思わず興味をそそられてしまい、道の反対側の路上で水を売っていたその日本語の発信源である小柄な黒人のおじさんの方にふらふらと近寄ってみる。

日本語を駆使しすごい勢いで話しかけて来て、それが本当にかなりうまい。

「おねえさん、日本はどこに住んでたの?…え?あ、大丈夫、日本の場所ボクわかるよ~…あ、そうそこ、赤羽の近くね。赤羽は京浜東北線と、、あと埼京線も通ってるね。」

 

詳しすぎる。

 

だいたい日本に来たことのあるブラジル人でも、知ってる都道府県は有名どころばかりで、東京、大阪とか、大概そんなもんだ。

彼は道行く人と忙しく挨拶を交わしながら、彼の名はペレといい、東京の王子に(だから近くの赤羽に詳しかったのだ)10年間住んでいてこの3月に帰ってきたこと、カポエラの師範であることなどと共に、日本の女の人は足が太いと言うと泣くね。こっちでは誉め言葉なのに。

などというわりかしどうでもいい情報をちょいちょいはさんでは喋りまくる。

日本語本当に上手だね、と褒めると、

「僕は毎晩日本語ひとりでしゃべって勉強していたよ。…、うん、誰も話せない時は寝る前にずっとひとりでしゃべって忘れないようにしたよ」

 

・・・! ひとりで!

 

ちょっと面白かったので、そのすぐそこの彼の知り合いの店でビールでも飲もうよという誘いに、どうせ暇だしせっかくの最後の夜だし、それに何か香ばしことが起こりそうだと悪い癖が発動してしまい、すでに酔っていて彼の目が血走っているのは気づかなかったことにしてついつい誘いに乗ってしまう。

店と言ってもビールとスナック菓子が売っているくらいの昔の町の角のたばこ屋を彷彿させる売店で、その隙間になんとか簡易椅子を二つ並べてもらいビールを買う。

彼はカッシャッサ(ブラジルの強いお酒)を割らずに生(き)のまま注文して一気に胃に流し込む。

私と話しながらその店の前を通る人に、日本ではこうだった、と無関係な話題をいきなり振って日本語を交えて片っ端から話しかけている。

しまいにはどんどんエスカレートした下ネタもえぐくなってきた。

友達だという店主に目配せして、ほんと、めんどくさいね、とポル語で言うと、

 

「そんなことないよ!君はめんどくさくないよ、大丈夫!!」とペレは元気に話に割り込んでくる。

 

 

おまえだ、お・ま・え。

 

 

だいたい話す内容はしょーもないのだが、たまに意表を突く日本観が彼の口から飛び出したりもして思わず吹き出してしまう。

そこそこイケメンの二人連れの通りすがりのお兄さんたちも、彼に招かれるままそこで一緒にビールを飲んで話に加わってきてまあまあ楽しくなってきたのだが、これから例のショーの会場にみんなで行こうと誘われたのには疲れてしまいそうなのでと断った。

ペレは、じゃあバイーアの夜景が一望できるとっておきの場所があるからそこを見せてあげる、と言ってきた。

もう帰ると言ったがクソしつこいし近くらしいので危険は無いと判断して彼についていく。

夜は更けてきたが、まだまだ人通りは途切れない。

 

ここだ、と立ち止まったビルの前で、門番に向かって知り合いがいるから入れろと半ば強引に中に入り、エレベータの一番上の階のボタンを押す。

着いた階にある扉をガンガンと叩き、案の定その最上階の管理人に、おまえは誰だ?と言われてモメている。

だが本当にそこの持ち主と知り合いであったらしくその名前を告げ、その人は今日出かけていると言われるもしつこく食い下がり、では景色を見るだけだったら、と、乱暴な交渉の末みごと潜入に成功した。

酔っぱらっているペレがまた管理人にしつこく話しかけ数分の間に同じ話を3回も繰り返したので非常にうざく早く帰りたくなったが、なるほどだだっ広いサロンのような部屋の壁の三面は展望台のようなガラス張りになっており、街が一望でき遠くに海が見える聞いていた通りの絶景であった。

 

いいかげんに帰ろうとビルの下に連れて行くと、ほぼ呂律の回らなくなった口で僕の家はここから遠くてもう帰れない、ホテルに、、、タクシー代が、、、などと言って私の腰に手を回してくる。

その手をはいはい、とバシバシ叩いて払い落としたら、

「ちょっと、なんでそんな冷たいの?なんでそんなに嫌うの?!」と言ってくるので、

「嫌いじゃないよ。でもべつに好きじゃないし。」と率直な感想を述べ、彼を残してさっさと自分のホテルの方へ歩き始める。

最後にお金が足りないから5レアル貸してくれというのでちょっとイラっとしたが、しょうがないのでお金を渡してまたすたすたと歩き始めた。

さすがにもう面倒くさい。

「ちょっと待ってよ!ねえ!…こっち戻って来て!……怒らないでよ!!………」

と背中越し途切れ途切れに聞こえてくるが、追いかけてくる気まではなさそうだ。

別にそんなに怒っていたわけじゃないがさすがにもう付き合っていられない。

やっぱりろくなことにならなかったな、とは思ったが、親切ではあり悪い奴ではなさそうだったし、今年の笑い収めの大爆笑を何度か私から掻っ攫っていたので、そのお返しと思えば5レアル(200円未満)くらいまあ安いものだ。

 

きっと彼は今日もサルバドールのあの場所に立って、日本人を見かけたらのべつまくなし話しかけていることだろう。

一度しか会っていないが、間違いなく奴はそういう男だ。

 

バイーア滞在でちょっと暇をしている日本人が彼に話しかけられたら、この“ペロリーニョのペレ”の話に付き合ってみるのも一興かもしれない。

 

めんどくさいことも間違いなく、お勧めはしないが。

 

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バイーアの旅2016②~港の市場にて

さて、バイーア州サルバドールの旅その②である。

 

 2.フェイラ・ジ・サンジョアキン

地元の人の行くようなところに行ってみたい。

観光地の宿命で、取ったホテルの側は何もかもが観光地価格だし、どこに行ってもそらカモきたぞとふっかけられるのも致し方ないが、欲を言えばもうちょっと愛がほしい。

身を寄せさせてもらっていた友人宅から離れひとりでプラプラしようと後半の3日ほどは自由行動の予定であった。

友人家族は別荘に旅行が決まっており家庭を持つ2児の母にしてこれまでの前半3日間は毎晩飲み歩きに付き合ってもらったのでここいらが潮時だ。

その潮時の間際にふたり飲んだくれトイレを借りに寄ったバーの地元のおじさんが、フェイラ・ジ・サンジョアキンを知っているか?とちらっと言ったのを要領は悪い癖に目ざといところのある私は聞き逃さなかった。

観光スポットとは少しだけ離れた港際に大きな市場が開催されているようだった。

そういう雑多で怪しげなところが大好物である私は、友人と別れた翌日早速そこを訪ねた。

 

なんか、すごく、いい。

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観光客はほとんどいなかったので、ここで書いて今度来た時に観光客で溢れていたらいやだな、とは思ったが、まあ私のブログにそんな影響力もあるまい。

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ごちゃごちゃと活気があり、地元の人であふれている。観光地ど真ん中の人のように外人に擦れておらず、気さくに話しかけてもくれるが程よく放っておいてもくれ、いい感じにゆるくてリラックスできる。心地良い距離感だ。

 

観光客にはあまり必要が無いものが多いが、見たことのないスケールでいろんなものが売っていて楽しい。

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野菜や果物、肉に魚、f:id:joE:20170104212124j:plain

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カンドンブレ(こちらのアフリカ起源の密教)の儀式などに用いられる衣装の土台や

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果てはパンツまでf:id:joE:20170104212532j:plain

店番をしながら気持ちよさそうに居眠りをする人たちがほうぼうにいてほのぼのする

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何かお土産を買おうと物色しているときに、この黄色い唐辛子はなんという名前だ?と尋ねると、ピメンタ・ジャポネース(日本の唐辛子)という名前だと言うので 縁を感じてその瓶詰のタバスコを購入してみた。

聞くといろんな種類の中でこれが一番辛いという。ブラジルに無かったものを日本人がこの地に持ってきたのでその名前が付いたということだった。

黄色くて小さいから日本人の印象にちなんでその名前がついたのかと思った。

昔の日本人移民マジパねえ、超リスペクト。

黄唐辛子は小粒でもピリリと辛い。

 

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海に面したところには小さいフードコートと数軒のバールが立ち並ぶ。

 

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まだお昼前だったが海の見える特等席でせっかくだからと黄金の命の液体を注文する

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曇りの合間に日が照り付けてきて海風がとても気持ちがよく、どこかから聞こえてくるサンバやアシェーの音楽に合わせて店員さんが踊ったりしているのを微笑ましく眺めていたら、アウェーでは決してひとりで踊ったりしない私でも興が乗ってきてしまう。酔いに任せて恐る恐るではあるが立ち上がって踊ったりすると、近くでまったりと休憩をしていた市場の人たちが笑って親指を立ててくれたりもする。

働く人たちの笑顔が美しい。

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バイーアに来ているので当然だが、ここではバイアーナ風の衣服を着ている人たちをよく見かける。

アクセサリーなどもそれ風なものが多く売っていて、あ、これマリアレーナに似合いそう。あげたら喜んでくれるかな?と彼女のチームカラーのアクセサリーを無意識に目で探してはすぐに、あげるべき相手がもういない現実に気がついて、渡すアテを失ったお土産を手に取ったまましばし涙ぐんだりする。

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また、ここは市場であるので、肉体を使って働くおじさんたちがたくさんいる。

小柄ながら肉がぎゅっと詰まって硬そうな身体の、ハゲかけた初老のおじさんが大きくて重そうな荷物を肩に担いでキビキビと仕事をしているのとすれ違い、いつでも帰っておいでと言いっ放したくせしてそのまま会うことが叶わなくなった、築地の魚屋で働いていたサンバ江戸っ子おじさんの元気な姿と重ね合わせ思わず胸を突かれた。

 

旅は人を感傷的にさせる。

ひとりでうっかりブラジルに住んで旅なんかしちゃって孤独と仲良く昼からビールなんて飲んだくれたりするからこんなことになるのだ。

 

 

ちょっと前に友人に勧められて『このあと どうしちゃおう』という絵本を読んだ。

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あるおじいさんが自分が亡くなった後にどうしようか、ということをとってもかわいらしい絵と豊かな発想で描かれている良本なのだが、自分がいなくなった後に愛する人たちをどうやって見守ろうかと考えたおじいさんの一案の、“風に舞うビニール袋になって”というアイディアが斬新すぎてとても印象に残っていた。

自分の日常で容易に遭遇しそうな、風の少し強い日にどこからか飛んでくるビニール袋までを失った愛する人たちが姿を変えて見守ってくれているものなのだと思えたなら、この世のいたる風景はなんと愛に満ちていることだろうか。

だから、それからはふいに風に舞うビニール袋を見かけると少し胸が痛んで、同時にあたたかな気持ちになって、私を置いて行ってしまった愛する人たちの不在を嘆くだけではなくて、私をとりまくこの世界をそのたびに少し愛しく思えるようになった。

 

そんなことをぼんやりと考えていたら驚くようなシンクロニシティで、自分の視界に風に舞いあがる白いビニール袋が飛び込んできた。

 

 

それは生き物のようにしばらく空中をうねり、バイーアの海に落ちて静かな水面をゆっくりと流れてゆく。

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バイーアの旅2016① ~É BAHIA, É BAHIA!~

年末にサルバドールに行って参りました。

サルバドールとはブラジル北東部に位置するバイーア州にある都市で、アフリカとヨーロッパ文化の融合した古い町並みあり海あり山ありの風光明媚な観光地でもある。

現在アメリカで暮らすバイアーノ(バイーア地方出身の男性)と結婚した日本人の友人が里帰りをするというので、2日前にチケットを取り急遽数日お邪魔させていただいた。

今回も絶対に飛行機が取れていないとかなんかしらのトラブルが予想されたが、帰りのサンパウロの飛行機の時間に間に合うか冷や冷やしたことを除いては、ノートラブル、ノーライフが座右の銘になりかかっている私にしては何事も無く、急に押しかけてご迷惑をかけた友人の旦那さんのご実家のご家族以外には無問題で愉快に過ごすことができた。

ブラジルに初めて旅行に来た年以来、実に13年ぶりのサルバドールへの旅であった。

サルバドールの旅行記などは既に60億人くらいがFBなどにあげているので特に私からは飛行機に乗り遅れていない限り皆様にお伝えすることは何も無いと思われるが、まあそう硬いこと言わずに特に印象に残ったところに絞って少しご紹介させてもらおう。

 

目次

1.バレー・フォルクローリコ・ダ・バイーア

2.フェイラ・ジ・サンジョアキン

3.ペロリーニョのペレ

 

1.バレー・フォルクローリコ・ダ・バイーア

何とかの歩き方とかや他でもそりゃもういろいろ紹介してあったりもしますけど、本当に心の底から素晴らしすぎるショーです。

アフリカからバイーアに連れてこられた奴隷から始まるブラジルの黒人文化を生演奏と生歌をバックにバレエとアフロの技術を持つ褐色のダンサーたちが時に本当に憑依していると思わせるほどおどろおどろしく、時に昔の祭りの風景はこうであっただろうと思いを馳せるほど愉し気に臨場感を持って、舞台狭しと表現し駆け回る。

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13年前に感動し、今回これだけは絶対観ようと決めて来てはいたのだが、やっぱり本当に素晴らしかった。翌日、帰る前日ももう一度観に行ってもまた翌日も観たくてたまらなくなったので、もし滞在が続いていたら演っている日は毎日、もし金が尽きたらサルバドールの街角に立ち身を売って入場料を工面してまで観に行ってしまいそうでヤバかった。

ダンサーたちの鍛え抜かれた美しい肉体、褐色の肌の人たちの持つえげつない身体能力、躍動感、歴史と神秘を感じる宗教性と豊かな演技力が太鼓のリズムと一体になり、どの踊り手を見てもきっちり仕事をしておりダレる時間が一瞬も無く、ああ生まれ変わったらこんな身体を持ってみたいものだと惚れ惚れし感動のあまり思わず涙が出てきてしまう。

100人ほどでいっぱいの小劇場であり間近の汗が飛び散る距離で観られる圧巻の大迫力、このクオリティーにして超良心的な価格設定、ぎゅっと詰まった息つく暇もない短い上演時間中に起こる奇跡のようなめくるめく演技にただ茫然と口をあんぐりと開けて存在するだけの肉塊と化す。すべてが豊饒で完璧なまでに美しい。

 

まさにブラジル文化を代表して世界に通用するレベルのショーであると思う。

 

一概に比べることはできないにしても、これまでに観たミュージカルやショーなどの中でも、私の心のベストテン第一位はこんなショー、だった。と、マイクを奪い合ってラップの部分を歌いたくなるほどの、私のセクシャルバイオレットNo1であることに間違いない。ナンバーワンでオンリーワン。怒涛の歌しばり。

 

日本に連れて行きてえ。

 

もしいつか私が金持ちになった暁には彼らを日本に連れて行ってこのショーをみんなに見てもらいたい。

 

そして私が世界を周るためのプロモーターとなり、晴れて日本公演が決定するも慣れない異国の公演で文化の違いから日本食が口に合わないなどと元気を失くししょぼくれているメンバーのひとりの青年を、皆を押し込めている暗くて狭いタコ部屋の隅で肩に手を置いて慰めている自分を瞬時に妄想しつつ劇場入り口に張ってあったポスターを見上げ我に返ったところ、もう既にいくつかの海外公演は実現されているようであった。

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これを読んでいる中に誰か興味のある大富豪がいたら、ぜひ私までご一報いただきたい。

私が金持ちになることは遺憾だがお約束できないので他力本願であるが、もし日本公演をすることになったらできるだけ尽力させていただくことはお約束しよう。

 

余談だが、ブラジルには日本人の友人や有名人のこの人に似ているな、と思うタイプの人が結構いるのだが、私が感じるに、“香取慎吾似”のブラジル人がわりと多い、と思う。

実際数日旅行に来た日本の友人に香取慎吾に似ている知り合いなどを紹介しがてらそのことを告げると、本当だ!とすぐさま同意され、街ブラの際に“ブラジルの香取慎吾を探せ!”のコーナーが突如発生し、あ、また見つけた!と次から次へと現れるそっくりさん探しで大変忙しくなったりしていた。

このショーにもひとり“香取慎吾似”の青年が出ており、ダンスももちろん素晴らしかったのだが、ちょうど2016年の年末だったので、そういえばスマスマの最終回観てないけどどうなったかな?と気を散らしてしまったのは決してショーが退屈だったせいではなくて、集中力に欠ける私の脳みそに問題がある。

ついでに言うと、最後のカポエラ(この数分のカポエラショーだけでもブラジル随一のパフォーマンスであると思う、必見だ)の時だけ人員が数名現れるのであるが、キレッキレの肉体美ぞろいの中でなぜかひとりだけオチ要員なのかと勘繰りたくなるずんぐりちょいポチャボディの男子が現れ華麗な技を披露してくれていた。

以前も観た時にどうにも気になってしまう青年がやはりひとりいたので、それも含めての長年にわたる計算された演出だとしたら、もう兜をずるむけに脱ぐしかない。ユーモアのエッセンスも盛り込んだ究極のエンターテイメントだとさえ言えるだろう。

 

 

予想以上に熱くなってしまったので、残りの場所については次回に続く。

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劇場へ続く入り口のドア。中の階段を下りると劇場がある。全席自由。50レアル(2016年12月現在)

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 ひときわ元気に舞台を飛び回っていたのが印象的だった出演者のダンサーの女の子。2日目にチケットを買いに行ったときにやってきたので話しかけ写真を取らせてもらった。出待ちのファンのようだ。

 

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門番の人の持っていたチケット売り場が開く時間表(2016年12月現在)チケット売り場のルイスというお兄さんに請われ教えておいたので、「20時開演・10分前開場」と訪れたあなたにも日本語で対応してくれるかもしれない。

さよなら、ハム子 

昨日、隣のハム子(仮名)夫妻がとうとうアパートから出て行った。

このブログを読んでくれている全国の女子高校生の諸君には一大事件であると思う。

緊急速報だ。

 

速報1位 ハム子、布団捨て母の家にお泊り

 

などというふうに、

もしかするとはてなブログなのにアメーバブログの小窓の芸能blogニュースに載ってしまいかねない案件である。

 

以前も書いたが、

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と、前から宣言していたように、サンドラさんは行動を起こした。

冷静沈着では全く無いが、もみ上げの長い不吉な数字が末尾についたスナイパーくらい有言実行な人だ。

常に昼夜問わず大声で夫婦喧嘩を繰り返すハム子夫妻にとうとうサンドラさんの堪忍袋の緒がぶっちぎれた。

 

昨日夜遅く、サンドラさんが廊下で私の名を呼んだ。

joE、いる?

そんな時間に訪ねてくるのは非常に珍しいので、ここリオで暑さをしのぐためのハレンチ・ナイティStyleでまどろんでいた私ではあったが起き上がってドア越しにカーテンを押し開けて応じる。

 

ねえ!やっと出て行ったと思ったら、この部屋の不潔で汚い事!!ありえないわよ!台所も下水も詰まってシャワーも壊れっぱなしで、こないだ出て行ったスエーリョのとこよりもよっぽど臭いの!彼女は専業主婦なのによ!ろくに掃除もしないで旦那が帰ってきてもご飯も作らないで、文句ばっかり言ってるからしまいには殴り合いのケンカなってたのよ!!部屋もところどころ傷だらけで、やっぱりケンカした時にいろんなものをなぎ倒してたせいだわ!それにほら、これを見て!!これに服を漬けたりして洗濯してたのよ!信じられる?!!

と言ってぐいぐいとハム子の部屋に残されていた垢まみれのバケツの内側をかかげ見せつけてくる。

 

いきなり情報が多い。

 

つまるところによると、連日の烈々たる夜中にまで繰り広げられる夫婦喧嘩に堪えかねた大家のサンドラさんによって、ついにハム子夫妻はアパートを追い出されることとなったという話からのそれであった。

今すぐこのすごく臭くて汚い汚物まみれの隣の部屋を見に来い!と言われたが丁重にお断りさせていただいた。

昨日今日も、スエーリョが出て行ったはずなのになんかチーズっぽい腐臭というかありていに言えばどこからか〇〇〇っぽい臭いがするなあと気になってはいたところではあった。

 

出て行ったというのは初耳であったが確かに物凄い怒鳴り合いや泣き叫ぶ声を私も常日頃から聞いていたし、サンドラさんが何度も夜中に起きだして止めに行くほどエスカレートすることもたびたびであったらしい。(正確に言うと、止めに入らなければならなかったほどひどいケンカは何回あったのか?と問うと、指を折って4回、と答えた)

スエーリョがいなくなった後に入った隣人は普通に日中働いているし、真夜中に何度もケンカをして叫ぶのは近所に大変に迷惑であるので、もういい加減にしないと出て行ってもらうことになるとは何度も勧告済みであったのだった。

 

この前の真夜中のすごいケンカの時にとうとう言ってやったの!もうあと一週間で出て行け!って。もし出て行かず今度夜中にケンカしたらぐつぐつに煮沸かした熱湯持ってぶっかけて大怪我させてあんたたちが病院に行っている間にこの部屋のもの全部道にぶちまかして鍵も変えて二度とこのアパートに入れないようにしてやる!ってね!!!

と、熱湯のくだりをさらに二度ほど繰り返して言う。

そこはよほど大事なところなのだろう。

 

有言実行暴走機関車サンドラ。

 

 

二度と夜中にケンカをしないとは誓えなかったのだろうか、それですごすごとちょうど一週間した昨日、二人は出ていくこととなったようだ。

私は昨日も先一昨日もハム子と出がけにちらっと顔を合わせたのだが、一応挨拶するとテンションの低い様子で「・・オイ、、」とアパートの階段下の道の、穴だらけでボロボロの布団と家具が捨て置いてある横に立ち、くぐもった返事っぽいものを返すのみであった。

年末なので布団(正確に言うとマットレス)などを新しく買い替えたのかな?と特に気にも留めていなかったが、まあ実はそういうことになっていたのであった。

 

私としてはハム子がいようがいまいが正直どっちでもいいのだが、ちょっとあることがひっかかった。

その前日に期せずして霊力を持つという人にカード占いのようなものをやってもらうこととなり、いろいろ言われたのだがその中で、

あなたの家の近くであなたのものを盗んで襲おうと狙っている者がいる。それは男女のカップルよ。本当に気を付けて。できればすぐ引っ越したほうがいい。

と言われたばかりだからだ。

その占いの彼女とはここ3か月ほど前からの知り合いであったが、私の身の回りの細かい話などしたことはなく、その時にまず真っ先にハム子のことが頭に浮かんだ。

ただの占いをそんなに鵜呑みにしてはいないが、こんなタイミングであるし、何かの逆恨みでちょろそうな私にまで怒りを向けうっぷんを晴らそうとはしまいかという妄想をしてしまいちょっと心配になった。

今日買い物帰りに庭掃除をしていたサンドラさんに会った。

「今日もあの子(ハム子)は私の目も見ないしうらめしそうに挨拶もしないのよ。自分が悪いくせして追い出した私に対して怒ってるの。」

「あなたは正しいけど、私も怖いよ。へんな逆恨みされないように気を付けてね。」

と言うと、そばにあった防犯用に常備してあるらしいナイフをすぐさまつかみ、

「もしそんなクソみたいな理由で復讐なんてしてきたら、これで返り討ちにしてやるわ!」

 と私に向かって目を剥き突き刺す素振りをかましてくる。

 

さすが魔性の格闘アメーバ我らがサンドラさん。

 

ここは闘いのワンダーランドなのか。

※参考資料

プロレスラーキャッチフレーズ集【現代のガリバー旅行記】 - NAVER まとめ

 

 

大丈夫だと思うが、万が一の話、サンドラさんほどたくましくない私がもし強盗殺人などに遭ってしまたと伝え聞いたら、ちょっとハム子周辺のことを疑ってみて欲しい。遺言。

 

まあそれはおもしろくもない冗談だとしても、

もう今後このブログにハム子の話が出てこないのだ、、、と、早くもハムロスに罹ってすっかり生気を失ってしまっている全国の佐川急便系男子も多いことと思う。

 

だがそんな皆さんに朗報だ。

アメーバblogの注目トピックスに上がっていたように、ハム子は布団を捨てたその足で、すぐ隣のアパートに住む母親の家に泊まって身を寄せているからだ。

そして風という名の噂好きなサンドラさんが、またハム子の香ばしい噂を私を介し、きっとすぐにあなたの街まで運んでくれることだろう。

 

スウェーリョが消えた日

ちょっと前の話になるが、スウェーリョがアパートから姿を消した。

 

スウェーリョとは、このブログを隅から隅まで読んでいる奇特な方でも思い出すのが難しいと思われるので解説すると、私の借りているリオの、超高級セレブマンション、とはほぼ対極に位置づけされる4畳半・流し台トイレシャワー付きの貧乏賃貸長屋の隣の隣の部屋に住んでいた推定年齢90歳の老人のことである。

 

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私は子供の頃に母方の祖母と同居しており、学校から帰り居間にいる祖母がTVをつけたまま目をつぶっているのを見るととたんに不安になり、

おばあちゃん!?...おばあちゃん!??

と、その首がグラグラするほど体を揺すって無理やり起こし、ただ居眠りをしていただけの老人を無駄に驚かせてしまうことがたびたびあった。

今でも野良犬が道路に寝そべっていると、まさか死んでるんじゃ、、、?と心配になり、お腹が呼吸によって上下しているかどうかをしばし立ち止まり念入りに確かめてしまう。

 

そんな、死に対してセンシティブなところを持つ私である。

リオの家をひさびさに訪れる時は不謹慎だが今日こそもういないんじゃないかとスウェーリョの部屋の前で全身で気配を窺い、えもいえぬ緊張感を走らせながら通り過ぎるのが恒例となっていた。

 

その彼がいなくなった。

 

スエーリョは私が部屋を借り始めた7年ほど前にはもう既にこのアパートに住んでいた。

彼はかつて妻もおり子供などもいたようなのだが家族誰も訪ねてくることは無く、役所の保健課の人や赤の他人と思われる人の好さそうな痩せた中年男性がよく世話を焼きに来ていたのみであった。

私が住み始めた頃はよく彼が近所のパン屋やバーなどにひとりで行ったり、ゆっくりした歩みでそこらを散歩をするのを見かけたりもしていた。

そしてそのパン屋で買ったと思われる戦利品の安いパンや見たことのないメーカーのジュースを何故だか私に与えにたびたび訪れるのであった。

年金暮らしの決して裕福と言えない老人から貢がれるパンの味はいろんな意味でしょっぱすぎるので困惑して何度も断ったのだが、それは数回続いた。

老人は朝が早いと言うが、夜中までの練習の後で明け方眠りについたところ朝早くから扉の前で名前を呼ばれ特に欲してもいないパンを渡されるために安眠を妨害されるのも正直しんどかった。

さらに私の住むアパートはどこぞの子豚の三兄弟が建てたのかな?と思うくらい雑に造られており、オオカミのひと吹きで飛ばされるほどではないにしても、レンガを積んでコンクリートを塗りたくった、以上!!、という感のシンプル・イズ・ワーストなもので、灼熱の太陽が照り付ける真夏にはコンクリートが熱を吸って夜になっても摂氏40℃を軽く保つ脅威の保温性特化型アパートなのだ。

もちろんクーラーなども無く、アンペアの関係で勝手に取り付けることもできないので、自分の皮膚さえむしり取りたくなるほどの暑さの中とてもまともに衣服などまとっていられない。

なので家にいる時はトップに短パン、下手すると水着などの極力少ない布をまとったのみで就寝することもある。

私のアパートの部屋の入口のドアは上下にガラス窓がはめ込まれそれが開けられるようになっているので、風を少しでも通すために暑い日はその窓を全開にし目隠しにカーテンをそっと被せるのが私の真夏の夜のカリオカ・ナイトスタイルなのだ。

私の部屋は幸い一番奥の突き当りの部屋ということもあり、わざわざ前まで来て覗かれない限りそのしどけない寝姿を隣人たちに見られることもないのでそのように生活していた。

もっと言うと朝起きると三角ビキニがずれてうっかり乳が出てたりすることも起こりうるので、爆睡しているところに目隠しのカーテンを外からずらされて中を覗かれたりするのは想定外であり、また、あまり気持ちの良いものではなかった。

 

だが、いくら食うか食われるかのサバイバルな暮らしをある程度は覚悟して暮らしている私であっても、身寄りの無い孤独な老人が親切でやってくれていることに対し、持ってきたパンをその口にぐりぐりと押し込んで

おとといきやがれこのクソエロジジイ!

などと、追い払うことはもちろんできない。

実際そこまではしないにしても正直どうしたものか弱ってしまい、困ったときの大家サンドラさん、ということで、いつものごとく彼女に相談してみることにした。

 

彼女からはおなじみのマシンガントークで、

スゥエーリョはまったくボケておらずかなり計算高いこと、いつもあわよくば近くにいる人に自分の世話を焼かせようとすること、いつも女性と隙あらば懇ろになろうとするから気を許してはいけないということを告げられた。

サンドラさんにもそういうことを果敢に試み何度も怒られそして何度もあえなく失敗していたようだ。

80過ぎの枯れて見える老人がそんなに肉食男子であるということに衝撃を受けるとともに半信半疑ではあったが、ブラジル男子は年は取っても私の想像以上に性的にアグレッシブであるということを他の人から聞いたりしたこともあったので、心を鬼にしてそれからはなるべく毅然と接することにした。

ここに来て彼が誰かに危害を加えることは無かったが、彼は若いころずっと犯罪を繰り返し何度も監獄を出たり入ったり、やりたい放題に生きていたため家族にも嫌われて天涯孤独でここにたどり着いたということだった。

暑い日はブラジル人男性は上半身裸でぶらぶらしている人が多いのだが、彼も例外ではなく、また、素人が気まぐれで入れたようなジャンクなタトゥーが背中いっぱいに入っているのを早い段階で確認していた。

こっちはタトゥーを入れている人は普通なのでそういうものだとスルーしていたのだが、それにしても落書きみたいな統制のとれていないタトゥーだな、とは思ってはいた。

たまたま私の家を訪れたブラジル人の友人がそれを見てちょっと驚いたように、あれは監獄にいる人がその中でお互いに入れるタイプのタトゥーだよ、と後でこっそり耳打ちしてきたこともあったので、なるほど、サンドラさんの言っていたことは本当なんだなと実感した次第であった。

 

彼は一日のほとんど部屋におり、古い洋楽や懐メロを大音響でかけて過ごしていた。下手をすると早朝から毎日結構な時間までエンドレスでかかっていることもあった。

彼の部屋の入り口の窓もいつも開けっ放しであったので隣の隣の部屋とはいえ、本当にうるさくてたまらない。

選曲のセンス自体はなかなか悪くないのだが、それが何日も続く上まだ寝足りないときはとても閉口した。でも彼の唯一の楽しみであろうと思うと文句もあまり言えずにいたのだった。

 

そんなこんなの7年の間にいろんな隣人たちが入れ替わり時が経つにつれ、スウェーリョは少しずつ衰えていった。

特にこの1~2年は一人で階段を下りて自由に外に出かけることもできなくなってきて、ずっと部屋で横になっているか、やぶれて穴の開いたシャツにお尻の始まりが見えるほどずり下がった腰パン状態の短パン姿で共同の物干し場から外を見ていることが多くなっていた。

トイレコントロールができなくなったにもかかわらず彼はおしめを断固拒否したので、いつも開けっ放しにしている彼の部屋からは常に昔の公衆便所のような悪臭が漂い、彼の部屋の前を通る時は息を止めないと通れない上、彼の歩いた後の廊下には尿漏れのシミが点々とついていることも一度や二度ではなかった。

隣の住人であるハム子(仮名)が昼食を作って面倒を見ていた時期があり、盗み癖のひどいハム子でもいいところがあるなあとホロリとしたこともあったのだが、何のことは無い、お金をもらい仕事として世話をする契約をしていたようであった。

まあそれにしてもなかなかできることじゃないよな、やっぱハム子偉いな、と感心していたのだが、サンドラさんからちょいちょい家に入っては彼のお金をちょろまかしていたようだという話を聞いてやっぱりハム子はハム子だと、ちょっと感心してしまった感情の分のカロリーを返して欲しくなったりもしていた。

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だがそれなりに世話をされて味をしめたスウェーリョのハム子依存が酷くなって、一日に何度もハム子の名前を叫んで呼ぶようになったので、周りも辟易し、そして誰よりハム子が一番辟易したのだろう、働きに出るという名目でスウェーリョの世話を早々と降りてしまった。

いくらお金をもらっている(さらにちょろまかしている)と言っても少額であることは間違いないと予想され、大した用事もなく四六時中呼びつけられるのはハム子で無くてもたまったものではないだろう。

ハム子がいない日に私も呼びつけられ、常備薬が切れてしまったので今すぐ買ってきてくれと頼まれ、私も病中であったのに40度を超えるくそ暑い真昼間に薬局を3軒も回り一時間以上かけて探し回らねばならなかったことがあった。

サンドラさんにそれを話すと彼はいつもそういった断りにくいことを他人に要求するが、薬はいつも世話をする人が定期的に届けているので切れているということは無く、人の気を引きたいときにはそうやって嘘をついて人を動かしてカタルシスを得るのが彼のやり方であり、以前もそういう時すかさず薬を隠していそうなところを探すとザラザラと無かったはずの薬が出てきたことがあったので真に受けてはダメだ、という話を後で聞いて、私の敬老精神もぽっきり折れそうになった。

 

そしてそんなある日、久しぶりにリオに来てみると彼の部屋はもぬけの殻となっていた。

換気のためかドアごと開け放たれた室内は丸見えでベッドなども無くなっており、ほんのちょっとの彼の所持していた家具と彼の昔の写真の張ってある木の板が廊下に積み上げられているばかりだった。

 

ああ、そうか、ついに、、、。

 

高齢であったためいつかはと予想はしていたが、がらんとした彼の部屋を見ているとなんとも言えないようなさみしいような気持になった。

ちゃんとゆっくり話したことも無く、心を通わせたわけでもない。

もし時が戻っても彼の望むように親切にすることは私はしないだろう。

泣けるほど悲しいという感情も湧いてこなかったが、ずっといたひとがいなくなるということにショックを受けた。

残された写真たちを勝手に眺めると、古い写真独特の雰囲気のあるそれらはアート作品のように恰好よくて、若いころの彼やその仲間がオシャレをして楽しそうにしてた。

少し感傷的になった私に時代や人間の生を一瞬で凝縮して見せてくれるような良い写真たちだった。

 

 

翌日サンドラさんに会い、スウェーリョ、いなくなっちゃったんだね、と住人を失った彼の部屋の前で話をした。

 

最期はいろいろ大変だったりしたのかな?と細かい事情を聞けずにいると、

 

ほんと、やっと施設に空きが出てよかったわ~!それにしてもこの部屋の臭い事!・・・しばらくは換気しないとダメね~!

と鼻をつまみながら清々しく言い募ってくる。

 

あれ?

 

なんか私が思っていた展開と違う。

 

一瞬話についていけずにそのまま聞いたところによると、

 

彼は全然ピンピンしており、以前から申請してあった市営の老人施設に空きが出たので移り住んだだけという話であった。

 

彼よりは若い介護士さんたちに寄ってたかって世話を焼いてもらえるということで嬉々として去っていったとのことだった。

 

拍子抜けした。

同時に安堵した。

彼が変わらず元気でちゃっかりしているようで安心した。

 

 

この話には後日談があり、残った荷物を届けがてらそんなに気も進まないまま、だがそれなりに人情派であるサンドラさんが様子を見に行くと、

サンドラさんが愛を持って迎えに来てくれたと勘違いした彼がうきうきと荷物をまとめていて、さあ、じゃあ帰ろうか、と手を引っ張られたそうだ。

 

大好きな(自分より)若い女の人がみんなでちやほやと世話をしてくれるはずだったのに、いざ移り住んでみると無論ちやほやしてもらえるわけでもなく、自分と同じような老人がいるばかりで、嫌いな風呂に毎日無理やり入らされたりと思ったよりも自由の効かない環境に早くも不満が爆発しているらしい。

 

他人であり、充分に義務を果たしているサンドラさんが彼の意向を突っぱねて帰ってきたことも当然であると思う。

 

可哀想とは思うし、自分もいずれは、と思うところはある。

だがこればかりは誰もどうしようもできないことだ、というのが、自分が年老いた先をまだリアルに考えられない私が感じることで、それ以上のことは今はよく考えることができないでいる。

 

 とにかく彼には図々しく、これからも長生きして欲しいものである。

 

 

 

 

 

マリアレーナのこと

マリアレーナとは、私のリオの家の近所に住むおばさんの名前で、

以前書いた“おかまのこども”のおばあさんである。

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彼女とはお互いの家の近くのサンバチームで知り合い、近所で服のお直しのお店をやっていたこともあって、超ド級に不器用な私は衣装のワンピースや普段着の丈詰めのお直しなどがあるたびに足繁く彼女の店に通っていた。

彼女はバイアーナ(カーニバルでも重要な採点対象のひとつである、主に高齢の女性で編成されたバイーア地方独特の長いボリュームのあるスカートを着けて参加するグループ)の一員として毎週チームの練習に来ており、会うといつも、娘よ~!と笑顔で抱きしめてくれ、練習後は危ないから一緒に帰ろう、などと得体のしれない日本人である私のことも気にかけて特別によくしてくれた人だ。

練習の帰りや近所で顔を合わせるとたびたび招かれてビールをごちそうになったりもした。

彼女はその地元チームを軸に可能な限り大小いろんなチームでカーニバルに参加していて、家が近いこともありその練習や本番ともに私をいつも誘ってくれていたので、私は何度も一緒に練習に行ったり同じチームでカーニバルに参加をしていた。

 

今日久々に服のお直しを頼みに彼女の店に行くと、シャッターが閉まっている。

お昼時だったので、ごはんを食べに家に帰っているのかな?と思い、並びにある共通の知り合いのおばさんのやっている小さなバール(ビールや飲み物、軽食を出す庶民的なお店)で、「マリアレーナの店閉まってるね?」と声をかけてみた。

バールのおばさんは「そうね、、、」と言って目を伏せた。

 「お昼かしら?」と聞くと、

そばに居合わせた近所のおばさんが言いにくそうに、「彼女は亡くなったのよ」と教えてくれた。

聞き間違いだと思い再度聞き返し、嘘でしょ?と言うと、

その二人はさらに悲しそうに目を伏せて口ごもった。

もうあなたは知ってると思っていた、と。

 

意味がわからない。

 

バールのおばさんが座れと椅子をゆずり、コップに水を汲んできて私に渡す。

近所の人たちが、なぜこの日本人は泣いているのだ?とおばさんにたちに質問しては通り過ぎる。

 

だって、一か月ちょっと前に会った時にはあんなに元気で、ひとしきりどうでもいいような噂話をして、来年もカーニバルでは私はまた3つ4つのチームでバイアーナで踊るから、あなたも一緒に出ようね、なんて話をしていたのに。

その時の私の急なお直しのお願いにも、わざと口をパクパクさせて慌てたフリをした後、期日までにやってあげるから任せなさいって胸を叩いて言って、予想以上に綺麗に仕上げてくれたのに。

 

 突然のことで感情をどう処理して良いかわからずその後の予定もこなさないままふらふらと近所を徘徊した後、いつもの通り道の彼女の家の3階の窓を見上げ、とりあえずビールを買って家に戻る。

マリアレーナの孫であるハファエルにメッセージを送った。

 

彼は学校にいながらも、

「彼女は僕たちを置いて行ってしまったよ、アミーガ、でもそれを除けば僕は元気だよ、心配しないで。」

と返事をくれた。

こんなに突然に行ってしまうなんて、さよならも言わずに、と書くと、

「本当にそうだね、だけどどうか悲しまないで。あなたが感じている痛みは、彼女も感じているものだから。彼女は幸せだったよ、そして彼女は僕らみんなの幸せを変わらず願ってる。だから泣かないで。彼女を恋しく思っているのはみんな一緒だから。愛してるよ。」

 

本当におまえは14才なのか。

 

と思うくらいできた返事だ。

まぬけなことに私が知った今日は彼女の死から1か月近く経っているので、彼の中でもう今はある程度心の整理ができているのだろう。

彼のことを心配して連絡をしたつもりが、逆に慰められてしまい非常に申し訳なく思う。

家族の中でサンバ狂いは彼女と彼だけで、常に一緒に行動を共にしていたおばあちゃん子だったので、いくらしっかりして見えても彼の悲しみのほどは想像に難くない。

彼がそこそこ大人になってきた年齢であったことはまだ救いだ。

彼が小さい頃に離婚したお母さんは他に所帯を持って暮らしているので頻繁に会うことは叶わず、たまたま私と出かけたとき、

お母さんはこの近くに住んでいて、日本人の友達を紹介するために今から行っていいか聞いてみるので携帯を貸してくれ、

と私をダシにして連絡をするもすげなく断られ、がっかりしていた彼の5年前の小さい背中を今でも覚えている。

子供らしいわがままや憎まれ口をおばあさんに言って時にはケンカしながらも、お母さん代わりに日々彼を愛し面倒をみて育てていたのはまぎれもないマリアレーナその人なのであった。

むろん彼だってそんなのは百も承知のはずだ。

 

マリアレーナはハファエルのおじいさんである昔ながらの考えを持つ元夫がいたころはかなり窮屈な目にあっていたらしい。

こっちの地区にはごろごろ転がっているような話ではあるが、まともに働かないくせに束縛だけはひどくえばっていて、彼女の意思は何一つ通らない上殴られたりすることもしばしばで、

『実はカーニバルに参加し始めたのはここ20年くらいの年を取ってからなの!前から好きだったんだけど、旦那さんが許してくれなくってね。だから大好きなサンバに参加できるようになったのも、旦那さんが亡くなってからのことなのよ。もう悠々自適といきたいところだけど、まだ孫も小さいし、元気なうちはがんばって働いて死ぬまで自分の好きなことをするの!』

 

と話してくれていた。

 

あるサンバ関係の催しで二人でリオの中心街へ行くときに道に迷い、彼女は私の日本人の孫よ、と周りに嘘をつきながら歩いたのがとても楽しくて、しっかり繋いでくれた手が嬉しかったことを思い出す。

 

だがその彼女はもういない。

 

いつもガハハと豪快に笑っていて、おどけてもうちょっと痩せなきゃなんてお腹をさすりながら日に焼けたしみだらけの顔が笑顔になるそのたびに鼻毛が飛び出るのも、いろんな苦労を乗り越え年輪を重ねてきた女性として私にはとても頼もしく愛らしく思えた。

 

約1か月ほど前の地元チームの練習時中にトイレで心臓発作で倒れ、そのまま還らぬ人となったということだった。

ある意味壮絶な、そして彼女のサンバ人生で本望である去り方かもしれない。

 

私がいつも思うのは、有名人でもなく、ただサンバやそこに関わる仲間が大好きというそれだけで、でもものすごい情熱でカーニバルを支えている名も無い人たちのことだ。

それはブラジル人であれ、日本人であれ同じことだと思う。

偉そうに聞こえてしまうかもしれないが、日本でサンバを愛する人たちにも、いつだってそういう彼女のような人たちがいることを知っていて欲しいと思う。

 

買ってきたたくさんのビールの最後の一本を開けたら、 スコールのような雨が降ってきた。

 

大好きなマリアレーナに献杯