ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

ゲイ男子たちとの暮らしinブラジル3~第一回家を出て行く会議~

今住んでいるシェアハウスからの退去勧告を大家のレオの家族にされて、すぐさまセバスチャンとレオにその旨を告げた。

レオと話をするも、お母さんから最近連絡を受けたことは無く、「僕もなぜそんなことになっているのかわからないが、うちのお母さんは悪い人ではないのだけどちょっとそういうアレなところがある、とにかく話をしてみるので待ってくれ」、というのでその連絡を待った。

いくら母が少しアレ、と言ってもさすがに家族なので、私の言い分は聞いてもらえないのではないかと心配したが、レオはわたしの言い分も聞き入れてくれ、結局、

「話をしたらお母さんも理解してくれたので何も心配は無く、君たちは出て行く必要はない」

と告げられた。

一応解決の兆し、ではあるが、いろいろひっかかる。なんか不穏だ。

さらにレオに会って詳しく話をすると、お母さんは何十年も前にレオのお父さんと別れたが紙の上では別れておらず、お父さんが存命の頃は訪ねてくることもなければ病気になったお父さんの世話を何一つしなかったくせに、いざ亡くなったとなったら急にこの家の権利を主張し始めたという。レオのお父さんはとても優しい人で、レオは大好きだったのでずっと一緒に住んで病気の時も自分だけで面倒を見ていたらしい。

どこまでが真実なのか私には知る術は無いが、それが本当ならしょっぱい話だ。

おまけに失業してお金が無いとあんなに主張していたお姉さんはそのすぐ後からヨーロッパに1か月ほどバカンスに行っているという。

本当にお金が無くて貧乏で困っている人が1か月も遊びで旅行に行くだろうか。

レオからいろいろ聞いたところでも、彼女たちの主張していた内容とレオの述べる話があまりにも違い過ぎるので、彼女たちが取り立てて今すぐにお金が無くて貧乏だ、というのは嘘だろうと結論づける。

住むところが無いと主張していたが、他にも2,3軒ほどレオのお父さんから貰ったアパートを所有しているらしい。

ブラジル人特有の口八丁手八丁で有ること無いことを言って強引に自分の目的を達成しようとしたのだろう。

しかしなぜ急に住人を追い出そうとしてそしてなぜ急に沈静化するのか、レオと話をしてもその目的がいまいちよくわからなかった。

だが、何が嘘か本当かは置いておくとして、敵は常識の通じる相手では無い事だけは良くわかった。

一応解決したとレオは言うが、このままここに住んでいてもまたいつアレなあのクレイジーマミーが突然現れるか心配で、それから数日間はずっと誰か人が訪ねてくる気配に怯えて過ごしていた。

 

セバスチャンと話し合った結果、その剣幕で訪ねて来たのは尋常ではないし、すぐに問題が解決したというのは疑わしいので我々は引っ越し先を探したほうが良いのではないか、という話になる。

セバスチャンは私より1年ほど前からこの家に住んでいるので、私よりもずいぶん情報通だ。

今まで聞いていなかったこの家についての詳細な話を彼から聞くことになる。

もともとは大家のレオのお父さんと二人で住んでいた家で、1年前にお父さんが亡くなった頃にセバはこの家に移り住んだこと。

レオは家の管理能力が著しく低く、最初は人が住めるようなところで無くて、ゴミ屋敷のような家をセバがほとんど片づけたこと。

レオは浪費家であり、今の仕事でそんなに稼ぎはないので、私たちの家賃で自分の生活をなんとかやりくりしていること。

レオは生まれ育ったこの家に愛着があるが、レオの家族は以前からこの家を売りに出したいと思っているらしいということ、など。

 

セバスチャンの言い分はこうだ。

「僕たちは家も綺麗に使っているし支払いだってちゃんとしてる。こんなにいい借り手はブラジル人ではそういないと思うよ。いままで何人か住んでもお金を払わなかったりレオとうまくいかず出て行ったんだ。最近のレオの態度には尊敬も感じられないしトラブルも多い。しかもその家族もいたのじゃ、レオは大丈夫って言ってても絶対この先もっと重大なトラブルに発展する日が来ると思う、だから他の家を探したほうがいい。」

さすが私のセバスチャン、聡明で賢い。(その上、愛らしくかわいい♡)

 

私は、はじめはとても感じが良いレオに好感を持っていた。

私が住み始めた1年前のほんの2~3か月くらいの間レオと生活を共にしただけだが、優しく接してくれたし、ちょっとおポンコツ様であそばせることには気づきつつも、出て行きたいと思うほどに不満を感じたことは無かった。

レオはその後、他の街に部屋を借り、ほとんどこの家に帰って来なくなったので、セバスチャンとふたり快適な日々を過ごしていたのだ。

だが、レオの大家としての管理能力の無さは日々感じていた。

家賃に含まれているインターネットが何度か止められたり、さらには家の電気が止められたこともあった。

全部彼が支払いをしていなかったためだ。

電気なんて、いくらブラジルといえども、数か月は支払いをためないと止められることは無い。

さらにレオは月に1、2度、いきなり戻ってきては鍵を持って来ていないから今すぐ帰って鍵を開けて欲しい、などと連絡してくる。

なぜ自分の家に帰ってくるのにいつも鍵を持って来ないのか。

共同のリビングを一体どうしてこんなに散らかせるのかと思うくらい散らかし放題で回した洗濯物を洗濯機に放置してはまたあっちに行ったきり何週間か帰って来ない。

その家の散らかし方も、生ゴミをありえないような普段使わない場所に捨て置いて虫が湧いていたり、必要の無いものを物置から引っ張り出しては家中のいろんな場所に置きざりにしてあったりと謎な行動ばかりであった。

共同の場所に置いているものは人のものであっても何でも使い、無断で持って行ってしまう。果てはトイレットペーパーまで。

私とセバの留守の間に勝手に冷蔵庫を漁り飲み食い散らかす、または私たちの食料を勝手にちょっとだけ手をつけては封を開けたままテーブルの上に放置して腐り果てさせるそのやり口もどうにも猟奇的で、こいつちょっとヤベー奴だな、というのはひしひしと感じてきていた。

母もアレなら息子もアレだ。

いくら自分の家だとはいえ、彼のやっていることは同居人に尊敬を感じられず傍若無人で、彼が帰って来ると家が嵐の後のように荒れ果てるので、そのたびに私たちのストレスは溜まっていく。

私たちの快適な暮らしのためにはレオが散らかしたもの全部を放っておくわけにもいかず、結局そのフォローは全部私とセバスチャンがしなければならなかった。

 レオは悪気は無いようだし、一緒にいて話をしている分には人懐っこくて良いやつなので残念だが、しだいに私たちはレオがなるべく家に帰って来ないことを願い暮らすようになった。

 

 と、そんないきさつもあり、せっかく私が紆余曲折を経て手に入れた安住の地ではあっても、確かにこの家を出たほうがいいのか、、、と心は揺れた。

 だが、せっかく仲良く暮らしているセバスチャンたちとも別れがたく、ためらっていた。

セバはメキシコ人の友人のゲイのカップルの家のひと部屋が空いているのでそこへ行くこともできるが、僕たちは気が合うし、こんなに信用できる同居人を他に探すのは難しいと思うので、一緒に部屋を探して一緒に移り住もう、ということになった。

 私はセバスチャンと引き続き住めることが嬉しかったので一も二も無く快諾し、この家を出て行く方向性を持って、この会議は終結した。

 

 

 

ゲイパレード・サンパウロ2017

昨日同居人のセバスチャンたちとLGBTパレードに行ってきた。

ブラジル経済の中心地であるサンパウロのパウリスタ大通りで毎年6月に行われ、今年で21回目となる。

世界最大級のゲイパレードということで、年々盛り上がってきているようだ。

家からほど近く、せっかくゲイのセバスチャンと仲良しになったということで、行くならぜひ私も混ぜて欲しい、と前々から話をしていた。

 

大通りのパレードは昼間で、その後は中心街の広場に場所を移して夜まで盛り上がるようだ。

 

以前パレードの後に移動した最後の最後までついていったという友人の話では、最終的には公園のようなところに到着し、そこでいきなり大フリーセックス大会がおっ始まったという。

あちこちで獣のようにだれかれ構わず交尾にいそしむ人々。

しまいにはムカデ競争のように並んで互いに貫き何人も連結したまま陽気に手を振り振り歩き回っている者たちもいた、と生々しくリポートしてくれた。

私の友人はノンケなのもあり異次元に迷い込んだかのようなその光景にちょっと気持ちが悪くなった、と語った。

 

そんなことを聞いていたのではじめはパレードを観に行くのも恐れおののいていた。

実際に行ってみると、酔っ払いはしゃいで大騒ぎしたりキスをする人たちくらいはいるが、少なくとも私の見た限り大通りのパレードはそういった部分それほど乱れたものでも無かった。

 

とにかくものすごい人で溢れかえっている。

街ゆく人の五分の一くらいが仮装をしていて、さらのその十分の一くらいが目立つような恰好ー気合の入った仮装・または露出ーをしている印象だ。

参加者はLGBT(レズ/ゲイ/バイセクシャル/トランスジェンダー)だけではなく、明らかに異性愛者であろうという者たちも多い。

カーニバルやハロウィンとあまり変わらない。とにかく乗れるお祭りには乗る、というようなサンパウロっ子のお祭り好きな気概が感じられる。

LGBTでなくとも、主義主張があろうとなかろうと、とにかくお祭り騒ぎに便乗したいいろいろな人が参加することで世界最大規模のパレードへと成長したのであろう。

かく言う私もカーニバルのチャンピオンパレードの時に使用したアフロヅラを流用し、控えめながらも仮装じみたことをして張り切って出かけた。

 

写真を撮ったので、皆さんに雰囲気を味わっていただこうと思い、載せます。

 

夜に用があったので今回もパレードのその後まではついて行かなかったが、友人の話のように本当に最後にはフリーセックス状態になるのかどうか、いつかこっそり覗いて皆さんに報告したいものである。

 

 断っておくが、参加はしない。

 

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ゲイ男子との暮らしinブラジル2ー今、家を追い出される危機ー

カーニバルが終わり、サンパウロに戻って通常モードに慣れつつあったある日。

他の住人も出払っていて、私がちょうど家を出かけようとしていた時に、玄関のドアを誰ががノックしているのに気が付いた。

突然この家の大家のレオのお母さんとお姉さんという人たちが訪ねて来たのだ。

私たちの住んでいるこの家の本当の大家はお母さんらしい、と聞いてはいたので、今まで一度も会ったことも無い中でのいきなりの訪問に戸惑ったが、どうぞどうぞこんにちは~!とにこやかに家に招き入れた。

すると挨拶もそこそこに彼女らはこう言った。

「私たちがこの家に住むことになったから一か月以内にこの家から出て行って」

と。

出し抜けに、言ってる意味がわからず理由を聞くと、

「この不景気で姉も仕事を失くし私たちはとても貧乏でお金が必要なのだ、住む家が必要なのだ!ブラジルの法律では1か月前に住民に告げたら出て行く義務があるのだ!」

と止める間もなく話し続ける。

私は混乱し、

『ちょっと待ってくれ、私はあなたの息子のレオから部屋を借りてるのだし家賃もちゃんと払っている、とにかく彼との契約なのですぐには承諾することはできない』

と言うも、あちらは

「とにかく出て行け」

の一点張りで、私が何を言っても、

「これはブラジルの法律で決まっているのよ!!とにかくあなたは出て行くのよ!」

と口角泡を飛ばして食い気味に言われるばかり。

『私はブラジル人では無いし、あなたたちの言っていることを全部ちゃんと理解できないと思う、今いきなりそんなことを言われてとても混乱しているので、レオや第三者を交えて後日ちゃんと話したい』と言っても、

「あなたはポルトガル語上手よ!わかってるじゃない!何も他に話す必要なんてないわ!!」

と本格的に聞き耳を持ってもらえない。

だいたいのところはわかるが、細かいことまではわからないし、なにせいきなりのことにこちらも簡単にイエスとは言えない。

玄関から入ったすぐの場所で立ったまま延々と押し問答を繰り返すだけで話は平行線だし、話の合間にとにかく私は今でかけるところだから今日は本当に時間が無いのだ、と少なくとも4回~5回は、告げた。

それでもこちらの言うことは何も聞いてもらえず、私のつたないポル語に対し二人がかりであちらの言いたいことをまくしたててくるばかりだ。

自分の息子が部屋を貸していることはわかっていたと言うことなので、まずは息子と話して解決する類の話ではないだろうか。

そんなに突然に言われて1か月以内に部屋が見つかって引っ越せるかどうかもわからないし、とにかく混乱している、まずはレオと話して欲しい、

といくら言ってもレオとは一切連絡が取れないのだ、などと言われ、

だからあなたと直接話さなきゃいけないからここに来た、また一週間後に来るから、それまでに何とかしろ、あなたの電話番号をここに書け、

と迫られた。

ラチがあかないので私の連絡先を聞かれるまま教え、あなたの家なのだから訪ねてくることはしょうがないが、貴重品などもあるので私の部屋に勝手に入ることだけは辞めて欲しい、と約束を取り付けた。

内心レオめ、とレオを恨みながらも、いきなりこんなことになるのは絶対におかしいことなので、きっと何か誤解がある筈だと思い、後できちんと話せば解決するかもしれないとなんとか頑張って友好関係を築いて今日のところは穏便にお引き取り願おうと試みるのだが、ここで話は終わらずこちらが何を言っても勝手なことばかりを言い募ってくる。

二つ三つ例を挙げよう。

家に入ってまもなく私に退去宣告を突き付けられた私が茫然としているとレオのお母さんはイライラと家の中をうろつきまわり、

「まあ!なんてこと!!この私のカーペットを床上のこんなところに敷いているなんて!」

と叫んで、私が住み始めた時にはすでに床に敷いてあったダイニングのカーペットを引きずりひっぺっがし、長テーブルの上に叩きつける。みんながご飯を食べる場所テーブルの上へ。

そして、

「ちゃんと掃除もしていないんじゃないか、ほらここが散らかっている」

と、レオが帰ってきたときに散らかしまくり放置して行った、私たちが片づけをしきれなかったもの(それでもずいぶん片づけた後だった)を見つけては、

「私の家をこんなふうに雑に扱うなんて!人の家だと思って!!考えられないわ!」

と、キレられる。おまえの息子がさんざん散らかしくさってるというのに。

さらに、

「ここは私たちが住むことになったが、ここのすぐ近くに持っている小さなアパートを貸すことにしたからあなたたちはそこに住めばいい、そうよ、そうしなさい、それでいいわね!?」

と話を勝手に進めてくる。

『いや、そんな見てもいない場所に住むかどうかなんて今すぐに決められない』

と言っているのに、

「なんでだめなの?この近くだしとってもいい場所よ!そうよそうしたらあなたもすぐ出て行けるじゃない!月にいくら払えるの?あなたの職業は何?一体月にいくら稼いでいるのか答えなさい!」

と上から言ってくる。

なんで見ず知らずでこんな失礼な人たちに自分のプライベートなことを話す義務があるのか。

さすがにイラっとしてせめてもの応戦で、

『それに私はそんな小さいというアパートに住む気は無いし、だいたい私がどこに住むかはあなたたちに決められるようなことではなく、私が決めることだ』ときっぱりと言った。

「何を言っているの?あのアパートは小さくないわ!あなたには十分広いところよ!!」

30秒前に小さいアパートと言っていたくせに、その点をつつくと今度はおまえには十分広いと言ってくる。

はじめは何が何だかわからず動揺して下出からの防戦一本槍であったが、そのような彼女らの失礼極まりない態度にどんどん腹が立ってきた。

仮に、もしそのアパートが広くてどんなに素敵なアパートだとしても、あんたたちみたいなやつから家を借りるなんてまっぴらごめんだ。

失礼な態度と理不尽な言い草にうんざりしもう付き合いきれず、もう出かけなきゃいけないんで、と話を切り上げて出かけるため必要なものを自分の部屋に取りに行こうとした。

それでも部屋の前まで来てもしつこく延々と同じ自分の勝手な言い分を繰り返しながら追って付いてくるので、いい加減耐えられず、とにかく私は出かけなきゃいけないから、と言い捨てて自分の部屋に入りドアを閉めた。

するとすぐさま

バン!

と乱暴に部屋のドアを押し開けずかずかと押し入って来て、

「あんたはなんて教養のない人間なの!!まだ私が話してる途中じゃないの!!」

と怒鳴りつけられる。そして私の部屋を見回して、ベッドを指を差し、

「これは私のベッドよ!!なんで私のベッドをあなたが使ってるのよ!!!」

と喚き散らす。

そのベッドは私が見に来た時からレオに自由に使ってくれ、と言われていたものだ。

それなのに私に何か言う隙も与えぬまま彼女はもう止まらない。

「いい!あなたに常識ってものを教えてあげる!!ブラジルでは人に敬意を持って話を聞くものなのよ!席をはずす時はちょっとすみません、くらい言いなさいよ!あなたってなんて礼儀知らずな人間なの!!!」

温厚な農耕民族である私だってここまで言われてさすがにブチ切れた。

『もう出かけなきゃいけない時間だ、って初めから何度も言ってるでしょ!なのに私の話をあなたは全然聞こうともしない!だいたいね、このベッドは硬すぎて身体が痛くなるから私は全然使ってないから!ほら、こっちに布団を敷いてあるの見えるでしょ?!こんなベッド邪魔なだけだからどうぞ持って行って!そもそも、いくら自分の家だっていったって、私が何を言っても全く聞かないで自分の都合だけ叫び続けた挙句、ちゃんとお金払って部屋を借りてる人のプライベートな部屋にいきなり入ってきて私のベッドを使うな、なんて怒鳴りつけるなんて、一体どっちが礼儀の無い人間なの?とにかく叫ばないでもらえます?それに、私は本当にもう出かけなきゃいけないから!!』

でっかくて黄色くて訛りのある生意気な生き物に言い返されたのが悔しくてならなかったようで、母のほうははまだ興奮して、この無教養の日本人が!などとぎゃあぎゃあ喚いていたが、娘(レオの姉)の方はさすがに母が言ってるいちゃもんに分が悪いと察したようで、母さん、もう行こう、と腕を引っ張って取りなした。

 

今思い出しても胸糞が悪い。

 

家をやっと出ていってくれたのは、出かけようとした時間から1時間近く経っていたと思う。

 

こうして私はあと1か月で宿無しになるかもしれないことになった。

 

 

 

 

ゲイ男子との暮らしinブラジルーさよならシャンギットー

最近、毎日泣き暮らしている。

 

私がここブラジルでゲイ男子たちと共同生活を送っていることは以前にも書いた。

大家のレオとその恋人のファビオは普段は他の街にいるので、実質は他に部屋を借りているセバスチャンと共同生活をしている感じだったのだが、

joe.hatenadiary.com

ブログを更新していない間にいろいろな事が起こっていた。 

 

 セバスチャンが彼氏と別れた。

 

 

以前から申しておりますように、セバスチャンは私が愛してやまない同居人のメキシコ人男性でございます。

それについてこのブログでは言及してはおりませんでしたが、実は彼は半年ちょい前から正規の彼氏ができており、その彼氏も毎日のように家に来ていましたので、それからというものほぼ3人でそれはそれは仲良く暮らしておったのでした。

屈強な男二人で仲良く一緒にシャワーを浴びた後、起き抜けで部屋から出てきた私に腰にバスタオルだけ巻いた状態で二人がかりで陽気に抱きついてきて朝の挨拶を交わす。

誰かがご飯を作っては、三人で過ごせることに感謝しお祈りをして一緒に夕食を食べる。

出かける時には、三人で手をつないで街を闊歩した。

私がリオにいる間には二人でリオに来てくれて、一緒にカーニバルも観た。

彼と付き合ってからのセバスチャンは本当に幸せそうで、しばらくメキシコに帰るのも見合わせようと決意したようでしたし、私はこれからもこんな日々がずっと続くものだと思っていたものでした。

それが、1か月ほど前に突然別れてしまったのです。

その彼氏をシャンギット(チンパンジーくん)というあだ名で私たちは呼んでおり、わりとカッコよくて胸板厚くおさるのような特徴的な鼻と髭をたくわえた、ブラジル人とは思えないほど誠実なきちんとした人で、私たちは愉快な日々を過ごしておりました。

ただの恋人の同居人である私にも親切にしてくれ、またサンバ好きでカーニバルにも長年参加していたこともありいろいろ教えてくれたりと話も合い、私にとっても既に大好きな友達となっていたのです。

私の前では大きなケンカを繰り広げることはなかったのですが、2人で遊びに行った翌日などにたびたび、なんかふたり、そらぞらしい?と思い尋ねるとやはり酔ってケンカをしたのでもう別れる、なんてのはちょくちょく聞いていたものの、いつもすぐ仲直りしてやっぱりお互いがいないとだめだ、ともっとアツアツになりましたので、最後のほうはケンカをしたと聞いても「どーせまたすぐくっつくんだから~()」などと軽くいなして二人の関係は揺るぎないと信じ過ごしておった所存でございます。

 

 

でもね、ついに本当に別れちゃった。

 

セバ曰く、彼は良い人だしまだ大好きだけど、もう彼とケンカをしたくない、酔うとお互いいつもケンカになり、ケンカをすると彼は汚い言葉でののしってきたりするのが辛く、もうそれを繰り返すのは絶対に嫌だと思った、ということだった。

私ははじめはなんだかんだ言ってもまたいつものごとくヨリを戻すのではないかと踏んでいたのだが、シャンギットが仲直りにでっかい花束をプレゼントしたりもしたようなのに、セバスチャンの別れるというその意思は揺らがなかった。

シャンギットもいつものケンカをしただけで、はじめはすぐに元に戻れると思っていたようだった。

別れたという報告を聞いて1週間後に突如テーブルに活けられたセバスチャンのイメージそのもののヒマワリに似た黄色い大きな花たちが、彼の気持ちを象徴するようにだんだんと花びらを散らし枯れていくのを、私は気づかないふりをしながらなすすべもなく見ているしかなかった。

シャンギットは、私やセバがしない家の掃除や管理なども積極的にしてくれたり、美味しいブラジル家庭料理をかいがいしく作ってくれたり、私もサンバ関係の友達の会に呼んでくれたりと優しく、少なくとも私とトラブルになったことは無かったので、私もとても悲しくて、“シングルマザーの恋人に懐いていたのに別れてしまったその連れ子”のような気持ちになった。

 彼が置いて行った水色のタッパーや、彼が作って余った料理が冷蔵庫にしまってあるままなのを見るたびに、彼はもうここには来ないのだ、と思うと喪失感に胸がしめつけられる。

近所を歩いていて彼と似た背格好や同じような髭をたくわえている人を見るとハッとして、一瞬彼と見間違えてしまう。

私の彼氏か!!ここは桜木町か!(One more time, One more chanceより)と自分で自分をツッコみながら、その度にうっすら涙ぐんだりしていた。

セバもはじめは元気が無かったが、だんだんと独り身の自由を謳歌してきているようで、私が無理に復縁を押し付けるわけにもいかない。

セバはシャンギットとは友達に戻る、と言っているものの、私はもう会う機会も無いのだろうな。。。と思うと悲しくなり、私にさよならも言わないで去っていった彼にせめて挨拶をしたいと直接連絡をしてみた。

お互いまったくサウダージ(恋しい、寂しい)だ、ということで、シャンギットの友人も交えて飲みに行くことになった。

その帰りに、まだ家に荷物が残っているので取りに行きたい、と告げてくる。

セバさえよければ私はいいよ、と返事をし、連絡をしたらセバは出かけているが、部屋に入って構わない、と言っているというので二人で家に帰った。

彼が荷物をまとめているうちに、三人で月が綺麗だね、なんて言いながらいろんな話をした思い出のベランダで彼を待つ。

荷物を取って大きなカバンを持って出てきて、

「今日はこの家にもお別れをしに来たんだ。」

と寂しそうに言う。

私はそれを聞いてふいにすごく悲しい気持ちになって、

これは彼に言ってはいけないのに、と思いながらも、

『も~、バカ~、なんでケンカなんかしたのよ~。』

と少し責める口調で言ってしまう。

すると彼が顔を押さえて固まり、よく見ると嗚咽をもらし始めていた。

それに気づき、つられて私も堪えきれなくなってしまう。

涙がとめどなく溢れて、しばらくふたりで抱き合って思いっきり泣きじゃくった。

 

彼が私と会ったのは、私をダシにして、私と会った帰りに家に寄ると告げることで、セバスチャンに荷物を撤収するのを止めに来て欲しかったためなのだということはなんとなくわかっていた。

わかっていて、のこのこ会いに行ったところもある。二人が元に戻ることを祈りながら。

 

ずいぶんねばったが、セバはその夜、帰って来なかった。

 

 

おまえは関係ねーだろう、という話で、そんな理由で泣き暮らしているというのは大袈裟だ、と思われるだろう。

まあ、聞け。

もうちょっといろいろあるのだ。

だがこのことがこれから私に降りかかる問題への分岐点だったのは間違いない。

次回へ続きます。

 

 

 

 

 

子供たちのカーニバル・リオ

私は子供がわりと好きだ。

だが、それは実はブラジルに住むようになってからの事である。

ブラジルに来たばかりの頃は、私もまだそこそこ若く、友達にも子供を持って居る者もあまりおらず、うまい接し方がわからなかった。

しかも青さゆえややとんがっておったので、「かわいー!なんさいでちゅか~!」などと声のキー♯3上げの幼児語で話しかける善人感丸出しの知人などを見ると、ケッ、などと心の中に黒いゲル状のものを渦巻かせたりしていた。

それに、まだ人間より虫に近いような幼き者だとしても、同じくひとりの人間なのだから、子供扱いをし下に見るのではなくがっぷりよつで対等に向き合わなければならない。そんな誠実なオレ。

声のトーンは決して上げず、媚びた感のしない地声の低めを採用。語尾には時に、「だ」「である」をつけ、甘えは決して許さない。淡々とそして理路整然に。

 

そんな者が子供に好かれるわけもない。

 

稀に子供と遊んだりしても、他愛もないゲームをして子供が軽いずるをして勝とうとすると本気でイラっとして目ざとく指摘し、

君は今ずるをしたね?お母さんはいつも君に花を持たせてやろうとわざと負けているだけで、どっこい君は本当はびっくり弱き生き物なのだよ?いいかい?あんまり大人を舐めてもらっては困る。残念ながら人生はそんなに甘いものでは無いし、何もかも自分の思い通りにいくと思ったら大間違いだ。しかも君は今、負けそうになったらずるをした。ばれないとでも思ったのかな?今からそんなずるなんてしていたら君は将来ろくな大人にならないよ?とりあえず、いっぺん私に謝ろうか?

などと詰め寄りガン泣きさせたことさえあった。

 

今思うと子供との距離がいっさい掴めていなかったのだろう。

基本的な考えは実はそう変わってはおらず納得がいかなければ今でも本気で子供とケンカをする超絶大人げないタイプではあるのが(老人ともするよ♡)、それでもブラジルに住んでから子供が、子供と遊ぶのが好きになった。

今は声のトーンだって変えられちゃうよん。

 

ブラジルに来てはじめの数年は、週に何度かあるサンバの練習時に大人のグループの中にいても、話が込み合ってくるとさっぱり分からないことが良くあり、それがわりかし苦痛であった。(今もだがw)

自分は異邦人だからと遠慮したり孤独を感じることもある。

親切にしてもらうこともたくさんあるが、差別的であったり、表面は親切だが裏では違ったり、馬鹿にした態度をしてくる人もいない訳ではない。

子供だって嘘をついたりもすることはあるし、全て純粋だとは思っているわけではないが、そんな中で、珍しがって目を輝かせて寄って来てくれる子供達に嘘は無かったと思う。ただ一時の興味本位だとしても。

サンバの練習などの長い待ち時間(何をするにも開始が大幅に遅れるのでほとんどがひどく待たされる)で話に入れなくてぽつんとひとりいたたまれない時にも、子供達がいてくれたので何とかこれまでの時間をやり過ごすことが出来たのだ。(練習は真夜中でもだいたい子供もいるので。)

なので、ブラジルの子供たちには並々ならぬ恩義を感じている。

そして、何より本当に可愛いのだ。

それから、徐々に考えを改め、子供という生物全体が好きになった。

できればちょっとだけでも恩返しがしたい。

つーか、もっと遊びたい。

 なので以前から、機会があったら子供のカーニバルに関わりたいとずっと思っていて、それが今年になってガッツリ叶って嬉しかったので、前回の予告通り、本日はその子供のカーニバルについて私の体験したくだりを紹介したいと思う。

 

手伝いを申し出る

サンバの踊り子として他のチームに所属している友人は面倒見が良く何かというと私を誘ってきてくれる。

joe.hatenadiary.com

なのでだんだんと仲良くなり、彼女が住むファベイラ(貧民街)で彼女がやっている子供達にサンバを教えるプロジェクトに、時間がある時は顔を出すようになった。

彼女のいるチームが母体の、その子供版のチームに近所の子供達を引き連れて出る計画だと言う。

それを聞き、今年こそは子供のカーニバルの手伝いがしたいと思っている旨を彼女に申し出た。

多くのブラジル人には間近に言わないとすっかり忘れられていたりするので、また数日前に確認をした。

 『わかった、あなたのためにTシャツを用意しておく』

スタッフとはいえカーニバルの重要な一部なので、メンバーの一員の証であるTシャツが無いと会場内を行進に付いて一緒に参加することはできないのだ。

 

準備はOK?

子供のパレードは近年は毎年カーニバル最終日の火曜日の夕方から始まる。

集合時間の通達が当日の直前であったため、彼女たちの集合するファベイラに寄っていると時間に遅れるかもしれないと判断する。

あと1時間もしないで専用のバスで向かうことになっているのだと言う。

直で行けば余裕もあるため私は単独で直接会場に向かった。待機場所にはもう既に準備に追われる子供と親達で溢れかえっている。

 

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多少の遅れは、ええブラジルですので、想定内ではあった。

だがいくら待ってもバスで向かっているはずの友人も子供たちも全然現れない。

もちろんそんなことだから、事前の打ち合わせなど皆無である。

スタッフの一員であることの証であるTシャツは友人が持っていて事前にもらっていないので、電話で彼女から指示を受け衣装をトラックから出して10着を別に分けておいてくれ、と頼まれて実行に移そうとするも案の定、頭のおかしい東洋人が紛れ込んで衣装を盗もうとしている、と疑われ、死ぬほどもめる。

二度言うが、このチームは友人の所属するチーム派生の子供バージョンなので、私の知り合いはほとんどいない。

彼女に電話をかけ、彼女を知っている最寄りの人を探しその人に電話を替わってもらって彼女と直接話して身元を確認してもらいさらに周りに事情を説明してもらって、やっとこ衣装の移動に取り掛かれた。

たくさんの衣装がありいっぺんに持てないので、指定された衣装の移動場所そばにいた人たちに事情を話しこの衣装を見ていてくれと頼み、またトラックに戻って残りを運ばざるを得なかったのだが、誰もその衣装を見ていてくれず、なんだ、こんなとこに衣装置き去りにしやがって、と思われ他のスタッフにまた衣装を運び戻されてしまい、もう一度トラックから運び出そうとすると、そんなことは聞いていないしだいたいお前誰やねんとまたもめる。、んんんんぬ~~。

何往復もしてやっと衣装の問題に片が付き、周りの子供達の着替えをさせる。

その中で直接会場に着いていた彼女のレッスンに来ている顔見知りの子供達を3人ほど捕まえ、持参のキラキラや口紅を駆使しお化粧などを施していると、他の子供達もわらわらと集まってきて私たちにもして欲しいとおねだりしてくる。

私・大人気だ。

ふっふっふ、このために用意周到に化粧品等用意をしてきたのだ。

腐っても私も一応日本人のはしくれだな、と思う瞬間。

家で綺麗にお化粧をしてもらって来ている子もいるが、たいていは何も考えていませんでした、という体のノーメイクで、私が他の子に化粧をしているのを見つけ、おお、あいつにやってもらえるのだな、と寄ってきて、私には金色のキラキラじゃなく他の色がいいだの、あの子にはキラキラが付きすぎているから私のはもっと上品にやれだの言ってくる。

小さくても女というものは、うるさくてかわいい。

 

 

もう周りの子供たちはほとんど準備を終えて待機している。

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どうですか。かわいすぎるだろう。

 

パレード・前

それにしても、こちらは近くにいる子共達の着付けをさせるのはあらかた済ませて、化粧などのオプションまで付けてせっせと働いているというのに、友人ご一行様は全然現れない。

周りの人たちにジャッキー(友人)はどこにいるんだ?まだなのか?と聞かれるので、そのたびに私がもうちょっと待ってくれ、もうすぐ着くから、と言って回る。

うわぁー、まじか、なんでこんなことになるんだ、いかにもブラジルっぽい展開だけどいくらなんでもやばいんじゃないか~、とヒヤヒヤしていると、もう演奏が始まる、という頃合いで友人と子供達はバタバタと現れた。

友人は私にTシャツをポイと投げて、じゃ、この先頭のグループにあなたは付いて行って、よろしく!とだけ言い置いて慌ただしくどっかに行ってしまう。

去り際に他の人たちに告げていたのを漏れ聞いたところによると、バスのトラブルで途中で車が動かなくなったということだった。

 

チームの旗を持ち紹介するカップルがいて、その後ろに小さめの山車があり、その後1番目のアーラ(同じ衣装をつけた踊り手ごとのグループ)に配属されたので時間がない。

指示された場所に行くも、その場付きの他のスタッフのおばさんにお前は誰だ?あっちへ行け、と追い払われてしまい、私は本当にここにいていいのだろうか?話はついているのだろうか?と不安になり彼女をもう一度探しに行くが、とにかく彼女たちに付いてくれればいいから!ゴールで落ち合いましょう!ほらほら早くもう行って!!と全く余裕無くつれない返事が返ってくるばかりだ。

戻ると案の定、またもめる。

頭を抱えながらおばさんに事情を説明していると、子供達にあなたはジレトーラ(偉い役職の人)なのか?と話しかけられる。

そのTシャツはジレトーラのものだ、と指摘される。まじか。

急いでいたのでもらったTシャツなんてちゃんと見ていない。渡されたものをそのまま服の上からかぶっただけだ。

友人よ、なぜ、顔なじみのいないチームの長のTシャツをいきなり日本人の私に渡すのか。

もめてる場合でも茫然としている場合でもなく、靴の作りが悪くて脱げてしまってこれでは踊れないから助けてくれとさらに他の子供たちがベソをかいて訴えてくる。

他のスタッフもまるで何の用意もしてきていないので、用意してきた自前の貴重な日本製の安全ピン(日本製のほうが強くてずっと品質が良い、そしてブラジル製ですら誰一人としてそういった用意などしてきてはいない)でなんとか直して回り、あげく他のぼんやりしたスタッフに一体自分は何をしたらいいのかと聞かれ、私が衣装の不備を直すように指示をしたりする。なぜだ。

さっきもめたおばさんには目を付けられ、もう始まるから子供の靴を直すなと怒られたり子供には直してと涙目で懇願され板挟みになったりしながら(でもまだ時間は結構余裕があった)、ぜいぜいと駆け回って本番に臨む。

そう、この国では誰も何もちゃんと把握なんてしていないのだ。

ていうかこういうの知ってた。何度も同じような経験がある。

自信を持とう。

それに私はなぜかこのグループのスタッフ長に知らぬ間に祝就任しているようなので、もう堂々としていよう。

偉そうなおばさんも始めは見ず知らずの謎の東洋人が変なことをしでかさないか心配し警戒していたのだろう、私はここのジレトーラだ!、と、破れかぶれで言ってのけ、てきぱきと働いているうち何も言わなくなった。

パレードの横に付き、子供たちを見守り列が乱れないように促し歌って盛り上げる。

スカートのすそを踏んで転んで立ち上がれなくなった子を抱き起したり、こっそり衣装を直したり、何も打ち合わせをしていない割にはこの上も無い働きぶりである。

私・大活躍だ。

惜しむらくは誰も私の大活躍を見ておらず誰も気が付いていないことであるが、なので自画自賛ながらここで発表させていただいている。

 

すごく楽しそうにハイテンションで踊っている子もいれば、虚ろにいかにもわたしやらされてます、というような死に体の子もいる。子供といえど人それぞれだ。

それでもまあわざわざ参加しに来ているのだから傍からそうは見えなくてもそれなりに皆カーニバルというものを楽しんでいるのであろう。

 

パレード・後

やっとゴールに着き、友人のレッスンに通っている3人をその中から確保し一緒にここで待つように言い聞かせ、不安定に重い頭の飾りを取ってあげると誰もそれを受け取らずあなたが持っていてくれ、と押し付けてくる。

しまいには私の管理外である子供達も私のも持っておいて、と6つも7つも押し付けられてしまい、おまけにこの靴はサイズが合わないからとそこらへんに靴を脱ぎ捨ててほぼ全員が裸足で歩き出す。

それを私が全部拾って後から来る人たちの邪魔にならないように端っこに集める。

本当に教育がなっていない。

やっと友人と会えたので子供達の靴はこのままでいいのかと聞いてもう要らないというので最寄りのゴミ箱に捨てる、またはその傍にまとめておく。

歩き出してしばらく経つとどこかに行ったまま行方不明になっていた子が戻ってきてあなたに預けた靴と頭の飾りはどこだと言ってくる。

私は決して預かっていない。君らが勝手に押し付けただけだ。

何個も頭の飾りを持たされたままよろよろと途中まで歩いていたのをまたゴミ箱のところまで引き返し、その子の靴を確認し渡すと礼も無く去っていこうとするのでさすがに頭に来て、オイこら小僧(女子だったが)ちょっと待て、この頭の飾りはどうすんだ?今ここで持ってかないと捨てっちまうぞ!とちょっと強めに言うことにした。

他の子らにも、オラオラ、おっきい子は自分の荷物くらい自分で持てや、要らない子は捨てるので申告しろ、と、整理し、小さい子の頭の飾り2つだけを残し脇に挟みその子たちの着替えの入った袋を腕に引っ掛ける。

しかもはぐれないように小さい子供と手をつないでいないといけないので、これでもいっぱいいっぱいだ。

大人は私と友人の二人だけに対して子供は10人以上いるので、ちょっと目を離すと2,3人がすぐどこかへ消えてしまう。

何度言い聞かせてもはぐれてしまう数人のやんちゃそうな男の子たちに友人は激高して言った。

「あんたたちね!勝手な事ばっかりして!!いい加減にしなさいよ!!!そんなことばっかりしてんだったら、もう二度とカーニバルには連れてこないよ!だいたいホブソン!あんたが待たせたせいでみんな遅刻したんじゃない!!今度遅れてももう一秒も待たないしカーニバルにも連れてこないから、覚えときなさいよ!」

ホブソンと名指しされた子は決まり悪そうに苦い顔でそっぽを向いて聞こえない振りをした。

どうやら車のトラブルで遅れたというのは嘘っぱちだったらしい。

やっぱりか。どうも嘘くさいと思っていたのだ。

オイこらチョ待てホブソン、お前のせいで遅れたんだな、と、その坊主頭を小突きたい衝動に駆られる。

 このくりくりが遅れさえなけしなければ私もあんなに大変な思いをしなくてすんだはずで小言のひとつも言いたくもなったが、気の立った友人に猛烈な剣幕で叱られていたので追い打ちをかけるのはやめておいてやった。

 

パレード観覧

別の場所に親が来ている子達を送り届け、

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30分くらいかけて反対側の端っこの観覧席まで辿り着く。私の分も席を用意して置いてくれているというので残った子供たちと一緒に観覧することにした。

子供のパレードは短めなのだが、その分チーム数が多いので午後6時頃に始まり、終わるのは12時くらいまでになる。

ひとつひとつのチームがコンパクトなので飽きないし、それぞれのチームの工夫や個性が見られて面白い。

たまに、知ってる子供が出ていたり、大人の知り合いが手伝っていたりするので、観覧席から声をかけたのに気が付いて手を振ってもらうとなんだか嬉しい。

 

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三個のバーガー

お腹がすいたので会場内の売店にハンバーガーを買いに行くと言うと私の膝に座っていたちいちゃいちゃんが一緒に来るという。

選んでいるとちいちゃいちゃんも食べたそうにしているので何か食べる?と声をかけると、まんまと一番高いバーガーをおねだりしてきた。

こういう場所の食べ物はあんまり美味しくない上に、高い。

この子に買ってあげたら、まだ10名以上残っている子供達もきっと欲しがるだろう。

どうしたもんかと考え、ちいちゃいちゃんに言った。

「よし、じゃあ私、1個はあなたに買ってあげるね?でも、それはみんなで分けるのよ?もし一人で1個全部を食べたかったらみんなに見られないところでこっそり食べてね?他の子達みんなに1個ずつ買ってあげるのは無理だから。わかった?」

ちいちゃいちゃんはこくりと頷いて、みんなで分けると言うので一緒に席に戻った。

席に戻るとちいちゃいちゃんはちまちまとバーガーを頬張っている。たまに他の子に、くれ、と言われて一口あげたりはしていたが、10名に回るほどでっかいバーガーであるわけもなく(高いくせによ)バーガーは瞬く間に消えてしまった。

それからしばらくして、バーガーにありつけなかった子供が私の一挙一動に注目していることに気が付いた。

トイレに行くとひとりの男の子が私を探しに来て入り口で待っていたりするので、初めは勘違いして、そんなに私の事が好きなのか、うい奴め、などと思っていたが、どうやら彼らが好きなのは私では無く、目当てははっきりバーガーまっしぐら、なのであった。

私が席を立ち上がるとハッとして立ち上がる。席を移動すると近くへ移動してくる。

何をするにも狙われ、さすがサッカー王国ブラジル、と感心するような強固な守りでピッタリとマークしてくる。

パレードに友人が出ていたので写真を撮ろうとして会場の端っこまで何度もダッシュで行った時にも、私がバーガーを買いに行ったのではないかと心配してそのたび必死の形相で追いかけてくるので、そのガッツはさすがファベイラの子供ここにあり、と感心すらしてしまった。

バーガーを買いに行かないのか?買いに行くときは一緒について行ってあげるのでいつでも言ってくれ、と、親切なふりをして回りくどい事を言ってくるのが可愛いが、私への愛の無さが丸わかりでちょっとテンションが下がる。

どうしてもバーガーが今食べたくて仕方が無いようで、バーガーはいくらだったかと聞いてくる。答えると首にぶら下げた小銭入れの中身をひっかき回しお金を数える。

でも、子供がおこずかいで買うにしたらここのバーガーは高い。

案の定、お金が足りないから買って欲しい、と言ってくる。

こんなかわいいカツアゲには会ったことが無い。困った。

それに教育上あげてもいいものか、迷った。

だけど、こんなに必死なんだし、もう一個くらいいいか。今日はカーニバルだしな。

根負けして本当にもうこれ以上は買えないからー個だけだよ?他の子とちゃんと分けるんだよ?と念を押して、そのガッツに敬意を表し栄誉ある最後のバーガーを贈った。(三個のバーガー/完)

 

それを見た友人がそのガッツボーイを叱る。

彼女に買ってもらったのね?あんたはお金を持ってきてるでしょ?!いくらファベイラに住んでいたって人にモノをねだるなんてみっともないマネはするもんじゃないよ!!と、くどくどと怒っている。

私にも、買わせてしまって悪かった。彼は親からちゃんとおこずかいをもらってきているのだから何か買ってやる必要は無い、ねだられても断ってくれ、お願いよアミーガ、と言ってきた。

彼女はファベイラに住んでいても親からの教育はしっかりされている人で、彼女のこういう所がいいなあと思う。

ファベイラに住んでいたってこういうところをちゃんとしている人はいるし、だから彼女のことは信用して付き合えるのだ。

 

一昨日は本番で昨日は一晩中観覧をして、さらに今日は子供の手伝いに遅刻のせいでいらぬ手間をかけさせられてとても疲れた。

子供達の愛をいただきに参りますよと思ってきたら金をせびられそこに愛はあまり感じられないで1日が終了したが、まあ良い。

疲れたし、大変だったが、なんだかんだ言っても手伝いに来てよかった。来年も来よう。いや、来年は自分のチームの子供バージョンでも手伝わせてもらおう。出場順が離れていればいける。よし、ダブルヘッダーだ!!

 

などと、懲りずに考えながらカーニバル会場を後にした。

今年のカーニバルの最終日。

 

カーニバル2017関連Tシャツいろいろ

カーニバルでは、ブラジルでは、所属を示すところの文字などが入ったお揃いのTシャツをユニホーム代わりに着る機会が多い。

そこのメンバーですよー、ということが一目瞭然なので非常にわかりやすい。

カーニバルが終わって2か月が経ったが、今回は今年もらった私物のTシャツに個人的な解説を交えながら個人的な思い出を振り返ってみようじゃないかという新企画(そして多分一回だけ)である。

1.自分のチームから配布されたTシャツ

練習時や軽いイベントの時に着られるようにチームから配布されるTシャツ。

オシャレさんたちは自分の好みの形に切ったりキラキラを付けて装飾をすることが多い。後ろに自分の所属する部署が書いてあることも多い。書いてないことも多い。最近は会場でのリハーサルの時は簡易衣装を着けたりもするので、そもそも踊り子には配られないことも多い。ま、その年やチームにもよることが多い。

結局もらったはいいが一度も着る機会がないまま今に至る。

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2.今所属しているチームが母体である、私が去年から関わっている未来の踊り手要請プロジェクトのTシャツ

メストレ・サラとポルタ・バンデイラとパシスタ部門があり、第一部では子供たちにカポエラを教えたりもする。私はパシスタを目指す子供(大人もいる)のインストラクターとしてストレッチを教えたり、メインのサンバの先生の補助をしたりしている。何の音沙汰も無しで先生が来なかったりすることもあるので、急遽、先生をやらされる時もある。ポルトガル語が咄嗟に出てこず子供たちに笑われ、助けてもらいながら冷や汗をかきつつ、何とかやる。そんな時に着用しているTシャツ。

今は亡きマリアエレーナ(近所に住んでいた仲良しのおばあさん)に加工してもらったやつだ。

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3.子供のカーニバルのスタッフのTシャツ

ファベイラに住む子供達にサンバ(踊り)を教えるプロジェクトを友達がやっているので、そこにたまに顔を出している、今年はそこの子供たちのカーニバルの手伝いを申し出た。

前からやりたいと思っていたので夢が叶ってとても嬉しい。この話は長くなりそうなので、次回そのもようを書きます。

 日頃から愛に飢えているので、2.のインストラクターをやっているところの子供たちもそうだが、私を認識した瞬間に破顔一笑、駆け寄って抱きついて来てくれたりするのが本当に震えるほど嬉しい。たまに他の子供たち同士で遊んでいて構ってくれないとチェッ、と、しょんぼりしてしまう。どっちが子供か。

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4.超VIP席カーニバル観覧用Tシャツ

いくつかのカーニバル観覧特別席では、食事や飲み物やお揃いのTシャツまでもが料金に含まれており、皆それを身に着けて観覧することになっている。今年はその中でもべらぼうに良いスペースで観覧することになった。

こんなにゆったりと1階でも2階からも観覧ができるなんて20回以上の観覧の中で初めてだ。こんなの初めて♡。この世の極楽とはこのことか、と酔いしれたのはシャンパンを飲み過ぎたせいだけではない。

このブラジルの不景気で企業などになかなか売れないということで、外国人向けにも力を入れているので、日本人でこの席で観たいと言う人を紹介して欲しいと本格的に頼まれる。ぶっちゃけお値段はかなり高額だが、ぜひ一生に一度はここで観てみることをお勧めしたい。

興味のある方はご一報ください。値段交渉してみまっせ。

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5.サンパウロのカーニバル・アルモニアシャツ

サンパウロのカーニバルに参加したいという方を集めて出場しましょうというツアー企画に関わり、当日は皆さんのケアをとチームスタッフとして列の調整役などをしていた(基本子供のスタッフの時と同じような立ち位置)。

普通のTシャツじゃなくて生地がシャツっぽいところがいかにもオフィシャルって感じでカッコイイぜ、と自分的には思っている。

その後他の洗濯物と一緒に洗ったら白いTシャツ等にまだらにオレンジ色がついてしまって落ちない。くそう。皆さんもブラジル製には要注意だ。

 

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6.おまけ 衣装の下の全身タイツ

今年は自分の本番当日に衣装の一部として黒の全身タイツを着用した。

全身タイツ、略して、全タイー。

あれ?サンバの踊り手って、みんなビキニみたいな衣装を着るもんじゃないの?などと思ったあなたはすっとこどっこいの素人だ。

一番にはテーマを表現することが大事なので、こういう時もある。

だが、衣装が配られた瞬間は、そこそこ玄人であるはずの私でも目を疑った。露出ゼロなのはいいとしてこれでは絶対暑くて大変そうだ。衣装もずっしりと重くその上アフロの馬鹿でかいズラがコーンヘッドのように頭4個分くらいのボリュームでそそり立っている。

踊る人の都合を全く考えていない、暑くて重くて安定しない衣装だが、それも長いサンバ人生では、まあ、あることだ。

 

諦念とともにこの全身タイツを眺めていると、ふと、遠く甘酸っぱい記憶が呼び戻された。

 そう、あれは、、、私がサンバを始めたばかりの頃のことーーーーーーー。

 

日本のあるサンバチームに所属をしたばかりの、サンバを始めてまだ1年目の夏だったと思う。

TVの仕事にルーキーながら呼んでもらえて、初めてのTV、初めてのサンバの仕事!と多少興奮しながら衣装を準備してTV局へ向かった。

入館するとちょっとしたソファのあるスペースに京本政樹がおり談笑していて、おお、さっそくTV局って感じだぜ、必殺シリーズ良かったョ!などと心の中でつぶやいたりしていたのを覚えている。

楽屋に入り、そこのスタッフさんから、衣装の下にこれを着けてくださいと言われた時に私の体を貫いた衝撃を今も忘れない。

 

手渡されたのは、

蛍光ピンクの全身タイツ

であった。

 

TV出演に抜擢されたと思って会社を早引けして行ったのにこの仕打ち。

当時の彼氏や友人達にも、「ちょっと、、、その日はTVの仕事がね、、、フフ、、」

などと嘯いてきたというのに、ヌーブラ・ヤッホー♪と飛び出してしまいそうなピタピタで頭まで覆うタイプのまごうことなき全身タイツ✖目の覚めるような蛍光ピンクの夢のコラボによる思いがけない攻撃に、よろめいてがくりと膝をつくことになった。

私の焦がれたサンバというのは、もっとカッコよくてセクシーなものでは無かったか?

その番組は当時、爆笑問題が司会をしていた健康バラエティーで、脳内部位や物質を擬人化して、その中にお茶の間にわかりやすく脳の働きを寸劇で説明するというコーナーがあった。大抵はその部位ごとに色違いの全身タイツをそれぞれつけ、額に張り付けたカマボコ板ほどのプレートに「海馬」「前頭葉」などと各々の名前が書いてある。

 

私の役はまさかの

 

ドーパミン 

 

であると云う。

 

全身タイツの上にサンバの衣装を着て、脳から指令を受けたドーパミンの躍動感をサンバを踊って表現する、という難しい役どころだ。鬼才ディレクターのイカれた演出に、こいつはバカなのだろかと唖然としたが、自分が演じるのでさえなかったら割と嫌いではないオルタナティブ・パフォーマンスであった。

その日は私の他に同じサンバチームから6~7名の先輩たちも一緒で、彼女たちがそれをむしろオイシイと面白がって盛り上げてくれたので私のショックも和らいだ。しまいにはドーパミン先輩たちにつられ私も楽しくなってきてしまい、いかにらしく写真を撮るか、ということに苦心し、張り切って両手を上げたポーズをとり満面の笑みで写ったドーパミン・ショットは今も日本の実家の引き出しに、若き日のスゥイート・メモリーとしてそっと残してある。

 

あれから何年経ったのだろうーーーーーーーー。

私がまだ、駆け出しのドーパミンだった頃の話だ。

懐かしく、胸が少し痛むような甘美な全身タイツの思い出。

ーーー今の私は、あの頃よりも少しは上手に跳べているだろうか?

 そして次もまた、違う全身タイツを着た時に、今年のカーニバルのことを懐かしく思い出す、そんな日が、来るのだろうかーーーーーーーーーーーー。

                               《完》

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リオ2017・カーニバル前夜(ブロコ☆キラキラ編)

カーニバル前にはここ数年、リオの地元のブロコ(道でやるパレード)でハイーニャをやらせていただいている。

ハイーニャというのは=女王という意味で、ここではサンバチームの楽器隊の前に置かれる女性のことを差す。近年リオのカーニバルの大きいグループではモデルや女優さんなどの有名人がなっていることが多い誉(ほまれ)ある役職だ。

そんなに商業化していない小さい街のブロコなどでは、そういう時は踊れるパシスタに話が回ってきたりすることもある。

サンバのブロコと言ってもサンバ会場でのような衣装を着ける訳ではなく、参加者はお揃いのTシャツ、ハイーニャはショー衣装っぽいワンピースなどで踊る。

私は日本でサンバをやっていた頃から、そういう華やかな地位には無縁の、床を舐め地底を這いつくばるようなサンバ人生を送ってきておるので、リオの自分の家のほうの地域で行われる1500人ほどの小さいお祭りとはいえ、日本人である私をその地位に何年も就かせてくれているのをとても光栄に思っている。

 

あれ?なんか話の流れがいつもと違うぞ?もしかしてこいつ少しキラキラしようとしてるんじゃないだろうな?

 

と思われた方、

 

正解です。

 

いいじゃんいいじゃんいいじゃんいいじゃん、たまにはキラキラ報告とかさせてもらったっていいじゃん。

どうせ私のオンボロ靴底サンバ人生ももうそう長くはない。

もう親指のところは穴が開いているし、履きつぶしたかかとも減っていて留め具も壊れているようなありさまだ。

 

それにこのブログを読んで私を架空のお笑いサンバダンサーだと思っている方たちに向け警鐘を鳴らしたい。

私はブラジルのサンバ界に生息する実在の生き物だ。

だが絶滅危惧種なのでみんなで 大事に守ってあげなければならない。

滅びる定めの死にかけ寸前の生物で、たぶんもうすぐしぬ。

膝は割れて常に水が噴き出しているし、片目は大抵爆発していてお腹から腸がはみ出ているようなありさまだ。

 

 

ごめん、なんか言い過ぎた。

  

だがせめてもの思い出のよすがに、キラキラしている部分もたまには書かせて欲しい。

私だってあなたたちの知らないところでごく稀にだがキラキラしていたりすることもあるのだ。

いつも私がオカマに軟禁されたり、不動産のおやじにセクハラされていると思ったら大間違いだ。(というかだいたい合ってる。これらも事実なので、今後書く。)

 

そもそもの馴れ初めは、以前私がいたサンバチームの人がそのブロコの会長をやっていたことから、そこで見染められ?初めて声をかけてもらった2012年のことだ。

最近私が他のチームでカーニバルに出ることになっても変わらずに私を呼んでくれていて、本当に有難い話である。

だが、当時は彼の娘も同じチームで一番の踊り手としていたので、いやいや、私なんかよりも彼女にやってもらったらいいじゃん、と断ったのだが、その彼女がぜひお願いしたいと説得に来てくれたので、そこまで言ってくれるのだったらありがたくお受けしよう、ということになった。

彼女はチームの中で一番目立っていて、踊りが上手くてスタイルが良い、一見とっつきにくそうなタレ目の意地悪顔美人で、いつもニコニコしているようなタイプではないがチームでも私が仲間に馴染めるように助けてくれたり、他の人たちにもまっとうで正しいことを言う実はかなり性格の良いやつだったので周りから好かれ、また、皆に一目置かれていた。

その大好きな娘や前のチームの友達、知り合いなどがたくさん手伝いに来たり遊びに来ていたりするので、私も楽しい。

私の好物である子供たちも多いので、一緒に話したり遊んで可愛がったり、頭をなでてその若さを吸い取ったりもできる。

 

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それにしても開始時間を誰も知らないのは一体どういうことだ。

何時に行けばいいのだ?と今年も聞いてみたが、13時に来い、と言うので、嘘つけ、と思い例年の教訓から14時半ごろに行ってやった。

ここでの祭りは広場でそのくらいの時間からぼちぼち始まっていて、生バンドが入って歌ったり踊ったり、参加者は入場料代わりのTシャツを事前に買っておいてプラスチックのジョッキをもらい、それを持っていれば水やビールなどはフリーで飲み放題というシステムになっている。

だが、メインとなるブロコのパレードは通常だいたい17時~18時くらいから始まる。

私はその時に綺麗に着飾って、じゃじゃーんと現れて楽器隊の前に立ち、そのブロコの女王様として悠然と踊るという算段だ。

知ってるなら始めから時間を尋ねるなよ、という話だが、私に開始時間を聞いてくる人も多いので、ちょっと対処に困ってしまうから聞いたまでである。

 

人込みの中、やっと着いても誰もそんなに大事にしてくれない。

飲み物なども用意してくれず、事前にTシャツなども渡してくれてはいないので入り口で必ずもめる。

日本人が誰も住んでいないような郊外の街のお祭りにいきなりやってきて、私はここの女王だから中に入れろ、とカタコトのポルトガル語で話してみても、気のふれた外国人が無料で中に入ろうとしている、と門前払いにしたくなる気持ちもわかる。

飲み物をくれ、と言ってみてもジョッキを持ってないのでダメ、とあっさり言われ近くの売店まで人込みをかき分け買いに行ったりしなければならないという好待遇だ。

それに、他の人たちはラフなTシャツ姿で、飲んで踊ってバカ騒ぎをするために来ているので良いのだが、これから私は前に出て踊るので他の人たちと同じように遊んで飲んだくれているわけにはいかない。

控室など用意されているはずもない広場で着替えなども済まさねばならず、干からびたトカゲの死骸の上の地べたに持参の敷物をひいた隅っこで照り付ける太陽の下、汗だくになり化粧や着替えをコソコソと行いながら何時間か待機していなければならないのだ。

荷物なども誰も預かってくれず一度そのまま放置して出なければならなかった年もあった。(荷物は無事だったが)

今年は音響を積んだ小型トラックの人が知り合いだったので、とにかく頼むと荷物を押し付けて、やっと本番に臨めたのだ。

 

団地の脇にある広場から出発し、小道を通り大通り沿いの公園まで約1キロほどの距離を1時間半ほどかけてパレードするのであるが、Tシャツでついてきている人たちが入れ替わり立ち替わり楽器隊の前で踊ろうと、楽器隊とその他を仕切るロープをくぐって入ってきてしまうので、私の踊るスペースが無い。押されて転びそうになり仕方なく楽器隊の中に入っていくと、あんたは前で踊れ、とスタッフの人に怒られる。

ロープの中から出て行け、と会長が傍までやってきて注意してくれるのだが、彼がいなくなるとまたみんなロープの中に入ってきてしまう。

みんな盛り上がって楽しそうで良かったなあ~^^

などとは思えない狭量な人間であるので(ちょっとならいいんだけどね)、ち、邪魔だぜ、と心の中では思っていた。

しかし女王が鬼のような形相で周りの参加者を蹴散らしたり、お前らはこのロープの中に入ってくるな!このクソ庶民どもが!!と悪態を吐き捨てたりするのは絶対に良くないと堪えて笑顔をつくっていたのだが、凸凹の多い道で踊りにくい上、あまりの扱いの悪さにイラっとして、ひとりの偉そうなスタッフにもっと前に行けと押されたときに「こんな状況でどう前で踊れっていうのよ!!」と1度だけキレてしまった。女王なのに。

最後の公園に着くとさらに人は増えもうお祭り騒ぎで、ビールをかけられ、もみくちゃにされ、私の場所確保なんてさらに誰も気にしてくれない。女王なのに。

結局最後は楽器隊がサンバではない楽曲なども演奏し始め、ひょっこり遊びに来ていた同じサンバチームで以前のメストレサラだった子なんかも、ただのお兄ちゃんと化してはしゃぎ回り正規のヴォーカルからマイクを奪い、カラオケ同然で熱唱し始めたりと皆めちゃくちゃに盛り上がった混乱を経て、日が暮れきって終わりを告げた。

お疲れ様、と皆に声をかけてもらえ、胴上げをされて皆で涙を流したりするわけでもなく、私(女王なのに)は終わったらそのまま放置されるので、自分で荷物を取りに行き、自分でビールを買い、そこで適当に飲んで、自分で車を手配して、帰る。

ちなみにきっぱりとノーギャラだ。

あんまり感謝してくれてる感じもしないが、毎年向こうから声をかけて来てくれるので、かなり気に入ってくれているのだろうとは思う。

他の子とダブル・ハイーニャとされた年もあったが、私の評判が良いので来年は彼女は切るから君はどうか続けて欲しい、と言われたこともある。

というか、2度とその子たちがハイーニャで来ないのは、このブロコのこの扱いのせいなのでは、、、?

 

 

入り口で相手にしてもらえず、おとといきやがれジャップと言われブチギレる女王。

トイレが混んでいて入れないので、近くの売店で70円渡してトイレを借りる女王。

雑な扱いを受け、あんまり民衆に敬われていない感じの女王。

 

フウーッ。女王というのもなかなか大変なものだ。

 

 

 

あれ?

 

キラキラ報告をしようと思ったのに、なにかおかしなことになってはいまいか。

 

そう、頑張ってキラキラしようとしても、どうしても私の場合結局こういったとんちきな報告になってしまうのだ。

 

 

ん?また話が違ってきたぞ。こいつ、全然キラキラしてねーじゃねーか、

と思われた方。

 

 

 

 

正解。

 

 

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サンバカーニバル・リオ2017~追記

 

カーニバルが終わって一週間が過ぎた。

灰色の水曜日、と呼ばれている先週の水曜から一般的には仕事が始まったので、カーニバルがいつまでかといえば通常火曜日までなのだが、その土曜にはスペシャルグループのチャンピオンパレードが行われる。

リオは上位の6チームがチャンピオンパレードに出場するシステムで、私のチームもその中に入ったのでこの土曜日までが私にとってサンバカーニバル・延長戦、だったのであった。

 

去年私が出させてもらったチームが優勝した。

老舗の人気チームだが、優勝は三十数年ぶりとのことで、めでたい話だ。

私はサンパウロのカーニバルに出ていたときから数えて12年くらいブラジルのカーニバルに参加していて、年によっては大小いくつかのチームで掛け持ちして出ていたにも関わらず、私の参加したチームは一度も優勝したことがない。

私がそんなアンラッキーガールである事がばれて今のチームに追い出されたら嫌なのでこの件については黙っているつもりだ。

 

一介の踊り子がどんなに頑張ったところで優勝を左右できるほどの力は無いのが現実で、テーマ選出から何千人も関わっているその大きな流れがすべてピタリとはまりトラブルも無くうまくいった年に優勝が訪れたりするのだが、それにしてもちょっと残念である。

一度思い切りチームのみんなと一緒に喜びの涙を流してみたい。

 

とは言え、自分の出たチームが優勝すればそりゃみんな嬉しいが、サンバというものはそんな底の浅いものではない。

どのチームも素晴らしいし、みんなそれぞれが自分のチームを愛して頑張っているからこそ、そこに感動があるのだ。

点数発表の際に、審査員の高得点が発表されたのを聞いてオイオイ泣いているいい年のおじさんなんか見てると他のチームであっても、よかったね、よかったね、とついもらい泣きしてしまう。

 

カーニバル自体やその採点にはいつもTV局の都合やマフィアの圧力やチームの不正など欲やお金絡みの汚い噂が必ずついて回る。

 

憤懣やるかたない気持ちになることも多々あるがそういう部分だけではない筈で、誇りを持ってコツコツとやってきた人たちひとりひとりを労い優勝したチームを称えたい。

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サンバの持っている強さや美しさを信じたい、と思う。

 

 こんなことを思うとき私は、

 

“Não deixe o samba morrer” サンバを死なせないで

www.ouvirmusica.com.br

 

 という気分になる。

 

 私のようなペーペーがこのような事を思うのは百億万光年早いが、最近この曲を聴くといつも泣けてきてしまう。

 

“私がサンバ会場にこれ以上立てなくなった時 

私の脚が持ちこたえられなくなった時

私の体を連れて行って欲しい 私のサンバと一緒に

私のサンバへの情熱に震える指輪を 使う価値のある人に託すから” (少し意訳)

 

渋い。

 

膝が痛む。

 

 

カーニバル2017サンパウロ・リオ

昨日リオのカーニバルに出た。

パシスタという踊り子のひとりとして今年も参加することができた。

日本の新聞?かサイトにちょっと私のコメントが載ったようだ。

www.jiji.com

このブログのはじめにみなさんに誓ったように、決してキラキラするわけにはいかないのでここには私の写真などは断固載っていない。

 

joe.hatenadiary.com

 

こう書くと私からきっぱりと写真撮影を断ったように思われるだろう。

というか全然そんなみなさんのご期待などは0.3秒で鮮やかに裏切り撮影に応える気満々だったのに別に求められなかった、という悲しい現実だけが胸を突き刺すが、結果的には約束は辛うじて守られたのでどうか許していただきたい。

浮気する気満々だった悪い恋人でも、結局相手にフラれて何事も無かったのだったらいいじゃない。

だいたいあなたがそんな度量の狭いことを言っているから浮気されそうになるのだ。

殺人だって計画はしても実行していなければ罪には問われないはずなので、ここはひとつ無罪を主張したい。

 

 

金曜はサンパウロのカーニバルの日本人参加ツアーのコーディネートと当日スタッフで駆け回り。

ご参加の皆さまが楽しんでくださったなら嬉しいなあ。

 

そんなこんなでやっと落ち着いてきたが、まだマクンバのことなど長々書いている場合ではない。

膝も痛い。

まったくもってBBAだ。

 

明日は関わっているプロジェクトの子供たちのサンバカーニバルでスタッフだ。

 

とにかく、今年も無事に出られてよかった。

 

この今回のブログを読んで、だらだらつまんねえ文章垂れ流しやがって、と、思った方、特にはじめてこのブログを読んでみた方、

 

その通りだ。すまん。

今日は無理だ。許せ。

できたら私の他の日の記事も読んでみて欲しい。頼む。きっと君を少しは笑顔にしてあげられる。

 

いつもより短いが、日本から来た友達が持って来てくれた貴重なラ王を食べて少し寝ます。

今日もカーニバル観に行くので、これにてドロン。

 

 

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愛と友情のマクンバ 実践・準備編

ついに、この日が来てしまった。

 

朝から張り切って生卵6個をオロナミンCで割ったものを腰に手をあて一気飲みして元気ハツラツ備えていたかというとそういうわけではなく、なんとなくふわっと明日連絡する、とマクンバガール・ヤスミンちゃんに言われていたので家で待機していた。

何の音沙汰もなく予定が変更・延期になることも良くあるので、もし急にダメになったりしてもキレたりしないようにいつでも心を無にして待つように気をつけている。

一部のブラジル人とはそうでもしないとイラついて即関係終了、となりかねないので、それはいちいち心を乱さないようにこちらで暮らしてから覚えた処世術であった。

その2日ほど前にも、マクンバを明日決行するから今日のサンバの練習の帰りがけから家に泊まりに来れるように着替えなど準備をして来いと言われ用意して行くと、急な仕事が入ったのでやっぱり今日は無し、とあっさり言われて、チェッ、と、道の空き缶を蹴りながらすごすごと帰ったばかりなのだ。

こりゃもう今日は無いかな、とふて寝しまどろんでいた午後3時頃、今からすぐ来い、と連絡があった。

まったく、いつもこうなんだからほんと困っちゃうぜ。

よいしょと身を起こし、なるべくす早く身支度をしてバスに乗りこむ。

彼女から紹介されて私も知り合いになっていたホーザと共に、マクンバショッピングで買い物をしているのでそこで落ち合おうということだ。

渋滞の時間と重なり、道が地獄のように混んでいてる。

スムーズに行けば30分で着く道のりが今日は1時間半くらいかかった。

自分の都合の悪い時は電話に出なかったりするくせに、まだ着かないのかと何度も連絡が入る。

自分の時は余裕で人を何時間も待たせるくせに、待ちきれないのでもう帰ると何度も連絡がくる。

もうすぐ着くからあと5分だけ待ってくれとバスから降りて小走りで駆けつけると既に買い物は済ませており、一緒にいるホーザに早速、あなたのほうが力があるからこれ持って、と段ボールの包みを押し付けられた。

 

まったくおまえらはよお。

 

せめてもの抵抗で不服を込めた表情で彼女を軽く睨み、しぶしぶその荷物を持って二人の後について歩き出す。

別に荷物くらい言われなくても持つのだが、上から偉そうに言われると腹が立つものだ。

 

予想はついていたが、その段ボールには、何かごそごそと嫌な予感のする安定しない質感があった。

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で  す  よ  ね  。

 

近くの駐車場に止めてあった車の後ろのシートに座りその横にその荷物を置くと、イキのいいまま運べるようにか開けてあった空気穴から顔を出すその生き物の姿が確認できた。

なるべく情が移らないように目をそらしてそれを意識しないようにする。

 

ヤスミンちゃんの家に着いてしばらくすると、ヤスミンちゃんの家の並びに住んでいて最近仲良くしている友達に連れられて、見たこともない白人の女性が暑い暑いと言いながらスカートにブラジャーだけの姿で訪ねてきた。

いくら暑いからといって、中年のだらしのない身体を持ってして上だけといえ明らかな下着姿(ちなみに見せブラなどでは無いモスグリーンのような色のレースのブラだった)で人の家で椅子をリクエストし堂々とくつろいでいたので、私は初見だが最近のヤスミンのなじみで、今回はこの人物がマクンバを仕切るひとなのだろうかと当たりをつける。

すると、そのモスグリーンを連れてきた近所の友達とホーザが結構な口論を始めた。

早口すぎて内容はすべては理解できないが、一触即発な雰囲気だ。

私の経験では、日本人が人前はばからず口論をするのはよっぽど本気のケンカの時だけのように思う。

だがこっちでは友達同士で言い合いになって、すわ喧嘩か!とこちらが緊張して身体を固くしていると、その後は何事もなかったかのようににこやかに話していたりすることもあるので、こっちはもうそういうもんだと処理することにしていた。

それにしても長く激しいので、私は関係ありませんとソファーの端っこで気配を消している。

ブラジャーの彼女も特に口をはさむ気配はない。

さすがにヤスミンが途中で仲裁に入り(そしてそこでもヒートアップして今度はヤスミンと口論になっていた)、もう私の子供の前で二度と変な事言わないでよね!と、吐き捨てて近所のその彼女は去っていった。

 

まだヤスミン宅に着いてから何もしていないのに、なんだかすごい疲れる。

 

そんなこんなの上、ヤスミンが2階の自分の部屋で少し休むとかで放置され、やっと準備をしろと言われた頃にはもう夜もかなり更けてきていた。

まずはひとりずつ身を清めるためにシャワーを浴びて着替えろと言う。

私としては昼の3時に呼びつけられたので、遅くとも夜12時頃にはすべて終了し家に帰れるのではないかと踏んでいた。

だがこのままだといったい何時になるのだろうかと恐れつつ、順番を待ちシャワーを浴びる。

自分の着てきた服を再び着て出ていくと、

ええ?!白い服を持って来てないの?!とヤスミンに軽く怒られてしまった。

私はその日、黒いキャミソールにジーンズの短パンで彼女の家を訪れていた。

こういう時は白い服を用意してくるものだ、とホーザにも追い打ちをかけられる。

 

知らんがな。

 

そんなことは事前に0.1ミクロンたりとも聞いていない。

モスグリーンブラジャーの彼女とホーザは既にそれぞれ用意してきた白い服に着替えている。

 

とにかくすぐに急いで来いと言ったのは貴様だヤスミン。

こっちはマクンバなんてするのは初めての、いわばマクンバージンなのだ。

初めてなのだから、もうちょっと優しくして欲しい。

 

ヤスミンに白い服を借り、キャミに合わせブラも黒だったので、ブラジャーまで借りるのははばかられしょうがない、躊躇しつつもノーブラのまま白い上をまとい皆の前に出ていく。

ジーンズの短パンはそのままで、中のパンツはグレーのものを履いていたのだが、それを言ったらまた面倒くさいことになりそうだったので自分で勝手にパンツは黒でなければセーフ、と決めこんで黙っていることにした。

 

さらにヤスミンの用意とやらで待たされること30分、素敵にバイアーナ風の扮装でお洒落をした彼女は優雅に家の螺旋階段を降りてくる。

どんな時でも、どんなに人を待たせても、いつも可愛い恰好をする彼女の美に対する情熱はいつも本当にすごいと思う。

すっかり何もかも諦めているような人やセンスの無い人も中にはいるが、多くのブラジル人の女性としての美に対する執念のようなものは日本人には無いような、“土葬になるまで私は女“というようなしぶとさで、その違いにしばしばハッとさせられる。

他の二人もヤスミンほどでは無いにしてもそれなりにキマっていて、借り物の服にノーブラの自分が少々恥ずかしい。

私だってそれならそうとちゃんと事前に言ってもらえたら、それなりに準備もして来たのにな。

マクンバをするのにお洒落もくそも無いと思うなかれ、女子というのはそういうものである。

それに、これから神聖な儀式をするのだから、身も心も清い感じで臨むほうがより気分も高まるというものだ。

 

ようやく準備が始まった。

勝手がよくわからないまま、私も手伝いを申し出る。

ブログに上げてもいいかと断って、写真を撮りうろうろするだけであまり役に立っていない。

写真撮影を断られるのも覚悟していたが、ヤスミンに珍しいんでしょ?別にいいわよ、と言われたので、なるべく邪魔にならないように写真を撮りつつ祭壇がしつらえられつつある庭の掃除をしたりしていた。

そんな時、ホーザがこっちに来いと手招きをする。ヤスミンも、ここはいいからホーザのところへ行け、と促してくる。

彼女はカバンからタバコケースほどの硬そうなポーチを出し、ここに座れとソファーに導いてきた。

そのポーチからトランプのようなものを取り出し、おもむろに私と彼女の間の空間にあるソファーの上に並べ始める。

 

それで、

ふうん、そう。へぇー。。。

などとほくそ的な笑みを浮かべたりしながら頷いている。

ヤスミンを介して何度も会っていて、最近パイロットの旦那さんと離婚したばかりだという彼女は一緒に夜遊びに行ける独身の友達を欲しており、他にちょうどいい塩梅の友人がいないのか私を頻繁に遊びに行こうと誘ってくれたので、それに乗って二人で遊びに行ったりもしていた。

私のなまりのあるポルトガル語を彼女が聞き取れないことも多く、それにしては自分がいかにモテるかという話になって私が気の利いた相づちを打ったときは異様に勘が良く私の言うことをすんなりと理解するのであった。

そんなことで、まだやや警戒しつつ、しかしいつか何かやらかしてくれるのではないかという香ばしい臭いをほんのりと嗅ぎ付けた私は、とりあえずつかず離れずの距離を保っているところだった。

年齢を尋ねたことはないが、19歳と16歳の息子がいるというのに異様にスタイルがいい妙齢の女性で、やはり胸もお尻も注入済みだという。

彼女と遊びに行く道すがらで彼女の昔からの友人にバッタリ会った際、あら~!あなたずいぶんと痩せたわねえ!いったいどうしたの?!と聞かれていて、その友人と別れた後で、離婚した旦那の慰謝料でお腹の肉を取り、それを胸と尻に入れたのよ、と自慢げにしれっと語ってくれていた。

ホーザと一緒に知り合いの家を訪ねた時に、今取り出したのと同じポーチをカバンから取り出して、そこの女主人と一緒に他の部屋に行ってしばらく帰ってこなかったことがあったので、ああ、その時疑問に思ったアレがコレだったのだ、と今その謎が初めて氷解したのであった。

 

へえ~、あなたって、そうなのね~~~。

 

と、カードをめくるたびにしたり顔でにやにやしている。

 

体調が良くないわね。。。それに、、、あなたはいっつも家で横になっているって出ているわ。それと、あなたに危害を与えようと企んでる人が見えるわ。それは男女のカップルよ。本当に危ない、、、気を付けなさい。・・・出来ればすぐに引っ越したほうがいい、、、。。。ぷっ、それにしても、あなたは本当にいっつも横になっているのね。え?なんでわかるのかって?だって、ここのカードに出ているもの。あとは、、、あなたは女性に恨まれる星って出ているわ。誰か女性とケンカをしたでしょ?

 

そう、以前このブログにも書いた、

joe.hatenadiary.com

“霊力を持つという人にカード占いのようなものをやってもらうこととなった、というのは、このホーザのことなのであった。

 

一緒に出掛けてくれる人を求めている彼女は、いつも私に自分の家のそばへ引っ越して来いと勧めてきていた。

それが頭にあり、すぐにそれらの占いは本当かなあと疑いを持つ。

言葉は子供並みかそれ以上に拙くあっても、ブラジルでの経験を積んできてはいるので、本気で頭が悪いのだと舐められて騙されたりすることの無いように疑問があったら口にするように心がけている。

これまで友人などと後味の悪いケンカ別れをしたことに心当たりはあったが、それなりに生きてきたひとりの女が人生の中で、他の同性の者と一度もトラブルを起こさずに来れたなんてことはまずありえないだろう。

それを言うと、それについては、まあ、そうよね、と彼女も認めた。が、で、あなたを呪う黒い女に何か心当たりはないかと質問してくる。

全部信じているわけではないが、私は基本的に本を読むときやパソコンで動画を見るのにはゴロンとリラックスした状態でいるし、さらに最近の膝や体調不良もあってここのところ家にいる時は横になっていることが多かったので、それほど親しくも無い彼女が、私が、

横たわりがちな女

であることを繰り返し言い当てたことが引っかかり、思わず真剣に心当たりを探ってしまう。

それで真っ先に、私を舐めて盗みにかかった元・隣人のハム子のことを思い浮かべた。いろいろと嫌な思いはした。だが、そこまで恨まれたりするほどには濃密な関係では無いと私は思っているのではあるが。

それでさらに、私を呪うほど憎んでいる人は誰なのだろうと考えてしまう。ただ思い付きで言っている当てずっぽうの占いかもしれないのに。

そりゃ女友達とケンカしたことくらいあるけど、、、と言って思い出を辿っていると、ヤスミンまでが話に参加してきて、その人物はあなたよりも色が黒いのか?とグイグイ攻め寄ってくる。

いや、今はどうか知らないけど、日本人だから多分私と同じくらい、と言うと、

じゃ、違うわね、と急に興味を失い、また準備に戻る。

とにかく黒い女、というのが彼女らにとっての最重要ポイントのようだ。

ここで、ブラジルの日系の方に嫁いでいる、私の人生史上一番の漆黒と思われ“サンパウロの黒真珠”と勝手に異名を付けた日本人の友人の顔が頭によぎったが、彼女はただただただただむやみやたらに生まれつき色が黒いだけの、すごい美人なのにいつもキレキレのギャグをぶちかましてくるところがたまらない愉快で大好きな女性であるので、これを話したらきっとウケるだろうな、と吹き出しながらそこから排除する。

友よ、黒、で思い出してごめん。でも疑ったわけじゃないからね。

 

というか、マクンバをかける黒い女といったら、そりゃもうブラジル人の知り合いなのではないか。

でも思い当たる節が全くなくて、どうもこの占いは眉唾なんじゃないかな、と密かに疑いを持つ。

後でヤスミンが、彼女はすごく霊感を持っている人だから、、、と言ってホーザの予言?を受け入れているのを聞いて、少なくともヤスミンは信用しているのだな、ということはわかった。

どちらにせよ、いつもは無意識に蓋をして気づかないようにしている感情を意識上にひっぱりあげる効果はあるのかもしれない、とも思う。

実は自分は何を嫌いで何を信じているのかということを考えさせられたので、そう捉えれば占いもバカにできたものではない。

 

それに、このマクンバの翌日にハム子が隣の部屋を出て行った。

やはり占いを鵜呑みにしてるわけではないが、これを読んでくれてる皆さんも、ちょっと関係づけたくなったりするんじゃないだろうか。

 

まあハム子は出て行ったと言っても結局すぐ隣のアパートに住んでいるので、昨日も今日も、すぐ家の前で壁と路駐している車に挟まれた状態で佇む相変わらず肉々しいハム子の姿を見つけてしまい(ハムサンド)、しかも絶縁宣言をしたサンドラさんと普通に道で話し込んでいた。

私の知らない間に何が起こっているのか、とにかくブラジル人の行動は理解できないことも多い。

口論していたホーザとヤスミンの隣人も仲良さげにしているのを後日目撃した。

私は物事をすんなりと受け入れることのできるタイプではないので周りの出来事に振り回され、いろいろと苦労もしている。

 私も私なりに結構大変なので、“黒い女”は、あんまり私を呪わないでいてはくれまいか。

 

マクンバ実践・本編へと続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラッシュ

事故った。

 

私が乗ったコンビ(乗り合いバン)が。

昨日の夜中1時半ごろ、サンバチームの練習の帰りに、

信号の無い交差点で。

 

左から走ってきた赤い車の横っ腹に突っ込んだ。

私は運転手の右後ろに座っており、多分車内の人の中では進む道を横切ろうとするその赤い車に一番早く気が付いた。ああ~車来てるけど避けないの~?、と思って、

もうダメだと悲鳴を上げた直後にはぶつかっていた。

双方の前方不注意と思われる。

交差点の真ん中で止まり、とにかく降りろと運転手に言われ、身体が動くことを確認しフロントガラスの割れたバンを乗り捨てて急いで降りる。

 

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死の恐怖を覚えるほどスピードが出ていたわけではないが、それなりの衝撃があった。

赤い車はひとりの男子が運転しており、友人グループらしき何人か若い女の子も同乗していたようで、まだ10代にしか見えない二人組がショックのためか道の脇に座り込んで涙ぐんでいる。

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双方誰も骨が折れたり血が出たりはしていないが、私は左半身を前のシートに打ち付けたので、翌日打撲とむち打ちくらいにはなりそうな手ごたえだ。

衝撃を受けた部分と頭が痛い。

思わず頭を抱え込むと、怪我は無いかと周りの人たちに聞かれる。

痛いことは痛いが、どっかが著しく壊れてはいない感じで、救急車を呼ぶほどではなさそうだ。

それに怪我をしていても100パー自腹・自力で行かないといけないのだろうし、どうしたもんかと痛む部分をさすりながら周りを窺う。

こういう時は多分日本なら一緒に警察を待って証言などしたほうがいいのだろうが、隣に野次馬で集まってきたタクシーの運転手さんの話では、

「君の乗ってたバンも公営のものじゃないし、赤い車だってもちろんそうだ、免許持ってるかどうかだって怪しい。だからケガしてても何の保障もあるわけないよ。運が悪かったって、それだけさ。え?もし事故で死んでたらどうなってたかって? 同じことさ。運が悪かった、それでおしまい。」

ひどい話だが、ここはブラジル、まあそんなもんだろう。

もうここに居ても無駄なので君は帰っても大丈夫。僕のタクシーで送ってあげようか?と聞かれたが、もうちょっと様子を見ることにした。

保障などは出ないだろうが、一応事故現場と二つの車の損傷具合とナンバーがわかる写真を撮る。

運転手と話すと、「僕は全然(赤い車が横切っているのに)気が付かなかった。」と言うので、ちょっと腹が立ってきた。

直前まで隣に乗っている相棒としゃべっていたための不注意のように見えたからだ。

『私は気が付いてたよ!悲鳴を上げたけどあなたはそのまま避けるでもなくぶつかったのよ!』

私もブラジルでこんなことになるのは初めてで、動揺していた。

誰かに話したりでストレスを発散したかったのだろう、強めの口調になってしまった。

どこか痛いところはないかと聞くので、頭と体が痛い、と言うと病院に連れて行く、と言ってくれるが君の車はフロントガラス割れているし、いったいどうやって?

「病院連れて行くったって、無理じゃん!それに治療費は誰が払うのよ!!」

 と、事故に遭った不安な気持ちと日ごろのブラジルへの不満が混ざり合い、それを彼にぶつけてしまった。

見ると彼は足を負傷したようで引きずっている。

バンの助手席に乗っていた彼の相棒が赤い車のグループに向かって、俺の友達は怪我してるんだぞ!と食って掛かっていたことからしても、優先道路を守らなかったのは向こうなのかもしれない。

なんだか運転手の彼が可哀そうになってきた。

実は事故に遭うまでの帰りの道すがら、暇なのでこのコンビという乗り物の時給をざっと計算してみていた。乗組員2人に対して乗客が3人だったので、割が合わないんじゃないかと余計な心配をしたのだ。それによると私が乗った今回の売り上げは15レアル、500円くらいなのでガソリン代引いて300円ほどだろうか、二人で割って一人150円、という割に合わないことこの上無しで、でもそんな時があってもくさらず犯罪にも走らず真面目に働いているのだから偉いよな、と思っていた矢先の事故であった。

「乗車賃を払った?もし払ったのだったら返す、今から取ってくるよ!」

と足を引きずりながら取りに行こうとするので、支払い前だったので返金の必要は無いことを告げた。

だいたいブラジルにして、相手を責めず自分の言い訳に終始せずに、病院に連れて行ってあげる、乗車賃を返す、などとまで言ってくれるのは相当に良心的なことである。

よく考えたら、車が壊れてしまって足を怪我してその修理・治療費もバカにならない上、明日から働けない身だというのにこの気遣いをしてくれる彼にちょっと感動すら覚えてしまった。

動揺してきつく当たってごめんよ、と思い、彼の足の負傷は大丈夫なのか?他に怪我はしていないか?と労りの言葉をかける。

どうにもならないことはわかっていた。

こちらでは日本ではありえない頻度で目の前で血を流して倒れている重傷者が出るような激しい交通事故を目撃しており、そのたびに、強盗に遭う前に多分いつか交通事故で死ぬ~、と何度もおののいていたのだった。

たいした事故でなかったことはむしろ幸運であったかもしれない。

私がすべきことはここで特に無く、もう家に帰って休んだほうが良いと判断する。

彼が赤い車の主たちと話し合っている時に私の家方面の別のコンビが来たので、一声かけたかったが諦めてその車に乗り込み、家路についた。

 

そんなこんなで今回のブログはマクンバ実践編としゃれこもうと思っていたのだが、それはまた次回としたい。

ここのところリオでもギャングが殺されたとかが画像付きでWHAT`SUPP(日本のLINEのようなアプリ)に頻繁に回って来たり、練習の帰りに携帯を盗まれたというメンバーがいたりと物騒なことこの上無く、サンパウロでも邦人男性がピストル強盗に遭い殺害されてしまったニュースをはじめ、盗難、強盗などの物騒な話は後を絶たない。

そのため、かなりびびって日々気を付けて過ごしており、チームの宴はまだ続いていたのだがあまり遅くまでいて危険な目に遭う可能性を高めるのはやめようと、自分の出番を終え昨日はさっさと帰ることを決断したのに、まさかこんなところで交通事故に巻き込まれるとは予想していなかった。

  という訳で、今回は私のショックを和らげるための緊急事故報告ブログとあいなっている。

 

今朝起きるとやはり体が痛い。頭も痛く、特に首のムチ&ウッチーが活躍している。

左半身の肩・腰のダボ君も健在だ。

今日はリオのサンバ会場で私のチームのリハーサルの日だ。

相変わらず膝も痛い。

が、身体はどうにか動きそうなので参加するつもりだ。

 

一昨日は私の誕生日であった。

自分から誕生日だから祝えとかを言いにくいので、こっちに来てから基本はひとりで

はっぴばーすで~~とう~み~♪

と、世界で一番悲しい歌を歌ってひとり祝うのが通例となっていたのだが、

今年は半ば強引に祝っていただけたりしたので、歌うのを忘れていた。

遅ればせながら今高らかに歌おう。

 

あんはっぴばーすで~~とう~み~♪

 

と。

とりあえずこれを読んでくれた方は今日の私の健闘と幸運を祈ってください。

あ、うちの親には伝えないでね。誕生日の通例行事も含め。間違いなく余計な心配をかけるに違いないので。

 

 

 

愛と友情のマクンバ インターバル

私は、マクンバによって幸福を掴みました!

 いつもなぜだかツイていなかった私。もういい歳なのに彼氏もおらず、ダンサーという職業なのに膝を壊してしまい、しまいには隣人に騙されお金を盗まれる始末。そんな時に友人に勧められ軽い気持ちで始めたのがこの、マクンバだったんです。何をやっても絶好調ですべてトントン拍子にうまくいっている友人を羨ましがる私に、「え?もしかしてまだ知らないの?!」って(笑)。最初は半信半疑。鶏やヤギの生首になかなか慣れることができず、始めた頃は効果が感じられなくって何度も諦めようと思いました。でも、幸せそうな友人の言葉を信じて、もう藁にも縋る気持ちで頑張ってみたんです。すると、2か月くらい経った頃、、、そう!ついに効果が現れたんです!今は膝も完治し、仕事も順調。素敵な彼氏も出来て、私を騙した隣人も(大きな声ではいえませんが…)不運続きでどうやらバチが当たったようです!!なにもかもがうまくいっていて怖いくらい。本当に私、マクンバに出逢えてよかった!みんなにもこの感動を伝えたい!私、最高に幸せです!!!(ブラジル・J江)

 

驚きのこの効果を見よ!!

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反響続々!喜びの声多数!!

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マクンバの秘密はここから・・・

注意!!)ここからは本気だと言う方だけ読んでください!

 

いつもは決して教えないマクンバの秘密・・・。

 

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そんな純粋な気持ちでこのサイトを立上げました。

 

※マクンバを信用できないという方、からかい半分でこれを読んでいる方はここでお帰りください。(中途半端な気持ちでいると、災いが降りかかります。脅しではありません。)

 

私は本当に心から幸せになりたいという人にだけに向けてこれを書いています。

 

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完璧だ。

もう準備は整った。あとは私がマクンバによって訪れる幸せをがっちりキャッチするだけだ。

広告に多少の嘘や誇張もあるが、これも素晴らしいマクンバで不幸なみんなを助けるため。必要悪だ。

 

 

 いつもの形態のブログよりも筆が滑ってスラスラと書けた。

これを書くためにとりたててどこかの似たサイトを見に行ったりしたわけでは無く、何かの記事をモデルに書いたわけでもないので、コンプレックス産業の広告記事のストックが自分の中にこんなにもあったことに驚いた。

出会わなくてもよかった未知なる自分にうっかり出会ってしまい、底知れぬ自分の可能性に今、戦慄を覚えている。

 

ちなみに今回158回目を迎えた、大好評連載4コマ漫画『マクンバっ子♡ヤッちゃん』は私の友人ヤスミンちゃんをモデルにしており、リオ在住・マクンバ大好き28歳、ちょっとおしゃまなブラジル人の女の子。クールに見えるが意外に情にもろくておせっかい、巨乳(シリコン)でいつも変なところに穴が開いた露出の高いファッションをしている、という設定だ。

執筆先生のペンネームは「シチュー川・緑(みどり)」としていたが、今思いついたのでこれを機によりブラジルらしく「フェイジョアーダ川・緑」先生へと改名したい。

注:フェイジョアーダとはブラジルを代表する料理の一皿。黒い豆を豚の耳やしっぽなどと煮込みご飯にかけて食べるうまい。

改名を機にノリにノッている 今後のフェイジョアーダ川・緑先生のさらなる活躍に乞うご期待だ。

 

まさか鵜呑みにする人はいないと思うが、上記の記事は私の妄想マクンバ広告記事なので、すべてフィクションだ。これに懲りたなら、私のことは金輪際1秒たりとも信用しないほうが良い。どうだ、わかったか。

神聖なマクンバをこんな風におちょけて書いてしまって、それこそマクンバをかけられてしまうのじゃないかと心配で震えている。

 

マクンバの効果が出て幸せを掴むか、バチが当たって不幸になるか。

のるかそるか。

こうなったらもうやけくそである。

 

さて、時は来た。

次回はついにマクンバ・実践編、だョ!

 

 

 

愛と友情のマクンバ 序章

つい最近のとある日、ヤスミンが、

「あなたの膝が痛いのは、マクンバで呪われてしまっているせいよ」

と言い出した。

 

 

一体なぜそんなことになるのか。

 

 

 

ひさびさの登場であるリオの友人、ヤスミンちゃんのとの日々である。

いろんな経験をしてきた彼女であるが、

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彼女は結構な“マクンベイラ”という顔を持つ。

マクンベイラとは頻繁にマクンバをやる人のことだ。

マクンバというのはこちらの黒人密教からの宗教色の強い儀式のことである。

説明すればするほどブラジル文化に詳しくない人を迷路に誘い込んでしまっているような気もするが、何となくの雰囲気はお分かりいただけただろうか?

実は私もちゃんと説明できるほど理解できていない。

まだブラジルに来たばかりの時に呪いの儀式だと説明され、誰かがイラっとさせるようなことを言うと、

あ、もうっ!マクンバかけるぞ!

というしょーもないギャグは、私も含め、まだこちらに来て日の浅い日本人同士がマクンバという言葉を知ってはしゃいで必ず一度は使う代表的なブラジリアン・ジョークである。

ググると人を呪い殺すための呪術で、かけたほうも命がけでリスクも高いとおどろおどろしいことが書いてあるのだが、実際身近で接してみるとそういう一面だけでなくて就職祈願や恋人探し、最近ついてないので厄落とし、みたいな普通に日本でも神社にお参りするような感覚でマクンバをやる人も多いと聞いた。

 

いろんな形態があるようだが、私がリオに通い始めたばかりの時にもヤスミンの家にマクンバの聖人だという人が良く来ていて、憑依したその人がお告げをする機会にたまたま同席したことがある。

そこで言われたものを準備をしてほど良き日にマクンバの儀式を遂行するようだ。

一緒にいたら私にまでお告げをしてきて、今よりさらにポル語がわからなかったので内容はちんぷんかんぷんだったが、葉巻をくゆらせ白目をむいて唾をペッペとバケツに何度も吐き出し体を奇妙に揺らしながら、その聖人は男性にもかかわらず女言葉で話していたことなどから女性の神様が憑依してお告げをしていることはなんとなくわかった。

後で確認すると、ヤスミンにはドナ・マリアという人が、私にはセッチサイアという人が下りてきて、それぞれのマクンバへ必要な捧げ物などを告げたという。

私には赤いバラを20本と、あと何やらいろいろ用意してマクンバをすれば私の願いのふたつが叶う、ということだった。

ヤスミンはやったほうが良いと勧めてくれたが、そんなもんはまったく信じていなかったのでその時はきっぱりと断った。

叶うと言われた2つのうちの、“希望のリオのサンバチームに踊り手として出る”というのはマクンバに頼らずとも叶ったので、ほらみろ、と思っていたのだが、“素敵な恋人に出会い仲良く暮らす”というものは未だ実現されていないので、やっぱりあの時に素直にヤスミンの言うことを聞いておけばよかったのかもしれない。だがそんなことを今さら思ってみてもそれこそ後のサンバカーニバル(既出・2度目)というものだ。

 

その後もヤスミンのマクンバ用グッズの買い出しに付き合わされたり、また、彼女の家族総出のマクンバ・デーに居合わせたりしたこともある。

連れていかれるのを覚悟をしていたが、

“どうする?でもあなたにはちょっとショックが強すぎるかもしれないわ。ここにいたほうがいいかも…”

という意見に同意してヤスミンちゃんの家でひとりお留守番をしていたこともあった。

すぐ帰ってくると言って2,3時間しても帰ってこないので心配していると、みんな疲れた様子でやっと帰ってきて、マクンバショッピングで買っておいた大量の生きた鶏が忽然と消えていたりする。

まさか鶏を生贄に絞め殺したりしてないよな、と、注意深く帰ってきた皆の衣服の汚れをチェックする。皆わりと綺麗な格好で出かけており、戻ってからも特に衣服に特に異変は見られなかった。気のせい気のせい、とほっとして気を落ち着かせていたのに、同行していた聖人がくるりと私に背を向けたのに目を向けると、彼の背面にびっちりと返り血が飛んでいて度肝を抜かれる、なんてこともあった。

おまけにその帰りのお土産に焼きたてのチキンを持ってきて、食べるか?と勧められたが、

もしや、あれが、これに。

とか思うと食欲がわかず手を付けることはしなかった。

 

 またこれは最近のある日、彼女の家にいるとやはり霊験あらたかなマクンバ師の元へ連れていかれた。

マンゲイラに行く、と言うので、おお、マンゲイラ(という有名なサンバチーム)に連れて行ってくれるのか、と思っていたら、チームの前を素通りして地名でもあるマンゲイラという地区にあるそのマクンバ小屋に導かれたので、巧妙なトリックにしてやられた感があるが別に彼女は嘘はついていない。

マクンバ師といっても、こんなんいたらどうしようと怯えていたような、顔を白塗りにしておもむろに人を指差し不吉な呪いを叫んで泡を吹いて倒れる、というエキセントリックな感じではなく、初老の、人をホッとさせるような、イメージとしては教会の神父さんみたいな穏やかな方だった。

基本的に彼女が相談のような形でそのマクンバ師のおじいさんとずっと話し込んでいるだけで、隣の部屋のTVの音がうるさくて話している内容はほぼ聞き取れないし退屈だったので、勝手にそのマクンバ小屋を散策してみた。

 すると、

 

にわにはにわにわとりがいた。

 

2羽どころではなく6,7羽の鶏がゲージに囲われて生きたまま収められている。

庭でその成れの果てと容易に想像がつく、絞めたてと思われる数羽の鶏の羽をむしっているおばさんに、ここで見ていてもいいか、と聞く。

寡黙だが気さくで、全然構わないよ、というので、首を切り落とし羽を捥ぐその工程を心の中でぎゃー、と叫びながら息を飲み見守る。

台所のほうでは大量の汗をかきつつ狭いスペースで若い娘さんが野菜などを煮ていた。

ここで働いていると思われるその二人はマクンバの聖地バイーアの伝統的な女性のする恰好で、ターバンのようなものを頭に巻いて長いふわっとしたスカートを履いていた。

マクンバ師の家族なのかもしれない。日本風に言えば巫女兼家事手伝い、といったところだろうか。

私が退屈に好奇心も手伝ってあれこれ質問をすると、仕事をこなしながら話に付き合ってくれる。

「ふぅー、あっつい。今日はまだ他のマクンバもあるから仕事が多くて大変よ。へー、日本にはマクンバって無いの?うふ、だから珍しそうにしていたのね。そう、これは儀式でつかうものよ。でも日本でもマクンバに似たようなものはあるでしょ?そりゃそうよ。“嫉妬”っていう心は世界中の誰もが持っているものだものね」

と、多分ブラジル国内から出たことのないだろう彼女でもさすが巫女のはしくれ、なかなか鋭い事を言うので本当にそうだな、と感心していた。

二階では何かの儀式の最中なのか、何かの断末魔のような叫び声が聞こえてくる。

庭の物置のような建物の中を覗くと、祭壇があり黒い羽をした鳥(死骸)やヤギの首などが飾られている。

ヒッ、と声を出さずに小さい悲鳴を飲み込み、また庭先をうろうろしてみる。

それでもまだ退屈を持て余していると、さきほど叫び声のした2階にヤスミンちゃんは司祭と一緒にあがっていき、何をしていたのか30分ほどで下に降りてきて、少しまた話をした後でやっと帰ることになった。

 

 

ここで、

ヤスミンが、「あなたの膝が痛いのは、マクンバで呪われてしまっているせいよ」

と言い出したところへ話へ戻そう。

だからまずは薬草などを使った膝の治癒メインに嫉妬を落とすマクンバをしたらいい、という。

「あなたに嫉妬した黒い女の人があなたを呪っているの。あなたもマクンバをしましょう。」

近くにいた友人も、うんうん、そうだとしたり顔で頷いている。

 

 

一体何がどうなってそんなことになってしまっているのか。

だいたい私を呪う黒い女とは誰か。 

 私はその彼女にどんな非礼を働いてしまったというのだろうか。

 

茫然としつつも、いや、でもこれちょっと面白いかもしれない、と好奇心がうずき出す。

 

今度この話はゆっくり書こうかと思うが、私は去年カーニバルの10日ほど前に体調を崩して倒れ一時緊急入院した。

カーニバルにはなんとか参加が出来てその後快方に向かってはいたがなお日々目眩などの症状に悩まされていた。

私が道でバッタリと生き倒れた時のそのさまが狂人のように尋常では無かったのを見ていた大家のサンドラさんは、これは絶対に悪魔に取りつかれてしまっているに違いないので祓ってもらったほうがいい、と私を、彼女の行きつけの教会に連れて行ってくれた。

半分顔を立てるために付き合った部分もあったのだが、お祓い的なことをしてもらうと、その日からピタリとその目眩がやんだ。

私はもともとスピリチュアルなことにはどちらかと言えば懐疑的な方である。

回復期と重なっただけの偶然かも知らないが、それにしてもその時はかなり不思議な体験をした。

 

私の膝が痛むことはわりと前からヤスミンちゃんに告げていた。

手術が必要かもしれない、などと不安に任せて言ったりしたこともあったので、膝の不調と体調不良を理由にサンバの練習を休みがちでリオに例年のようには訪ねてこない私を心配して、彼女なりに何か原因を突き止めようとしてくれた結果のようだ。

 次回ヤスミンの開催予定のマクンバは、呪ったりするネガティブなものでは無く、願いを叶えたり汚い思念など寄せ付けないように身体を浄化するためのマクンバだと言う。

どうしてこんなことになっているのかはさっぱり理解ができないが、ヤスミンが私のことを親身になって考えてくれるのは伝わってきて嬉しく、有難かった。

よし、いっちょのってみるか。

 

そういった訳で私はマクンバをすることになった。

 

もし私の膝が治り、その上今度こそ素敵な恋人のひとつでもできたら、それはヤスミンちゃんのマクンバのおかげかもしれない。

 

もしそれで私の欲望が叶ったら、

 

私はマクンバのおかげで幸運を掴みました!!

 

という、目元を黒い線で隠して恋人と腕を組んで歩くショットと共に札束の風呂に入った写真を乗せた胡散臭い広告を作り、このブログでも大々的に宣伝する予定だ。

 

 次回に続く。

 

 

ブラジル・日本人サンバダンサーの加齢な日常

 

膝が痛い。

 

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でも触れたように、去年の5月くらいから膝に異常を感じていた。

ずぼらで病院嫌いの私は、しばらく放っていれば治るだろうと様子を見ていた。

以前も何度か膝や股関節などに痛みを感じたことはありいろいろ治療をしてみたが治らなかったのが、時が経つにつれ良くなったことがあるからだ。

7月終わりから1か月ほどの休みを取る予定だったので、その間になるべく安静にしていればまた元に戻るのはずさと静観していたのだった。

だが休みを取り、安静という名目の元にはりきってごろごろと怠惰な暮らしをていたにもかかわらず、一向に回復の兆しが見られない。

とうとう膝を曲げることができずあぐらすらかけなくなり、それどころか寝そべっていてもズキズキと膝に痛みを感じ出し、足を軽く引きずらないと歩けない日さえあるようになってしまっていた。

さらに、オリンピックの閉会式を終えて久々にサンパウロの友人たちに誘われて行ったカラオケハウスで酔っぱらって調子に乗り、体が柔らかくないとできないご自慢のエアー足ギター(special ver.)を披露したところ、もともと膝が悪いゆえバランスを保てずもんどりうって痛いほうの膝をしたたか強打してしまうという、全然誰にも同情してもらえない理由によりさらに加速して悪化してしまった。

f:id:joE:20170105223336p:plain

この人は座っているが、立った状態で、さらに足をもっと高く、12時10分くらいの角度で。

http://itizusugita.jugem.jp/?eid=425

 

聞いてはいたが、今まで理解できなかった“膝がぐちゃぐちゃになる”というのはこういうことか!と負傷中の膝を思わず打ってしまう。痛。

 

しゃがむことができず、痛くて左足を軸にして立ち上がることもままならない。歩いたり踊ったりすると膝が抜けるような感覚とともに痛みがあり、こりゃ本気でやばいな、と、思いつつ体が資本である仕事をしているためだましだまし日々を送っていた。

 

そんなある日、私が通っている腕の良いマッサージ師さんに相談したところ、今すぐ病院に連れて行ってあげるから用意をしなさいと言ってくれた。

そこで私ははっと我に返り、何か月もうじうじと悩んでいるよりも、原因をはっきりさせて治療を受けたほうがそりゃいいよな、と思い、お言葉に甘えて言われるがままタクシーを呼び付き添っていただいた。

とりあえず無料でやっているSUSという公共の病院に行こうということになり、だがそこでは無理をして平気なふりをしたりすると、下手すると何日も待たなければならなくなるので今こそその痛みを余すことなくアピールするのだ!と言い含められ、

もっと私の肩につかまって体重をかけていいから!ほら、もっと足を引きずって!!

と、ちょっと大袈裟だろうと思うようなありさまで病院を訪ねることになった。

いかにもブラジル的な手段にやや抵抗はあったが、我慢も限界に来ていたので彼女の指示に素直に従った。実際に痛くて不安だったので、彼女のサポートがとても有難かった。

こちらの公共の病院では基本急患以外は後回しにされ、重患者であっても何日も予約が取れずに悪化してしまったり、待っているうちに死に至ることもままある。

膝が痛いくらいで死に至ることはないと思われるが、その日は他に重症な患者もおらず、それでも2時間以上待ってやっと診療にありつくことができた。

レントゲンを撮り触診をしていくつかの質問をされる。

もう数か月痛みがあり、さらにその後に転んで膝を打ったことは言いにくかったので、酔っぱらって調子に乗ってしまったくだりはカットしてそのことを話した。

膝がカクンと抜けるよな感じがするか?と聞かれ、

そうそう!それそれ!!まさにそういう感じがするんです!!とまた自分で膝を打つ。痛。

僕は膝の専門家では無いからはっきりしたことは言えないが膝の前十字が損傷して腫れているので、まず痛み止めと腫れ止めの薬を出すからそれを飲んで足を高いところに吊って2か月は安静にしていなさい、と太ももから足首までの広範囲に渡って包帯でぐるぐる巻きに固定されてしまった。

 

まじか。

 

経済的にも、私を待っていてくれているはずのサンバ教室などの生徒さんたちにも、

いや~ん、じゃー、2か月ほど休むんでシクヨロ~♡

と簡単には言えない。

生徒さんたちは良い方ばかりなので、きっと無理しないで休んでくださいね、と言ってくれるだろう。

でも、それは嫌だ。困る。

大丈夫、なんとかなる。

そう信じてまた日々を過ごした。

同じく左膝を痛めて調子の出ないフィギアの真央ちゃんの頑張っている記事だけが心の支えだ。

国民のアイドルである一流スポーツ選手と厚かましく自分を対等な位置で重ね合わせながら、無理無理やっていたバレエのレッスンはひとまず辞め、リオの練習も休んでしばらく悶々としていた。

 

以前このブログにも登場した貴婦人に話をすると、

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ご自分や柔道をやっていた旦那様が通っていたすこぶる優秀な膝の専門家の先生を知っていると言う。

保険が無いとすごく高くなってはしまうのだが、行ってみる価値はあると勧めてくれた。

渡りに船と、またもや忙しいところ貴婦人の予定を変更していただいてまで、その病院に連れて行っていただいた。

本当に周りに支えていただいていてこそのブラジル生活である。

膝の不調のせいで変に考え込んでしまい身も心も憔悴しており、もう踊れなくなってしまうのではないか?もう潮時なのでないか?もうそもそも日本に帰ったほうが良いのではないのか?

と、プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達を観ては涙を流し、日々インターネットで、膝 痛い 前十字、などというワードで情報を集めていたところだった。

そこには私に似た症状の人たちをたくさん見つけられ、日常生活にはそんなに支障は無くても、一度損傷してしまった膝は自然にもとに戻ることはほとんどないので、激しいスポーツなどをしっかり続けたいという人に対しては手術することが勧められていた。

手術してもその後半年から1年リハビリを続けなければ復帰は難しいとの情報を得て、ひたすら絶望的な気持ちになっていた。

 

だがいざ診察を受けると、その海外の学会で最新の技術を学んだりもしているスペシャリスト医師は触診だけにもかかわらず、悲壮感を漂わせ、で、手術はいつだ?と詰め寄る私に、手術などしないで大丈夫だ、と太鼓判を押す。

何度も必死でしつこいほど自分の症状をアピールするのだが、しまいには失礼なことになんなら半笑いだ。

重症でなさそうなことに安堵しながらも、なんだか私の膝が恥ずしめを受けたような複雑な気持ち。

違うんだ、私は詐病で大袈裟に騒ぎ立てる構ってちゃんのパラノイアなんかじゃない。

本当に痛いし思うように動かせないのだ。信じて欲しい。

 

それに、このお医者さんにもここで一言ちょっともの申したい。

アホか、と。

あなたはその職業にして今まで一度も膝の気持ちを想像したことはないのか、と。

だいたい、本当に素晴らしい腕の専門医だというのなら、私や私の膝の立場というものにもうちょっと配慮してくれたっていいのじゃないか。

せめて、本当に手術が必要なほどの重症であった痕跡はあるが驚異の治癒力で奇跡的に治りつつある、だとかうまいことを言って膝と私を心ごと癒してこその膝師・スペシャリストなのではないのか、と。

実際にそう告げたら、初心を忘れていた自分を激しく悔いて、感謝の涙を流してすぐに改心するに決まっている。

 

ええ。

 

半ば言いがかりであることは自分でも気づいている。

 

だが、痛みがあることはわかるがその痛みさえ除去できればオールオッケーという診断で、こちらとしては薬も強めでガツンと効きそうなものをご所望なのに他の薬は必要無いと言って処方されたのは、“軟骨を作る成分の入っている薬”という生ぬるい感じのものであってひどく納得がいかない。

 

帰りの車の中で、彼の腕に絶大な信用を寄せる親切な貴婦人に、手術をしないですむ程度だとわかってよかったわね、と声をかけられた。

これからも家に帰って急な仕事を片づけなければならない貴重な時間を割いてまで付き合ってくれた貴婦人に、そんなにたいしたことはないという診断の上、送り迎えまでさせてしまうことに恐縮しつつ、でも本当に痛いんだけどなあ、、、とぼやいてみた。

 

「そんなの使い過ぎよ。みんな年を取ってくると何もなくてもどっか痛くなったりしてくるのよ」

 

と、さすがの貴婦人、年の功。言葉に重みがあった。

 

 

そっかあ。

 

 

今度は膝こそ打たなかったが、しみじみと納得してしまった。

なんだか気が抜けて、安心したせいか心なし膝の痛みが和らいできた気がする。

 

実際その後の経過は、まだ痛みはあるもののピークの時よりだいぶ楽になってはきていた。

 

誰もがいつまでも若いままではいられない。

これからもこういうことがたくさん起こり、多くはそれと共存してうまく付き合っていくという方法で生き延びるしかなくなってくるのだろう。

 

 

 そう、つまりこれが、ブラジル・日本人サンバダンサーの加齢な日常、というわけだ。

 

 

 

 

 

ハム子、その後

予想していたとおり、大家サンドラさんからかつての隣人ハム子の香ばしい話が早速私の元へ届けられた。

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そしてそれを、花粉を運ぶ蜜蜂のように、私が今あなたの街に届けている。

(注)これからここでする話は、たった今サンドラさんから聞いたばかりで、えぐい内容が含まれます。未成年の方、気分が悪くなりそうな方は読まないでください。

 

先ほど、もう夜中だったのだが飲み足りず、ビールでも1本買いに行こうかと部屋を出た。

するとサンドラさんが3階にある住人の共同の物干し場でゴソゴソとなにかしている。

「マクンバ(呪いの儀式)でもしてるの?」

と笑って軽口をたたくと、

「ジョガンド(捨てている)してる」

と、咄嗟に韻?を踏んで返してくる。

まったく、頭の回転の速い人だ。

明日のゴミの日のために、ハム子が置いていったフライパンなどのゴミを袋に入れて仕分けしていた。

どうせ私も下に降りるからと、それらを一緒に階下のゴミ捨て場に運ぶのを手伝う。

 

ほら、これ見てよ。こんな汚っないまんまで台所用具全部置いていったのよ。

と、油まみれの汚れた手を私に見せる。

もう借り手は決まっている元ハム子の部屋を、このままでは汚すぎて貸すことはできないと、ここのところの猛暑のさ中、ずっと汗をかきかき掃除や壁の修復などの後始末をしていたサンドラさんである。

物干し場には古い冷蔵庫とオーブンがまだ放置されていて、掃除があまり得意ではない私でも引いてしまうほどにマジできったねえな、と今日も昼間の通りすがりに一瞥(いちべつ)していたところだった。

それらも明日粗大ゴミに出すことになっていると言うので、

『え?二人は別れたの?』

と疑問に思って聞いてみた。

サンドラさんに追い出されて住処を失い当面はお互いの実家で別々に暮らしているハム子夫妻ではあるが、またどこか新しいところを探して一緒に住むのかと思っていた。

だが家財道具一切を処分するということは、新しい家を探してそこで二人で暮らす気がないからだと思えたのでそう聞いた。

(いくら古くて汚くても、全部の家財道具を新調して暮らす、という選択は二人で月1万円のワンルームに長く暮らしていた彼らの経済状況では無理なのではないか、と思ったので。)

また、そんなに連日殴り合いのケンカをしていたような夫婦であれば、子供がいるわけでも無いし、この機会に別れるというのもアリなのではないかとも思った。

「そう、もう別れたわ。」

ああ、やっぱりか。

「だって、追い出したしもう住むところないもの。」

『でもさ、たとえばまたファベイラ(貧民街)とかに新しい家とか探したりしてさ。』

「ファベイラはいつも音楽がかかってたりして雑多でうるさいところけど、盗んだり、毎晩夫婦喧嘩で怒鳴り合いするような人たちをマフィアが住まわせてなんておかないわ。家と家の間が近いし周りに迷惑だもの。私がケンカを止めにいっていたのだって、殴り合いのひどいケンカをしてるから、勢いあまって壁に頭をぶつけてどっちかにここで死んだりされたら困るから、そんなファベイラで起こるような悲劇を防ぐために止めに行ってたのよ」

 

なるほど、多少矛盾しているように感じるところもあるが、ふたりの仲を心配して、とかではなくてそこまで考えていつもケンカを止めに行っていたのかと初めて理解する。

そういった部分サンドラさんの思考・行動は非常に現実的かつ土着的で、いつも私の想像の上を行く。

 

それでサンドラさんは私の今まで知らなかった裏事情をいろいろと語りだす。

 

(ハイ、ここで、あまり生々しくならないように、箇条書きにしてサンドラさんから聞いた話のポイントをまとめてみますよ。

ほらタク~ちゃんと聞け~、ここテストに出るぞ~。)

 

1.ハム子はやはり私の家に忍び込んで金を盗んでいたこと

2.スエーリョ(ハム子の家の反対隣に住んでいた推定90歳の老人)の家でも金を盗んでいたこと

3.盗み癖や虚言癖がひどいこと

4.近所の人たちにも借金をしまくって一度も返したことがないこと

 

私の家の引き出しにしまっておいたお金が盗まれたことなどについては以前も書いた。

疑惑の隣人2/と近所であった殺人事件 - ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

 

ハム子を追い出す際に、サンドラさんは追い出す理由をすべて話したそうだ。

連日の物騒なケンカに加え、ほうぼうから借金をして返さないこと、私やスエーリョの家からお金を盗んでいたこと。

私のお金の盗難の件に関しては実際には警察は指紋を取ることはしなかったのだが、サンドラさんはカマをかけ、

「joEの家に警察が来たときに、財布からあなたの指紋が出たのよ。それで警察はあなたを捕まえようとしたの。でもそんなに大した金額じゃないし、大ごとになるのもアレだから、joEには今回は黙っていなさい、って私から言ったのよ。本当は警察はあなたがやったって知ってるから、何か事を起こしたらあなたはすぐに警察に捕まるはずだったの。スエーリョの家でのお金だって同じことよ。」

と、告げた。

ハム子は(ハッタリだが)証拠を突き付けられ、それを聞いて黙ってうなだれたという。

 

 (ハイ、ここらへんは以前にも出てきた基本問題です。みんな、覚えているよね!

 これからもっと香ばしくなるからますます注意してくださいね。)

 

5.スエーリョに頻繁に体を50レアル(1500円)で売っていたこと

6.近所のほうぼうの人にそういうことをしかけていたこと

 

隣人のスエーリョ(風呂嫌いで尿漏れのひどい90歳の老人)の家に、自分の家のシャワーが故障しているからシャワーを貸してくれと現れたので了解すると、何も身に着けずに出てきて彼を誘惑したそうだ。思わず彼がその裸の胸に手を伸ばすと、

待って、1回50レアルよ。

と言って事に及んだという。

それは家賃を払う前の日などに日常的に起こっていたということを、スエーリョが以前から話したそうにしていたのにサンドラさんは気が付いていて、ここを出て行く際にとうとうそのことを彼自身の口からはっきりと聞いたそうだ。

実はその前からサンドラさんは近所の他の人たちからも彼女がその豊満すぎる肉体を武器に小銭を稼いでいるという、そんな話をたくさん聞いていたので、中2階に住む年の差カップルの女癖の悪い年下旦那に疑いをかけ否定はされたが、(頭上すぐにあるその部屋を指差しながら)あれもぜったいにやってる、と断言して、あ、まずい、彼の家の窓が開いてるわね、と声をひそめた。

 

 

(だんだん厳しくなってきたね!ついてこれてるかな?!

 先生ももうかなり苦しいよ!

 けどもうちょっとだからみんなもがんばって!!)

 

7.ハム子の旦那にも、ハム子がいろんな人から借金をしては踏み倒したり、盗みを働いていたことを知っているでしょ?と問い詰め、知っていたが怖くて言えずにずっと悩んでいたと告白されたこと。

8.さらにハム子の旦那に、信用をしてお金を貸してくれた隣人や友人を裏切っただけではなくて、旦那を裏切っていろんな男とやりまくっていたことを暴露したこと。

 

それを聞いて、当事者である彼はいま私たちが感じている数倍も気持ち悪くなったのだろう、吐くゼスチャーをして見せ、まさかスエーリョまでとも、、、。と何度もえずいていたそうだ。

リミットまでは自由に泳がせておくが、いざ仕留めるとなったら息の根を止めるまでとことんやる。

本気になったサンドラさんの破壊力のなんとも凄まじいことか。

リオに舞い降りた聖なる破壊神・デストロイサンドラ。

 

“怖かった”というのは、ハム子についてのことだけでなく、バンジード(ギャング)の一員であるハム子の兄弟が、少し前に警官に撃たれたことなどにも起因しているという。

サンドラさんはほんの2か月ほど前に近くのファベイラの道で悪い薬を売っているハム子の兄弟を見かけた。

またそんなことやっている、と見ないふりをして素通りしたサンドラさんであったが、それから1週間後に彼は殺された。

こっちの地区の警官の多くは犯罪者を殺すことに慣れていてシビアなので、犯罪を繰り返すどうしようもないその兄弟はついに撃たれて死に至ったという。

サンドラさんの実況解説によると、

「その警官はね、ここらへん(腰と太ももの間くらい)を撃ったの。手に収まるようなピストルじゃなくてこんなん(手で1mくらいの幅を広げて)長くて大きい銃よ。そんな銃で撃たれると、心臓に近くなくっても10分も経てば出血多量で人は死に至るの。前から目を付けられていて、こいつをこのまま生かしていたらダメだと判断した警官は、すぐに病院に連れて行っくれと請うその兄弟を路上にころがしたまま無視して自分の腕時計で時間を計って、ちょうど10分してからやっとパトカーに乗せて、わざと遠回りしながらゆっくりゆっくりとその兄弟を病院に運んで行ったの。病院に着いたときにはもうその顔は真っ白になっていたって。」

 

オーマイゴット

 

外人でもないのにあまりの生々しさに頭をかかえてそう言いそうになってしまう。

犯罪者とはいえあまりにもしんどい話だ。

 

そんなこともあって、公にはなっていないにしても、犯罪じみたことを繰り返すハム子に旦那はいろんな意味で恐怖心すら感じていたということだ。公。ハム。

ちなみにもうひとりいる同じくバンジードの兄弟の片割れは最近刑務所から出てきてハム子と同じく実家に帰ってきたものの、自分も撃たれることを怖がってこの間のクリスマスの日にだけ外に出てきて、お母さんと腕をしっかり組んで近所を一周した以外はずっと家に籠っているという。

 

ハム子にはもうこのアパートの敷地内には一切立ち入るな、わかっていたと思うけれど、joEや他の隣人女性は家に招き入れても一度も私の家にも入れたことは無いだろう、何故ならばあなたという人はまったく信用できない人間だからだ。

と、サンドラさんはきっぱり絶縁宣言をした。

だが、ちょうど昨日はハム子の、もう元旦那となった彼の誕生日だったということで、仲良くなった他の隣人と共同の物干し場でシュラスコ(バーベキュー)をやりたいというのはすんなりと受け入れて、隣人同士で肉を分け分け楽しい時間を過ごしたらしい。

もちろんハム子は抜きだ。

ちょっと太めだったハム子の元旦那は実家に帰って母親にきちんと身の回りの世話をされ健康的な食生活を行っているせいで、ハム子と別れてまだ少ししか経っていないのに見違えるようにシュッとしたナイス・ガイへと生まれ変わっており、驚いた皆で口々に、痩せたね?!なんかすごくかっこよくなったんじゃない?!と声をかけると、

「ああ、だって今はもう心配しなきゃいけないことが何も無いからね」

と、サンドラさんたちの、あなたはちゃんとしているいい子なんだから早く別の良い女性と幸せになったほうがいいよ、という忠告にしっかりと頷いていたということだ。

一方のハム子は未練タラタラで、暇さえあれば彼に連絡をして復縁を迫っているという。

 

 そんな話を一通り終えたところで、2台のバイクが続けて目の前の道を走りやってくるのが見えた。

それにサンドラさんはさっと顔色を変えて、門の扉を開けてすぐ中に入ろうと指示してくる。

「夜中の連れだったバイクは一番危ないの。2台がかりで強盗をしようと通りすがりの家や通りかかった車を物色してる場合も多いのよ。ここらへんでもそういう事件が最近頻発してるの。」

ファベイラに程近い治安の良い場所ではないと知ってはいたが、私自身は近所でモロに危ない目には遭ったことがなく、住宅街なのでそれほどに危険な場所ではないなんて勝手に解釈していた。

「あ、そうかこれから出かけるのね。すぐそこで飲み物を買うだけか。でもそれでも気を付けて。もしそういうのに狙われてる気配を感じたら家の前を通り過ぎて一回やり過ごすのよ。門を入る時についてきてそのまま家に押し入って強盗されるケースが最も多いの。」

そんな物騒でパンチのある話を立て続けに聞いて、命を懸けてまでこれからビールを買いに行こうという気はさすがに消失した。

つくづく日本とは別世界のように物騒で不穏な場所に住んでいるのだな、と再認識する。決して親には話せない。

情熱に押し上げられたその成れ果てに今こんなところにいるが、いつまでもここに住み続けることは私には不可能だろう。

私がここから去る日もそんなには遠くないことをうっすらと予感した。

 

今日は久々にいろんな人と会ったり忙しく過ごしており、最後にこの話を聞いたダメ押しでかなり疲れた。

 

ビールも買いそびれたことだし、今日はもう寝る。