ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

サンパウロのお引っ越し2018さらば、ゲイ男子との暮らし(1)

また数か月も更新を怠ってしまった。

カーニバルが終わりやっと最近落ち着いてきたところで、いろいろ書くことがたまっているのだが、カーニバルから一ヶ月近く経とうというのにまだ頭がアッチに行ったきり完全に戻って来れていない感じだ。

だが戻ってきたら最後、怒涛のようにブログを更新してやろうと思っている。

全く自分でも0か100かの偏った人間だと思う。

ブラジルではそういう場合、8か80か、という表現をすると最近聞いた。

なんだよ、その中途半端な数字は。

その間の72という数に一体どういう意味が込められているのか道行くブラジル人をつかまえては膝を突き合わせ問い詰めたいところだが、生憎当方そんなには暇ではないのでそこまではしない。

そしてカーニバル前はマクンバとか除霊とかの怪しい話ばかりが続き、うっかり高い木に登ったまま降りられなくなって枝先で震えるおバカな子猫ちゃんのように、いよいよ私が戻って来れなくなっているんじゃないかと心配してレスキューの出動準備をしてくれていた友人たちに向け、普通のことも書いてまだ私はギリギリ大丈夫だということを知らしめたい所存だ。

なので、サンパウロの新しい家へ引っ越しをしてからもう2カ月以上経っているのだが、今回はなぜ一年半で前の家から引っ越したのかの経緯(おもに愚痴)を発表させていただきたいと思う。

以前からこのブログでも十分すぎるほどに引っ越しへの布石は打ってきた。

joe.hatenadiary.com

詳しく知りたい方はこのゲイ男子との暮らしシリーズを熟読していただきたいが、今回はさらにその後の詳細を付け加えさせていただこう。

 

同居人のセバスチャンが出て行き、その前にセバスチャンの彼氏も出て行ってしまったので、とうとう私はひとりきりになってしまった。

のなら広い家に一人暮らしをできているようなものなのでまだいいのだが、大家の息子レオがたまにひょっこり帰って来ては家を荒らす。

そして予想はしていたが、セバスチャンからの実入りが無くなったため、まずは早速家のWi-Fiが止められた。

そしてお金が無いからWi-Fi代は君が払ってくれないと困る、と言ってくる(Wi-Fi代は家賃に含まれていた筈だった)。

パソコンが使えないと生徒さんたちへの連絡などの仕事にも支障をきたすので、仕方なしにその分を振り込んでも、レオが支払うのが遅れて1週間~10日くらいパソコンが使えないという非常に不便な暮らしを強いられる。(それは私が引っ越すまでさらに2度繰りかえされた。)

そして、次はガスが止められた。(もともとガス・電気・水道も家賃に込みの契約だった)

シャワーも浴びられず、料理もできない。

春先になってもまだ朝晩は肌寒い日の続くサンパウロで普段物置と化していたトイレ(超狭い)に辛うじてついていたかぼそい水圧のシャワーが電気製だったことを思い出すまでの数日間は冷水でシャワーを浴び過ごす。

あまりにも不便なので文句を言うと、1カ月ほどしてやっと正規のシャワーをガスから電気式に換える工事が行われ(私がわざわざ時間を作り、2度ほどすっぽかされたのちに、立ち会った)、簡易式のコンロとガスボンベが設置された。

シャワーはガスよりも水の出が悪く電気が通らない部分冷水が混じり使い心地はツーランクダウン、さらには簡易式のコンロはお湯も十分に沸かせない代物で、

「ここはキャンプ場か!あえての、都会の不便な生活体験で初心に帰ろう、か!!」

と使うたびいちいちツッコんでしまうほど火力が弱く、インスタントラーメンさえまともに作れはしない。

 料理に関しては非常に気の利く友人がホットプレートをこれ使いなよと持って来てくれたので、電子レンジとの合わせ技でなんとかしのいだのだ。

さらに設置されたガスボンベを見たその友人に

「うわー!これはダメだよ!危ないし、マンションにはガスボンベ置いちゃいけないことになってるから、見つかったら即罰金だよ?!」

と、指摘される。

爆発する恐れがあるガスボンベを使ってはいけないのは少なくともサンパウロの都会にあるマンションでは常識らしかった。

私に言われても知らんがな、とは思ったが、いくらポンコツレオだってさすがにそれがダメなことくらいはわかっているだろうし、最近は、自分が支払っていないのが悪い癖に公共料金などの滞納の郵便が届きそれをメッセージで伝えるたび半ギレでヒステリックな文面が返ってきたりするので、きゃつに何かを言ったところでいまさら無駄無駄無駄というものだろう。

私のリオのおんぼろアパートでは全部屋一撃で爆発必死のでっかいガスボンベを大家サンドラさんご推薦の元に住み始めた瞬間から愛用していたため、ガスボンベを使うのは私にとって自然なことであり特に疑問に感じていなかった。

それにいくら不便と言っても、リオの家での不便な生活の上に水道が止められた経験すらある私には、現代の日本人が特にする必要の無い苦労に親しんでいるため他では使い道のあまり無い驚異の適応能力が既に備わっており、友人たちに愚痴を聞いてもらいながらも生活を楽しみ“電子レンジで簡単美味しいレシピ”などに挑戦する余裕すら持ち合わせていた。

だがここで本当にレオに見切りをつけた、私が日本に一時帰国の際レオにお金を払うので香水を買ってきてくれと頼まれていた時の話をぜひ聞いて欲しい。

ブラジルから日本へ行く時に空港のデューティーフリーでこの品物で良いかと写真を撮り値段を確認しOKとの返事をもらったので、ブラジルへ戻る時に寄ったデューティーフリーでその香水を買って帰った。

だがいざ品物を渡しお金を請求しようとすると、思ったより高いのでいらない、とキレ気味に断られたのだ。

なんだよそれ。

私は写真も送って値段も確認したでしょう?と抗議するも、お金が一銭も無い、どうしてこんな高いのを買ってきたんだ?こんな値段ではブラジルで買ったほうが安いくらいだ!!と見事な逆ギレをお見舞いしてくれた。

なんで欲しくもない男性用の香水を手間賃も取らずわざわざ買ってきてやったのに怒られて100ドル以上も私が被らないといけないのだ。

以前からの勝手で尊敬の念の感じられない態度に加えてその香水事件が決定打となり、私の中のレオへの信頼ははっきりと地に落ちきった。

 しかも、そんな状態だというのに、私の食器や鍋まで黙って自分の現住居に持って行って返さない、私の秘蔵のマルちゃん正麺を私専用の食料ボックスをひっかき回し勝手に食べた(本当に憎い)挙句、君は今ほとんどひとりで住んでいるのだから家賃をさらに200レアル程値上げする(ガスもWi-Fiも使えないのに)、と、どのイカレポンチ(レオだが)がぬけぬけと言い出すのかという始末で、これでもかという怒涛の理不尽な攻撃ラッシュでますます私の脳髄を煮たたせにかかってくる。

そんな時さらに、マンションの組合の人が家を訪ねてきた。

『もう3か月以上も管理費を払ってもらっていない。レオと連絡が取れないのであなたからもレオに連絡を寄越すよう言ってくれないか』

私がその旨レオに伝えたその後日、組合の人が言うには事もあろうに、

『レオと連絡が取れたが、あなたが家賃を払っていないせいで管理費が払えない、と言っているので払って欲しい』

こんな状況にもかかわらず律儀に 家賃はきっちり期日までに払い続けていたのでふざけんな、と頭に来てまたレオに連絡を取ろうと試みるも、自分の都合の悪い時には何日も連絡は来ず、くそ面倒くさいのを押してわざわざ彼氏のファビオにまで何度も連絡をしてみても返事が途絶え、ついにファビオにすら連絡も取れなくなってしまった。

 

もうさすがに耐え切れず、出来る限り速やかにこの家を出ようと決心した。

入居時に支払った、退去時に帰ってくる約束の保証金も、前払いしている1カ月分の家賃も戻ってくることは無いだろうが、もうそんなこと言ってたらキリがない。

セバスチャンがかつて、

絶対この先もっと重大なトラブルに発展する日が来ると思う、だから他の家を探したほうがいい。

と予言した通り、このままいたらもっとひどいことが起こる予感でドキがムネムネしてくる。

重い腰を上げて本腰を入れて腰に梓の弓を張り(最後適当)、他のアパートを探し始めるも、なかなか良い物件に巡り合えないままずるずると時間ばかり経っていってしまった。

一刻も早く天功のイリュージョンばりにこの家からの華麗なる大脱出を成功させなければと思う傍ら、考えるにつれなんで家賃に含まれているWi-Fiを止められガスも使えないうえ家賃不払いの濡れ衣を着せられたあげく1カ月以上分の家賃を余計に払って私が逃げるように去らなけらばいけないのか、とムカのムネムネも止まらない。

どうにも納得がいかない。私だって決してお金持ちじゃないのだし、やはりきっちり正規に前払い金分も消化してからこの家を出ようじゃないか。

私の最も苦手とするところだが、ここはもう、口八丁手八丁でブラジル名物の(?)駆け引き、というやつをするより他に手はない。

 目には目を。歯には歯を。駆け引きには駆け引きを。

ブラジル人は物事を円滑に回すため、それはもう息をするように嘘をつく。(と、少なくとも私は感じることが多々ある。)

 それにまつわり、ブラジルに来た当初から何度もブラジル人はもとよりが長くこちらに住む日本人や日系人の友人などと噛み合わうことの無い口論になったりしていた。

例えば、シンプルなものであれば、お金や物を貸せと言われても持ってないと言い張れとか、親しくない人に住んでる場所を聞かれても違う場所を言えとか、好きじゃない人に連絡先を聞かれたらわざと電話番号を一桁間違えて言うのだ、とか。

そんなリハも無しで咄嗟に嘘をつくのはなかなかに難しい。

もっと複雑な嘘なんて絶対に無理だ。

記憶力も大してよくないので、やたらに嘘をついてしまったら最後、次に会った時に誰にどんな嘘をついたか思い出せなくなって嫌な汗をかくことになるに違いない。

別に「ワタシ、ウソ、ツカナイ。」という古き良きインディアンの掟に従っているとかではない。

日本の常人のレベルで(だと思う)嘘をついたりする時もままある。

しょーもないホラにおいては常人の数百倍は吹いてきた人生だ。

そのくせ、場合によって非常に柔軟性に欠け、適当なことを言って流せばいい場面なのに自分でも、

『あれ?実は私は生まれた村のしきたりか何かで二十歳まで女だということを伏せ男として、武士として育てられたんだったけかな?』

と思うくらい、時に自分に不利でもうまく嘘がつけない、真面目といえば聞こえはいいが、変なとこ頑なで融通が利かないというなかなかやっかいなタイプなのだ。(繰り返し言うが、ホラは超吹く。)

また、日系人の友人の会社の改装工事が進まないのでお金を渡して早くやってもらった、などの話を聞いて驚いて「それって何かずるくね?」なんてコメントを思わずした際に言われたことには、

「あのね!こっちがちゃんと賃金を払ってても普通の業者でもワイロ目当てにわざと工事を止めたりってこともあるの!それで何もしないでただ待ってたって、この国では工事してくれないまま2年3年なんてすぐ経っちゃうんだよ?!その間私たちはろくに仕事もできず、他の場所の借り賃だってバカにならないし社員に給料も払えない。借金だらけですぐ生活もできなくなるよ?馬鹿正直にやったってこっちでは本当にバカをみるだけで、何も進んでいかないの。文句を言うだけで何も手を打たないほうこそがここではバカなの。あなたはわりといつも自分のやり方を押し通そうとして怒って失敗してブラジル人はずるいとか悪く言ったりするけど、ここはそういう国なんだってば!そういうのもこっちのやり方なの。あなたはブラジルに長く住んでるんだからあなたの常識や日本のやり方とは違うってことをもういい加減ちゃんと学ばなきゃ!」

 と、ブラジル人の友人から見ると私はやはりそういうところがある、みたいなのであった。

私や仲間との間ではとても誠実でお人よしすぎるくらいであるその友人ではあるが、他人に対しては使うべき時には物事を潤滑にいかすためにうまく調子を合わせ、さらっと嘘をついたりすることもあり、そんな時は本当に見事なトラブル回避の手腕を見せつけ感心させられていた。

他にも何人か信用できるブラジル人の友人もいるが、やっぱりナチュラルに事実を捻じ曲げたことを言ったりすることもあり、だがそれゆえ駆け引きがうまくいったりしているのを何度も見てきた。

明らかに向こうが悪いという時もあったと思うし、自分なりに正しいと思っている部分もあるので反論したいとこだが、こっちに長く住むならば理解しないとあなたが無駄な苦労をするだけだ、という彼女の言い分にぐうの音も出ないのも事実なのであった。

そういった耳の痛い助言や数々の苦いブラジルでの経験からも、自分の今のやり方ではストレスが溜まる一方であるのは明らかだったし、しぶしぶではあるがある程度はブラジルではブラジルのやり方というものを学習しなければ、というタイミングではあった。

 

それなので、レオには、

日本に行ったためもう貯金が底をついた、不景気で生徒が集まらず瀕死寸前で、おまえが香水代を払ってくれないので食べるものも食べられずもうペコペコのガリガリだ、みたいないろんなことを言って、さらにこの家もあなたのことも大好きなので出て行きたく無いのはやまやまなのだがと心にも無い事を言い(レオ以外の家については本当に気に入ってはいたのだが)もうお金が払えないのでこのアパートを引き払わないといけない状況だ、とりあえず今月の家賃は入居時に払った前金で相殺にして欲しい、と頼んだ。

頼んだ、というか正規の手段で返金を待っていたら絶対に返って来ないだろうことは明白だったので、ダメと言われても強硬手段で入金しなかければ良いだけの話ではあった。

私にまで出ていかれてはさらに困ると焦ったレオは「今月はそれでいいけど、もっと住んでいていいんだよ?年末は給料が2カ月分出るからそれでガス代や管理費も払えるし、君が住みやすくなるように必ず良くしてあげるから!」

すぐに環境を整えてあげるから!と調子の良い事をここ半年の間に毎月のように言われていたために酸っぱい気持ちでいっぱいになったが顔には出さず、

「わかった!私もあなた(の家)が気に入ってるし、たくさん働いてなんとか住み続けられるようにがんばるからね!!」

とかなんとか適当に言って乗り切ってみた。

思ってもいない事を言うのは非常に心地悪いが相手が相手だ、いたしかたあるまい。

こういうやり方をしなければ搾取され続けたか激しく揉めただろうことは想像に難くない。

歯には埴輪。

 

さて、とうとう尻に火がついた。

なんとしてもこの1カ月のうちに移り住む家を探さなければ。

だが、ネットで毎日探して動いてみるも条件に合う家はやはり見つからない。

そうこうしているうちに2017年も残すところあと1週間を切ってしまった。

 

  …もうちょっと続くよ。

 

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ゴミ箱に捨てられていたマルちゃん正麺の袋。実は2回食べられている…憎い。

さよなら私の愛したパライゾ

 

私も、ついにこの家を出て行くことになった。

 

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ベランダで、セバスチャンが戯れに小枝に結んだ毛糸が風に揺れていた。

愛と友情のマクンバ・追記

今回は私とは直接関係の無い話ではあるが、前回に引き続き、

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の、さらに後日談としてひとつマクンバにまつわる不思議な話を付け加えさせていただこう。

 

今年私がリオで出た同じサンバチームにアフリカ人の女性がいる。

彼女は若い頃にブラジル人と結婚してこっちに移り住み、立派に家庭を築いて長年こっちで暮らして家族ぐるみでチームに参加しているので私とは立場も違うと思うのだが、同じ外国人というくくりから親しんでいただいていた。

 

チームの練習の長い待ち時間の際に彼女とマクンバの話になった。

アフリカといえばマクンバの本場、いわば大元締めだ。

たぶん長い年月をかけブラジルのマクンバは独自の進化を遂げているとは予想するが、やはり彼女もマクンバをやったりもするそうだ。

その本物のルーツを持つ彼女からマクンバにまつわる実際今年に起こったとある話を聞くことになった。

 

“私のわりと仲の良い友達で、娘があるチームのパシスタ(踊り手)のテストに通った人がいるの。

新人ながらその娘はサンバチームのCM(カーニバル前には毎年、選抜された数人~の者がメインでそのCMに出演している)に出られることになってすごく喜んでいたわ。

彼女はそれなりにボリュームのある体型の子で70キロ以上あったんだけど(驚くなかれ、ある程度身長があるブラジル人であったならこちらの基準ではデブ、という感じでは全然無い)それが、ある日から突然体調が悪くなって、ご飯を食べても全部吐いてしまうようになって、瞬く間に20キロほど痩せてしまったの。

TVに映ったのだってひとりだけアップで抜かれたわけじゃなく、何人かの踊り手と一緒に、ほんの2,3秒ちらっと映っただけだったのよ?

病院に連れて行っても原因がわからないまま日に日に弱っていく娘の様子を心配して、そのお母さんは絶対にあなたは嫉妬に狂った誰かにマクンバをかけられているに違いないから、自分の身を守るためのマクンバをしなさいって何度も言ってたの。

でも、彼女はカーニバルまであともう少しだから大丈夫、せっかく初めての年なんだし今は集中したいので全部終わってからマクンバをするからと、その忠告をすぐに聞き入れなかったの。

 

で、彼女は一体どうなったかって?

 

、、、原因もわからないままその後もどんどん痩せていってしまって、、、。

 

そう、、、そして、ついこの間彼女は亡くなってしまったの。”

 

 

 

 

マジでか。

 

 それは、カーニバルまであと2週間という日に聞いた話であった。

 

 

“彼女もカーニバルに出れるととても楽しみにしていたのに。 

そのお母さんである私の友達は泣きながらずっと言ってたわ。だからあれほどすぐにマクンバをやりなさいって言ったのに、って。。。”

 

こっちではマクンバを自分にかけられている、と聞いただけで実際に何もされていないのにショック死してしまう人もいると聞いたことがある。

プラセボ効果じみてはいるが、きっと信じる、ということはそういうことでもあろう。

 

ここでは明かさないが、その子が所属していたチーム名なども聞いたし、細かい話に信ぴょう性もあったので(だから、もしその気になって調べたら本当にそういう子がいたかどうかはすぐにわかるだろう。深追いこそはしていないが)、まるきりそのアフリカ人のチームメイトが嘘をついているとも思えない。

事実で無い事を祈るが、もし事実であったならば亡くなった彼女の死を悼み、ご冥福をお祈りしたい。

 

 

 

 

信じるか、信じないかは、あなた次第です。

 

 

愛と友情のマクンバ 実践・完結編(の後編)

 前回ちょっとオカルト?ぽい話を書いてみた。

 

なので、それつながりで思い出した今日はずっと気がかりだったマクンバ完結編(の前編)

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の続きを書きます。

 

~ 前回のあらすじ~

オッス!オラ叙空!!

とうとうオラたちの前に史上最強の敵が現れたみてえだ!え?魔術をかけられた仲間たちが大変なことになっちまってるって?!オレオレ詐欺にひっかかるクリリン、女装家に転身したベジータ、その傍らでパラパラを踊り狂うピッコロ。みんな絶体絶命の大ピンチだぞ。でも、こんなつええ敵ははじめてだ!!なんかオラ、ワックワクしてきたぞ!!!(うそ)

 

路上での儀式のようなものを終えてヤスミンちゃんちに戻ると、庭にミニ祭壇が設えられていた。

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早速始まる流れとなり、白っぽい服を着た女子四名で庭に並び立つ。

ヤスミンが祭壇に灯をともし、YOUTUBEのマクンバBGMのボリュームを上げていった。

まずは私の痛いほうの膝を見せろ、と言ってくる。

ヤスミンは厳かにそこにバケツのハーブ水をつけた黒い汚い塊を塗りたくり、

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人んちから切った枝を神主のような所作で私の膝にさわさわと擦り付け、さらに藍色のインクのような粉をまき散らしながら指でなぞってぶつぶつと何かを唱え、膝の上から白い布を巻いて固くしばった。

 

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汚い黒い塊はサボン(石鹸の一種らしい)なので、家に持って帰って無くなるまでシャワーを浴びる際に必ず膝に塗りたくれと言われる。

 そこまでで20分くらいか。

 

さて、ここからが本チャンのようだ。

注)ここからは人によっては刺激的に感じられるかと思われますので、不快な気分になりそうな方は読まない・見ないようにしてください。

 

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そして、あんまり生々しい写真は載せないし、描写もあえて淡白にさらっといかせていただくが、ヤスミンちゃんは例の段ボール箱の中の動く物体を生きのいい状態で取り出し、その首を反対方向に曲げたまま片手で固定させて器用に持って、もう片手の中にあるナイフで確実に頸動脈を切り生き血を捧げるように真ん中の黒い人型が座したものに振りかけながら、何かまじないのようなものを唱え続けた。

 

ぎゃあ。

 

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私はドン引きながらも、ある程度は予想がついていたのにそれでもマクンバに参加することを決意したのだし、家庭用小規模マクンバだとは思われるが荘厳な雰囲気だしで、悲鳴を飲み込みじっと作業を見つめるより他になす術もない。

 

さらにそれを籠の上に置いて、リンゴやらリボンやらで装飾し、シャンパンやラメの粉や薔薇の花びらなどを上から振りかけ、綺麗にラッピングしていく。綺麗、と言っても、その亡骸となったものの上にだが。

 

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ヤスミンは執事を呼ぶような卓上ベルをチリンチリンと鳴らしながら、緑ブラと少し話をして何かを一心に祈れと言っている。

それに従い、鳥さんごめんよと思いつつ、私も祈る。

スピーカーに繋いだYOUTUBEのボリュームをもっと上げ、ヤスミンちゃんのまじないもベルの音量もさらに激しさを増してくる。

もう夜中の2時を回っていたため、非常に近所迷惑では無いかとまた違うところを心配しながらも、どうやらこれがクライマックスのようだと察してはいた。

 

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最後には、さらにロウソクに火をつけ、火をつけた葉巻を亡骸のクチバシに咥えさせ、さらに葉巻やタバコを隙間にぶっさし、いつもの定位置と思われる場所に移動させて、やっと儀式はお開きとなった。

 

それから、私がしごきまくって抽出したハーブエキスをわけわけしてそれぞれシャワーを浴び、(良くわからないがそれを首から下にだけかけてからシャワーを浴びろと言われた)遅いので皆ヤスミンの家に泊まり就寝。

 

完結するまで長くなったがざっと、ここまでがこのマクンバにおいての当日の全工程であった。

どこまでをこのブログで書いたら良いかかなり考えたが、エグい部分も含めなるたけ事実に忠実な形でここに記してみる。

 

ところで、今回の儀式を仕切るのであろうかとあたりをつけていた例の緑ブラの彼女は、べつだん儀式を仕切ったりするわけでもなく、翌日早くにこれから仕事だとスタコラ帰っていったので、結局誰だったのか良くわからないままであった。

翌日ホーザに聞いてみると、どうやら他の女に盗られた元カレとの復縁を望んでたまたま本日のマクンバに参加した人だということであった。

 

 彼女がそれから元カレと復縁できたかどうかは知らない。

私の膝もご存知、治ってはいない。

 

私に関して言えばいろいろあったが無事今年もカーニバルには希望のチームで参加はできたし、もともと熱狂的に信じているわけでは無く異文化を知りたいという半ば好奇心からの友情出演ならぬ友情マクンバという部分が強かったため、何もかもが叶わなくとも特に強い不満は無いのだが、

 

「これであまり効かなかったら、次にはもっと強いマクンバをやりましょう。」

 

とヤスミンちゃんに言われたことが、ちょっと気がかりだ。

 

どうしたものか、これ以上踏み込むのも躊躇われるため、少なくとももっとちゃんと考えてからにさせていただこうと思っている。

 

憑いていますか?取ってもらったよ。in SAO PAULO

実は、今日、取ってもらいました。

何をか?

そこのところ詳しく説明せねばなるまい。

 

何か月か前に、レッスンの生徒さんがお休みされていたので、一体どうしたのだろうか?と心配していた。

一ヶ月してやっとレッスンに訪れた生徒さんは、実は、、、と事情を語ってくださった。

 

日本からの一時帰国で帰ってきた後でブラジルに戻ってきてから、原因不明にものすごく体調が悪くなってしまったという。

お子さんもいらっしゃるというのに、具合が悪すぎて起き上がることもままならず、

何とか必死に生活をやりくりしていた次第であったと。

それで、サンパウロの知人に紹介されて行ってみた、とある場所に相談しに行ったという。

それは、さる日系人の霊力のあるという人のもとに(1回150レアル2017年11月現在)。

するとどうでしょう、その日からまたたくまに身体の不調が無くなり、通常の生活を送れるようになり私のレッスンにもやっと通えるようになった、と。

興味津々、他の生徒さんと共にぐいぐい突っ込んで話を聞いてみた。

聞いたところをかいつまんでお知らせすると、

とある、マッサージなどもやっている診療所を訪ね、日系人のその専門の人にお願いし、憑いていたものを取ってもらったという。

その生徒さんである彼女はもともと霊感のようなものを少し感じるタイプで、それにしても半信半疑、でもどうにもならず勧められてその治療を受けてみた。

すると、1時間ほどの診療をへて

 

“あなたは日本からお侍さんの霊を連れて来てしまった” 

 

でも、もう取ったので大丈夫。と、言われたと言う。

 

それを聞いて皆、爆笑、であった。

その“お侍さん”も、とり憑りついたはいいものの日本から勝手のわからないブラジルへ飛行機にまで乗って来てしまいさぞ戸惑ったことだろう。

笑いのネタじゃないか?と勘繰るくらい面白かったので、皆で競って突っ込みを入れてもっともっと、と聞いていた。

その方も笑いながらも、やはりそういう部分敏感に感じてしまうところがあるらしい。

よくよく聞いてみると、そこで憑いているものを取ってもらったときに、するりと身体から何かが抜けるような感覚があったという。

そしてそれからはピタリと、不調が消え、嘘のように身体が回復されたと本当にびっくりされていた。

ちなみにその方は、決して嘘をついたりするようなお人柄ではない。

周りの親しいご友人たちも、彼女がかなりしんどそうだったのにそれ以降急に元気になったのを実際に目の当たりにしたという。

 

それなので、私もそれなりに半信半疑だったが、いろいろ他の人の話も聞くうちにものすごく興味が湧いたので、ついにたまたま予約が取れた今日、行ってみることにした。

私が貧乏であるのも、膝が痛いのも、彼氏ができないのも、このトラブルの多い生活も根本的に卑屈なところのある性格も、ちゃんと毎月家賃を払っているのに大家が管理費やガス代やWi-Fi代を払ってくれず止められている挙句、大事に取っておいた秘蔵のマルちゃん正麺を勝手に食べてしまわれるのも、

全部きっと何かが憑りついているせいに違いない。

 

間違い無い。

 

まあ、それでもダメもとで、その診療所の門を叩くことにあいなった。

 

現在、週に1.2度しかそのセッションは無いと言う。

その例の“お侍さん”の口コミなのか、最近は特に予約が取りずらいようだった。

 

良い感じの日系人のおばさんが、ゆっくりしていていいのよー、と優しく迎え入れてくださった。

診療台に靴を脱いで目をつぶって横たわる。

次第にその診療者は、指を鳴らしながらエアーで各部の服を脱がすように何かを気合を入れて取っている。

他の人がどういったセッションをしていたまで詳細はわからないが、かなり重苦しく大変そうだ。

私にはこれまでの人生、霊感的なものをちゃんと感じたことは無く、だがしかし2年くらい前に霊力のあるという方にたまたまお会いしたときの10数名集まった会の中で、誰とは言えないがこの中に猛烈に悪い気を発している人がいるため具合が悪くなったので帰ります、、、と言われ、十分の一の確率だしまさかと思ったが後に聞いてみたところそればズバリあなたでした~!と言われた(努めて明るく描写してみたが、涙目になるくらいの深刻さで後に告げられた)こともあるし、さらに現在私の体には新規のマルちゃん正麺の霊などもついているはずなので、

ああそうさ、私にはよほどすごい霊が憑りついているだろうよ、、、フフフ、と妙に自信たっぷりにその様子をたまに薄目を開けたりしつつ盗み見ていた。

(。。。。マルちゃんはまことにとばっちりで、、、すみません。超おいしい。)

 

そしてそのセッションが終わり、どうですか、何か感じますか?と聞かれた。

正直、あまり良くわからない。

 

好奇心は満々だが、そもそも懐疑的なところもある私である。

いろいろ聞いてみた。

 

あなたは、声を聞きませんでしたか?

はて、何の声でしょう。

いや、よくわかりません。と答える。

 

貴方は、すごーく前に、天上と地上をつなぐ役割をしていた人でした。

なんと言えばいいのでしょうか、、、とても強い、、、そのため、悪い霊力が毎日あなたに悪いことをささやいていました。。。

その声を、、聞こえていましたか?

 

いやいや、常日頃、心の中でマイナスな感情と戦うことはあるが、もし本当に悪魔の声が日常的に聞こえていたと答えたならば、何かの末端価格数千万の白い粉を摂取していることを疑い、即病院に行くことを勧めたほうが良い。

 

そして、その強い力を使えなくするために悪い精霊、、、たちがあなたを奴隷のように貶めて悪い事ばかり吹き込み、重い鎖であなたをがんじがらめにしていたのです。だからいろいろな悪いことがおきているのです。

そうですね、、、日本語で言うと、言わば女神に近いような役割の人で。。。

 

イエーイ女神!

 

前世占いなどしてもらったのは初めてで、もし前世があるとしても、どうせ戦国時代のバッタあたりであっただろうと思っていただけに、なかなか気分は悪くない。

 

その先生はセッション中苦しそうに喘いだり、合間合間に疲れた様子で何度か水をごくごくと飲んで息を整えていたしで、やっぱり私にはいっぱい憑いてましたか?と聞いてみた。

 

そうですね、とても多かったですけど、、、でも、もっと多い方もたくさんいます。

 

膝には(膝が悪いと告げた)2つのドクロメデューサの顔がありました。

 

お侍さんのくだりからみて和もので責める方針かと思いきや、まさかの洋物の化け物の登場だ。新しい。

 

メデューサはあの蛇の頭の、、、ですので石のように固くなり、動けなくなってしまうのです。

でも、その鎖も、刺さっていた刀も、、、全部全部取りましたので、もう時期に良くなると思います、、、時期に良くなります、、、

 と、何度も告げられた。

 念を押すも、良くなるのにそんなに時間はかからないという。

 

…ブラジルの神秘なのか、、、はたまた私には効かないものなのか。。。

 

その結果はまだわかりかねますが、皆さん今後の私の状況をお見守りください。

 

 もしかしたら、私が2か月ぶりにブログを更新する気力が湧いたのは、そのせいかもしれない。

 

ではでは、また、追って経過をご報告させていただきます。

 

 

 

 

あの橋の向こうで~闘膝痛記~

またもや更新が滞ってしまっていた。

セバスチャンロスで私が生きる気力を失い断筆したと思われた方もいらっしゃるようだが、時は過ぎ今はひとりでもわりと平気になったし、それが理由ではない。

実は7~8月中に1か月程、欧米ロックミュージシャンばりに緊急極秘来日?をしていたのだ。

どうしても膝が治らず困り果て、日本で治療をしてみようと思い立った。

それに他にも体調の不安もあるし、出来る限り病院に通い検査や治療もしてみよう。

奇しくもセバスチャンが家を去って数日後に出発であったので、その数日さえ乗り切れば日本の生活で気も紛れるであろうというベストタイミングであった。

でなければ心が折れたまま家中で彼の面影を探してはしばらく泣き続けていたことであろう。(実際出発の日までは何を見ても悲しくてメソメソと暮らしていた。)

今回の帰国では身体のメンテなどがメインだったため、ゆっくり時間が取れず、連絡もできないで不義理をしてしまった友人知人たちには申し訳ない、などと思いあがってもみたのだが、私が気にするほどは皆さん私のことを気にしてはいないようだったので、ここで許しを乞うほどでもないような様が正直やや寂しくもある。

 

膝に問題が生じてから軽く1年以上が経っていた。

疲れが溜まると非常に痛く、走ることも、まともに歩くことさえままならない。

ブラジルでは結局良くわからなかった原因も、日本で病院にかかりさえすれば解明できるのではないかと希望を持って治療に臨んだ。

 

いろいろ前もってネットで調べたりはしていたのだが、“サンパウロ在住・とび出せ!膝痛仲間(名称仮)”から情報を集めたところ、それなりのリハビリの設備の整っている整形外科ならば、日本の実家から近いところにひとまず行ってみるのが良かろうということになった。

 

その実家の近所の整形外科を訪れるも、午後の部の始まる1時間前に着いたというのに、もう病院の待合席は主に老人でいっぱいだった。

2時間ほど待ち、軽い診察とレントゲンを撮り、さらに待たされた後レントゲンを見ながらメインの診察の番がやっとやってきた。

足をいろんな方向に動かし、痛いかどうか質問されレントゲンを見てまもなく、あっさりと結果が発表された。

 

 

先生「こりゃ膝に血か水が溜まってるね~。」

 

膝に水!!

 

今まで何度かそういう人の話は聞いたことがあったが、まさか自分の膝に水が溜まる日が来るなんて若かったあの頃は想像だにしていなかった。

 

先生「注射器で水を抜いて、痛み止めも打って、ヒアルロン酸を何度か入れたらだいぶ良くなると思うよ~」

 

膝の水を、抜く!!

 

今まで何度かそういう人の話は聞いたことがあったが、まさか自分の身の上に注射器で膝の水を抜く日が来るなんて若かったあの頃は想像だにしていなかった。

 

ところで人類は大きく2種類に分けられることを皆さんはご存じだろうか?

 

そう、それは、

膝に水が溜まったことのある人間

と、

溜まったことの無い人間

の2種類である。

ああ、私はついに知らず知らずのうち昔の自分には無縁であったはずの、はるか遠いあの橋の向こう側に渡って来ていてしまった。もう何も知らなかった無邪気なあの頃には戻れない。

 

先生の話をぼんやり聞きながら、青春時代にそっとグッバイを告げているうちに、着々とミーのニーのウォーターは抜かれていった(ようだ)。

恐ろしくてずっと目をつぶっていたため、注射針を突き刺す気配とその痛みだけが治療が行われている証だった。

薄目を開けて終わったのかと聞くと、ほうらこんなに取れた、と先生が目でこれを見てみろと促してくる。

 

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1円と50円玉ほどの太さの、ぶっとい注射器だ。

え?嘘?これ?今から入れる薬じゃないの??と非常に驚いて何度も質問した。

水と言うからには無色透明かと思いきや、私の膝の水は、それはそれは鮮やかなみりん色をしていた。1回の診察につき25ml以上取れていたので、計4回通って100mlは抜かれた。この調子で1年も通い続けたらば、きっとものすごく痩せられたんじゃないかと思うのに残念だ。やはり継続は力か。ザ・膝水抜きダイエット。

 

結局、膝の水を抜き抜き、5回くらいヒアルロン酸を入れればだいぶ良くなるだろうという話だったが、私には日本にそんなに長く滞在する時間は無い。

1週間に一度しかその施術はできない決まりということだったので、ま、3回くらいでも何とか、、という医師の言葉に期待を寄せて、そこで治療を続けることにした。

 

するとどうでしょう、たったの1回の治療で、あんなに痛くてたまらなかった膝が嘘のように調子が良い。痛みもほぼ無いし、何より、昔のようにストレス無く動かすことができるのだ。期待以上の効果だった。

日本の医療に感動するとともに、2つの病院に行っても原因すらわからなかったブラジルの病院は一体何だったのだろう、と疑問がわいてくる。だって、日本でもさんざん待たされはしたものの、具体的な診断には5分も要さなかった。

さらに言えばブラジルの2つ目の病院は診察料がバカ高く、膝プロとの触れ込みであったというのに、痛みさえ取れればオールオッケーだいじょうV!とだけ言われ、さりとて痛みを取る具体的な方法は提示されず、ネットで調べたらその成分は膝に意味無いから~と評判のなまっちろいサプリのみを処方され、その上帰り際に何万もかかる検査を勧められたのだ。(結局その検査はしなかった。)

注:ただし、医療等はブラジルの方が進んでいる部分も多々あるということなので、私の経験はあくまでもブラジル医療レベルを一般化するものではない。

膝プロ先生は、たくし上げた私のしっかりとしたまるい膝をを見るなり「ああ、こういう形の膝の人は痛くなるんだよな笑」と、なんの診察もする前から軽いタッチで、私の身体をウン十年も一生懸命支え続けてくれた無骨ながら愛すべき丸膝をディスりやがり鼻で笑いながら片腹を震わせていた(ように見えた)ため、卑屈な暗い感情が私に少々穿った見方をさせているのかもしれない。

 それでもともかく、

日本医療最高~♪

とごきげんに治療にいそしみ、そこでめでたしめでたし、といけば良かったのだが、私は他にもさらなるミッションに取り組まなければならなかったりもしたので続きを読み進めて欲しい。

実は最近、右胸にけっこうでっかい“しこり”を見つけてしまった。

脇からの右胸の外側のラインにライオネスコーヒーキャンディ2個分くらいのしこりがはっきりと感じられる。

逃げまどい嫌がる仲の良い友人たち男女問わず無理やり触らせてみても、やはりそのライオネスには確かな存在感があると、皆もれなく同意した。

 

そんなことで、これもまた地元の女性専用と謳っていた乳腺系専門の病院の門を叩いた。

レントゲン写真を撮ったり検査をし、最後に先生から触診され診断が下される。

 

 

先生「このしこりは腫瘍ではありません」

 

ああ、よかった、とライオネスな胸を撫でおろしていると、先生は聞き捨てならぬタイムリーな一言を言い放った。

 

 

先生「このしこりは水が溜まったものです」

 

 

 

水!!

 

 

 

 

 

また水か!!

 

 

 

 

 

 

 

私は全身水たまり人間なのか。

 

 

 

 

 

と、何事も無くて良かったものの、愕然としてしまう。

 

まあまあ、それでも胸にも腫瘍は無いと言うのだし、膝も治ったなら良かったじゃないですか、という話なのだが、そう簡単にもいかず、膝はブラジルに戻り2週間も経たず痛みはじめ、かつてないくらい膝の上がぼっこり腫れて膨らんできてしまった。

なんでも水を抜いたところでもともとの炎症を根治させないと、結局患部を冷やそうとする働きにより体内の水が集結してしまうということなのだ。うーん身体というものはよくできているなあ。この人体の神秘よ。

 

とか呑気に感心している場合ではないのはわかっている。

 

このひざ上ぼっこり君はもう診断されるまでも無くおなじみ水が溜まったものであるだろう。

 

ところで私の星座は知的でクールなみずがめ座さんだ。

 

 

ちなみに胸の水のほうは特に抜いたりはしないでいいらしい。

 

 

 結局振り出しに戻っただけか。

さて、どうしよう。

 

さらにちなみに近況を付け加えると、大家の果てしない滞納のせいで、もう2週間ほど家のガスが止められています。

 

さて、ほんと、どうしよう(泣)。

 

ゲイ男子たちとの暮らしinブラジル5-さよならセバスチャン

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セバスチャンが今日、家を出て行った。

愛と友情のマクンバ 実践・完結編(の前編)

相変わらず元気に泣き暮らしている。

毎日、今日も泣き濡れている最中ではあるが、セバスチャンとの別離による悲しみのあまりに最近は景気の悪い話が続いているので、今回はやっと、ずっと放置してあった、飛行機に乗り遅れる話

飛行機に乗り遅れる《前編》 - ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

とともに、楽しみにしているので続きを書けと(ひとりずつだけに)言われた、マクンバをしたときの話

joe.hatenadiary.com

の続きを書こうと思う。

 

マクンバにおいては特に(普段もわりとそうなのだが)役立たずのくそ人間であった私だったが、やっとそれっぽい仕事を与えられた。

身体を清める儀式のためのハーブの準備をしろという指令だった。

いろんな種類の葉っぱのついた木の枝を渡され、バケツに3分の1ほど水を張ってこいとのこと。

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その地べたに座ってこの葉っぱをせっせと手でもいでバケツに入れるのだ、と言う。

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いまいち完成形が良く分かっていないので、ガキの使いのように途中で何度もホーザに確認しに行く。

バケツに入れた葉っぱをさらに細かくちぎり、水の中でもんでもんでもみほぐし、出汁を取れということらしかった。

何度も、もうこれでいいか?と、質問をしに行っては、まだだ、まだだ、もっと細かくちぎれ、もっとだし汁を出せ!と言われ、かなり手が疲れてくる。

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やっとこのくらいもみしだいたところでホーザのOKが出た。

 

ヤスミンちゃんは台所で何かの調理のようなものをしている。

サッカーボールほどの大きさの鍋に血なまぐさい何かをドボドボと流し込んでいる。

なんか、これ見たことがあるなあ。何だっけか。

【ミオロ】という名前で、確か以前マクンバショッピングに付き添いで行ったときに肉屋でヤスミンちゃんが購入していた記憶がある。

思い出した。

牛の脳みそだ。

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その奥の皿の上にわざわざ物置を漁って取り出してきた謎の生首のオブジェを置き、脳みそに謎の液体と塩っぽいもの混ぜ、さらりんと木の棒でまぜまぜしている。

まぜまぜするとぷ~んと生臭~いにおいが立ち昇ってきた。

 

ヤスミンちゃんは魔女だったのか。

 

トカゲのしっぽや干からびたコウモリは入れないでも大丈夫なのか。

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冗談ではなく本当にそんな材料があるかもと怯えつつヤスミンちゃんの仕事を眺めていた。

さらにブラジルでは非常にポピュラーであるマンジョッカ(芋の一種)などを乾燥させた食用の白っぽい粉などを何種類かをまぜまぜして、卓球の球よかちょっと大きめ程度の白団子を何個もまるめて、生卵と一緒に半透明のバケットに並べていく。

そして炭をガスレンジで直火焼きして素焼きの壺のようなものの上に置く。

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うわー、脳みそ~!ぎゃー!これ食べるの?!

などと五月蠅いので、祭壇のために買ってきたものを紐解いて庭先の棚の上に並べておけ、と追い払われる。

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りんごや薔薇の花と花びら、素焼きの壺やリボンと包装紙、ローソク、葉巻、金粉など。

 

また、玄関先に向かったホーザにちょっと来て、と呼ばれ、家の外に出た。

塀の向こうにある近所(他人)の家に生い茂った木の枝をこのナイフで切って、と頼まれる。

私はタッパ(最近この表現あんましないよな)があるので、彼女が届かないどんな高い場所でも簡単☆ラクラクだ。

ニュー高枝切りバサミ(日本直販)としての役目を順調に果たしながらも、人んちの枝を断りも無くむやみに切っていいもんなんだろうか、と心配した。

アメリカだったら訴訟問題になりそうだ。

ブラジルにはご近所トラブルなんて無いのだろうか。

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ブラジル人であり、そういた部分おおらかなホーザは、そうそう、これが無くっちゃね、と何も気にしていない。

私がもみしだいた草たちと何が違うのか私にはさっぱりわからなかったが、何かこだわりがあるようだ。

 その間ヤスミンちゃんは雰囲気を盛り上げるためか、それっぽい音楽をYOUTUBEで探しスピーカーに繋いでかけ始めていた。

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この夜分遅くにドンドコドンドコドンドコドンドコと太鼓の音が鳴り響き、民族的な歌声がこだましている。

神秘的な宗教儀式といえどもYOUTUBEて、ブラジルの現代化の波を感じさせる一コマで、ちょっと笑える。

 

夜もかなり更けてきて、夜中の12時を回ろうかという頃。

緑ブラの彼女と私でこれを持って出かけてきなさい、とヤスミンからバケットを渡される。

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何本かの白いローソクと白団子、生卵、謎の黒団子と変な草。

それにおまえの手持ちの銀色のコインを全て出せ、とカツアゲされバケットに散らされる。

確か、他にぶっといローソクや素焼きに移された例の脳みそなども一緒に持って行け、などと言われたと思う。

ヤスミンはここで祭壇の準備などをもう少しするから、付き添いのホーザに車を運転してもらい出かけ、やり方のレクチャーをしてもらえ、とのこと。

やり方?一体何のレクチャーなのか。

ホーザは私と緑ブラを乗せ車を運転してくれ、しばし近所をうろうろする。

何か、どうも明確な目的地があるわけではなくて人気の無い場所を探しているような感じだ。

よし、ここでいいわ。

住宅街の道路の小さい用水路の横にさびれたブランコがあるコンクリートのちょっとした三角公園的なスペースの側に車を止め、私たちにも外に出るようにいう。

そこに通行人のカップルが歩いて来たのを見て、私たちを手近な家の軒先の目立たないところにいるようにと呼びよせてやり過ごした後、脳みそやらが盛られた素焼きの皿を人目をはばかりながら端っこに置いて、ぶっといローソクに火をともしその横にさっと立てかけ、さあ、もう行くわよ!と車に乗り込む。

どういった意味があるのかまではわからないが、以前ヤスミンちゃんと夜中にファベイラのファンキに出かけた時も、ギンギンにオシャレをしたヤスミンちゃんが途中で何かにウジの湧いた素焼きの皿を車を止めた川沿いの道に置いてパンパンと払い、よし、これでいいわ、さあ、行きましょう、と引き続き遊びに繰り出したことがあったので、その時と同じようにマクンバの儀式の一環なのだな、ということは予測できた。

そのまま帰るのかと思いきや、ヤスミンちゃんの家の通り沿いの道で車を止め、例の白団子とローソクを渡される。

私と緑ブラはまず団子を電柱の側に置け、と言われ、そこに並べる。

そしてロケットペンシルくらいの細長いロウソクを4本ずつ、その2本は過ぎ去って欲しいネガティブなことを想いながら、残りの2本は自分に起こって欲しいポジティブなことを想いながら、なるべく細かくそのローソクをぽきぽきと折りながら祈れ、と言う。

さらに各自生卵3個とさっき私がカツアゲされた銀貨を電柱に背を向け後ろを見ないようにしながら軽く投げて再び祈れ、と促された。

その間にローソク全部に火を点し、私たちを見守るホーザ。

緑ブラの彼女は慣れているのか一心に願い事を祈っていて、私はその横で薄目を開けては彼女を見て、あ、まだだったか、と再び目をつぶり、おまけに大金持ちにもなれますように、など欲望の赴くまま思いつくことをこの際お願いしてみた。

そういう手順であるとは知らなかったので、咄嗟に思いついたことしかお願いできていない。

もっと早くに言ってくれていれば、もうちょっと高尚なお願いだってできたはずだ。

世界平和とかな。

だが、予め言われていたらいたで、私の欲をすみずみまで叶えるための祈りの時間は3時間は要すであろうと予想する。

全く欲が深い。

だがその一方、かように強欲ファッションモンスターであるくせして、この私が3時間も集中して祈り続けることなんてできないとも予想する。

ちょっと考えただけで飽きてきて面倒になり、あー、私が超幸福になるための願いが全部叶いますように、これだ! だって、神様なら私が何を望んでるのか全部わかってるよね?

あ、つーか、魔法使いになりたい♡ これで良くね?

という小学生レベル、というよりクソ人間全開フルスロットルなことをつらつら考えてしまいかけていたので、もしたくさん時間を与えられたとしてもどうせ爪の甘皮を押して爪の領域を広げようと試みたり、片足で何秒立っていられるか秒数を計ったりして無為な時間潰しにいそしんでしまったに相違ない。バリバリだぜ。

 

ヤスミン宅に戻ると、庭に祭壇がしつらえてある。

 

もう午前0時を軽く過ぎていたが、ここからやっとメインの儀式が始まるようだ。

 

 

 

 

ゲイ男子との暮らしinブラジル4~セバスチャンの決断~

セバスチャンと今の家を出て一緒に暮らすという話にはなったが、現実はそう簡単にもいかなかった。

まず、セバスチャンの住みたいところと私の住みたいところがちょっとずれている。彼はもっとオサレな繁華街に住みたい。私は今の場所からそんなに離れたところには動きたくない。

私は一年前に部屋探しをいっぱいしたのでわかるが、ここは少なくとも探した中では私の条件に一番合う場所だったので、少しネットなど探ってみるも、もっと良い条件のところに出会うことは難しく思えた。

それに、その時はセバは彼氏のシャンギットとアツアツだったので、二人で物件を見に行ったりもしていたようだし、私は邪魔者以外の何物でも無いのではないかと思いだす。

なので私は二人に切られても恨まないように心の準備だけはしておいていた。

だが、セバが住みたがっているオサレな繁華街は家賃が死ぬほど高く、二人が住みたいと思うような素敵なところは資金的に手が届かないようだ。

彼らもお金がそんなに潤沢にあるわけではないし、3人でお金を出し合えば広い部屋に安く住める。

そういう問題もあったからだと思うがぜひ君も一緒に引っ越そう、と二人とも言ってくれた。

でもよくよく考えると私は仕事をするのにいくつか借りているスタジオからほど近い今の家ありきで既にスケジュールを組んでしまっていたので、レッスンの合間に家にちょっとでも帰って休んだりも出来ない場所へ引っ越すのは私の体力的にかなり厳しいと判断し、いずれ今後の生活に支障が出るのではないかと杞憂した。

できればセバたちと離れたくないが、でも無理なものは無理なので、やはり私はこの周辺でなければ引っ越すのは難しいと思う旨を告げた。

最悪、ひとりでどこかに引っ越すことになっても仕方がないとその時少し、覚悟もした。

どうしたものやら、と、そのままその話は宙ぶらりんになり、皆あまりその話題には触れないままなんとなし時が過ぎて行った。

ヒステリックグラマーなレオ家族の様子もうかがってはいたのだが、訪ねて来てから1か月以上経過するも特に追い出されるようなリアクションは無い。

次第に、引っ越すのは面倒でお金もかかるし他に皆にとって良いという物件も無さそうだし、もう引っ越さなくてもい~かな~、というような雰囲気になってきた。

また、その間にシャンギットが仕事を失くし、少しして新たな職を得たのだが、彼の家から2時間半ほどと新しい職場から猛烈に遠く、この家からは割と近い、ということで話がまた変わり、この家から引っ越さずにシャンギットがここへ引っ越してくるのが一番良いのではないか、という話になった。

今までもほとんど同居しているようなものだったのだが、男二人で一つの部屋というのはいくら恋人同士とはいえかなり手狭だし、ということで、この家の乗っ取りを計画した。

このアパートごとレオから借りきってしまい完全に三人だけで暮らす、というものだ。

ほとんど帰ってこないのだからレオの部屋をシャンギットが使えば良い。

暴君大家・レオが来なければ私たちもストレスをためないで過ごすことができる。

素敵な案のように思えたが結局はレオとの交渉がうまくいかず、その話が実現することはなかった。

 

そんな矢先、セバスチャンとシャンギットが別れることになり、話は急展開を迎える。

 

白状すると、男同士とはいえどもカップルと暮らすとなると多少の気は遣う。

これが男女のカップルだったことを思うと、きっと頻繁にイチャイチャされたならたちまち私は不快感を募らせ、クソがあ!とまずテーブルをひっくり返し大暴れをした上で熱湯をかけて早々に追い出していたに違いない、と確信する。

男同士のイチャイチャは私の負の感情の琴線に触れないことが自分でも不思議だったが、二人は私の前でチューチューするくらいはざらで、私も既に慣れっこであった。

それでも、もうちょっとリビングにいて私も話に混ぜてもらいたいな、という気分の時でも、お邪魔と判断すれば空気を読んで、私は自分の部屋に行くから、と、さりげなく二人きりにしておいてあげるようなこともたびたびあった。

が、今は私がもっとセバスチャンと遊びたいと思ったときにそういった気を遣う必要はもうない。

セバも彼がいない分わりと暇なので、がっつり構ってくれることもある。

シャンギットには悪いが、これはこれで楽しいかな、などと思うようになってきた。

 

ここで断っておくが、私はセバスチャンが大大大好きだが、恋愛感情は全くない。

人に話をするとよく、セバが彼氏だったらいいのにね、とか、ゲイに惚れないでね、などと言われるが、それは違う。

セバはとっても優しくて愛らしくて超素敵な生き物なので、今となってはその外見すらかわいらしくて仕方が無く見えてきているが、異性としてははっきりきっぱりとまるでタイプではない。

あーかわいらしいー、と私がセバを見て悶絶するのは、内面から滲み出るその佇まいであり、いわば動物や赤ちゃんをかわいいと思うのと同じような感覚においてで、だ。

たまに手をつないだり挨拶で抱き合ったりもするが、一瞬たりとも彼といて性的な気持ちになったことは無い。

それに、セバが女性を好きであったなら、こんなにも仲良くなっていないはずだ。

私たちはお互いが異性であっても恋愛感情が絡まないからこそ利害関係のない純粋な友達になれ、だからこそとても大切に思えた。

彼に何のメリットもないのにいつも優しくしてくれたからこそ、彼のことが心から信用でき、好きになれたのだ。

私の彼氏ができない理由がなんとなく紐解かれてくるような気もするが、それはさておいて。

これは家族のような愛だと思う。

優しい弟を溺愛する姉が、弟を自分の側にいつまでも置いておきたいと思うような。

 

 

だが、そんな蜜月は長くは続かなかった。

セバは以前から誘われていたというメキシコ人の友人ゲイカップルに、

「彼氏と別れたのなら心機一転、僕たちの家の空いている部屋に住まないか」

と余計なことを言われたのだ。

彼は悩んだようだが、もし君が住まないならすぐに他の人を探す、と言われ、この今の家よりも彼の仕事場にも駅にも近く金額の条件も良いというその部屋にあと1か月足らずで移り住むことを、決めた。

「君はもう僕のイルマ(女兄弟)だから、残る君のことが心配だけど、、、。」

 ひどく衝撃を受けたが、彼にとってより条件の良い場所が見つかったのならそちらに行くのは当然だ。

何より、一緒に引っ越そうという話になった時に場所を譲歩出来なかったのは他ならぬ私であった。

兄弟のように愛しているといっても、本当の家族ではない、ただの同居人に出て行く彼を引き止める権利はない。

それに、シャンギットと別れたのを契機に、セバスチャンが新しい生活を始めたがっていたのは私もちらちらと感じてはいた。

私にこの家を出る、と告げてからは特に、遅くまで出かけていることが多くなっていった。

 

夜中にセバが大声で歌を歌いながら部屋に帰ってきて私の寝入りばなに起こされても、ああ、セバはなんていつもゴキゲンで可愛くて愛おしいんだ、とうとうとしながら思う。

そしてすぐに、この歌声を聴いてこんな幸福な気持ちになれるのもあとわずかなのだ、と気がついて胸が切なくなる。

一事が万事そんな感じで、セバスチャンが出て行くと私に告げたその日から、近いうちに必ず訪れるセバスチャンロスに怯えながら毎日を送ることになった。

セバスチャンとの楽しいごはんも何もかも、昨日までの喜びすべてが悲しみに変ってしまった。

セバスチャンは私ほど感傷的にはなっておらず、むしろ新しい生活を心待ちにしているようにも見え、 私が想うように彼は私が好きなわけじゃないのだな、としょんぼりする。

でも、そうであっても私が彼を愛しているなら、彼の幸せを祈って気持よく送り出してあげるのが本当の愛なのではないか、と思い直す。

あまり負担にならないようにとあえてクールに接したりする時もある。

フェルゼンとマリーアントワネットの別れくらい苦しい。

あまりにつらいので、セバを知ってるこっちの私の友人に悲しくてたまらないと話をするも、そんなのしょーがないじゃーん、サンパウロにはいるんだしいつでも会えるよ~!どんま~い、と軽くあしらわれ、セバスチャンの引っ越し宣言により心が脆弱になっていた私は、私のこの繊細な心の機微をあなたはちっともわかってない!と怒り嘆いてケンカになりそんな自分にまた落ち込む。

とんだ二次災害だ。

 

と、くどくどと、とても長くなったが結局皆さんに何を伝えたかったか、というと。

そういった経緯と理由があって、このシリーズの一番初めに書いたように、私は最近毎日泣き暮らしている、のだ、ということ。

とにかく、悲しすぎる。

と、いうことだ。

 

もう何も言うな。

 私もあれから少しは落ち着いて来てはいるし、もう誰とも無益なケンカなどしたくない。

私にだってどうにもできないことであるのはわかっているので、ただ、私の感情の吐露をさせてくれ、聞いてさえくれれば、それで、良いのだ。

 

ゲイ男子たちとの暮らしinブラジル3~第一回家を出て行く会議~

今住んでいるシェアハウスからの退去勧告を大家のレオの家族にされて、すぐさまセバスチャンとレオにその旨を告げた。

レオと話をするも、お母さんから最近連絡を受けたことは無く、「僕もなぜそんなことになっているのかわからないが、うちのお母さんは悪い人ではないのだけどちょっとそういうアレなところがある、とにかく話をしてみるので待ってくれ」、というのでその連絡を待った。

いくら母が少しアレ、と言ってもさすがに家族なので、私の言い分は聞いてもらえないのではないかと心配したが、レオはわたしの言い分も聞き入れてくれ、結局、

「話をしたらお母さんも理解してくれたので何も心配は無く、君たちは出て行く必要はない」

と告げられた。

一応解決の兆し、ではあるが、いろいろひっかかる。なんか不穏だ。

さらにレオに会って詳しく話をすると、お母さんは何十年も前にレオのお父さんと別れたが紙の上では別れておらず、お父さんが存命の頃は訪ねてくることもなければ病気になったお父さんの世話を何一つしなかったくせに、いざ亡くなったとなったら急にこの家の権利を主張し始めたという。レオのお父さんはとても優しい人で、レオは大好きだったのでずっと一緒に住んで病気の時も自分だけで面倒を見ていたらしい。

どこまでが真実なのか私には知る術は無いが、それが本当ならしょっぱい話だ。

おまけに失業してお金が無いとあんなに主張していたお姉さんはそのすぐ後からヨーロッパに1か月ほどバカンスに行っているという。

本当にお金が無くて貧乏で困っている人が1か月も遊びで旅行に行くだろうか。

レオからいろいろ聞いたところでも、彼女たちの主張していた内容とレオの述べる話があまりにも違い過ぎるので、彼女たちが取り立てて今すぐにお金が無くて貧乏だ、というのは嘘だろうと結論づける。

住むところが無いと主張していたが、他にも2,3軒ほどレオのお父さんから貰ったアパートを所有しているらしい。

ブラジル人特有の口八丁手八丁で有ること無いことを言って強引に自分の目的を達成しようとしたのだろう。

しかしなぜ急に住人を追い出そうとしてそしてなぜ急に沈静化するのか、レオと話をしてもその目的がいまいちよくわからなかった。

だが、何が嘘か本当かは置いておくとして、敵は常識の通じる相手では無い事だけは良くわかった。

一応解決したとレオは言うが、このままここに住んでいてもまたいつアレなあのクレイジーマミーが突然現れるか心配で、それから数日間はずっと誰か人が訪ねてくる気配に怯えて過ごしていた。

 

セバスチャンと話し合った結果、その剣幕で訪ねて来たのは尋常ではないし、すぐに問題が解決したというのは疑わしいので我々は引っ越し先を探したほうが良いのではないか、という話になる。

セバスチャンは私より1年ほど前からこの家に住んでいるので、私よりもずいぶん情報通だ。

今まで聞いていなかったこの家についての詳細な話を彼から聞くことになる。

もともとは大家のレオのお父さんと二人で住んでいた家で、1年前にお父さんが亡くなった頃にセバはこの家に移り住んだこと。

レオは家の管理能力が著しく低く、最初は人が住めるようなところで無くて、ゴミ屋敷のような家をセバがほとんど片づけたこと。

レオは浪費家であり、今の仕事でそんなに稼ぎはないので、私たちの家賃で自分の生活をなんとかやりくりしていること。

レオは生まれ育ったこの家に愛着があるが、レオの家族は以前からこの家を売りに出したいと思っているらしいということ、など。

 

セバスチャンの言い分はこうだ。

「僕たちは家も綺麗に使っているし支払いだってちゃんとしてる。こんなにいい借り手はブラジル人ではそういないと思うよ。いままで何人か住んでもお金を払わなかったりレオとうまくいかず出て行ったんだ。最近のレオの態度には尊敬も感じられないしトラブルも多い。しかもその家族もいたのじゃ、レオは大丈夫って言ってても絶対この先もっと重大なトラブルに発展する日が来ると思う、だから他の家を探したほうがいい。」

さすが私のセバスチャン、聡明で賢い。(その上、愛らしくかわいい♡)

 

私は、はじめはとても感じが良いレオに好感を持っていた。

私が住み始めた1年前のほんの2~3か月くらいの間レオと生活を共にしただけだが、優しく接してくれたし、ちょっとおポンコツ様であそばせることには気づきつつも、出て行きたいと思うほどに不満を感じたことは無かった。

レオはその後、他の街に部屋を借り、ほとんどこの家に帰って来なくなったので、セバスチャンとふたり快適な日々を過ごしていたのだ。

だが、レオの大家としての管理能力の無さは日々感じていた。

家賃に含まれているインターネットが何度か止められたり、さらには家の電気が止められたこともあった。

全部彼が支払いをしていなかったためだ。

電気なんて、いくらブラジルといえども、数か月は支払いをためないと止められることは無い。

さらにレオは月に1、2度、いきなり戻ってきては鍵を持って来ていないから今すぐ帰って鍵を開けて欲しい、などと連絡してくる。

なぜ自分の家に帰ってくるのにいつも鍵を持って来ないのか。

共同のリビングを一体どうしてこんなに散らかせるのかと思うくらい散らかし放題で回した洗濯物を洗濯機に放置してはまたあっちに行ったきり何週間か帰って来ない。

その家の散らかし方も、生ゴミをありえないような普段使わない場所に捨て置いて虫が湧いていたり、必要の無いものを物置から引っ張り出しては家中のいろんな場所に置きざりにしてあったりと謎な行動ばかりであった。

共同の場所に置いているものは人のものであっても何でも使い、無断で持って行ってしまう。果てはトイレットペーパーまで。

私とセバの留守の間に勝手に冷蔵庫を漁り飲み食い散らかす、または私たちの食料を勝手にちょっとだけ手をつけては封を開けたままテーブルの上に放置して腐り果てさせるそのやり口もどうにも猟奇的で、こいつちょっとヤベー奴だな、というのはひしひしと感じてきていた。

母もアレなら息子もアレだ。

いくら自分の家だとはいえ、彼のやっていることは同居人に尊敬を感じられず傍若無人で、彼が帰って来ると家が嵐の後のように荒れ果てるので、そのたびに私たちのストレスは溜まっていく。

私たちの快適な暮らしのためにはレオが散らかしたもの全部を放っておくわけにもいかず、結局そのフォローは全部私とセバスチャンがしなければならなかった。

 レオは悪気は無いようだし、一緒にいて話をしている分には人懐っこくて良いやつなので残念だが、しだいに私たちはレオがなるべく家に帰って来ないことを願い暮らすようになった。

 

 と、そんないきさつもあり、せっかく私が紆余曲折を経て手に入れた安住の地ではあっても、確かにこの家を出たほうがいいのか、、、と心は揺れた。

 だが、せっかく仲良く暮らしているセバスチャンたちとも別れがたく、ためらっていた。

セバはメキシコ人の友人のゲイのカップルの家のひと部屋が空いているのでそこへ行くこともできるが、僕たちは気が合うし、こんなに信用できる同居人を他に探すのは難しいと思うので、一緒に部屋を探して一緒に移り住もう、ということになった。

 私はセバスチャンと引き続き住めることが嬉しかったので一も二も無く快諾し、この家を出て行く方向性を持って、この会議は終結した。

 

 

 

ゲイパレード・サンパウロ2017

昨日同居人のセバスチャンたちとLGBTパレードに行ってきた。

ブラジル経済の中心地であるサンパウロのパウリスタ大通りで毎年6月に行われ、今年で21回目となる。

世界最大級のゲイパレードということで、年々盛り上がってきているようだ。

家からほど近く、せっかくゲイのセバスチャンと仲良しになったということで、行くならぜひ私も混ぜて欲しい、と前々から話をしていた。

 

大通りのパレードは昼間で、その後は中心街の広場に場所を移して夜まで盛り上がるようだ。

 

以前パレードの後に移動した最後の最後までついていったという友人の話では、最終的には公園のようなところに到着し、そこでいきなり大フリーセックス大会がおっ始まったという。

あちこちで獣のようにだれかれ構わず交尾にいそしむ人々。

しまいにはムカデ競争のように並んで互いに貫き何人も連結したまま陽気に手を振り振り歩き回っている者たちもいた、と生々しくリポートしてくれた。

私の友人はノンケなのもあり異次元に迷い込んだかのようなその光景にちょっと気持ちが悪くなった、と語った。

 

そんなことを聞いていたのではじめはパレードを観に行くのも恐れおののいていた。

実際に行ってみると、酔っ払いはしゃいで大騒ぎしたりキスをする人たちくらいはいるが、少なくとも私の見た限り大通りのパレードはそういった部分それほど乱れたものでも無かった。

 

とにかくものすごい人で溢れかえっている。

街ゆく人の五分の一くらいが仮装をしていて、さらのその十分の一くらいが目立つような恰好ー気合の入った仮装・または露出ーをしている印象だ。

参加者はLGBT(レズ/ゲイ/バイセクシャル/トランスジェンダー)だけではなく、明らかに異性愛者であろうという者たちも多い。

カーニバルやハロウィンとあまり変わらない。とにかく乗れるお祭りには乗る、というようなサンパウロっ子のお祭り好きな気概が感じられる。

LGBTでなくとも、主義主張があろうとなかろうと、とにかくお祭り騒ぎに便乗したいいろいろな人が参加することで世界最大規模のパレードへと成長したのであろう。

かく言う私もカーニバルのチャンピオンパレードの時に使用したアフロヅラを流用し、控えめながらも仮装じみたことをして張り切って出かけた。

 

写真を撮ったので、皆さんに雰囲気を味わっていただこうと思い、載せます。

 

夜に用があったので今回もパレードのその後まではついて行かなかったが、友人の話のように本当に最後にはフリーセックス状態になるのかどうか、いつかこっそり覗いて皆さんに報告したいものである。

 

 断っておくが、参加はしない。

 

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ゲイ男子との暮らしinブラジル2ー今、家を追い出される危機ー

カーニバルが終わり、サンパウロに戻って通常モードに慣れつつあったある日。

他の住人も出払っていて、私がちょうど家を出かけようとしていた時に、玄関のドアを誰ががノックしているのに気が付いた。

突然この家の大家のレオのお母さんとお姉さんという人たちが訪ねて来たのだ。

私たちの住んでいるこの家の本当の大家はお母さんらしい、と聞いてはいたので、今まで一度も会ったことも無い中でのいきなりの訪問に戸惑ったが、どうぞどうぞこんにちは~!とにこやかに家に招き入れた。

すると挨拶もそこそこに彼女らはこう言った。

「私たちがこの家に住むことになったから一か月以内にこの家から出て行って」

と。

出し抜けに、言ってる意味がわからず理由を聞くと、

「この不景気で姉も仕事を失くし私たちはとても貧乏でお金が必要なのだ、住む家が必要なのだ!ブラジルの法律では1か月前に住民に告げたら出て行く義務があるのだ!」

と止める間もなく話し続ける。

私は混乱し、

『ちょっと待ってくれ、私はあなたの息子のレオから部屋を借りてるのだし家賃もちゃんと払っている、とにかく彼との契約なのですぐには承諾することはできない』

と言うも、あちらは

「とにかく出て行け」

の一点張りで、私が何を言っても、

「これはブラジルの法律で決まっているのよ!!とにかくあなたは出て行くのよ!」

と口角泡を飛ばして食い気味に言われるばかり。

『私はブラジル人では無いし、あなたたちの言っていることを全部ちゃんと理解できないと思う、今いきなりそんなことを言われてとても混乱しているので、レオや第三者を交えて後日ちゃんと話したい』と言っても、

「あなたはポルトガル語上手よ!わかってるじゃない!何も他に話す必要なんてないわ!!」

と本格的に聞き耳を持ってもらえない。

だいたいのところはわかるが、細かいことまではわからないし、なにせいきなりのことにこちらも簡単にイエスとは言えない。

玄関から入ったすぐの場所で立ったまま延々と押し問答を繰り返すだけで話は平行線だし、話の合間にとにかく私は今でかけるところだから今日は本当に時間が無いのだ、と少なくとも4回~5回は、告げた。

それでもこちらの言うことは何も聞いてもらえず、私のつたないポル語に対し二人がかりであちらの言いたいことをまくしたててくるばかりだ。

自分の息子が部屋を貸していることはわかっていたと言うことなので、まずは息子と話して解決する類の話ではないだろうか。

そんなに突然に言われて1か月以内に部屋が見つかって引っ越せるかどうかもわからないし、とにかく混乱している、まずはレオと話して欲しい、

といくら言ってもレオとは一切連絡が取れないのだ、などと言われ、

だからあなたと直接話さなきゃいけないからここに来た、また一週間後に来るから、それまでに何とかしろ、あなたの電話番号をここに書け、

と迫られた。

ラチがあかないので私の連絡先を聞かれるまま教え、あなたの家なのだから訪ねてくることはしょうがないが、貴重品などもあるので私の部屋に勝手に入ることだけは辞めて欲しい、と約束を取り付けた。

内心レオめ、とレオを恨みながらも、いきなりこんなことになるのは絶対におかしいことなので、きっと何か誤解がある筈だと思い、後できちんと話せば解決するかもしれないとなんとか頑張って友好関係を築いて今日のところは穏便にお引き取り願おうと試みるのだが、ここで話は終わらずこちらが何を言っても勝手なことばかりを言い募ってくる。

二つ三つ例を挙げよう。

家に入ってまもなく私に退去宣告を突き付けられた私が茫然としているとレオのお母さんはイライラと家の中をうろつきまわり、

「まあ!なんてこと!!この私のカーペットを床上のこんなところに敷いているなんて!」

と叫んで、私が住み始めた時にはすでに床に敷いてあったダイニングのカーペットを引きずりひっぺっがし、長テーブルの上に叩きつける。みんながご飯を食べる場所テーブルの上へ。

そして、

「ちゃんと掃除もしていないんじゃないか、ほらここが散らかっている」

と、レオが帰ってきたときに散らかしまくり放置して行った、私たちが片づけをしきれなかったもの(それでもずいぶん片づけた後だった)を見つけては、

「私の家をこんなふうに雑に扱うなんて!人の家だと思って!!考えられないわ!」

と、キレられる。おまえの息子がさんざん散らかしくさってるというのに。

さらに、

「ここは私たちが住むことになったが、ここのすぐ近くに持っている小さなアパートを貸すことにしたからあなたたちはそこに住めばいい、そうよ、そうしなさい、それでいいわね!?」

と話を勝手に進めてくる。

『いや、そんな見てもいない場所に住むかどうかなんて今すぐに決められない』

と言っているのに、

「なんでだめなの?この近くだしとってもいい場所よ!そうよそうしたらあなたもすぐ出て行けるじゃない!月にいくら払えるの?あなたの職業は何?一体月にいくら稼いでいるのか答えなさい!」

と上から言ってくる。

なんで見ず知らずでこんな失礼な人たちに自分のプライベートなことを話す義務があるのか。

さすがにイラっとしてせめてもの応戦で、

『それに私はそんな小さいというアパートに住む気は無いし、だいたい私がどこに住むかはあなたたちに決められるようなことではなく、私が決めることだ』ときっぱりと言った。

「何を言っているの?あのアパートは小さくないわ!あなたには十分広いところよ!!」

30秒前に小さいアパートと言っていたくせに、その点をつつくと今度はおまえには十分広いと言ってくる。

はじめは何が何だかわからず動揺して下出からの防戦一本槍であったが、そのような彼女らの失礼極まりない態度にどんどん腹が立ってきた。

仮に、もしそのアパートが広くてどんなに素敵なアパートだとしても、あんたたちみたいなやつから家を借りるなんてまっぴらごめんだ。

失礼な態度と理不尽な言い草にうんざりしもう付き合いきれず、もう出かけなきゃいけないんで、と話を切り上げて出かけるため必要なものを自分の部屋に取りに行こうとした。

それでも部屋の前まで来てもしつこく延々と同じ自分の勝手な言い分を繰り返しながら追って付いてくるので、いい加減耐えられず、とにかく私は出かけなきゃいけないから、と言い捨てて自分の部屋に入りドアを閉めた。

するとすぐさま

バン!

と乱暴に部屋のドアを押し開けずかずかと押し入って来て、

「あんたはなんて教養のない人間なの!!まだ私が話してる途中じゃないの!!」

と怒鳴りつけられる。そして私の部屋を見回して、ベッドを指を差し、

「これは私のベッドよ!!なんで私のベッドをあなたが使ってるのよ!!!」

と喚き散らす。

そのベッドは私が見に来た時からレオに自由に使ってくれ、と言われていたものだ。

それなのに私に何か言う隙も与えぬまま彼女はもう止まらない。

「いい!あなたに常識ってものを教えてあげる!!ブラジルでは人に敬意を持って話を聞くものなのよ!席をはずす時はちょっとすみません、くらい言いなさいよ!あなたってなんて礼儀知らずな人間なの!!!」

温厚な農耕民族である私だってここまで言われてさすがにブチ切れた。

『もう出かけなきゃいけない時間だ、って初めから何度も言ってるでしょ!なのに私の話をあなたは全然聞こうともしない!だいたいね、このベッドは硬すぎて身体が痛くなるから私は全然使ってないから!ほら、こっちに布団を敷いてあるの見えるでしょ?!こんなベッド邪魔なだけだからどうぞ持って行って!そもそも、いくら自分の家だっていったって、私が何を言っても全く聞かないで自分の都合だけ叫び続けた挙句、ちゃんとお金払って部屋を借りてる人のプライベートな部屋にいきなり入ってきて私のベッドを使うな、なんて怒鳴りつけるなんて、一体どっちが礼儀の無い人間なの?とにかく叫ばないでもらえます?それに、私は本当にもう出かけなきゃいけないから!!』

でっかくて黄色くて訛りのある生意気な生き物に言い返されたのが悔しくてならなかったようで、母のほうははまだ興奮して、この無教養の日本人が!などとぎゃあぎゃあ喚いていたが、娘(レオの姉)の方はさすがに母が言ってるいちゃもんに分が悪いと察したようで、母さん、もう行こう、と腕を引っ張って取りなした。

 

今思い出しても胸糞が悪い。

 

家をやっと出ていってくれたのは、出かけようとした時間から1時間近く経っていたと思う。

 

こうして私はあと1か月で宿無しになるかもしれないことになった。

 

 

 

 

ゲイ男子との暮らしinブラジルーさよならシャンギットー

最近、毎日泣き暮らしている。

 

私がここブラジルでゲイ男子たちと共同生活を送っていることは以前にも書いた。

大家のレオとその恋人のファビオは普段は他の街にいるので、実質は他に部屋を借りているセバスチャンと共同生活をしている感じだったのだが、

joe.hatenadiary.com

ブログを更新していない間にいろいろな事が起こっていた。 

 

 セバスチャンが彼氏と別れた。

 

 

以前から申しておりますように、セバスチャンは私が愛してやまない同居人のメキシコ人男性でございます。

それについてこのブログでは言及してはおりませんでしたが、実は彼は半年ちょい前から正規の彼氏ができており、その彼氏も毎日のように家に来ていましたので、それからというものほぼ3人でそれはそれは仲良く暮らしておったのでした。

屈強な男二人で仲良く一緒にシャワーを浴びた後、起き抜けで部屋から出てきた私に腰にバスタオルだけ巻いた状態で二人がかりで陽気に抱きついてきて朝の挨拶を交わす。

誰かがご飯を作っては、三人で過ごせることに感謝しお祈りをして一緒に夕食を食べる。

出かける時には、三人で手をつないで街を闊歩した。

私がリオにいる間には二人でリオに来てくれて、一緒にカーニバルも観た。

彼と付き合ってからのセバスチャンは本当に幸せそうで、しばらくメキシコに帰るのも見合わせようと決意したようでしたし、私はこれからもこんな日々がずっと続くものだと思っていたものでした。

それが、1か月ほど前に突然別れてしまったのです。

その彼氏をシャンギット(チンパンジーくん)というあだ名で私たちは呼んでおり、わりとカッコよくて胸板厚くおさるのような特徴的な鼻と髭をたくわえた、ブラジル人とは思えないほど誠実なきちんとした人で、私たちは愉快な日々を過ごしておりました。

ただの恋人の同居人である私にも親切にしてくれ、またサンバ好きでカーニバルにも長年参加していたこともありいろいろ教えてくれたりと話も合い、私にとっても既に大好きな友達となっていたのです。

私の前では大きなケンカを繰り広げることはなかったのですが、2人で遊びに行った翌日などにたびたび、なんかふたり、そらぞらしい?と思い尋ねるとやはり酔ってケンカをしたのでもう別れる、なんてのはちょくちょく聞いていたものの、いつもすぐ仲直りしてやっぱりお互いがいないとだめだ、ともっとアツアツになりましたので、最後のほうはケンカをしたと聞いても「どーせまたすぐくっつくんだから~()」などと軽くいなして二人の関係は揺るぎないと信じ過ごしておった所存でございます。

 

 

でもね、ついに本当に別れちゃった。

 

セバ曰く、彼は良い人だしまだ大好きだけど、もう彼とケンカをしたくない、酔うとお互いいつもケンカになり、ケンカをすると彼は汚い言葉でののしってきたりするのが辛く、もうそれを繰り返すのは絶対に嫌だと思った、ということだった。

私ははじめはなんだかんだ言ってもまたいつものごとくヨリを戻すのではないかと踏んでいたのだが、シャンギットが仲直りにでっかい花束をプレゼントしたりもしたようなのに、セバスチャンの別れるというその意思は揺らがなかった。

シャンギットもいつものケンカをしただけで、はじめはすぐに元に戻れると思っていたようだった。

別れたという報告を聞いて1週間後に突如テーブルに活けられたセバスチャンのイメージそのもののヒマワリに似た黄色い大きな花たちが、彼の気持ちを象徴するようにだんだんと花びらを散らし枯れていくのを、私は気づかないふりをしながらなすすべもなく見ているしかなかった。

シャンギットは、私やセバがしない家の掃除や管理なども積極的にしてくれたり、美味しいブラジル家庭料理をかいがいしく作ってくれたり、私もサンバ関係の友達の会に呼んでくれたりと優しく、少なくとも私とトラブルになったことは無かったので、私もとても悲しくて、“シングルマザーの恋人に懐いていたのに別れてしまったその連れ子”のような気持ちになった。

 彼が置いて行った水色のタッパーや、彼が作って余った料理が冷蔵庫にしまってあるままなのを見るたびに、彼はもうここには来ないのだ、と思うと喪失感に胸がしめつけられる。

近所を歩いていて彼と似た背格好や同じような髭をたくわえている人を見るとハッとして、一瞬彼と見間違えてしまう。

私の彼氏か!!ここは桜木町か!(One more time, One more chanceより)と自分で自分をツッコみながら、その度にうっすら涙ぐんだりしていた。

セバもはじめは元気が無かったが、だんだんと独り身の自由を謳歌してきているようで、私が無理に復縁を押し付けるわけにもいかない。

セバはシャンギットとは友達に戻る、と言っているものの、私はもう会う機会も無いのだろうな。。。と思うと悲しくなり、私にさよならも言わないで去っていった彼にせめて挨拶をしたいと直接連絡をしてみた。

お互いまったくサウダージ(恋しい、寂しい)だ、ということで、シャンギットの友人も交えて飲みに行くことになった。

その帰りに、まだ家に荷物が残っているので取りに行きたい、と告げてくる。

セバさえよければ私はいいよ、と返事をし、連絡をしたらセバは出かけているが、部屋に入って構わない、と言っているというので二人で家に帰った。

彼が荷物をまとめているうちに、三人で月が綺麗だね、なんて言いながらいろんな話をした思い出のベランダで彼を待つ。

荷物を取って大きなカバンを持って出てきて、

「今日はこの家にもお別れをしに来たんだ。」

と寂しそうに言う。

私はそれを聞いてふいにすごく悲しい気持ちになって、

これは彼に言ってはいけないのに、と思いながらも、

『も~、バカ~、なんでケンカなんかしたのよ~。』

と少し責める口調で言ってしまう。

すると彼が顔を押さえて固まり、よく見ると嗚咽をもらし始めていた。

それに気づき、つられて私も堪えきれなくなってしまう。

涙がとめどなく溢れて、しばらくふたりで抱き合って思いっきり泣きじゃくった。

 

彼が私と会ったのは、私をダシにして、私と会った帰りに家に寄ると告げることで、セバスチャンに荷物を撤収するのを止めに来て欲しかったためなのだということはなんとなくわかっていた。

わかっていて、のこのこ会いに行ったところもある。二人が元に戻ることを祈りながら。

 

ずいぶんねばったが、セバはその夜、帰って来なかった。

 

 

おまえは関係ねーだろう、という話で、そんな理由で泣き暮らしているというのは大袈裟だ、と思われるだろう。

まあ、聞け。

もうちょっといろいろあるのだ。

だがこのことがこれから私に降りかかる問題への分岐点だったのは間違いない。

次回へ続きます。

 

 

 

 

 

子供たちのカーニバル・リオ

私は子供がわりと好きだ。

だが、それは実はブラジルに住むようになってからの事である。

ブラジルに来たばかりの頃は、私もまだそこそこ若く、友達にも子供を持って居る者もあまりおらず、うまい接し方がわからなかった。

しかも青さゆえややとんがっておったので、「かわいー!なんさいでちゅか~!」などと声のキー♯3上げの幼児語で話しかける善人感丸出しの知人などを見ると、ケッ、などと心の中に黒いゲル状のものを渦巻かせたりしていた。

それに、まだ人間より虫に近いような幼き者だとしても、同じくひとりの人間なのだから、子供扱いをし下に見るのではなくがっぷりよつで対等に向き合わなければならない。そんな誠実なオレ。

声のトーンは決して上げず、媚びた感のしない地声の低めを採用。語尾には時に、「だ」「である」をつけ、甘えは決して許さない。淡々とそして理路整然に。

 

そんな者が子供に好かれるわけもない。

 

稀に子供と遊んだりしても、他愛もないゲームをして子供が軽いずるをして勝とうとすると本気でイラっとして目ざとく指摘し、

君は今ずるをしたね?お母さんはいつも君に花を持たせてやろうとわざと負けているだけで、どっこい君は本当はびっくり弱き生き物なのだよ?いいかい?あんまり大人を舐めてもらっては困る。残念ながら人生はそんなに甘いものでは無いし、何もかも自分の思い通りにいくと思ったら大間違いだ。しかも君は今、負けそうになったらずるをした。ばれないとでも思ったのかな?今からそんなずるなんてしていたら君は将来ろくな大人にならないよ?とりあえず、いっぺん私に謝ろうか?

などと詰め寄りガン泣きさせたことさえあった。

 

今思うと子供との距離がいっさい掴めていなかったのだろう。

基本的な考えは実はそう変わってはおらず納得がいかなければ今でも本気で子供とケンカをする超絶大人げないタイプではあるのが(老人ともするよ♡)、それでもブラジルに住んでから子供が、子供と遊ぶのが好きになった。

今は声のトーンだって変えられちゃうよん。

 

ブラジルに来てはじめの数年は、週に何度かあるサンバの練習時に大人のグループの中にいても、話が込み合ってくるとさっぱり分からないことが良くあり、それがわりかし苦痛であった。(今もだがw)

自分は異邦人だからと遠慮したり孤独を感じることもある。

親切にしてもらうこともたくさんあるが、差別的であったり、表面は親切だが裏では違ったり、馬鹿にした態度をしてくる人もいない訳ではない。

子供だって嘘をついたりもすることはあるし、全て純粋だとは思っているわけではないが、そんな中で、珍しがって目を輝かせて寄って来てくれる子供達に嘘は無かったと思う。ただ一時の興味本位だとしても。

サンバの練習などの長い待ち時間(何をするにも開始が大幅に遅れるのでほとんどがひどく待たされる)で話に入れなくてぽつんとひとりいたたまれない時にも、子供達がいてくれたので何とかこれまでの時間をやり過ごすことが出来たのだ。(練習は真夜中でもだいたい子供もいるので。)

なので、ブラジルの子供たちには並々ならぬ恩義を感じている。

そして、何より本当に可愛いのだ。

それから、徐々に考えを改め、子供という生物全体が好きになった。

できればちょっとだけでも恩返しがしたい。

つーか、もっと遊びたい。

 なので以前から、機会があったら子供のカーニバルに関わりたいとずっと思っていて、それが今年になってガッツリ叶って嬉しかったので、前回の予告通り、本日はその子供のカーニバルについて私の体験したくだりを紹介したいと思う。

 

手伝いを申し出る

サンバの踊り子として他のチームに所属している友人は面倒見が良く何かというと私を誘ってきてくれる。

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なのでだんだんと仲良くなり、彼女が住むファベイラ(貧民街)で彼女がやっている子供達にサンバを教えるプロジェクトに、時間がある時は顔を出すようになった。

彼女のいるチームが母体の、その子供版のチームに近所の子供達を引き連れて出る計画だと言う。

それを聞き、今年こそは子供のカーニバルの手伝いがしたいと思っている旨を彼女に申し出た。

多くのブラジル人には間近に言わないとすっかり忘れられていたりするので、また数日前に確認をした。

 『わかった、あなたのためにTシャツを用意しておく』

スタッフとはいえカーニバルの重要な一部なので、メンバーの一員の証であるTシャツが無いと会場内を行進に付いて一緒に参加することはできないのだ。

 

準備はOK?

子供のパレードは近年は毎年カーニバル最終日の火曜日の夕方から始まる。

集合時間の通達が当日の直前であったため、彼女たちの集合するファベイラに寄っていると時間に遅れるかもしれないと判断する。

あと1時間もしないで専用のバスで向かうことになっているのだと言う。

直で行けば余裕もあるため私は単独で直接会場に向かった。待機場所にはもう既に準備に追われる子供と親達で溢れかえっている。

 

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多少の遅れは、ええブラジルですので、想定内ではあった。

だがいくら待ってもバスで向かっているはずの友人も子供たちも全然現れない。

もちろんそんなことだから、事前の打ち合わせなど皆無である。

スタッフの一員であることの証であるTシャツは友人が持っていて事前にもらっていないので、電話で彼女から指示を受け衣装をトラックから出して10着を別に分けておいてくれ、と頼まれて実行に移そうとするも案の定、頭のおかしい東洋人が紛れ込んで衣装を盗もうとしている、と疑われ、死ぬほどもめる。

二度言うが、このチームは友人の所属するチーム派生の子供バージョンなので、私の知り合いはほとんどいない。

彼女に電話をかけ、彼女を知っている最寄りの人を探しその人に電話を替わってもらって彼女と直接話して身元を確認してもらいさらに周りに事情を説明してもらって、やっとこ衣装の移動に取り掛かれた。

たくさんの衣装がありいっぺんに持てないので、指定された衣装の移動場所そばにいた人たちに事情を話しこの衣装を見ていてくれと頼み、またトラックに戻って残りを運ばざるを得なかったのだが、誰もその衣装を見ていてくれず、なんだ、こんなとこに衣装置き去りにしやがって、と思われ他のスタッフにまた衣装を運び戻されてしまい、もう一度トラックから運び出そうとすると、そんなことは聞いていないしだいたいお前誰やねんとまたもめる。、んんんんぬ~~。

何往復もしてやっと衣装の問題に片が付き、周りの子供達の着替えをさせる。

その中で直接会場に着いていた彼女のレッスンに来ている顔見知りの子供達を3人ほど捕まえ、持参のキラキラや口紅を駆使しお化粧などを施していると、他の子供達もわらわらと集まってきて私たちにもして欲しいとおねだりしてくる。

私・大人気だ。

ふっふっふ、このために用意周到に化粧品等用意をしてきたのだ。

腐っても私も一応日本人のはしくれだな、と思う瞬間。

家で綺麗にお化粧をしてもらって来ている子もいるが、たいていは何も考えていませんでした、という体のノーメイクで、私が他の子に化粧をしているのを見つけ、おお、あいつにやってもらえるのだな、と寄ってきて、私には金色のキラキラじゃなく他の色がいいだの、あの子にはキラキラが付きすぎているから私のはもっと上品にやれだの言ってくる。

小さくても女というものは、うるさくてかわいい。

 

 

もう周りの子供たちはほとんど準備を終えて待機している。

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どうですか。かわいすぎるだろう。

 

パレード・前

それにしても、こちらは近くにいる子共達の着付けをさせるのはあらかた済ませて、化粧などのオプションまで付けてせっせと働いているというのに、友人ご一行様は全然現れない。

周りの人たちにジャッキー(友人)はどこにいるんだ?まだなのか?と聞かれるので、そのたびに私がもうちょっと待ってくれ、もうすぐ着くから、と言って回る。

うわぁー、まじか、なんでこんなことになるんだ、いかにもブラジルっぽい展開だけどいくらなんでもやばいんじゃないか~、とヒヤヒヤしていると、もう演奏が始まる、という頃合いで友人と子供達はバタバタと現れた。

友人は私にTシャツをポイと投げて、じゃ、この先頭のグループにあなたは付いて行って、よろしく!とだけ言い置いて慌ただしくどっかに行ってしまう。

去り際に他の人たちに告げていたのを漏れ聞いたところによると、バスのトラブルで途中で車が動かなくなったということだった。

 

チームの旗を持ち紹介するカップルがいて、その後ろに小さめの山車があり、その後1番目のアーラ(同じ衣装をつけた踊り手ごとのグループ)に配属されたので時間がない。

指示された場所に行くも、その場付きの他のスタッフのおばさんにお前は誰だ?あっちへ行け、と追い払われてしまい、私は本当にここにいていいのだろうか?話はついているのだろうか?と不安になり彼女をもう一度探しに行くが、とにかく彼女たちに付いてくれればいいから!ゴールで落ち合いましょう!ほらほら早くもう行って!!と全く余裕無くつれない返事が返ってくるばかりだ。

戻ると案の定、またもめる。

頭を抱えながらおばさんに事情を説明していると、子供達にあなたはジレトーラ(偉い役職の人)なのか?と話しかけられる。

そのTシャツはジレトーラのものだ、と指摘される。まじか。

急いでいたのでもらったTシャツなんてちゃんと見ていない。渡されたものをそのまま服の上からかぶっただけだ。

友人よ、なぜ、顔なじみのいないチームの長のTシャツをいきなり日本人の私に渡すのか。

もめてる場合でも茫然としている場合でもなく、靴の作りが悪くて脱げてしまってこれでは踊れないから助けてくれとさらに他の子供たちがベソをかいて訴えてくる。

他のスタッフもまるで何の用意もしてきていないので、用意してきた自前の貴重な日本製の安全ピン(日本製のほうが強くてずっと品質が良い、そしてブラジル製ですら誰一人としてそういった用意などしてきてはいない)でなんとか直して回り、あげく他のぼんやりしたスタッフに一体自分は何をしたらいいのかと聞かれ、私が衣装の不備を直すように指示をしたりする。なぜだ。

さっきもめたおばさんには目を付けられ、もう始まるから子供の靴を直すなと怒られたり子供には直してと涙目で懇願され板挟みになったりしながら(でもまだ時間は結構余裕があった)、ぜいぜいと駆け回って本番に臨む。

そう、この国では誰も何もちゃんと把握なんてしていないのだ。

ていうかこういうの知ってた。何度も同じような経験がある。

自信を持とう。

それに私はなぜかこのグループのスタッフ長に知らぬ間に祝就任しているようなので、もう堂々としていよう。

偉そうなおばさんも始めは見ず知らずの謎の東洋人が変なことをしでかさないか心配し警戒していたのだろう、私はここのジレトーラだ!、と、破れかぶれで言ってのけ、てきぱきと働いているうち何も言わなくなった。

パレードの横に付き、子供たちを見守り列が乱れないように促し歌って盛り上げる。

スカートのすそを踏んで転んで立ち上がれなくなった子を抱き起したり、こっそり衣装を直したり、何も打ち合わせをしていない割にはこの上も無い働きぶりである。

私・大活躍だ。

惜しむらくは誰も私の大活躍を見ておらず誰も気が付いていないことであるが、なので自画自賛ながらここで発表させていただいている。

 

すごく楽しそうにハイテンションで踊っている子もいれば、虚ろにいかにもわたしやらされてます、というような死に体の子もいる。子供といえど人それぞれだ。

それでもまあわざわざ参加しに来ているのだから傍からそうは見えなくてもそれなりに皆カーニバルというものを楽しんでいるのであろう。

 

パレード・後

やっとゴールに着き、友人のレッスンに通っている3人をその中から確保し一緒にここで待つように言い聞かせ、不安定に重い頭の飾りを取ってあげると誰もそれを受け取らずあなたが持っていてくれ、と押し付けてくる。

しまいには私の管理外である子供達も私のも持っておいて、と6つも7つも押し付けられてしまい、おまけにこの靴はサイズが合わないからとそこらへんに靴を脱ぎ捨ててほぼ全員が裸足で歩き出す。

それを私が全部拾って後から来る人たちの邪魔にならないように端っこに集める。

本当に教育がなっていない。

やっと友人と会えたので子供達の靴はこのままでいいのかと聞いてもう要らないというので最寄りのゴミ箱に捨てる、またはその傍にまとめておく。

歩き出してしばらく経つとどこかに行ったまま行方不明になっていた子が戻ってきてあなたに預けた靴と頭の飾りはどこだと言ってくる。

私は決して預かっていない。君らが勝手に押し付けただけだ。

何個も頭の飾りを持たされたままよろよろと途中まで歩いていたのをまたゴミ箱のところまで引き返し、その子の靴を確認し渡すと礼も無く去っていこうとするのでさすがに頭に来て、オイこら小僧(女子だったが)ちょっと待て、この頭の飾りはどうすんだ?今ここで持ってかないと捨てっちまうぞ!とちょっと強めに言うことにした。

他の子らにも、オラオラ、おっきい子は自分の荷物くらい自分で持てや、要らない子は捨てるので申告しろ、と、整理し、小さい子の頭の飾り2つだけを残し脇に挟みその子たちの着替えの入った袋を腕に引っ掛ける。

しかもはぐれないように小さい子供と手をつないでいないといけないので、これでもいっぱいいっぱいだ。

大人は私と友人の二人だけに対して子供は10人以上いるので、ちょっと目を離すと2,3人がすぐどこかへ消えてしまう。

何度言い聞かせてもはぐれてしまう数人のやんちゃそうな男の子たちに友人は激高して言った。

「あんたたちね!勝手な事ばっかりして!!いい加減にしなさいよ!!!そんなことばっかりしてんだったら、もう二度とカーニバルには連れてこないよ!だいたいホブソン!あんたが待たせたせいでみんな遅刻したんじゃない!!今度遅れてももう一秒も待たないしカーニバルにも連れてこないから、覚えときなさいよ!」

ホブソンと名指しされた子は決まり悪そうに苦い顔でそっぽを向いて聞こえない振りをした。

どうやら車のトラブルで遅れたというのは嘘っぱちだったらしい。

やっぱりか。どうも嘘くさいと思っていたのだ。

オイこらチョ待てホブソン、お前のせいで遅れたんだな、と、その坊主頭を小突きたい衝動に駆られる。

 このくりくりが遅れさえなけしなければ私もあんなに大変な思いをしなくてすんだはずで小言のひとつも言いたくもなったが、気の立った友人に猛烈な剣幕で叱られていたので追い打ちをかけるのはやめておいてやった。

 

パレード観覧

別の場所に親が来ている子達を送り届け、

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30分くらいかけて反対側の端っこの観覧席まで辿り着く。私の分も席を用意して置いてくれているというので残った子供たちと一緒に観覧することにした。

子供のパレードは短めなのだが、その分チーム数が多いので午後6時頃に始まり、終わるのは12時くらいまでになる。

ひとつひとつのチームがコンパクトなので飽きないし、それぞれのチームの工夫や個性が見られて面白い。

たまに、知ってる子供が出ていたり、大人の知り合いが手伝っていたりするので、観覧席から声をかけたのに気が付いて手を振ってもらうとなんだか嬉しい。

 

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三個のバーガー

お腹がすいたので会場内の売店にハンバーガーを買いに行くと言うと私の膝に座っていたちいちゃいちゃんが一緒に来るという。

選んでいるとちいちゃいちゃんも食べたそうにしているので何か食べる?と声をかけると、まんまと一番高いバーガーをおねだりしてきた。

こういう場所の食べ物はあんまり美味しくない上に、高い。

この子に買ってあげたら、まだ10名以上残っている子供達もきっと欲しがるだろう。

どうしたもんかと考え、ちいちゃいちゃんに言った。

「よし、じゃあ私、1個はあなたに買ってあげるね?でも、それはみんなで分けるのよ?もし一人で1個全部を食べたかったらみんなに見られないところでこっそり食べてね?他の子達みんなに1個ずつ買ってあげるのは無理だから。わかった?」

ちいちゃいちゃんはこくりと頷いて、みんなで分けると言うので一緒に席に戻った。

席に戻るとちいちゃいちゃんはちまちまとバーガーを頬張っている。たまに他の子に、くれ、と言われて一口あげたりはしていたが、10名に回るほどでっかいバーガーであるわけもなく(高いくせによ)バーガーは瞬く間に消えてしまった。

それからしばらくして、バーガーにありつけなかった子供が私の一挙一動に注目していることに気が付いた。

トイレに行くとひとりの男の子が私を探しに来て入り口で待っていたりするので、初めは勘違いして、そんなに私の事が好きなのか、うい奴め、などと思っていたが、どうやら彼らが好きなのは私では無く、目当てははっきりバーガーまっしぐら、なのであった。

私が席を立ち上がるとハッとして立ち上がる。席を移動すると近くへ移動してくる。

何をするにも狙われ、さすがサッカー王国ブラジル、と感心するような強固な守りでピッタリとマークしてくる。

パレードに友人が出ていたので写真を撮ろうとして会場の端っこまで何度もダッシュで行った時にも、私がバーガーを買いに行ったのではないかと心配してそのたび必死の形相で追いかけてくるので、そのガッツはさすがファベイラの子供ここにあり、と感心すらしてしまった。

バーガーを買いに行かないのか?買いに行くときは一緒について行ってあげるのでいつでも言ってくれ、と、親切なふりをして回りくどい事を言ってくるのが可愛いが、私への愛の無さが丸わかりでちょっとテンションが下がる。

どうしてもバーガーが今食べたくて仕方が無いようで、バーガーはいくらだったかと聞いてくる。答えると首にぶら下げた小銭入れの中身をひっかき回しお金を数える。

でも、子供がおこずかいで買うにしたらここのバーガーは高い。

案の定、お金が足りないから買って欲しい、と言ってくる。

こんなかわいいカツアゲには会ったことが無い。困った。

それに教育上あげてもいいものか、迷った。

だけど、こんなに必死なんだし、もう一個くらいいいか。今日はカーニバルだしな。

根負けして本当にもうこれ以上は買えないからー個だけだよ?他の子とちゃんと分けるんだよ?と念を押して、そのガッツに敬意を表し栄誉ある最後のバーガーを贈った。(三個のバーガー/完)

 

それを見た友人がそのガッツボーイを叱る。

彼女に買ってもらったのね?あんたはお金を持ってきてるでしょ?!いくらファベイラに住んでいたって人にモノをねだるなんてみっともないマネはするもんじゃないよ!!と、くどくどと怒っている。

私にも、買わせてしまって悪かった。彼は親からちゃんとおこずかいをもらってきているのだから何か買ってやる必要は無い、ねだられても断ってくれ、お願いよアミーガ、と言ってきた。

彼女はファベイラに住んでいても親からの教育はしっかりされている人で、彼女のこういう所がいいなあと思う。

ファベイラに住んでいたってこういうところをちゃんとしている人はいるし、だから彼女のことは信用して付き合えるのだ。

 

一昨日は本番で昨日は一晩中観覧をして、さらに今日は子供の手伝いに遅刻のせいでいらぬ手間をかけさせられてとても疲れた。

子供達の愛をいただきに参りますよと思ってきたら金をせびられそこに愛はあまり感じられないで1日が終了したが、まあ良い。

疲れたし、大変だったが、なんだかんだ言っても手伝いに来てよかった。来年も来よう。いや、来年は自分のチームの子供バージョンでも手伝わせてもらおう。出場順が離れていればいける。よし、ダブルヘッダーだ!!

 

などと、懲りずに考えながらカーニバル会場を後にした。

今年のカーニバルの最終日。

 

カーニバル2017関連Tシャツいろいろ

カーニバルでは、ブラジルでは、所属を示すところの文字などが入ったお揃いのTシャツをユニホーム代わりに着る機会が多い。

そこのメンバーですよー、ということが一目瞭然なので非常にわかりやすい。

カーニバルが終わって2か月が経ったが、今回は今年もらった私物のTシャツに個人的な解説を交えながら個人的な思い出を振り返ってみようじゃないかという新企画(そして多分一回だけ)である。

1.自分のチームから配布されたTシャツ

練習時や軽いイベントの時に着られるようにチームから配布されるTシャツ。

オシャレさんたちは自分の好みの形に切ったりキラキラを付けて装飾をすることが多い。後ろに自分の所属する部署が書いてあることも多い。書いてないことも多い。最近は会場でのリハーサルの時は簡易衣装を着けたりもするので、そもそも踊り子には配られないことも多い。ま、その年やチームにもよることが多い。

結局もらったはいいが一度も着る機会がないまま今に至る。

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2.今所属しているチームが母体である、私が去年から関わっている未来の踊り手要請プロジェクトのTシャツ

メストレ・サラとポルタ・バンデイラとパシスタ部門があり、第一部では子供たちにカポエラを教えたりもする。私はパシスタを目指す子供(大人もいる)のインストラクターとしてストレッチを教えたり、メインのサンバの先生の補助をしたりしている。何の音沙汰も無しで先生が来なかったりすることもあるので、急遽、先生をやらされる時もある。ポルトガル語が咄嗟に出てこず子供たちに笑われ、助けてもらいながら冷や汗をかきつつ、何とかやる。そんな時に着用しているTシャツ。

今は亡きマリアエレーナ(近所に住んでいた仲良しのおばあさん)に加工してもらったやつだ。

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3.子供のカーニバルのスタッフのTシャツ

ファベイラに住む子供達にサンバ(踊り)を教えるプロジェクトを友達がやっているので、そこにたまに顔を出している、今年はそこの子供たちのカーニバルの手伝いを申し出た。

前からやりたいと思っていたので夢が叶ってとても嬉しい。この話は長くなりそうなので、次回そのもようを書きます。

 日頃から愛に飢えているので、2.のインストラクターをやっているところの子供たちもそうだが、私を認識した瞬間に破顔一笑、駆け寄って抱きついて来てくれたりするのが本当に震えるほど嬉しい。たまに他の子供たち同士で遊んでいて構ってくれないとチェッ、と、しょんぼりしてしまう。どっちが子供か。

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4.超VIP席カーニバル観覧用Tシャツ

いくつかのカーニバル観覧特別席では、食事や飲み物やお揃いのTシャツまでもが料金に含まれており、皆それを身に着けて観覧することになっている。今年はその中でもべらぼうに良いスペースで観覧することになった。

こんなにゆったりと1階でも2階からも観覧ができるなんて20回以上の観覧の中で初めてだ。こんなの初めて♡。この世の極楽とはこのことか、と酔いしれたのはシャンパンを飲み過ぎたせいだけではない。

このブラジルの不景気で企業などになかなか売れないということで、外国人向けにも力を入れているので、日本人でこの席で観たいと言う人を紹介して欲しいと本格的に頼まれる。ぶっちゃけお値段はかなり高額だが、ぜひ一生に一度はここで観てみることをお勧めしたい。

興味のある方はご一報ください。値段交渉してみまっせ。

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5.サンパウロのカーニバル・アルモニアシャツ

サンパウロのカーニバルに参加したいという方を集めて出場しましょうというツアー企画に関わり、当日は皆さんのケアをとチームスタッフとして列の調整役などをしていた(基本子供のスタッフの時と同じような立ち位置)。

普通のTシャツじゃなくて生地がシャツっぽいところがいかにもオフィシャルって感じでカッコイイぜ、と自分的には思っている。

その後他の洗濯物と一緒に洗ったら白いTシャツ等にまだらにオレンジ色がついてしまって落ちない。くそう。皆さんもブラジル製には要注意だ。

 

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6.おまけ 衣装の下の全身タイツ

今年は自分の本番当日に衣装の一部として黒の全身タイツを着用した。

全身タイツ、略して、全タイー。

あれ?サンバの踊り手って、みんなビキニみたいな衣装を着るもんじゃないの?などと思ったあなたはすっとこどっこいの素人だ。

一番にはテーマを表現することが大事なので、こういう時もある。

だが、衣装が配られた瞬間は、そこそこ玄人であるはずの私でも目を疑った。露出ゼロなのはいいとしてこれでは絶対暑くて大変そうだ。衣装もずっしりと重くその上アフロの馬鹿でかいズラがコーンヘッドのように頭4個分くらいのボリュームでそそり立っている。

踊る人の都合を全く考えていない、暑くて重くて安定しない衣装だが、それも長いサンバ人生では、まあ、あることだ。

 

諦念とともにこの全身タイツを眺めていると、ふと、遠く甘酸っぱい記憶が呼び戻された。

 そう、あれは、、、私がサンバを始めたばかりの頃のことーーーーーーー。

 

日本のあるサンバチームに所属をしたばかりの、サンバを始めてまだ1年目の夏だったと思う。

TVの仕事にルーキーながら呼んでもらえて、初めてのTV、初めてのサンバの仕事!と多少興奮しながら衣装を準備してTV局へ向かった。

入館するとちょっとしたソファのあるスペースに京本政樹がおり談笑していて、おお、さっそくTV局って感じだぜ、必殺シリーズ良かったョ!などと心の中でつぶやいたりしていたのを覚えている。

楽屋に入り、そこのスタッフさんから、衣装の下にこれを着けてくださいと言われた時に私の体を貫いた衝撃を今も忘れない。

 

手渡されたのは、

蛍光ピンクの全身タイツ

であった。

 

TV出演に抜擢されたと思って会社を早引けして行ったのにこの仕打ち。

当時の彼氏や友人達にも、「ちょっと、、、その日はTVの仕事がね、、、フフ、、」

などと嘯いてきたというのに、ヌーブラ・ヤッホー♪と飛び出してしまいそうなピタピタで頭まで覆うタイプのまごうことなき全身タイツ✖目の覚めるような蛍光ピンクの夢のコラボによる思いがけない攻撃に、よろめいてがくりと膝をつくことになった。

私の焦がれたサンバというのは、もっとカッコよくてセクシーなものでは無かったか?

その番組は当時、爆笑問題が司会をしていた健康バラエティーで、脳内部位や物質を擬人化して、その中にお茶の間にわかりやすく脳の働きを寸劇で説明するというコーナーがあった。大抵はその部位ごとに色違いの全身タイツをそれぞれつけ、額に張り付けたカマボコ板ほどのプレートに「海馬」「前頭葉」などと各々の名前が書いてある。

 

私の役はまさかの

 

ドーパミン 

 

であると云う。

 

全身タイツの上にサンバの衣装を着て、脳から指令を受けたドーパミンの躍動感をサンバを踊って表現する、という難しい役どころだ。鬼才ディレクターのイカれた演出に、こいつはバカなのだろかと唖然としたが、自分が演じるのでさえなかったら割と嫌いではないオルタナティブ・パフォーマンスであった。

その日は私の他に同じサンバチームから6~7名の先輩たちも一緒で、彼女たちがそれをむしろオイシイと面白がって盛り上げてくれたので私のショックも和らいだ。しまいにはドーパミン先輩たちにつられ私も楽しくなってきてしまい、いかにらしく写真を撮るか、ということに苦心し、張り切って両手を上げたポーズをとり満面の笑みで写ったドーパミン・ショットは今も日本の実家の引き出しに、若き日のスゥイート・メモリーとしてそっと残してある。

 

あれから何年経ったのだろうーーーーーーーー。

私がまだ、駆け出しのドーパミンだった頃の話だ。

懐かしく、胸が少し痛むような甘美な全身タイツの思い出。

ーーー今の私は、あの頃よりも少しは上手に跳べているだろうか?

 そして次もまた、違う全身タイツを着た時に、今年のカーニバルのことを懐かしく思い出す、そんな日が、来るのだろうかーーーーーーーーーーーー。

                               《完》

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