ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

ブラジルのラブホテルに泊まる2

飛行機に乗り遅れた話の途中ですが、ここで皆様にお伝えしておきたいことがあります。

一昨日、またブラジルのラブホテルに泊まりました。

 

今度こそ、

ブラジリアンワックスでむだ毛の手入れをしたブラジリアンカカオのような肌の色のブラジリアンビーチボーイとブラジリアン柔術ばりに組んずほぐれずの亜熱帯ブラジリアンナイトを過ごした

とかのご報告をしたかったのですが、あれから2週間にしてまた鍵を部屋のドアに刺したまま忘れたのでありました。

 

ほんの2日ほど前に友人にこの前のひとりでラブホテルに泊まった話をしたら、

『合いカギをお財布の中にも入れておくようにしたらいいんだよ』

とアドバイスを受け、

『いやー、でももうあと1か月もしないで引っ越すからいくらなんでも大丈夫だよ!』

と元気よく胸を叩いたばかりの出来事でした。

 

 なにがいくらなんでもなのか。

もう自分でも自分が信じられない。

多分私の脳はブラジルの何か未発見の寄生虫により侵されおり、アツアツのとろけるチーズのようになってしまっているのだと思う。

 

一昨日は金曜日であった。

飲み会でほろ酔いでタクシーから降り家の前に着いたところで鍵が無いのに気が付いた。

飲みの帰りなのでもう午前1時近くになっている。

こういう時に限ってもうどうしようもない時間になってから鍵が無いことに気が付き、

こういう時に限って財布の中にホテルに泊まれるちょうどくらいのお金が入っている。

 

 

…いくか。

 

 

もう本当に慣れっこになってしまいスタバに寄るよりライトな感覚で即決してしまう自分が恐ろしい。

翌日に人生初の海釣りに行くことになっていたためラブホテルに不釣り合いな借りもののクーラーボックスを小粋に小脇に抱えたままフロントに向かう。

「釣りに行くって男を釣りに行くんじゃないの?ウヒヒ」

と、つまらないので無視しても何度も言ってきたおじさんの飲み会での冗談を思い出す。

『男を釣るどころかまたひとりでラブホに泊まっているありさまですよおじさん。』

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階の52号室。

階なのに52号室ではないこの不条理。

 

ベッドがつ。

ラブホテルなのにエキストラベッドがあるこのミステリー。f:id:joE:20160516134742p:plain

深く考えるとなんだか怖いのであまり考えないようにして寝床に潜り込む。

 

 

今日は金曜であるのでもちろん、明日は土曜日だ。

私の住む部屋はある会館の2階にあり、土・日は基本的にそこの事務所は閉まっていて門番もお休みだ。

会館の建物の地下と1階にはバスケットコート1個分程度の広さの貸し出し用ホールがあり、そこではコンスタントにいろんな宴が繰り広げられている。

だいたいは日曜は朝っぱらから日系人カラオケ大会がおっ始まり深夜近くまで続く。

遅くまでゆっくり寝ていたい日曜日に大音響のへたくそなカラオケを聞かされるだけでもかなりストレスなのだが、

たまにリハーサルなのか朝の5時台から何曲も気持よさそうにド演歌を披露されたり、夜中の2時過ぎてからの郷ひろみを続けてメドレーでお送りされたりするので本当に迷惑でしょうがない。

しかもなぜブラジルくんだりまで来て日本の懐メロを毎週のように聞かされなければならないのかとつい遠い目をしてしまう。

鼻をつまみ声色を変えて警察に

『近所の者ですけど、あそこの騒音がひどいんですよ』(※音声は変えてあります)

と密告したろかと思ったりすることもあるがなんかみみっちく思えてすんでのところで踏みとどまっていたような状況だ。

(サンパウロでは防音設備の無い場所での早朝及び夜10時以降の騒音は法により規制されているのです。)

 

何が言いたかったのかと言えば、

明日の土曜日にその建物でなんらかのイベントがなければ門番も事務所の人もいないので私は鍵が無い状態で門を突破して中に入ることができず、

部屋に刺さっているであろう鍵も回収できず結果、部屋に入ることはできないということだ。

経験上カラオケ大会は日曜が多く、土曜日は何かが開催される可能性は少ない。

さらに時によっては土曜も日曜も何もない平和な週末を迎えられることもある。

つまり何もやっていなければ土曜の釣りの予定をキャンセルしなければならないどころか、下手したらクーラーボックスを横抱きしたまま会館が通常運営される月曜の朝までさまよわなければならない可能性もあるのだ。

こうなるといつもは静かな週末を望んでいるくせに

「平和な日常なんてクソくらえだぜ!」

と、ファッキンでロックな言葉を吐きつつ、明日こそはカラオケ大会が行われることを祈りながら眠りにつくしかなかった。

 

不安であまり眠れなかったが翌朝ホテルから出て家に向かう。

どうかカラオケ大会がやっていますように…。

いつもは忌み嫌うカラオケ大会をこんなに待ち望む日が来ようとはまるで夢のよう。

カラオケ大会がやっていると人が出入りしやすいように門が解放されているので遠目からでもわかるのだが開いている気配は無い。

やっぱりだめだったか…。

と絶望しかけたが門に着くと門番が中にいるのが見えた。

明日は大きなカラオケ大会があるらしく、準備とリハーサルがされているので特別に出勤しているようであった。

 

おおっ!!カラオケの神様ありがとう!!!

 

ブラジルどころか日本にさえいるかどうかも怪しいカラオケの神様に感謝を表しつつ、ここでもまた遺憾ないギリギリガールぶりをいつものごとく発揮したのであった。

 

釣りには無事行くことができ、前日の寝不足のおかげで慣れない船中の仮眠も爆睡することができたのでこれはこれでまあ丸く収まったのであったが、

久しぶりの友人にこのブログのことを告げると、

「面白いけど、こんなにあけすけに書いて大丈夫?…特に気になる男性には見せないほうがいいかもよ」とアドバイスを受けた。

いやー、でも別に読者とかいっぱいいるわけじゃないし、そんなの大丈夫だよ!

と返信しようとしたところではっとする。

過信せず友人のアドバイスは素直に聞いた方がよいということはこのたびの鍵の件でも嫌と言うほど学んだはずだ。

しかも彼女は20代前半の若さでエリート銀行マンと結婚した実績を持つ実力者であるので、彼女の言うことを聞くのが賢明であるに決まっているのだ。

 

 自分でも薄々、書けば書くほどモテから遠ざかっていく予感はしている。

読む人によっては私が完全にイカれているとジャッジすることもあることでしょう。

でも何か書こうとするとどうしてもこういうふうになってしまう。

このブログは実際より面白おかしくオーバーに表現している部分もあることをここで強く申し上げておきたい。

 それに多分私の脳はブラジルの何か未発見の寄生虫により侵されおり、アツアツのとろけるチーズのようになってしまっているのできっともうどうしようもないのだと思う

 

 

 

 

飛行機に乗り遅れる《前編》

ブラジルに住んでいながら、たまに日本に帰ることがある。

だいたい年に1回か2年に1回のペースで日本に戻り1か月前後過ごすことにしている。

GW真っ只中ということで旅行気分をしゃにむに欲しがる皆様に向け、今回は去年日本に帰る際に飛行機に乗り遅れた話を聞いていただきたいと思う。

 

ここ数年は年の離れた日本人の友人である、さる貴婦人の経営する旅行社で日本行きチケットを取ってもらっている。

今回は本当に偶然にたまたま同じ日の同じ飛行機でその貴婦人も日本に帰ることになり、いつもお世話になっているので

「わたし、飛行機で一緒に食べるおにぎり持ってくね!」

と請け負い、いつもは長く退屈な1日がかりの旅もこりゃ楽しくなりそうだわいとその日を心待ちに過ごしていた。

 

しかし、みなさん思い出していただきたい。

私は名うてのうっかり者である。

しかもブラジルに来る前から時間には少しばかりおおらかなところがある。

小学校の夏休みの宿題は31日に家族に手伝ってもらいやっつけで片づける。

そんな人間味あふれる親しみやすいタイプであり、旅行の準備などもぎりぎりになるまでのんびり過ごしてしまい直前になって慌てて準備をする、

「むしろ直前にならないと生きてるって感じしないつうか…燃えないんだよね。」

とクールにうそぶく、そんな限界ギリギリ☆ガールなのだ。

 

いつものごとく案の定当日まで荷造りには何一つ手をつけていなかった。

夜の10時くらいの便であるので、チェックインなど考えると7時8時くらいには着いていたい。

タクシーで1時間かかるとして家を出発するのは6時か7時、いやその時間帯は渋滞する恐れもあるので念のため5時台には出発しておきたいところだ。

と、時間の目算をつけ、昼過ぎからのたのたと準備と部屋の掃除を始める。

帰ってきたときに部屋が汚いのは嫌だからな…などと考えてしまい、気がつけば時間もないのに今やる必要のないものの洗濯やたんすの整理など初めてしまっていた。

日本に持って行く予定のないスニーカーの汚れを消しゴムでこすっている時にはっと我に返ると、もう4時を回っている。

掃除もやり残しているが路線を変更して荷造りに専念することにした。

大きいトランク2個と機内用トランク1個にボストンバック1個というここでも制限ギリギリガールぶりを発揮し、

カ~バンぱんぱんカバンぱんぱーん♪と口ずさみながらおみやげや日本で着る服など片っ端から詰めていくとみるみるいっぱいとなった。

もう余裕があれば出ていておきたい5時台を過ぎようとしていたが、まだ持って行くものの最後の吟味ができておらず、

慌てているのでもはやもう何が必要なのかわからなくなって日本でとりたてて着用する必要性は無いであろう蛍光の黄色いパンツを握りしめて立ち尽くしたりしている。

 

あ、おにぎり…!

 

敬愛する貴婦人との約束を守るべく、果敢に米をとぎはじめる。

ええと、今6時前で…ずいぶん余裕をみてたはずだし、きっとタクシーで1時間もかからないよな…。チェックインは1時間前くらいでもなんとかなると思うし、、、。

おにぎりも鍋炊けば20分てとこか…その間にこれを詰めれば…よし、イケる!!

もうパニックなので時間の計算がおかしくなっている。

結局7時を過ぎ、忘れ物をしたと3回ほど門まで行っては引き返し、タクシーを拾って荷物を運びこんだときには7時30分となっていた。

正確には10時20分の便であったので、いつもギリギリの時間に出ている経験から、家から3時間弱あればなんとか多分大丈夫なはず、と初恋くらいの甘ずっぱい予想を立てた。

 

ところが、今日に限って今まで経験したことの無いくらい道が混んでいる。

いつもは2,30分で着くはずの高速の入り口まで1時間経ってもまだ半分くらいのとこで渋滞したまま動かないのだ。

これは…まずい…かも…

件の貴婦人からも電話をいただき、そっちも自宅からの道が大変混んでいるとの情報で、やっと高速に乗れたところだがそれでも間に合うか心配だという。

 空港によほど近いところにいる貴婦人で間に合うかわからないのだから、それよりかなり遅れを取っている私は完全にアウトだ。

 

運転手が、これはもう間に合わないから引き返したほうがいい、と言ってくる。

動揺をごまかすように飛行機で食べるはずのおにぎりをむしゃむしゃと頬張り、自分でも惚れ惚れするような鮮やかな逆ギレで、

『そんなのまだわかんないし!ホラホラよそ見とかしないでとにかく空港に向かって!!』と、イライラと口元からごはんつぶを飛ばしながら言い返す様は感じ悪いこと甚だしい。

 

もう本格的にこれはダメだ、と覚悟を決めたころに道が動き始めた。

貴婦人からはなんとかチェックアウトを済まし間に合いそうだという報告を受ける。

『今日は特別に道が混んでいるんだもの、あなたが悪いんじゃないわ。私だってもし運が悪かったら乗れなかったはずなんだもの』

と、優しい言葉をかけてくれるが、私だけは知っている。

そう、私が悪い。

荷造りをしないとこうなる可能性もあることを知っていながら、いつまでも何もせず寝転んでアイスを食べていた私が悪いのだ。

 

空港に着いたのは飛行機が飛び立つ前ではあったが、絶対にその飛行機に乗ることは不可能な時間になっていた。

 

実はタクシーで引き返すことができなかったのにはひとつの決定的な理由がある。

実は戻ったところで帰りのタクシー代を払うお金を持っていなかったのである。

家に帰っても家には1センターボ(ブラジルの最小単位の小銭)も残してきていない。

日本へ帰る旅費やお土産代で持ち金をほとんど使い果たしてしまい、ブラジルの口座にあるはずのわずかなお金もたぶん数千円で、いくらあったか定かではないがおろしたところで足りるかどうかわからず、夜遅いので帰る道すがら銀行を探しながらではそもそもおろせない可能性も高かった。

前年日本に帰った時に日本のクレジット付きの口座のカードの暗証番号を忘れたのに手続きをしないでこっちに戻ってきてしまったので引き出しもキャッシングもできない。

手続きをしてこなかった自分の杜撰さを無理やりポジディブ方向に捻じ曲げ、何があってもブラジルで稼いだお金だけでこの1年はつつましく生きるのだと健気な誓いを立てたということにしていた。

 

あえて退路を断って自分を追い混んでも前に進もうとする。

忘れないで欲しい、ブラジルの地にそんな勇敢な日本人女性がいたことを――――。

 

さて、飛行機に乗り遅れ、帰りのタクシー代も無く夜の空港に佇む異国の女。

ミステリアスでドラマティックな展開にもう目が離せますまい。

果たして無事日本へたどり着けるのか?

後編を括目して待て!

 

 

 

 

 

 

泥棒の国のポロロッカ

わりと長くブラジルに住んでいるので、日本にいる方や仕事で最近こちらに来た方などからすると、私はブラジルが好きで好きでたまらないから住んでいる、というように思われるようだ。

全国のちびっこ達の夢を壊すようで申し訳ないが結論から言うと、そうでもない。

もちろん大してブラジルを知らない人にブラジルのことをディスられたらイラッとするし、かなりの愛着は持っている。

しかし長く住んでいればいるほどこの国の問題も見えてくるし、どこの国に行ったってパラダイスなど存在するわけでなく、それはここブラジルも例外でない。

日本人のまったくステレオタイプな、

ブラジルではいつも真夏の太陽が輝き、人々はみな明るく朗らかで悩みなんて何もなく、歌って踊りながら陽気に生きている、というイメージは幻想だ。

今すぐ寝ろ。そしてすべて忘れろ。

そして困ったことに残念ながら私はあまり融通の利かないタイプであるらしく、ブラジルの文化をそのまま受け入れることが難しいようなのだ。

だからいつも怒っている。

やれスーパーのレジの人が混んでいるにもかかわらず仕事もろくにしないでしゃべっているだとかのささいなことから(でもいつもついイラついてしまう)、

治安に関する深刻なことまで、次から次に私にとっては「ありえない」ことの連続で、日々消耗がはんぱないのだ。(※個人の感想です。)

 

その中でも特にありえないと思った話をしよう。

私は長らくガカケーで生活していたのだが、去年やっとスマホというやつを買うことにした。

人に貰ったガラケーがかなり古くなっていたこと、

日本でも使えるスマホが売られていること(一時帰国の際に重宝)、

それに加えブラジルでのスマホ所持率が高くなったので目を付けられて盗まれる危険性が低くなったと判断したからであった。

 

サンパウロ随一のダジャレ好き日本人IT牧師(情報多いな)として有名なトクロン先生(本物のプロテスタント系の教会の立派な牧師先生です)に相談させてもらい、

ブラジルではいたるところにあるディスカウントストア的な店のインターネットのサイトをお勧めの機種とともに相談してから3秒でメールしてくださったので、それを利用してみることにした。

さらにご親切なことに、お金は商品が着いてからでいいから買っといてあげようか?とおっしゃってくださったのが、

いえいえ、自分のことですから自分でやってみます、などと意地を張ったのが運の尽き、ちゃんと申し込み代金も支払ったのに待てど暮らせど品物が届かない。

ネットで品物がどこにあるのかが把握できるようになっているのだが、店を出荷し、今近くの郵便局に着いているよ、というところで止まっている。

通常2週間と言われていたのだが、ブラジルだから大幅に遅れることもあるだろうと放っておいたら1か月も過ぎてしまった。

そんなある日、店からお知らせのメールが届く。

 

その備考欄にはこう書いてあった。

 

 

 

この品物はどこにあるのかわかりません。

 

 

目を疑った。

まさかぬけぬけとそんなことを高らかに発表するメールを寄越すわけがない。

あまつさえ謝りの言葉やなんらかの説明など何も書いていないのだ。

そのメールはもちろんポルトガル語で書いてあるので、私のポルトガル語の能力の未熟さのせいで読み間違えているのであろうと自分を納得させ、後日ポル語の先生に見せて聞いてみた。

 

 

先生はなんともないように、

「ああ、品物が無くなっちゃったって。

流通の中で携わった誰かが盗んだんだね。よくあることよ。」

と平然とおっしゃる。

 

 

まじか。。。

 

 

しかし私の常識で考えればそのままになることはありえないので、クレームを入れれば新しいものを送ってくれるのだと思っていた。

 購入した店のHPを探しても問い合わせをする場所がどこにも記載されていない。何一つ、トラブル発生時のメールも電話番号も。

お金を支払った店頭にも話をしに行くが、とりあってもらえない。

購入のやりとりの際のメールを確認すると、クレームなど専門の別会社と思われるところとメールでしかやりとりは行えないようになっていて、連絡するとわりとすぐ謝りの返事が来た。

大変申し訳なかったが品物を新しく送るなどの対応を考えているので次の連絡を待て、という内容だった。

これでなんとかしてもらえると思ったのだが、さらに1か月、待てど暮らせど何も具体的な補償に関する連絡が来ない。

頭に来て、早く連絡よこさんかいゴラ、という内容をマイルドに薄めたかんじの怒りのメールを何度か入れてみたのになしのつぶてだ。

どうしようかと考えあぐね相談した結果、お人よしで名高いネイティブの友人(最弱の弟)に流暢で上手な言い回しで代筆してもらうことになった。

私はブラジルに住まわせていただいておりますポンコツくそ外国人でごぜえますのでちゃんとポル語が使えず何度か失礼な言い方をしてしまってそちらからしたらへそで茶をわかすほど生意気だったのですが、そこはメス豚以下のくされチンパンのパンパンのすることだとお思いになって平にご容赦いただき、あの件がどうなっているのか恐れ入りますがご一報いただけませんでゲスでしょうか?ゲヘゲヘ。

(※感情的になっているため行間を卑屈に読み意訳してお送りしております。)

というようなことを書いていて、

なんで向こうが悪いのにこっちがへりくだって謝らなければいけないんだ!ふざけんな!ひき肉にしてやんぞ!!と憤懣やる方なく激しい怒りを弟にぶつけてみたが(迷惑)、これはブラジルのやり方だから、と下がり眉の弟に諭されてしぶしぶその文面を送った。

 

そこまでしても、返事は来ない。

 

そんな状態なのでその後また弟に付き添ってもらい消費者センター的なところに行ったのだが、手続きが煩雑で簡単になんとかなる気配は無く、

誰かに頼らなければ外国でまともに正当な主張すらもできない自分の小ささをかみしめ、

もうこれ以上弟の手を煩わせるのもはばかられたのともう他に手段を見つけられなかったので、結局そのままになり泣き寝入りすることになってしまった。

店は実際に発送しているので根本的には悪くは無く、悪いのは品物が配達される中のどこかで

「お、これ新品のスマホの小包じゃん☆ラッキー、誰も見てないし、盗~ちゃお♡」

 てな感じで盗んだと思われる悪いやつなのだが、

客先に届く前に紛失してしまったのは明らかなのだから、やはり店側がきちんと対応し補償してしかるべきであると思う。

 

ダジャレIT牧師から実は購入前の相談の際、届かないなどのトラブルがままあり、それを解決するのはブラジル人であっても死ぬほど面倒くさかったり大変なので、実際に泣き寝入りしている知人もいるとの話は聞いていた。

だから購入慣れている牧師が親切に代わりに買っておいてあげようかと提案してくれたのだが、今さら後悔してもあとのサンバカーニバル(楽しそう(泣))だ。

大きい有名なディスカウントストアのネット販売であっても、代金を支払った店頭でも、電話でも問い合わせの窓口は存在せず受け付けてもらえず、下請けと思われる苦情専門の会社へもメールでしか連絡をとることはできないし返事も来ない。

どのケースでも返事が来ないなどとは考えにくいが、こういうシステムややり方はブラジルではわりと一般的で、めずらしいことではないようだ。

携帯やインターネットの解約なども猛烈に煩雑で、少し前までは店頭で解約ができず、クレームも一切受け付けず、電話を通してしか問題を解決することができなかった。(今は店頭で解約できるようになったもよう)

店内にクレーム用の無料電話が設置されているのを見たときは力が抜けた。

店員さんはクレームと判断するとその話はここでは受け付けられません、と頑として譲らない。

でも大丈夫!ほ~らここに無料でクレームができる専門の電話があるからいくらでもクレームができるよ!と案内してくる。

もうなにがサービスであるのかというこの、根本的なサービスという概念のゆらぎ。

またその電話がなかなかつながらず、つながっても話すのに何時間もかかったり、確認のため何度も一度電話を切って調べてまたかけ直すから待っていろと言われなかなかかかってこなかったり、突然に途中で何度も電話が切れたりする。

一説によると、クレームの気概をくじくためにわざと切ったりするとかしないとか。切れてしまうとまたつながるまでに時間がかかる上、別の人が出てまたいちから説明しないといけないので面倒がらせあきらめさせるための作戦だという。

以前急にひと月だけあり得ない額のインターネットの料金を請求されたことがありクレームを入れた時は何度も途中で切れたり(電話)キレたり(自分)しながら実質通話時間3時間以上も費やさねばならなかった。

それがやつらのやり方なのだ。

 

 

ポルトガル語の先生に衝撃の事実を突き付けられ呆然とし、

「よくもぬけぬけと「品物が無くなりました」てだけのメールを送って寄越しますね!!!!しかも誰かが仕事中パクッたって、、、」

「この国はバカなの?!バカの国なの!!!!??」

と先生の前で怒りにまかせて暴言を吐くと、

「バカなんじゃないの、この国は泥棒の国なの。」と言う。

自分の国なのにひどい言い草である。

私はこのころ立て続けにこういった目に遭ったり騙されたりしていたところだったのでひどく傷つき乱暴な気持ちになって、

「そういうブラジル人は一人残らず全員アマゾン川に流してしまえ!!」

と興奮しまた悪態をつくと、

「アマゾン川にはポロロッカという大潮による逆流現象があって、いくらアマゾン川から流しても海までいかずどうせみんな戻ってくるだけだから無駄だよ」

と冷静に返された。

 

ぎゃふん。

 

 泣いてもわめいても、良くも悪くもブラジルの現実は現実としてそこにある。

理不尽なことばかりに思えるが自分で選んでブラジルに住んでいるのだから適応して生きていかなければならない。

ブラジルのたくましさと自然のおおらかさを私も少しは見習うべきなのか。

 

 

 

 

ブラジルのラブホテルに泊まる

昨日ラブホテルに泊まりました。

おっと、誤解しないでいただきたい。

残念ながらなんら色っぽい話ではない。

 

なぜならば、

 

ひとり

 

で泊まったからだ。

 

私は高校の友人であるQ子により命名された“忘れんぼ大将”という異名を持つほどの年期の入ったうっかり者である。

お笑い界でいえば欽ちゃんレベルなのだから忘れ物界では相当の大物だ。

私の住むところには朝から夕方まで門番がいるので(日本の友達に、どこ住んでんのいったい門番て?城?、と聞かれたが、こちらのマンション・アパート等には門のところに常駐している人がいて開けたり閉めたり開けたり閉めたりしてくれるのが一般的である)、その時間内は門の鍵を使う必要が無いため、鍵を忘れて家を出て気づかないままになることも多い。

 

友人たちと飲んでほろ酔いで家の前に到着し鍵を探すも、どこを探しても鍵が見つからない。

どこかで落としたような場面も思い浮かばない。

出かけるとき急いでいたのであまり覚えていないが、焦って部屋のドアに鍵を刺したまま出てきてしまった可能性が濃厚であると判断した。(門の鍵も部屋の鍵と一緒にしている)

 

実は今月既に一度鍵を洗面所に忘れて出かけてしまったばかりである(2週間ぶり・2度目)

その時は帰宅しようとした時間もそんなに夜遅くなかった為、たまたま門の前の道でケーキを売っていた見ず知らずのカップルに、ここの門を入る者がいたらこの紙を渡してくれ、と、理由と電話番号をしたためた紙を用意した後、やけくそでカラオケに行って熱唱している間に同じ宿泊施設に住む人が帰宅しその紙を見て連絡をくれ、鍵を開けてもらうという離れ業でなんとかしのいだのだ。

おっちょこちょいが原因で日常的に困った場面にちょいちょい出くわすので、そういうときなんとかするためのアイディアをひねり出す能力が異常に発達してしまっている。勝率は8割程度だが、追い詰められた時の自分のとっさの機転には我ながら感心だ。

だが昨夜の帰宅は23時を過ぎており、道でケーキを売る人どころかほとんど人通りが消えかけている時間になっていた。 

2週間前に使った手は今回は使えそうにない。

同じところに住む他の住人たちとは挨拶や軽い立ち話くらいするときもあるが、個人的な付き合いはないため連絡先を知らない。

いくつかの部屋の窓から電気がついているのを確認できるも、門の外からはかなり距離があり、叫んだところで気が付いてくれる可能性は低い感じだし、正直みなさんの名前もうろ覚えだ。

こんなところでクールな都会における若者たちのかかえる孤独の闇が浮き彫りにされるも、今はそれについて深い考察をしている場合ではない。

門をよじ登ろうとしたり、試しにインターホンを押してみたものの各部屋にまでコール音が届くように設定されていないのでむろん何の反応も無く、そうこうしているうちに午前0時近くなってしまった。

疲れていたし友人の家にこの時間から泊めてくれと頼むのも気が引けたので、もう家から1分のところにあるラブホテルにひとりで泊まって一夜を過ごすことに決めた。

 

いくら鍵が見つからないからといって、通常外国でラブホテルにひとりで泊まるという発想はそこいらの素人ではすぐ出てこないであろう。

実は私には前科があるのだ。

以前日本から友人女子2名がカーニバル時期にブラジルに来た際、普通のホテルは満杯か猛烈に高かったため、一般客も受け入れていたラブホテルに泊まったところを訪れたことがある。

そこでは小さな子供連れの夫婦なども利用しており、TVをつけるとのっけからアダルトチャンネルが映ることとコンドームが枕元にセッティングされていることを除けば、あまり普通のホテルと変わりはないか、むしろそこらのビジネスホテルに泊まるより廉価でサービスも良いということを知った。

カーニバル時期でなくともひとりでも泊まることが可能であるということも。

(ただし娼婦と客のトラブルに巻き込まれる危険もあるので注意が必要とのこと)

 

そしてついにはリオに自分が出られるサンバチームを探していた折に、目を付けたチームの最寄りのラブホテルに数回泊まった。

コパカバーナや中心街ならいざ知らず、郊外の貧民街にほど近いサンバチームのそばに普通のホテルがあるはずも無く、チームの練習が終わるのは夜中過ぎになるので、できればすぐさま熱いシャワーを浴びて大きいベッドで眠り、練習とサンパウロからの移動の疲れを癒したいと渇望した。

リオーサンパウロ間はバスで6時間~、ドアードアで7,8時間くらいかかる。練習の後にタクシーで中心街まで移動しビジネスホテルに泊まるのは金銭的にも肉体的にも負担が大きい。苦肉の策として何度かひとりでラブホテルの門を叩いたのだ。

 

それは友人のヤスミンちゃん(私の彼はバンジードの回参照)が出会った当初に何かというとラブホテルを使用するように薦めた影響でもある。

私がヤスミンちゃんの友達夫婦と待ち合わせをする際、迎えに行くまであと2,3時間かかるからそこにあるラブホテルで待っていろ、という指示を出して来たり、

ヤスミンちゃんの家に泊まらせてもらっていた時にブレーカーが焼き切れて停電した際には夜中に車を飛ばしてラブホに連れていかれたり(部屋は別)、

また、私の日本人のゲイの友人と待ち合わせた時も時間に遅れていたのでそれまでラブホテルで待っているようにと告げていた。

まだあまりブラジルに慣れていない日本人が治安の良くない地域でひとりうろうろするのを心配したせい(あときっとめんどくさかったせいw)だと思うが、はじめこそドギマギしたものの、彼女の教えに従っているうちに私もひとりでラブホテルを利用することにすっかり抵抗感を無くしていった。

 

あまつさえカーニバル本番当日の出番を終えた後の混乱の中、着替えと家の鍵を預けていた人物とうまく落ち合うことができず、ブラジャーの中に忍ばせておいたなけなしのお金をかき集めて、

「こんな恰好でなんなんですけど、これで泊まれますか~?」と、

ピエロ風の個性的な装いにミニスカートを合わせ大胆なカットの襟元には大きなポンポンをあしらってみました☆的な衣装とギラギラの化粧のままでラブホテルに直行し泊まったこともある。

 

かように私とブラジルのラブホテルとの関係は深い。

 

私がとうとう日本に本帰国することになったその日には帰りの飛行機の中、

自分脳内体育館において自分主催、たくさんの自分卒業生や自分校長先生、自分在校生代表や自分親を出席させ、大々的に自分ブラジル卒業式を開催することになるはずであるがそこでは、

 

心に残った思い出のトピックスとして

(立ち上がって)自分A「ひとりで泊まった」

(立ち上がって)自分B「ラブホテル」

全員「ラブホテル―」

というくだりはきっと欠かせない見せ場のひとつとなるであろう。

 

 

 

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鍵~

 

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廊下~

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ベッド~

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テンションあがってひとりで宴会~

夜食を買い込んだ、すき家~(すきや~)

3つ飲み物があるのが、他に誰かいるみたいで怖かったこと~(こわかったこと~)

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部屋~

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意外に悪くなかった、朝食~(あさめし~)

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朝っぱらに入った、泡風呂~(あわぶろ~)

 

 

門番がとうにいる時間を見計らって翌朝なんなく家に戻る。

何にもしていないのにホテルから出るときはちょっと後ろめたい。

 

鍵はやはり部屋のドアに刺さっていた。

 

 

リオ五輪への道

あなたがどうしてもオリンピックに出たいとして。

子供の頃から野球や柔道、卓球に体操と日本人でメダルを取れそうなメジャースポーツをやってみたもののどれもぱっとせず、

戦略を変えマイナースポーツにチャレンジしてみるも例えマイナーであっても自分の平凡な運動神経では到底太刀打ちできないという現実にぶちあたり、

それなら運動能力だけではなさそうな種目に目をつけるものび太のように射撃の才能が開花するなどということも特になく、

試行錯誤を続けた結果、もう年齢的にも何かスポーツを極めてオリンピックに出るというのは無理なんじゃないかと聡明なあなたは気が付いてしまった。

しかし、どんな形でもいいからオリンピックに関わりたい、もうボランティアでも交通整理係でも構わない。

そんな世界中に12000人いると言われているオリンピック出たがり指数・君は1000%のあなた!

そんなあなた&カルロストシキに超朗報です!!

東京五輪?

ノンノン!!

即近のあのオリンピックがあるじゃないですか!

そう、ブラジルは、リ・オ・デ・ジャ・ネ・イ・ロ・ゴ・リ・ン♡

リオ五輪は今年の8月に開催される上、なんとまだボランティアスタッフを募集しているのです。

そしてなんと開会式などのイベントには通算12000人(ヤダ偶然)のダンサー参加者を募集しています。

しかもこれ、スタッフじゃありません。1万二千人全部が出演者ですよ。

延々と去年からオーディションをやっているのですが、ブラジルらしいことにいろんなことが超遅れてる♡

そんで、ぜんぜん演者の人が足りてない♡

まだ4月29日、30日、5月1日と最後のオーディション(本当に最後なのかな?クスッ)をするのでどしどし応募してね!という情報を入手しました。

条件は、16歳以上(2016年5月1日時点)という一点のみで、外国人でも老若男女なんの特技も経験も無くても誰でも参加できるという太っ腹具合なのです。(ポルトガル語ある程度わかる人、とか練習数回は出られる人とかの詳細はあるので各自チェックしてね)

 

えー、じゃあいっちょ私も(リオデ)ジャネっちゃおっかな♪というふうに、

ご興味を持たれた方はご応募されてはいかがでしょうか?

(私はオリンピックの関係者とかじゃ全然ないので、私に問い合わせはしないで♡)

https://cerimonias.rio2016.com

↑申込みはこちら



ネズミと住んでいるところの人たちとの攻防  

リオの洪水からしばらく筆を絶ってしまっていたのは、前回体を汚水に浸したことによって伝染病にかかりすっかり体調を悪くしたため

 

という訳でも特になく、

なんとなくのらずに放置していただけなのだが、

 

サンパウロに戻り日系人の友人と歩いているときに道路の脇に結構でっかいドブネズミを見つけ、

私『うわー、ほら、ネズミ!あそこ!!うわっ!ぞわっ!!!』

友「あ、本当だ。でも私はわりとネズミって好きよ」

私『えー、でもコイツけっこうでっかいよ?それにビジュアルはともかく、こういうネズミは危ないじゃん、ネズミが介する病気とかたくさんあるんだよ!?』

友「へえ、そういうの嫌なんだ?リオであんな水の中歩いてるから気にしないのかと思った」

私『………』

友「あんな洪水の水ネズミのおしっことかばい菌でいっぱいだよ」

私『………………』

友「そんなのみんな知ってるから誰も水の中歩いてなかったでしょ?」

私『………………………』

 

ということがあり、冒頭で述べたように本当に体調を崩す可能性もあったのであった。

言われてみればもっともで、ブラジルでは普通の道路を歩いていてもゴキブリが横切るのはそう珍しいことではないし、

日本よりも数倍不衛生で汚染の危険性が高いことは少し考えれば思い至りそうなことであった。

これを読んでいるみなさんもきっと週1ペースでブラジルで洪水に遭ったりしてる方ばかりだと思うので、そんな時はくれぐれも注意していただきたい。

 

レストランから出るときに背中に注がれたと思った熱い視線は、勇者をたたえるものではなく、

あいつ、バカじゃね?病気になっても知らんよ?

という侮蔑の視線だったのだ。

勇者のつもりがとんだドン・キホーテだったわけである。

 

 げーきやーすじゃーんぐるー(じゃんぐるだ)

というようにドンキのテーマ曲を力なく口ずさみながらしばらくしょんぼり暮らしていたのだが、

せっかくなのでここで私がなぜネズミが嫌か、について触れていきたいと思う。

 

実は今住んでいるサンパウロの家にはネズミが出る。

サンパウロでの家というか部屋はひとり用だがバス・トイレ・キッチンは共同の日系人向けの施設に住んでいる。

日本のみなさんには説明しにくいのだが、公民館のような施設にたまたま部屋がついているので片手間で貸している、そんなイメージだろうか。

現在は管理している人も、掃除をする人も、住んでいる人たちも私の他はみんな男性なので、あんまりきれいではなく杜撰な男所帯といった体であるのだ。

その台所にときどきアレが出るわけだ。

水回りが汚いのは特に気持ちが悪いので始めは結構掃除をしていたのだが、

なんで他の人が汚したところを私がいつもきれいにしなきゃいけないんだ?私は掃除婦じゃねえ!!タンメンはねえ!!!

と何度も心の中でぶちギレた経験上、

自分がキレないですむ範囲内に収めるためあえてなるべく他人のしたことについては掃除をしないようにしていた。

 それでも食べ物のカスなどが放置してあるとアレや虫が沸くので、しぶしぶながら最低限の片づけは行っていた。

 

私は台所の目の前の部屋に住んでいるので、アレが部屋にうっかり入ってきてしまったらどうしようだとか考えると夜も眠れない。

夜中にトイレに行くときなどアレが驚いて素早く冷蔵庫の後ろに逃げたりするので、

こっちも不意を突かれて飛び上がって驚いたりしてしまい心臓に良くない。

絵にした場合アレの後方に汗のマークが飛び散っているような大仰な驚き方をされる。

こっちのほうがびっくりだというのに。

 

びっくりするだけならまだ良いが、やはり一番心配なのは伝染病の問題だ。

台所が不衛生なのはとても気持ちが悪いが、さらに病気までついてくるなんて本当に一刻も早くなんとかしなければならない。

 

だが、老獪なネズミたちは暗いところを好むため事務所の人がいる昼間は出てこない。そのため誰にもなんとかしてもらえない。

自分でなんとかしようと思っていろいろと調べ、スーパーでアレを殺す薬を見つけたときは手に取ったまましばらく固まり暗い瞳で数分間見つめるほどに思いつめたが、

天井裏やら冷蔵庫の下なんかで昇天された日には気づかないうちに虫が沸いたりと2次被害がはんぱないとの情報を思い出し、すんでのところで踏みとどまった。

 

直接事務所の人に、ネズミが出るのでネズミ捕りをかけてください、と声をかければいいのだが、ぶっちゃけ私は事務所の人との折り合いが良くなく、こういうことを言ってクレームと受け取られた過去があるので直接話をしたくない。

 

毎日台所の小さな物音にもおびえ、他の住人が料理の生ゴミを流しにそのままにしていると言っては怒り、床のアレのフンを不注意に誰かが踏んでつぶして床中にこびりついているのを見て発狂する。とうとうガスレンジ台の上にまでアレのフンを見つけた時は卒倒しそうになった。もうこんなところで料理なんて一切したくない。

だが事務所の人たちとは折り合いが悪いので、どうしても話をしたくない。

 

そして、私は気が付いてしまった。

アレのフンを不衛生で気持ち悪いからといって私が掃除をしていると、いつまでも事務所の人にも他の住人にもアレの存在を気が付いてもらえないことに。

その日から我慢比べのような日々が始まった。

 

そう、それは、自分との闘いだったのかもしれない―――。

 

つまり一切掃除はせずに放置をしておくのだ。

みるみるうちに台所にはアレのフンが散見されるようになった。

だがアイツらは主に端っこや陰になったところ、スキマなどにフンをするので、事務所の人の使う電子レンジへ向かう導線にはフンは無く、誰かが気が付いたような気配はまったくない。

何日も台所を使えず、夜はちょっと部屋の外に出るのにも怯えて暮らす私のイライラはすでにピークに達していた。

 

ええ、追い詰められて、思い詰めてしまったんだと思います。。。

いつもはそんなことをするような子じゃないんです。本当です。

でも、あの子は子供のころから少し真面目すぎて周りが見えなくなるところがあるから。。。

 

 夜中にでっかいアレと小っちゃいアレの少なくとも2名の出席をこの目にはっきりと確認した翌朝、とうとう私は覚悟を決めた。

 

カラーリング剤についていたビニールの手袋を二重にして嵌め、台所、廊下付近に人気が無いのを確認すると、腰をかがめアレのフンをつまみあげ、廊下から電子レンジへの導線である床の上におもむろに移動させ始めたのである。

たいそう天気の良い気持ちの良い朝だった。

台所の窓から明るい陽射しがさんさんと降り注いでいる。

なんでこんな朝っぱらからこそこそと犯罪者のようにネズミのうんこをちまちまとつままなければならないのか。

考えると泣きそうだが、気が付いてもらうにはもはやこれよりほかに手はない。

事務所の人は少なくとも弁当を温めにお昼に必ずここを通る。

その時におびただしいネズミのフンを見たら、きっと改心?してくれるはずである。

そのチャンスに懸けるしか無いのだ。

ネズミのフンが不自然に固まらないようにバランスの良い間隔を考えて「ここちょっと少ないな」などと追加で散りばめたりするアートな感覚も発揮しつつ、

ついに誰にも見とがめられず任務を遂行することができた。

一番情けないのはそれを誰かに見られたときで、いったいどういう言い訳をすれば良いのか、気が違ったと思われるのは必須で今想像してもゾッとする。

 

だが私はとうとうやり遂げた。完全犯罪だ。

 

 

当日どうなったか期待しながら仕事から帰ると、そこにはネズミ捕りが設置してあった。

 

やった!私は勝ったんだ。。。!!

 

そしてさらに翌日の朝、ドキドキしながら台所を通ると、ネズミ(小)が捕まっているではないか。

おお!早速か。やっぱり小さい子は経験が少なくて頭があんまり良くないからすぐ捕まるんだな、ま、上出来上出来。

とほくそ笑んでいたのだが、

事務所の人はそれで満足してしまい、ネズミ捕りの設置を取りやめてしまった。

「違う、、、もっと大物が、まだ、、いる、、、」

と、言いたいがその頃には折り合いが悪すぎてビール瓶で頭をかち割り合ったりするほど関係が悪化していたので(ウソ)やはり自分からは言い出すことはできない。

 

私が移動させたフンはことごとく掃除されてしまった。

また、いちから始めないといけない。

 

しかし大きいネズミはやはり頭が良いようで、不用意にフンを人が来そうなところに残したりしない。ネズミ(小)が捕まったせいで警戒しているのか、それからしばらく見かけなくなった。

 

かと思えば数か月後またフンが台所の隅に落ちていたりする。

さすがねずみ講と言うだけあって、何度か新たな小さいアレも見かけるようになった。

ので、白状するとここ数年でさらに2ターンほど同じようなことをやってのけた。

私の手は殺人者であったならばすでに血まみれである。

 

数か月出てこないのでもういないと油断していると夜中に台所の窓へ向かい床から壁をよじ登っていくネズミ(大)に鉢合わせたりしてギョッとする。

 

つい最近もまた台所の端にアイツらのフンらしきものを見かけはじめた。

 

やれやれ。

どうやらまたあれに手を染めなければいけない季節がやってきたようだ。

 

あと2か月もしたら私はここを出て行くことになったので、

きっとこれが最後の完全犯罪となることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洪水のリオ

このブログは始めたばかりで読者などいやしないのだが、読んでくれた友人に『写真が少なすぎる』という指摘を受けた。

そのことも考慮して今回は昨日遭遇したやや珍しい体験を写真とともにご紹介したいと思う。

 

雨が降り始めた。

ちょうどおなかも減っているし近くを通りかかったので、

雨宿りがてらリオ・デ・ジャネイロの、コパカバーナと中心街の間のカテチというまあまあ良い地域にある私のお気に入りのレストランに入った。

到着するやいなや、雨はものすごい豪雨となった。

台風のような豪雨であるので、いくら傘を持っていてもそう易々と帰ることはできない。

夕食は食べ終わったが、ウェイターさんが『ビール三杯飲んだら一杯はタダだよ』という殺し文句でアシストしてきたため、ビールを飲みながら雨が止むのを待つことにした。

しばらくすると店員がばたばたしはじめ、掃除を始める。

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雨漏り?

 

かと初めは思ったがどうも水びたし具合が尋常でなく、奥まったところにある私の席のすぐ手前まで水が迫ってきている。

どういうことかというと、外はこういうことになっていた。

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普段の光景をみなさんご存じないので伝わりにくいかもしれないが、川のようになっているところは本来は道路であるべきで、流れてくる右奥の黒いごみ袋がベタな昔の漫画のようだ。

 

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雨は止んでもみんな帰れない。

 

つまりレストランは雨漏りではなく、床上浸水をかきだす作業を総出でしていたのだ。

3杯目のビールもとっくに飲み終わっているが、これでは帰る気にならない。

 

出口のお姉さんに、いつ水が引くのか一応聞いてみる。

『わからない』

そりゃそうだ。

さらにしばらく待つが、水は引く気配もなくこれはらちが明かぬと勇気を出してお会計をすませて出口へ向かう。

ほとんどのお客は食事を終えているが、私以外に帰ろうとするものは誰もいない。

民衆(レストランにいる人)たちの期待と興奮の熱い視線を背中に感じる(ような気がする)。

 

あいつなら、きっとやってくれるさ―――――。

 

勇者の誕生である。

 

出口から外を見、

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いや、やっぱこれ無理だわ

 

と戻りかける。

戻りかけるが、なにしろこっちは民衆の期待を一身に背負っている身なので後には引けず、

まずは水がどの辺まで来ているのか足を入れてみる。

特筆すべきは、本日履いてきたサンダルはおろしたてであったことだ。

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『このサンダルは今日初めて履く新品なんだよ!ひどくない?!』

持って行き場の無い気持ちを出口のお姉さんに一応ぶつけ、ついでに写真を撮ってくれと頼む。お姉さんは愚痴っぽいジャパニーズガールのイカれた注文にも快く応えてくれた。

 

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サンバダンサーの職業病で小指が立っているのが多少気にはなるがそれはさておき。

これならなんとかイケそうだ。

今日は短パン履いてきててよかった。

ジーパンなど履いてきていたらダメージがハンパない。(あ、なんかヘンにかかってしまった。)

 

 

この水の中を歩く剛の者はやはり私以外にいない。

駅まで5分の道のりがとてつもなく遠い。

急に段差があったりするので慎重に歩かねばならない。 

 

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ごくたまに車が通ると引き波にあおられて短パン下ぎりぎりまで水がくる。

 

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隣のバーにいた人たち

 

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応援される

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水上バス(ウソ)

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手前のごみ箱とよく見ると駐禁をきられている車が悲しい

 

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スーパーマーケットの帰れない店員たち

 

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帰れないと見せかけて脚を宙に浮かせるエクササイズで体を鍛える人たち(ウソ)

 

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どんどん水位が上がっている気がする。

 

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もうなんかキラキラしてきた

 

やっと駅に着く。

 

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改札付近と外があんなことになっているのであきらめて座り込む人たち(奥)

 

 

 気がつけば帰るのにずいぶんと時間がかかってしまった。

 

昨日は友達みんなとショーを見る予定であったのだが、

 

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やっと会場に着いた時、ショーはとっくに終わっていた。

 

 

蛇足だが、リオという単語はポルトガル語で『川』という意味もあるので、川(リオ)のような洪水となったリオ(地名)、というダブルミーニングのなかなか良くできたタイトルであることもここに記しておきたい。

 

 

 

 

私の彼はバンジード その後

ある日ヤスミンちゃんが例の彼氏を紹介すると言ってきた。

彼がバンジード(ギャング)を仕切るためにバイリ(ここでは貧民街の山の上で開催されるファンキという音楽のフェスタ)にいるので遊びに行こうと言うのだ。

joe.hatenadiary.com

 

今で言う黒い交際となるわけだが、その時は何も考えず従った。

ヤスミンは若干女王様気質のきらいがあり、そもそも私にあまり口をはさむ権利は与えられていない。

彼女は決して意地の悪い嫌な人間ではないのだが、ポルトガル語がうまく話せない引け目や世話になっている立場上、

私の方も必要以上にへいこらしてしまう。

彼女は美しく良い仲間に囲まれていて友達でいられることが嬉しいので、つい卑屈に気を回し下僕のように尽くしてしまうのだ。

 

バイリに着くとバーの店先外のテーブル席にギャングスタイルファッションの男たちが固まってビールを飲んでいた。

ここでは誰がバンジードかすぐわかる。

だって、

背中に銃を背負ってるからね。

銃のことに詳しくないのだがルパンや次元が愛用しているようなサイズのものではなく、

マシンガンと言われるようなものか猟師がイノシシを撃つような長めのタイプのそれで、

その一番奥で偉そうにしている小太りの小男が、ヤスミンちゃんのミンミンちゃんだという。

白い肌が少し荒れ気味だが、ぽちゃっとしていて私たちに気が付いて向けた笑顔が意外に幼くかわいいと言えないこともない。

日本人の友達がいることは彼女から聞いていたらしく、じゃーぱー!と言いながら抱きついてくる。

肩越しの銃口が鼻先にひやりと触れるのを感じながらも私も抱きついて挨拶を返す。

 

関係ないが彼女の男の趣味は悪い。

というか、まったく面食いで無い。

昔の旦那さんや彼氏など数人見てきているが、どれも微妙というかあるかなしで言ったらなし、というか、

はっきり言うとブサイクだ、と思う人とばかり付き合う。彼女はおしゃれでかわいいのに。

それでその男たちが誠実なのかと思えば、保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)似の彼と付き合っていたときは、彼女と付き合ってるその間に昔の彼女との子供ができて、、、とか、

みのもんたのときは別の若い子と浮気されたとか、そんなんばっかりだ。

ブラジル人にそういう不埒な男性の比率が高いということなのかもしれず、それは彼女だけの問題とも言えないのだが。

 

話を戻すと、彼は彼女や私にはとても優しく接してくれ楽しい時間を過ごしていた。

バンジードとかいっても案外いい奴じゃん。

 

そう思いながら、あ、ビール買ってきまーす、なんて言って近くのビールを売ってる店のカウンターへ行き、

お父さんの店の手伝いをしている10歳くらいの子の手が空くのを待つ。

店は飲み物を買う人で大混雑しており、こんな夜中に子供なのに働いてて偉いな、なんて思いながらぼーとしていると、

横からその子供の首をX字にズダン!と締め上げる者がいる。

 

………奴だ。

 

ヤスミンちゃんのミンミンちゃんはいつの間にかビールを求めて私のすぐ横に来ており、

子供だからか彼に気が付かず少しばかり待たせたのに気を悪くしていきなりその子の首を締め上げたのだ。

子供はびびりすぎて言葉もなくやっと500ミリの缶ビールを2本差し出すと、

彼はお金を払うことも無く強奪していった。

 

ワルや。ホンモンや。。。

 

豹変する態度もキレるまでのスピードも子供といえども100パーで行く容赦のなさも、間違いなく堅気でない人の迫力だ。

大人であれば彼がバンジードであることを認識するや優先してビールを差し出す、もちろん無料で。

それが当然のこととなっていたのであろう。

また席に戻ると楽しげに笑顔を見せるのだが、私はやはりどきどきしてしまった。

私たちには身内扱いなので悪さはしないが、そういうところで生きているひとなんだなあ、ということを目の当たりにしたわけだ。

 

結局ヤスミンちゃんと彼はほんの数か月で別れ、それから間もなく彼は警察によるギャング一掃キャンペーンによって追われる身となった。

別れたのは“彼がヤスミンを悪く扱った”からだそうだ。深くは追及しなかったが暴力をふるわれたとかそんなところだろう。

別れはしたがヤスミンは他に頼る人のいない彼に頼まれて彼の家のケアをしていた。

捕まらないように逃げ回っているので警察に取られたくないものを持っていかれないように見てくれというのだ。

なぜか私も一度、何かの荷物を取りに主のいない彼の家にヤスミンと行ったことがある。

今にして思うと何か事件に巻き込まれる危険性もあったように思うが(でもヤスミンちゃんは危険をいち早く察知し回避するタイプではあるのだが)

例によって私に拒否権はないので、彼の家までのこのことついて行った。

ファベイラの一角のそう広くもきれいでもない家の中はほとんどもぬけの殻で、目についたのは彼がペットとして飼っていたでっかい毒蜘蛛の入った水槽と、英語の教材のDVDの20巻くらいのセット、それだけだった。

 

小さい頃から学校にもろくに行っていないであろう彼の家に残された英語の教材。

他のブラジル人の友達に言ったらそれはきっと盗品だよ、たまたま家にあっただけだよ、と言われたし、その可能性も高いと思う。

だからこれはセンチメンタルな妄想かもしれない。

でもヤスミン曰く、彼はアメリカに憧れていたようだった。

想像もつかなくらい悪いことをきっといっぱいしてきた彼が、

いつか海外に出たいと夢見て、そのために英語の勉強をしようとしてそれだけは警察に持っていかれないように大事に取っておいたのだとしたなら、、、

 

なんだかちょっと悲しい。

 

 

しばらくして彼は捕まり、遠い町の監獄にいると聞いた。

 

 

なんだかちょっとせつない。

 

 

 

 

 

最弱の弟

弟ができました。

妹が結婚して義理の、とかじゃありません。

ブラジルの、心の兄弟です。

 

彼はサンパウロの家の近所の日本語学校に通っていて、私の提案した語学をとっかえっこして勉強し合わないかい?という趣旨の会にひょっこり顔を出しに来たのが弟となるきっかけだ。

まだ私に出会う前、日本に2か月ほど旅行に行った時に日本人の彼女をつくって戻ってきており、ただいま絶賛遠距離恋愛中である。

頭がお花畑である彼は、その彼女が良く使う“にゃー”という発音がブラジルと違うといたく気にいって四六時中にゃーにゃー騒いでおり、そこらへんの女子に“にゃー”と言ってみろ、と強要し、言ったら言ったで、「チガウ!やぱりサッチャンの“にゃー”のほうがカワイイ!!」

とダメ出しをしてきたりするので特に女子たちの間で評判が悪い。

奴は23歳の白い肌に栗色の髪のれっきとしたブラジル人だが、稀に見るブラジル人ぽくない男だ。

身長は190cmもあるのだが細身で、おなかだけがちょっとぽっこり出ている。

何かに似ていると思っていたが、数回目かに会った時レゴの人形に似ているということに気が付いた。

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赤もイイセンいってるが、緑の服のがより似ている。

 

さらに言うと目が中心に寄っているきらいはあるが、かっこ悪いというわけではない。優しい性格なのも相まって日本に行ったらかなりもてるであろう。

柔和な性格が上質なアロマのように顔から雰囲気から醸し出され立ち昇っており、共通の友人はみな始め彼を間違いなくゲイだと思ったという。

大学を卒業し、働いていないのに良い身なりをしていて金払いも悪くないので、みんなでたまに“おぼっちゃまー”と呼んでいる。すみま千円ともだちんこのほうではなく、リアルおぼっちゃまくんとしての呼称だ。

そうそう、ともだちんこで思い出したのだが、ここだけの話、彼の二つある大事な玉のひとつにはシリコンが入っている。

見栄っ張りだから大きく見せようとして

とかそういうんじゃなく(玉だしね)、

年末に腫瘍が見つかり緊急手術をしたのだ。

幸い手術は無事成功し、玉の中身を腫瘍とともに取り出した代わりに、歩行中バランスを欠いて角をうまく曲がれなくなったりしないため(かどうかは知らないが)中身の空いた袋にシリコンボールを詰めシリコンボーイとして生まれ変わり、奴は再び私たちの前に現れた。

そういう理由でそんなところにシリコンが入っているとはちょっと不思議な感じがする。

さっちゃんは今度彼に会った時にどんな具合なのか確かめて私に報告をください。

 

ある日、友人グループ10人ほどでご飯を食べていると、

「ねえさーん、助けて~!」

と席が離れたところに座っていた弟の呼ぶ声がする。

その声のするほうへ顔を向けると、

 

ささくれ

 

ができた指をかかげながら情けない顔で

「た~す~け~て~」「い~た~い~よ~」と

しつこく助けを求めてくる。

 

ささくれで心の姉と言えども女子に助けを求めてくる男なんてはじめてだ。こんなのはじめて。

 ささくれは確かに気にはなり不愉快ではあるが、怪我ランキングではとふかづめと競って僅差で最下位、というレベルの怪我ではなかろうか。

 

 

 

弱い。弱すぎる。

 

 

 

と、まあいろいろ書いてはいるが彼はとても心が優しくてピュアないい子だ。

英語もペラペラ、実は頭も良く、

「ブラジル人は底抜けに明るいと言われているが、それは見せかけだけで本当はとても暗くナイーブな面を持っている」とたまに冷静で突き放した考えを述べたりする。

(私もそう思う。)

ブラジル人のやり方なのか抜け目が無かったり、なんかそれあなたにだけ都合よすぎてちょっとずるくないですか?と日本人には感じられるような人も中にはいるが、彼に関して言えばそういったところは皆無である。

実の妹以外の悪口は聞いたことが無いし(妹のことはものすごくバカだといつも言うので、多分本当にすごいバカなんだろう)汚い言葉も使わない。

私にとてもつらいことがあったときは、長々と話を聞いてくれ、ほぼこれただの愚痴じゃね?と自分でも引くレベルに及んでもなお根気よく励ましてくれ、後日それについて謝り礼を述べると、

『大丈夫姉さん、弟だから

姉さんいつも楽しいをくれてありがとう!!』(原文ママ)

なんて返信をよこして胸をじんとさせやがったりする。

こんなに純粋で、よくこのブラジルで生きてこれたよな、と感動を覚えるくらいである。いくらそこそこ裕福な家庭に育っても、さすがに大の男が23年も生きてくれば、必ずどこかですれてくるものだと思うのだが。

 

あんまり彼がのほほんとしているので、

「あなたの生きてきて今まで一番つらかったことは何か?」

と聞いてみた。

 つらかったことなんて今まで無いんじゃないの~?と失礼な冗談でからかうと、

僕にだってあるよ!!と憤慨し、しばらく考え込んだ。

 

まあ、そりゃあ彼にだって心の傷のひとつやふたつはあるだろうし、

そんなの急に聞かれても私だって答えられないよな、と思いながら待っていると、

やっと彼は重い口を開き語り始めた。

 

『小学生の時

 

 学校にビスケットを持っていったのだけど、

 

 それを誰かに黙って勝手に食べられたことがある

 

 それが一番悲しかった』

 

 衝撃の告白である。

 

「ねえ?本当に?」

「本当に、それ?」

「よく考えて」

「本当にそれが今まで23年生きてきた中で一番悲しかったこと?」

と何度も確認するも、

やっぱりそれが一番悲しかったことだと言う。

 

すごい。

すごいよ!!!!

ひとりの男性が、23年生きてきて、それがマックスて!

むしろそれほんとすごいことだよ!!!!!!!

 

彼の困ったようににやにやしている顔を見たら笑いが止まらなくなってしまった。

いや、いくらなんでもこれはまずいだろう。このままで今後無事に生きていけるのか姉さんはとっても心配だ。

 

でも、このことを想い出すと私はとても幸福な気持ちになって、

できればこのまま彼には一生、これ以上のつらいことが起こらないで、

いくつになっても彼の人生で一番悲しかったことが

 

ビスケットを食べられた思い出

 

だといいな、

と、心から思う。

 

 ブラジルの最弱で最愛の弟の話。

 

 

 

おかまのこども

あるあるだと思うのだが、最近とみに子供がすぐすごく大きくなる。(自分比)

近所の子供と「何歳~?」「6歳~」なんつって話したりしてると、

私のほうがブラジル長く住んでいるじゃないですか…!つーかあなた私がここに住み始めたころ存在してなかったじゃないですか!!

などとはっとする。

(しかも私より断然ポルトガル語がうまくて悔しい。生きてなかったくせに。)

 

ところでリオの家の近所にハファエルという男の子が住んでいる。

出会った頃はまだ6歳であった。

お父さんとおばあさんはコーヒー色の肌をしているが、彼は白い肌とさらっとした黒髪、そして大変整った美しい顔を持っており、

ひとなつっこく笑顔も愛らしく、おばあさんに連れられていつも私の所属していたサンバチームに来ていた縁もあって特別に可愛がっていた。

彼の家の前を通りかかった時にそこらをうろうろしてるのを見つけると話しかけ

ひとさらいのおじさんよろしく、

アイス買ってあげるから一緒に来ないかい?

と、可愛さのあまり喜ぶ顔が見たくて一緒にいたくて、食べ物で釣って買い物やプールに連れて行ったりしていた(ちゃんとおばあさんの許可を取ってからです)。

 

突然ですがここで、

こんな○○は嫌だ ~ブラジル人の男の子編~

・サッカーに興味がない

・外で男の子と遊ぶのはつまらない

・身だしなみをとても気にする

・きれいなドレスを見て目を輝かせる

・物腰がやわらかい

・友達は全部女の子だ

 

といった数々のヒントを彼はそんな小さなころからくれていたわけですが、

そして私はそういう友達が多い方で偏見はないつもりなのですが、

もう完全に出来上がってからお会いするのと(敬語)、その過程から目の当たりにするのは少し違うようで、

ねえねえ、本当に?本当に?君大きくなったら相当かっこよくなるよ?もったいなくね?

ま、でもまだどうなるかわかんないし確証があるわけでなしおばあちゃん子だし←?

…と、心の準備はしつつもどっちなんだろうという疑惑は常に葛藤とともに心にあったわけです。

 

そんな彼ももう14歳。

最近恋人ができたという噂を聞いて、ここがチャンスとばかりに

「彼女はどんな人なの?」

と聞いてみたら、

チ・チ・チ、と人差し指を小さく左右に振るゼスチャーをしながら

『彼女、じゃないよ、カ・レ・シ!!』

と、ウインクされちゃいました。

 

やっぱりね。

 

でも、

どっちにしても、彼が幸せそうなのでよかった。

 

 

私の彼はバンジード♡

以前リオの家の近所にヤスミンちゃんというお友達が住んでおり、

いつも家に入りびたり良く遊びに連れて行ってもらっていた。

その頃の彼女はまだ若く独身で元気だったので、アッチのほうもなかなかお盛ん(昭和的表現)であった。

彼女は20代ながらも結婚も離婚も3回していて、二人の子供もいたのだが、仕事の都合もあって子供は普段は自分の両親と暮らし面倒を見てもらい、まあ、遊び回ってもいた。

(彼女の名誉のために言うと、別にブラジルだとそういうこともままあるので日本でのように眉をひそめるようなことでもない。

彼女の家には週末に一緒に過ごすように子供部屋も用意されていたし、

彼女は一家の稼ぎ頭であったので両親としても子供は預かりますからどうぞじゃんじゃん稼いできてください、というところもあったので。)

 

余談だが、私が一度も結婚をしたことが無いと言うと彼女は驚いて、

まあ!私は3回もしてるのに、かわいそう!!とちょっと自慢気に、憐れむような目で見られ軽く友情にひびが入りかけたことがある。

そんなに何回も結婚も離婚もすんなよ、とこっちとしてはつっこみたいが、これも常識の違いであろう。

 

サンパウロから久しぶりに戻ったある日、ヤスミンに会うと彼女はこう言った。

『私の新しくできた彼って、バンジードなの♡』

私は当時バンジードという単語を知らず、

でも、彼女のちょっと誇らし気な様子から見てこれは何か素敵な役職の方なのだということは察し、

へえ、おめでとう!じゃあ彼は権力もお金もあるんじゃないの?いいわね!

とカンとノリだけで答えると、彼女も満足そうにしていたので今度紹介してくれるということになりその日は別れた。

家に帰った後で、そうそう、あの単語実はよくわからなかったんだった、

とBandidoを調べてみると、

一番始めに

 

 

 

 

泥棒

 

 

 

 

 

と記してあった。

 

泥棒?

 

どろぼう?

 

ドロボウ?

 

何度見返しても泥棒は泥棒だ。

泥に棒と書いての泥棒。お口のまわりのまあるいヒゲにハンチング、唐草模様がイメージキャラクターのあの人だ。

 

他の辞書も調べてみると、

 

盗賊

 

強盗

 

追いはぎ

 

ギャング

 

と、剣呑な言葉が続く。

 

……… マジか…。

 

どうやらその彼氏は近くのシマのギャングで、その中でも結構上の方の立場であったらしい。

 

 

………若かった日のことだ。

 

 

今は彼女は自分の家を建て、別の男性と4回目の結婚して一緒に暮らしている。

 

 

 

 

サンドラさんとの奇妙な友情3

貧乏人の住むアパートにはお金の無い、したがって、身もふたもない言い方をすれば、学も無く教育もきちんとされていない、よって常識が通じない人も多くいることとなる。

隣人夫婦の妻の家族は近所に住んでいるので情報が入ってくるのだが、男兄弟は全部犯罪者であるらしい。

それ自体がどうこうということは無いが、彼女の手癖の悪さは一部(サンドラさんと私の間で特に)有名で、私もいろんなものを借りパクされたり、お金を騙し取られそうになったりしている。

なので、サンドラさんは彼女とは立ち話はしても、決して家に入れない。

また、203号室に30代前半とみられる父親と息子(7歳くらい)の親子が住んでいた時は、初めは感じがよかったのだがしだいに家賃を払わなくなり、ずいぶん年上のサンドラさんを手籠めにして家賃をチャラにしようと企てたり、

断られると嫌がらせに自分の部屋の床や水道管を自ら壊すという狂った行動をとり始め、

よって水漏れで家が台無しになるのを恐れたサンドラさんの手によって水道の元栓から止められるという事件が起きた。

同じ階にある他の3部屋の元栓とともに、すなわち私の部屋もろとも。

小さい息子を逆手にとって、追い出せない状況で、水の一切使えない各部屋からは当然悪臭が漂い、私もそれにとばっちりを受ける形となり、40℃以上が続く真夏にノーシャワーなパンクな日々を経験することになる。

水を借りにいく友達の家々で、蛇口をひねって水が出るたびに感動を表すためにしていたヘレンケラーのものマネが板についてきたころ、

3か月ほど籠城した後でその親子はやっと出て行った。

細かく描写すると非常に汚い話になるのでここでは語らないが、

水が使えないというのは今皆さんが想像する50倍くらい辛いことなので、今後私に会う人はそのときの私を思い出して優しくしてやって欲しい。

そして、その父親の気持ちはまったく理解不能だが、そんな父親と一緒に生きなければならないその子のこれからの人生が幸福であるように祈りたい。

 

他にもひどいウソつきで暴力的な家族が住んでおりしかも家賃を何か月も滞納されて出て行かなかった際は、

禁断の奥の手として近くの山に行きマフィアにお金を渡し、銃を持って脅しに来てもらったそうな。

震えあがりころげるように家を出て行ったままその家族は二度と戻ることは無く、

荷物は後日親戚が引き取りに来たそうな。

この手だけは使いたくなかったんだけどね、、、とサンドラさんはため息をついた。

確かになかなかエグイ手を使いますね。とは思うが、

女ひとりだととにかくなめられるので、ここの現実ではそういう手を使わなければいけない時もあるのだ。

大家さんとして生きていくのだって大変なのである。

だがサンドラさんは厳しさの反面、201号に住む真面目に働く男性が泥棒に遭って身ぐるみはがされた際には、

お金ができるまで家賃の支払いを数か月待ってあげる、などという人情派の面もある。

私も家賃を払うのを忘れて何日か過ぎてしまったこともあるが文句も言わず待ってくれたし、

他のことでもずいぶんと助けてもらった。

ちなみにこのアパートはリオの悪名高い某有名なファベイラ(貧民街)から徒歩5分という好(?)立地ではあるが、

基本的に住宅街であり、リオの中心街まで半時間、駅やバス停へも5~10分程度で住みやすい足立区的な場所で、

たとえときどきピンク色のとかげ的なものと共同生活を送らなければならないとしても、

ワンルーム4畳半にシャワーとトイレがついて280レアル(1レアル30円計算で8600円2016年2月現在)という格安物件なのだ。

(6年前に借り始めた時は180レアルで、それからどんどん値上がりしていったのだが、ここのところのレアル安で日本円に換算するとまた1万円を切ってしまった。レアルで給料を貰う身としては関係ないのだが)

たとえたまに銃声が聞こえてきたとしても、近所の野良犬や野良ヤギに追いかけられようとも、窓の外でパカパカ音がするのでみると半裸の少年が馬を駆けていようとも、隣人に金を盗まれた疑惑があるとしても、真夏に水道が2年連続3か月出なくなっても、近所で薬(ヤク)の売人の疑惑をかけられてパトカーに追いかけられたとしても、(全部事実)

私は、ここに住み続ける。(とりあえず)          

 

サンドラさんとの奇妙な友情2

 この間はさらっと流したところだが、

サンドラさんは元娼婦だ。

彼女はそのことを隠さない。

家を借りて早い段階で自分からそのことを語ってくれた。

そして徐々に彼女からいろんな話を聞いた。

家がとてつもなく貧乏だったこと。

貧民街のその中でもさらに底辺の家に住み、小さい頃いつも裸足で、ベタに水を汲んで頭に水瓶を載せて運ぶような暮らしだったこと。

中学を卒業するときに家族に、「私は娼婦になる!」と宣言してそれから家族を養ったこと。

娼婦兼ダンサーとしてスイスなど海外で暮らしたこともあること。

まわりの娼婦たちはドラッグや男に溺れてお金を無駄遣いし身を持ち崩していくのを横目に、

自分の体を張って稼いだお金を貯めて自分と、家族にも3軒家を建てたこと。

頼んだわけでもないのだが、家に呼びこまれ若い頃のセミヌードの写真も見せてもらった。

長い付き合いであるのでわかるのだが、彼女はブラジル人の中でも群を抜いてきっちりしている。

特にお金に関して吝嗇家ではあるが決してずるくなく、ちゃんと自分の中に正しさの尺度を持っていて揺るがない。

結局、せっかく家まで建ててあげたというのに家族は彼女の金をあてにして働かず金の無心ばかりするようになり、

断ると逆恨みされ、兄弟が共謀してあわや殺されかけたこともあるという(どこまでが本当かは知らないが)。

だから、彼女は誰も信じないという。

あなたは信用できる人だ、と私が言っても、

ダメよjoE、他人を信用しちゃいけない、私のことも信用してはいけないよ、

と言う。

大家さんと言えども6つの狭いアパートを廉価で貸しているのでは、決して優雅な暮らしをできるほどの収入はない。

実際彼女は贅沢は好まないし質素な暮らしをしていて、さらに時間があれば帽子を縫ってビーチに売りに行ったり、小物を仕入れて近所で売ったりしている。

無頼派の働き者なのだ。

残念ながら彼女を利用しようという人も存在するので、相手によっては辛辣なところもある。

202号室に住んでいる、落書きのようなジャンクなタトゥーが体中に入っている推定年齢90歳の老人が近くの道でしばしば倒れ、

呼び出され駆け付けていたところ彼女や皆の気を引きたいための茶番だったことが発覚した時には、

「私はあなたの家族でもない他人だし、そんなに倒れるようではここに住むのはもう無理だから今度倒れたら施設にぶち込むぞ」

と中指を立てて言い放ち、それから彼は倒れることは無くなったという。

老人のちょっとしたわがままなんてかわいいものだと許してやれよ、と、甘ったれた日本人は言うかもしれない。

そんな貴様には溶解度超まで砂糖が入った濃厚ブラジルコーヒーを無理やり口に流し込みながらこう言うしかないだろう。

 

お前の考えはこのコーヒーより甘い、甘すぎる、と。

 

ブラジルでは、少なくともこの町では、たとえ老人といえども甘やかしてしまえば足元をすくわれることになるのだ。

そういった甘い考えを改めるまではこの歯が浮くほど甘くて濃いいコーヒーを飲まされ続けることになるので、夜眠れなくなったり体脂肪を増やすのが嫌な方はぜひ考え直して欲しい。

 

次はそのアパートに住む個性的な面々をご紹介しよう。

 

サンドラおばさんとの奇妙な友情

サンドラさんは私のリオのアパートの大家さんである。

あらかじめ言っておくが、このシリーズはとても長く語ることになるので飲み物等を取って来てから落ち着いて読むのがベストであろう。

歳は確か55歳くらい。(2016年現在)

サンドラさんと言えば、まず、

「ありがとうはいいから早くパンツ脱げ」

の名言でおなじみだ。

例えば家具が壊れた時にサンドラさんに来てもらい感謝の言葉を述べると、

「ありがとうとかいいから早くパンツ脱げ」

と必ず言ってくる。

わかると思うが(?)一応解説しておくと、

お礼とかどーでもいいから、感謝してるなら早くパンツを脱いでやらせろ、

という意味だ。

彼女は元娼婦という職業柄なのかいろいろあったようで「私の人生にもう男はいらない」と断言しているものの、

結婚と離婚の経験もあり娘と孫もいる、性の好みはノーマルなブラジル人中年女性である。

要は照れ隠しの冗談なのであろうが、私はこのおっさん目線のギャグをかなり気に入ってしまい、

逆にサンドラさんにお礼を言われる側のシチュエーションになった時にいつでも

“パンツ脱げ返し”

ができるように、ポルトガル語でとっさに早く言えるように練習を重ね、

常日頃、チャンスを窺っている。

サンパウロとリオに住む

 ブラジルに住んでもう7年。

長期旅行として行き来を始めたのが2003年なので、早いものでブラジルとの付き合いは13年にも及ぶ。

思えば遠くへ来たものだ。場所も時間も。

普段は仕事のためサンパウロに住みときどきリオに行き、カーニバルの半年前くらいからの週末と2か月前からは仕事をお休みにしてリオに住む。

そんな暮らしをずっと続けているので、両方の違いなどが良くわかる(当社比)。

サンパウロは日本人・日系人も多く、さらに中心街に近いところに住んでいるのもあって、都会だし近所づきあいなど全然と言っていいほど無い。

もちろん隣人やよく行くお店の人とは挨拶くらい交わすが、日本にわりと近い感覚でやっていくことも不可能ではない。

リオではやや郊外に住んでいることもあって昔ながらの近所づきあいがあり、ちょっと買い物にでるだけでも顔見知りが大勢いて、そこら中の人と挨拶を交わしながら歩く。

(知り合いのいない土地で危ない目に遭う確率を減らすために必死に愛想を振りまいた結果でもあるのだが)

住み始めたばかりの時は近所のちびっこたちに「じゃーぱーーっ!」と叫びながらよく追い掛け回されたものだ。

リオでは、中心街より北のほう住むに日本人はめずらしく、日系人ですらほとんど見かけない。

外国人と話したこともないという人がたくさんいる。

スーパーのレジのお姉ちゃんに、

「ねえねえ、あなたブラジル人じゃないわよね?どこの人?いや、ただの好奇心で聞いてるだけだけど。ふ~ん、日本かあ。なんでこっちに住んでるの?…さては男ね!そうよこういうのはだいたい男がいるからに決まっているのよ!当たりでしょ!!」

などと矢継ぎ早に話しかけられたりする。

サンパウロでは仕事も日本人相手であるし、下手をすると、

今日もおはようとありがとうしかポルトガル語しゃべってねー。Orn_(←こういうの一度使ってみたかった)

という日もしばしばなのだが、

リオではほとんど日本人の知り合いもおらず、ブラジル人に囲まれて過ごすし、

私のリオの家の周りはしごくワイルドな地域であるので、なおさら別世界のように感じることもある。

特に真夏のくらくらするような日差しのリオを発ちサンパウロに戻ってきたりすると、

どこか異次元から還ってきたような不思議な感覚に襲われることがあり、

幸福なことに日本とサンパウロとリオ、それぞれで別の生を生きているような気分を味わうことができて、ちょっと面白い。

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