ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

バイーアの旅2016②~港の市場にて

さて、バイーア州サルバドールの旅その②である。

 

 2.フェイラ・ジ・サンジョアキン

地元の人の行くようなところに行ってみたい。

観光地の宿命で、取ったホテルの側は何もかもが観光地価格だし、どこに行ってもそらカモきたぞとふっかけられるのも致し方ないが、欲を言えばもうちょっと愛がほしい。

身を寄せさせてもらっていた友人宅から離れひとりでプラプラしようと後半の3日ほどは自由行動の予定であった。

友人家族は別荘に旅行が決まっており家庭を持つ2児の母にしてこれまでの前半3日間は毎晩飲み歩きに付き合ってもらったのでここいらが潮時だ。

その潮時の間際にふたり飲んだくれトイレを借りに寄ったバーの地元のおじさんが、フェイラ・ジ・サンジョアキンを知っているか?とちらっと言ったのを要領は悪い癖に目ざといところのある私は聞き逃さなかった。

観光スポットとは少しだけ離れた港際に大きな市場が開催されているようだった。

そういう雑多で怪しげなところが大好物である私は、友人と別れた翌日早速そこを訪ねた。

 

なんか、すごく、いい。

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観光客はほとんどいなかったので、ここで書いて今度来た時に観光客で溢れていたらいやだな、とは思ったが、まあ私のブログにそんな影響力もあるまい。

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ごちゃごちゃと活気があり、地元の人であふれている。観光地ど真ん中の人のように外人に擦れておらず、気さくに話しかけてもくれるが程よく放っておいてもくれ、いい感じにゆるくてリラックスできる。心地良い距離感だ。

 

観光客にはあまり必要が無いものが多いが、見たことのないスケールでいろんなものが売っていて楽しい。

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野菜や果物、肉に魚、f:id:joE:20170104212124j:plain

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カンドンブレ(こちらのアフリカ起源の密教)の儀式などに用いられる衣装の土台や

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果てはパンツまでf:id:joE:20170104212532j:plain

店番をしながら気持ちよさそうに居眠りをする人たちがほうぼうにいてほのぼのする

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何かお土産を買おうと物色しているときに、この黄色い唐辛子はなんという名前だ?と尋ねると、ピメンタ・ジャポネース(日本の唐辛子)という名前だと言うので 縁を感じてその瓶詰のタバスコを購入してみた。

聞くといろんな種類の中でこれが一番辛いという。ブラジルに無かったものを日本人がこの地に持ってきたのでその名前が付いたということだった。

黄色くて小さいから日本人の印象にちなんでその名前がついたのかと思った。

昔の日本人移民マジパねえ、超リスペクト。

黄唐辛子は小粒でもピリリと辛い。

 

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海に面したところには小さいフードコートと数軒のバールが立ち並ぶ。

 

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まだお昼前だったが海の見える特等席でせっかくだからと黄金の命の液体を注文する

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曇りの合間に日が照り付けてきて海風がとても気持ちがよく、どこかから聞こえてくるサンバやアシェーの音楽に合わせて店員さんが踊ったりしているのを微笑ましく眺めていたら、アウェーでは決してひとりで踊ったりしない私でも興が乗ってきてしまう。酔いに任せて恐る恐るではあるが立ち上がって踊ったりすると、近くでまったりと休憩をしていた市場の人たちが笑って親指を立ててくれたりもする。

働く人たちの笑顔が美しい。

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バイーアに来ているので当然だが、ここではバイアーナ風の衣服を着ている人たちをよく見かける。

アクセサリーなどもそれ風なものが多く売っていて、あ、これマリアレーナに似合いそう。あげたら喜んでくれるかな?と彼女のチームカラーのアクセサリーを無意識に目で探してはすぐに、あげるべき相手がもういない現実に気がついて、渡すアテを失ったお土産を手に取ったまましばし涙ぐんだりする。

joe.hatenadiary.com

また、ここは市場であるので、肉体を使って働くおじさんたちがたくさんいる。

小柄ながら肉がぎゅっと詰まって硬そうな身体の、ハゲかけた初老のおじさんが大きくて重そうな荷物を肩に担いでキビキビと仕事をしているのとすれ違い、いつでも帰っておいでと言いっ放したくせしてそのまま会うことが叶わなくなった、築地の魚屋で働いていたサンバ江戸っ子おじさんの元気な姿と重ね合わせ思わず胸を突かれた。

 

旅は人を感傷的にさせる。

ひとりでうっかりブラジルに住んで旅なんかしちゃって孤独と仲良く昼からビールなんて飲んだくれたりするからこんなことになるのだ。

 

 

ちょっと前に友人に勧められて『このあと どうしちゃおう』という絵本を読んだ。

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あるおじいさんが自分が亡くなった後にどうしようか、ということをとってもかわいらしい絵と豊かな発想で描かれている良本なのだが、自分がいなくなった後に愛する人たちをどうやって見守ろうかと考えたおじいさんの一案の、“風に舞うビニール袋になって”というアイディアが斬新すぎてとても印象に残っていた。

自分の日常で容易に遭遇しそうな、風の少し強い日にどこからか飛んでくるビニール袋までを失った愛する人たちが姿を変えて見守ってくれているものなのだと思えたなら、この世のいたる風景はなんと愛に満ちていることだろうか。

だから、それからはふいに風に舞うビニール袋を見かけると少し胸が痛んで、同時にあたたかな気持ちになって、私を置いて行ってしまった愛する人たちの不在を嘆くだけではなくて、私をとりまくこの世界をそのたびに少し愛しく思えるようになった。

 

そんなことをぼんやりと考えていたら驚くようなシンクロニシティで、自分の視界に風に舞いあがる白いビニール袋が飛び込んできた。

 

 

それは生き物のようにしばらく空中をうねり、バイーアの海に落ちて静かな水面をゆっくりと流れてゆく。

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