ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

サンパウロのお引っ越し2018さらば、ゲイ男子との暮らし(3)完結編

さて、

 

結論を言うと、レオの家から2017年のよりによって大晦日の日、見事大脱出を成し遂げた。

結局、部屋を見に行ったブラジル人のノーマル男子たちの住む便の良いところへ。

 

手伝いを申し出てくれていた頼りになる日系人の友人(女)に彼女(女)がちょっと前からできており、あんまり構ってくれなくなったので、この師走の忙しい時に誰かに頼むのも気が引けたしで、もう引っ越し当日は結局自力で引っ越しトラック(運転手付き)を手配し一人でやった。

実はアップしていないものの、その前後の引っ越しの顛末をいろいろ書いてはみたのだが、結局レオの悪口に終始してしまいつまらないのでボツにした。

時が経ち、正直、前の家への愚痴の詳細を書きたい意欲も薄れてしまったので、もう、いい。

 

ちなみに、後日、前大家のレオの恋人ファビオから突然連絡があり、今も君はまだあの家に住んでいるの?と聞かれた。

とっくに引っ越したよ、と言うと、すべてを察したようで、『ああ、よかったよ、、僕も幸いなことにとっくに別れたよ、、、』と言っていたので、言わずもがなだな、、、といった感じだし、それもあったのか私もわりと気が済んでしまったようだ。

彼(レオ)は多分ちょっと問題を抱えている子(おっさんだがw)で、レオの今後が心配でいささか気にはなるが、家族でも無い私たちにとっては、もう手に負えない物件だ。

 

一部の、ブラジル人のダメな感じの大家さんとのトラブルで悩んでいる人など、もしどうしても詳細の話を聞きたいという人があれば、主に私の思い出した愚痴に終始するとは思うが詳細個別に対応させていただくので直接ご連絡ください。

 

まあ、とどのつまり、年末に無事引っ越しを終え、新しい暮らしが始まり、カーニバル関係でバタバタしていて、その後はカーニバルで燃え尽きて心情的に引きこもりつつ生きていた、それが私の近況のだいたいの全貌だ。なんもねえ。

 

今の家に一緒に住む男子(ノーマル)たちは一緒に住んでみても、むろん私を天井から吊るして毎夜犯してくるというわけでもなく、ブラジル人らしく休日に飲んで騒いで、ちっ、うるせーな、とは思う時もあるが、まあ普通に良識的な良い人たちだったので現在も住み続けさせていただいている。

 

ただ、これだけは言わせてくれ(愚痴だよ)。

自分たちが使用した(しかも私の持ってきた食器類なのに泣)皿などの洗い物を流しに汚いまま1週間以上もためておくことの理解ができず(その彼女もちょいちょい泊まりに来るのだが、本気でなんもしねえ。パンツまで便乗して2週間に1度しか来ないお手伝いさんに洗ってもらってるくせに(怒))、何度か、虫が湧いたりするからせめて2,3日中には食器を洗って欲しいと頼むも放置、私が料理するときに非常に邪魔なのもあり、はじめは機嫌よく洗っておいてやったがみんなの食器等を洗っておいてやっても誰もありがとうも言わないのでムカついて、カーニバル後疲れ果てている折にそんなんなんで若干心を閉ざしちょっと嫌いになって、彼らとコミュニケーション取るのが非常に面倒になってしまい、結果、仲良くなるタイミングを逸してしまい現在に至る。

ブラジルのトイレは基本的に紙をトイレに流せないので、ゴミ箱を設置してそこに紙を捨てる。

私は一応女子だし、ぶっちゃけ、捨てる紙の量も男子よか多いだろうし、それを他の男子にまとめてもらうのも忍びないので、なるべくこまめにそのゴミを捨てるようにしている。

それにしても、彼ら(彼女も含め)は、家の掃除などほとんど何もやってくれない。

なんで私が常にお前らの糞尿の始末までしないといけないのだ。(※注:直の糞尿の始末まではしていない)

私だって掃除など元来好きな人間ではないのだ。

自分の部屋は帰宅したときに、『あれ?空き巣が入ったのかな??』と自分でも思うほど荒らして出かけてしまう時もあるが、共同の場はきちんと片づけるのがなけなしのポリシーだ。

 まあ、日本人とてブラジル人とて、これがそれぞれの考えの違いってやつだろうな。しょうがねえ。

ブラジル人や日系人の知り合いに、こういう時はどうしたらいいのだ?と相談したところ、『私なんかはちゃぶ台をひっくり返してキレるよね!!そんだけ。』などと、全然アドバイスにもならないことを言われるのみなので、なんの参考にもならない(泣)

 

前大家のレオと違い家の支払いや書類上のことなどもきっちりしてくれているし、基本通常のブラジル人としては全然及第点だと思うのでひどい不満は無いのだけど、ポルトガル語を日常的に話す機会を作るためにもブラジル人とのシェアハウスを望んだのに、心を閉ざしてシャットアウトしてしまったまま最近はちゃんとしゃべったりもせず挨拶くらいしか交わさないので、あんまり意味が無いとちょっと悶々としているのが現状だ。

 

景気づけに、私の愛する元同居人のセバスチャン(ゲイ)に遊ぼう~!(2月末)、と連絡していたのだが、連絡はたまに取っているものの、彼はカーニバル前に弟の結婚式でメキシコに帰ってしまったまま1ヶ月で帰ってくると言ってたのに、未だにブラジルに帰って来ない(6月現在)泣泣泣。

セバスチャンの元彼のシャンギット(ゲイ)とも連絡を取り合っていてその後も数回会っていたのだが、実は彼は自分の仕事のステップアップのためにオーストラリアへの留学の計画をずっと前から立てており、つい先月彼は旅立ってしまった。

 

彼らにはそれぞれの人生があり、別に私と遊ぶために存在しているわけではないので、特にシャンギットのステップアップの門出は私にとっても喜ばしいことだ。

彼の実家は多分そんなにお金持ちの良い家では無くて、でもしっかり将来の事を考えてちゃんと勉強し続けることもできる、しっかりとした奴だ。(いないわけじゃないが、ブラジルの貧乏な子においては出会うのはちょっと難しい。)

彼が旅立ってからもすぐに連絡をくれて、

『オーストラリアに着いたばっかりなのにいっぱい留学生の日本人と会って、君の話をしたよ!ブラジルに住んでる日本人のサンバダンサーのアミーガだって君の写真を見せたらみんなと仲良くなれたよ!!』

なんて連絡をくれて、ほろりと、とっても嬉しかった。

 

馬鹿、この期に及んでそんな妄想をするのはやめろ、と友人に言われたし、もう大人なので本気でそう思ったわけではないけれど、、、

思い返すのは彼らとの楽園のような日々だ。

 

セバスチャンとシャンギットとの日々は、今思えば短い時間しか生活を共にできないのだろうと皆うっすらわかっていたとしても、お互い愛情を持って助け合いながら、その瞬間瞬間である日常を楽しんだ日々だった。

ブラジルで、純日本人の私、少なくともこんな不完全な私にとって、そんな幸福を手に入れられるのは難しいと思えるような穏やかで幸せな日々だった。若くも無い私の、日本の常識的に思う幸せの形では無いと知りつつも。

日本人の普通の友人に、もうこのまま、私がどっかで子種をもらってきて、子を産んでセバとシャンギットとみんなで暮らし育て暮らせたらそれも良いな~、って思う、と言ってみたことがある。

だいたいの通常(日本)の家族のシステムが現在そうなっているので、男女の夫婦からの血のつながりで幸せな家庭を築けたらそれに越したことは無いが、それを得られることがなんだか難しい人にとっては、信頼できて愛し合え(広い意味で)居心地よく助け合え幸せに暮らせたらそういうのも良いと思っている。

 

友人に言ってはみたものの、私は現時点そこまで先鋭的な考えを即実行に移すタフさは持ち合わせていないし、彼らだって私とずっと共に生きるとか、あまつさえ縁の無い子を私と一緒に育ててくれるとかを考えたことも無いだろうし、もう私も充分大人なのであんまり常識的ではない妄想だってわかってはいて、冗談交じりに言ったのだけど。

 

 もちろん、セバやシャンギットにそんなことを言ったことは無い。

現実、今はそれぞれの生活を営んでいる。

 

だけど、あの、奇跡のように楽しかった日々は今も、“私のあったかもしれない幸せな少々変わった人生”の可能性として、私のくそどチンピラな人生を、少し豊かなものとして照らしてくれている。

もう、2度と戻ることの無い幸せな日々だったと思う。

 

私は10年もブラジルに住んでいるのに、実はブラジル人の気の置けない友達はとても少ない。

セバスチャンに始めに会った時にも、スペイン語のなまりのあるポルトガル語が聞き取れなくて、レオやファビオよりモサく思えたりして、(本当に見る目が無かった。今は愛しくてたまらないのに)こんなに仲良しになれるなんて思ってもみなかった。

 

 

 ちょっと寂しいから、去年セバと一緒に行ったサンパウロのゲイパレードも間近に迫っているけど、今年は行かないよ。

 

洗濯した時に良く似た、きっとセバスチャンと取り違えた靴下があるって気が付いたけど、そのままにしてたまに履いている。

 

 

 最初でちょっとつまづいてしまった感はあるが、前の家での暮らしを思い返して比べてしまうだけではなくて、

こないだ私のパスポートの必要な書類を文句も言わず用意してくれたりもしたし、ポルトガル語で私が面倒な家の支払いや、私の気が付かない手配などもきっとやってくれている(はず)の現住居の同居男子たちの皿くらい、これからもう少し洗ってみてやろうかな、などと、思っている。