ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

ブラジルコロナ禍の私の周りのごく私的な状況1

私のサンパウロでのシェアハウスで、まず初めに入ってきたのはアリソン君という男子だ。

大学で歴史を専攻していて、大学院の卒業間近に田舎では職が無いからと先生の職を探しにサンパウロに来たのだ。

そして、次に入ってきた女子はモニーズィという。今はマーケティングの仕事をしているという。英語もペラペラで、お父さんは弁護士さん、自分の大学の専攻は心理学だが、自分も弁護士の資格を持っていて、英語の先生としてタイなどいろいろな国に行ったこともあるという。

もうひとりの男子はミナスジェライス出身のペドロ君。おしゃれでセンスが良く、訪ねてきた頃は頭をピンクに染めていて、ゲイ爆発の物腰。デザイン関係の仕事をしているおしゃれさんで、事務所がこの家のそばに移ったので近くの家を探していたという。

 

皆、それぞれフレンドリーかつ魅力的で楽しい人たちだった。

 

カーニバルが終わった3月初旬、まず、たまたまミナスジェライスの実家に戻っていたペドロから、コロナの問題があるのでとりあえず僕はリモートワークもできる仕事だし、9月まで帰らないことにした、という連絡があった。

 

その当時はまさか誰もコロナがこんなに長引くと思っていなかったので戻るまでの期間が長すぎると思ったものだが、まあ、彼がそう決めたのなら別に問題はないと、皆納得して過ごした。

 

今となっては、彼は先見の明があったのかもしれない。

 

 

そんな中、私がこのコロナ禍で、本当に感謝していたのは、アリソンとモニーズィの存在だった。

家にこもらなければならない日々の中で、どうでもいいようなことを喋り合ったり、一緒に料理を作ったり、また、私にとってはブラジルの情報を得たり、それについての彼らの見解を聞けることはとっても有難かった。

もしこんな引きこもり生活の中でずっと一人暮らしをしていたら頭がおかしくなっていたかも、と思うと、ぞっとする。

みんなの時間が合う時は、私がストレッチのレッスンをしたり、モニーズィがヨガのレッスンをしたり、アディソンが歴史についてのレクシャーをしてくれたり、

みんなでトランプをしたり、あまつさえ私が持ってきた花札でみんなで遊んだりもした。

 

週末は飲んで騒いだり、踊ったり、ピザを頼んだりして飲んだくれて一緒に楽しんだ。

彼らは頭も良くて、ふいに出る話さえ面白く興味深くて、私にもとても勉強にもなった。

 

ブラジル人と暮らすとなると規則を守らない人だっているかもと思いきや、二人は緊急事態宣言を遵守するタイプの人間で、ご飯作り隊長である私が3日~1週間に一回くらいのスーパーへ行くたまの買い物以上にずっと家で過ごしほとんど出かけることも無く、コロナに感染しないようにととっても気を付けて過ごしていた。

 

私は気も合いこのような非常事態下においての常識も分かち合える同居人に巡り合えたことが本当にありがたくて、いつもふたりに感謝して、不謹慎かもしれないがとっても楽しく彼らとの日々を過ごさせてもらっていたのだ。

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だが、そんなある日、モニーズィのお父さんがコロナに感染したことがわかった。

 

それは、4月初め頃の話だったと思う。

 

 

 

ブラジルコロナ禍の私の周りのごく私的な状況3

前回に話したモニーズィがこの家から完全撤退してしまった時期とちょっと時期は前後する話だ。

 

今回は同居人のアリソンに起こった辛い話になる。

 

このコロナ禍において同居人のペドロもモニーズィも実家に帰ってしまっていたので、その間しばらくアリソンと二人だけで暮らしていた。

アリソンは一番長くこの家に私と一緒に住んでいる。

本当に性格もいい子で、真面目で普段は冷静できちんとしている子なのだけれども、例えば私が急に思い立ち、よし、相撲を取ろう!とだしぬけに取り組みをしかけ、ちがう!まず塩を振るふりをしてから!そう、四股を踏む脚は開いてもっと高く上げる!!などとわけもわからない外国人の彼に無理難題を言い放っても、その度いちいち付き合ってくれ、汗をかきかき真摯に取り組みにノってきてくれた挙句、なんで急に相撲?と、その後に我に返ってお互いににゲラゲラ笑い合える、そんなとても愉快なナイス・ゲイだ。

 

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彼はブラジルの南の方の田舎の出身で大学院の過程を終え、都会であるサンパウロに歴史の先生の職を探すためにここに部屋を借りている。

 

コロナの状況もあるのか、彼の大学院をパスするための最終面接はリモートでやることになっていた。もう論文等は提出済みであり、あとはこの面接だけだと数日前から緊張し準備をして気合が入っていたので、私はせめて邪魔だけはしないようにひっそりと応援していた。

そしてその面接も無事通り、めでたく博士号を取れることが決まったので、良かったね!!、と私の隠し持っていた秘蔵のスパークリングワインを開けお料理を作り、一緒にお祝いをした。

彼は地元の友人たちとお祝いのリモート飲み会の宴をその日から真夜中まで飲み過ぎて朝方ゲロを吐いたりしながら二日にわたりどんちゃん騒ぎを繰り広げていて、本当に喜んでいて楽しそうだった。良かったね、そうそう、こんな時は心ゆくまで騒げばいいさ、と私は母のような慈愛に満ちた目で見守って過ごしていたのだった。

 

そんな翌日の昼前、吠えるような彼の叫び声が聞こえた。

 

私は自室でまどろみながら、ああ、彼はまだ浮かれはしゃいでいるのだなあ、、、良かったなあ、、とぼんやり思っていると、

ダンダンダン、と私の名を呼びながら部屋のドアを激しく叩く音がする。

 

普段はよっぽどのことが無い限りわざわざ部屋の前まで来て呼ばれることは無いので、寝ぼけつつこれは尋常ではないと思い、すぐに起き上がってドアを開けた。

 

そうすると、はあ、はあ、と、息も絶え絶えに彼は、

 

 

僕の、、僕の、、、弟が、、、、、死んだって、、、、

 

 

と、言った。

 

 

私も突然のことでわけがわからないまま、急いで部屋を出て居間に行き、彼の話を聞く。

 

バイクの事故で彼の弟が亡くなったと、さきほど親族から連絡を受けた、ということだった。

 

彼はいつもはきちんとしていて物腰も優しい子であるのに、わめきながら居間をうろうろし、たばこを吸おうとしてはそれを乱暴に床に投げ捨て、気持ちが悪い、と言って荒々しくキッチンに向かいガチャガチャと水に砂糖を入れたものを飲んで居間に戻り、ソファに倒れこんだ。

息ができず苦しいというので、これは明らかにストレスによる過呼吸だとビニール袋でスーハーしろと差し出しながらスマホで対処法を検索すると、今はビニール袋で息を吸い吐きする方法はお勧めしないと書いてあったので、とにかく数回深呼吸をしようと促し背中をなでる。

 

ひとまず一刻も早く実家に帰るべきだと調べてみるが、このコロナ禍において飛行機は便数が制限されている。バスで帰るのが最も早いが、それは8時間後、夜の9時過ぎの便しかなかった。

 

私が調べるまでもなく、彼の叔母さんも調べて既にそのバスのチケットを取ってくれたという。

 

起き上がってもせわしなくベランダに出たり入ったりしながら何度か携帯を見ていじり誰かと連絡を取っているその顔も青白くて本当に具合が悪そうだったので、見かねてとりあえず横になりなよとソファに促してはみたが、私が彼にできることが、何もない。

どうしたらいいかわからず、落ち着かせるためにカモミールティーに砂糖を混ぜたものを作って何度か差し出すが、3杯目に口をつけたところでもういらないと言う。

切れ切れに弟さんが亡くなった状況を語ってくれるも、要領を得ない。

彼はショックすぎて、信じられない、悪夢だ、これは悪夢だ、と唱えるようにつぶやきながら、その現実を受け入れることもできず、まだ泣くこともとてもできないよ、と苦し気に言う。

そんな彼を見ていて、苦しくて悲しくなって、泣くことすらできない彼の代わりに、というのはおこがましいのだけれど、私はたくさん泣いた。

 

ほんの3日ほど前に、そういえば兄弟の写真を見たことが無かったね、見せてよー、というやり取りがあり、そこにはとっても美人さんな恋人の横に写る幸せそうな、彼にそっくりな弟の姿があった。

 

この写真はまだ僕と似ていないよ、本当は僕らはもっと似ているんだ。

 

自分より年若い二十歳そこそこの、しかも自分に姿形もそっくりでずっと一緒に過ごしてきた弟がいきなり亡くなってしまうなんて、彼は一体どんな気持ちなのだろう。

せめて少しでも落ち着くようにと、横たわる彼の虚ろな身体をさすって、全身をマッサージをする。

食欲が無いので何も食べたくないという彼に、では、道中捨てても構わないからとバスの中で食べられるようにサンドイッチを作って持たせた。

彼の家まではここからバスで9時間かかるということだった。

 

私は基本役立たずなクソ人間ながら、彼に自分なりにその時に私のできる限りのことはしたいと心から思った。

が、実際には大好きな彼に気の利いた言葉のひとつも言えず、おろおろと立ちつくすばかりで、脳内では筋肉少女帯の“元祖高木ブー伝説”がリピートされる。

 

無力な俺はまるでまるで高木ブーのようじゃないか

 

ふざけているわけでは本気で、無い。

何もできず自分の無力さを痛いほど感じる場面に遭遇した時に、私のイカれた頭にはいつもこの曲が繰り返しオートリピートされてしまうのだ。

 

 

その後。

 

彼は弟を見送ったら一週間くらいでこの家に戻ってくると言っていたのだが、お母さんが心労で倒れてしまったのでもう少し実家にいる、と連絡があったきりで、もう1か月半以上が経つ。

 

もちろん、私が一人で家にいるのが寂しいなんて鼻クソみたいな話なので、それは全然良い。

今はとにかく彼はお母さんを大事にしてあげるのが当然と思うし、もし彼がモニーズィのようにそのまま地元に留まることを決めたとしても、私的には何も言うことは無い。

 

ただ、考えるにつれ、こんなコロナで大変な時期に、事故で弟さんが亡くなってしまった、というのがやるせない。

こじつけかとも思うが、このコロナの状況がなければ、弟さんもその日その時間にバイクで出かけず、事故に遭うこともなかったのに、と思うととても口惜しい。

直接のコロナ感染では無いにしろ、もし今コロナさえ無ければ弟さんの行動の範囲や出かける時間等のさまざまな運命の歯車が違っていた筈で、そう考えるとコロナが本当に憎くなる。

 

 

彼のことがとても好きだからこそ、彼に帰ってきて欲しい反面、彼が帰ってきたらどう接したら良いのかがわからなくて、正直、彼がすぐに帰って来ないことに少しほっとしている自分もいた。

 

私には直接は関係の無い話なのだが、誰もいなくなったこの家でいまだに家にこもりながら、

アリソンにもモニーズィにも、いったい私に何ができたのだろう、と、ひとりずっと考えている。

 

 

 

 

 

ブラジルコロナ禍の私の周りのごく私的な状況2

同居人であるモニーズィのお父さんがコロナに感染してしまった。

 

私とアリソンは、戸惑いながら気を遣い心配しつつ過ごしていた。

だいたい毎日夕方ごろ、モニーズィはお父さんの状態の連絡を家族から受け、一喜一憂してる。

そりゃそうだよな、と私たちは彼女が落ちているときはなるべく大人しく過ごしていた。

それでも彼女は強くて、お父さんの状況を聞いた後に涙ぐんだり部屋に引きこもっていることもあったが、だいたいは心配は忘れたように自らも今日は何する?と言ってきたりもして、三人で愉快に遊んだ。

私が彼女であったならば感情のまま同居人に八つ当たりをしたり、部屋に籠りきって誰とも話さずにもんもんとしてしまったのじゃないかと思い、彼女の“楽しむときには楽しむ”気丈な姿勢を心から尊敬した。

 

お父さんの入院は長引き、一カ月以上となっていた。

 

ずっとICUに入っていて、ご飯が食べられないので喉を切って管を通さなきゃいけ
ない、とか、肝臓をきれいにしないといけない、とかいう日々が続き、一カ月以上意識不明であったのだが、だんたん良くなってきた、という頃、

彼女はお母さんが寂しがっているからと、一旦実家に帰った。

 

 

お父さんは症状はあっても検査は2週間ほど受けられない状態で自宅待機をしており、やっと検査を受けられた時には重症化して即入院となってしまったということだった。

彼女の叔母さんは基本疾患があったため、コロナで既に一カ月ほど前に亡くなっていた。

その叔母さんの旦那さん(叔父さん)と、モニーズィのお母さんは熱などの症状こそ無いものの、匂いや味がずっと感じられないという状態のまま、検査を受けられないので今もそのままになっているということだった。

どうやら3月初旬の、まだブラジルではコロナ感染がそんなに広まっていない頃に、モニーズィの両親と叔母さん夫妻で国内に旅行に行ったときにどこからか感染してしまったのではないかという話だった。

 

 

そして三週間ほど前、何の前触れもなくモニーズィが久々に実家から帰ってきた。

 

彼女はこの家を引き払うことにしたので、明日には荷物をまとめて出ていく、という。

 

 

話を聞くと、お父さんは一週間前に亡くなってしまい、とりあえずお母さんと実家に住むことに決めたのだという。

 

どうしようもできずに、彼女を抱きめて一緒に泣いた。

 

メールとかで誰かに伝える気にはどうしてもなれなくて、、、急な話でごめんね、と彼女は言った。

 

 

でもね、私は幸運だったと思うの。普通はコロナに感染して亡くなったら、ずっと話もできなくて顔も見られないそのまま、お墓に埋められてしまうでしょ?

だけど私のお父さんは、最後にコロナは陰性になって少し良くなって意識も戻って、私は何度か病室を訪ねて話をすることができたの。

陰性にはなっても、結局身体がコロナのそれに耐えきれなくて亡くなってしまったのだけど、、、

私はあなたにも前に話していたじゃない?、お父さんは弁護士で、とても強く厳しい正しい人で、私のやりたいことを理解してくれなかったりして、今は親との関係がそんなに良くないって。

でもね、もうお父さんは意識が戻ってもちゃんとはしゃべれない状態で、声もちゃんと出せない状態で、でも、おまえを愛してる、って声にならない息で、繰り返し言ってくれたの。私もお父さんを愛してる、って何度も答えたわ。

だから、とても悲しいけど、まだ最後に会って話せた私は幸せだって思うの。

私もいろいろあってもお父さんのことが大好きだって伝えられて、お父さんも本当に私を愛しているっていうことがわかったから。

  

 

 彼女は落ち着いたらこの家に戻ってきたい、と言っていたが、遺産相続などでもめているらしくすぐには戻ってこれないようだった。残念ながら彼女の言葉はたぶん私への優しいリップサービスなのだろうと思う。

 

彼女の許可の元、数年前の彼女とお父さんの素敵な写真を載せます。

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 お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

今後彼女やご家族が心穏やかに過ごし、どうか幸せでありますように。

 

 

 

 

 

12年ブラジルに住む私が日本の方に知って欲しい、コロナ禍におけるブラジルの状況2(2020年6月21日現在)

とうとうブラジルのコロナ感染者数が100万人を突破した。

一カ月くらい前からこんな日が来ることは覚悟ができていたので、もはや感覚は麻痺してしまい、今更驚きはあまり無い。

だって、ブラジルだもの。

さらに、ある病院の責任者の見解によると、実際の感染者数は公式感染者の10倍はいる、という話もある。

 

ただ、まだ日本のブラジルコロナ感染についてのニュースのコメントを読んでいると、

①ブラジルはコロナに対して何も対策を取らず、ノーガード戦法なので仕方が無い

②大いなる実験としてどうなるか日本の対策に活かしたいのでそのまま続けて結果を見てやろうじゃないか

③ブラジルは南半球なので季節が冬なのでさらなる感染が予想される

 

などというコメントが未だに多く、なんだかなあ、、、と思う。

もちろん、事実として感染者が爆発している状況で、どんなに個人でがんばってる人はたくさんいる、と言ってみたところで現実の前ではぐうの音もでないのではあるが、誤解と思われる部分について私なりの考えを書いてみたいと思う。

 

①こちらでも既に書いたように

続きを読む

ブラジルに住む私が日本の方へ知っておいていただきたいブラジルコロナ対策に関する誤解

ブラジルではコロナ感染が爆発し今やとても酷いことになってしまっている。

感染による死者が2万6000人を超えてしまった(5月28日現在)

ブラジルに住んでいる私を心配し、ご連絡くださった数少ない方々、どうもありがとう。

そして全然心配していなかった方々は、もう少しだけ、私に愛をくれたらいいと思う。

 

12年ブラジルに住んでいる私が、日本語のブラジルコロナについての報道記事、そのコメントなどを見て、かなりの方が誤解していると感じる部分について、簡潔にお伝えしたい。

 

ブラジル政府すべてが一体となり経済を回すことを優先し、コロナ感染に関して何も対策を取らず放ったらかしにしている

というのは、大誤解である、ということ。

スウェーデンのような政策が国をあげて行われているように誤解されている方が非常に多いのだが、それは間違いである。(期せずして結果的に集団免疫をいち早くつける国になる可能性が今や高いとしても)

確かに報道されているようにブラジルの大統領が経済活動を回すのを優先することを表明しアピールを続け、コロナをただの風邪だと言ってのけ、いろいろおかしな行動をとっている(少なくとも私にとっては)ことは、事実である。

 

だが、こちらの政治は日本とは異なり、州ごとに法による政策がなされるため、ほとんどの州ではボウソナーロ大統領の意向に反した対策をとっており、ボウソナーロ派の州知事がいる場所以外は、日本の緊急事態宣言が出たときよりもっと厳しい規制がなされている。

私の住んでいるサンパウロも3月24日から緊急事態制限が出ていた(6月初めから徐々に緩和することが発表はされたが、、、このひどい状況下、国民の過半数は反対しているというのに)。

そして、繰り返しになるが、その非常事態宣言による規制は日本よりもずっと厳しいものだ。

私も2か月以上、食料品の買い物や薬局などを除いて外出はしていないし、周りの友人たちに聞いても、皆厳守しているという。友達に直接会って集まるなんて、もっての他だ。

 

では、なぜブラジルでこんなに感染者が増えたのかといえば、シンプルすぎる考察ではあるが、

①コロナ感染対策を取らない・守らない人、軽く考えて外出する人々がかなりの数存在するということ。

②ファベーラ(貧民街)がたくさんあること、貧困層がたくさんいること。

集約すると、これが主な原因ではないかと思われる。

 

ファベーラに住む友人に状況を聞けば、

自分は食料品の買い物以外で家から出ることはないけれど、周りの人たちはパーティーだライブだなんだと言っては出かけているし、店もいつもどうりに全部開いている。毎日知り合いが何人も死んでしまったという情報が入ってくるのが、残念ながらここの現実なんだよ。

と言う。

 

私の住むサンパウロ、少なくとも私の住む家の近所では、ショッピングセンター、スポーツジム、クラブ(踊るやつ)などは緊急事態宣言が出る前に真っ先に 営業休業されたし、非常事態宣言が出た後はスーパー等の食品を扱うお店と薬局、銀行、ガソリンスタンドや交通関係以外の、特に生活に急を要さないお店や工場は全部閉められていて、もしお客さんと対面で商売しているのが見つかったら罰金が課される。すべてのレストランやバーも店内での飲食は禁止されており、デリバリーかお持ち帰りのみ、大きな公園までも中に入れないよう閉鎖されている。

 

 

 

詳しい話は、また次回に書ければ、と思う。

いつものようにふざけたような記事はさすがにこの時期誤解されてしまうかとも思うので、状況を見ながらおもしろ報告とかも今後していきたいとは思っている。

 

 

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リオの家を引き払う

数年前から、リオの借りている家からいずれ撤退すべきであろうということはいつも頭の中にあった。

だが決して、最近のここらへんの地区が危ないからという理由だけで日和ったわけではないのは一応言っておこう。

怖気づくには遅すぎる。もともと安全とは言えない地区だったしな。

私がこの家の近くのリオのチームに変わらずにいたならば、多分私は今も借り続けていただろう。 ま、今度話すが、いろいろあったのだ。

こちとらブラジルに住んで10年、リオの家を借りて8ねんやねん。(韻踏み関西風)

もちろん生死にかかわるような危ない目に遭っていないのは運が良かっただけかもしれず、はじめからこちらで起こる全部の危険を覚悟していたかというと嘘にはなるが、私はもともと超怖がりで、怖い漫画の表紙すら見たくない、触れることさえできず、裏返しておいてもどうもその場所が気になって寝る前にはギャグマンガ(奇面組とかな)を読んで愉快な気持ちにならないと寝付けないというくらいセンシティブな永遠の中学12年生だ。

宮下草薙の草薙くらい瞬時に最悪のシミュレーションを思いつくマイナス思考の才能においては生まれつき長けているので、一人でどこかのチームの練習(そしてリオではたいてい終わるのは夜中だ)の行き帰りの際に道を歩いたり、いつ来るかわからないバスを待ったり、またそれに揺られながら、今日こそは危ない目に遭うかもしれない、と不安でいっぱいになってビビりながら通った日々もあった。

でも、そんなこといちいち言ってたらこの地でひとりで私のやりたいことは何もできないのだから肝に銘じておけ、と自分に言い聞かせ鼓舞しながらなんとかここまでやってきたのだ。

と言っても、使命感を持ったジャーナリストでも無いのに、むやみにわざわざ自分の身を危険にさらす場所に身を置き続ける必要も無いだろう。もしそんなんで危ない目に遭ったりしたら他人にも迷惑だ。

時間的にも肉体的にも経済的にも精神的にももう無理だと限界を感じ、この2年はリオでカーニバルに出ることを止めていることもあり、リオには年に何度かしか訪れることをしていない今となっては、慣れているリオの借家での生活は便利な上、恒常的に住むにおいてはやっすい家賃とはいえ(狭くてボロいけどよ)、仕事上サンパウロを拠点に置いている私の経済的に考えたらどう考えても合理的では無いのであった。

年に数回、2,3日の滞在であるのなら、ホテル代だけを考えたならば年間の家賃よりも安価で高級ホテルに滞在することもできる金額だ。

でも、なぜ2年間も借りっぱなしにしていたかというと、その名も姓は面倒、名は臭男、という幼少のみぎりから私の心に巣食うこのご友人の助言にて、引き払うについてのさまざまな労力を考えるとうんざりしてついつい引き延ばしてしまったこと、そして、やっと見つけて居ついたこの部屋とこの土地にすっかり愛着を持っていてしまい、引き払ってしまったら私の中で何かが失われそして終わってしまうようなそんな気がしたからだ。

さらに正直に言えば、このリオの家に住み続けていることで、サンパウロやリオの比較的安全なとこだけに住んでるんじゃないんだぜ、リオで日本人が決して住まないボロくて危ないところに住んでるんだぜ、俺って人とちょっと違うんだぜい、という中二病的で青いプライドもあったと思う。(中二気質がなくとも、実際にリオなどでがっつり練習に参加しカーニバルに出るには、ある程度の経済力があったとしても絶対に安全なところだけを行動範囲に置くことは不可能であるとは思うのだが、それにしても。)

 

このリオの家を去ると大家のサンドラさんに告げた時には、急にだと向こうもすぐ借り手がつくかわからなくて迷惑だしと、日本人的な考えで向こう2カ月分の家賃を持って行った。

だが、それは要らない、あなたが今月の家賃を払ってくれたらそれでいいとサンドラさんは言ってくれた。

私はサンドラさんに良くしてもらった恩も感じていたのでもともとそのつもりだったのだが、私が買い揃えた冷蔵庫や電子レンジやガス台、マットレスなども次の借り手がつきやすいよう置いていく、もし要らなければサンドラさんの好きに処分してくれ、と申し出た。

この地域において、そんな住人は今まで多分いなかっただろう。あなたが持って行ったり売ったりすればいいのに、、、と言いながら、サンドラさんの顔はちょっとほくほくしていた。

リオで捨てようと思っていた中でも状態の良い服やら靴やらも、ゴミと分けまずサンドラさんが欲しいものがもしあれば取ってくれて構わないので、と言ってまとめて差し出すと、サンドラさんの親戚やら近所の人が集まってこぞって持って行ってくれたということで、その日の夜には全部がきれいに無くなっていた。

もう使えないパソコンとかはどう捨てたらいい?と聞くと、家の前の道に置いて置けば道に住んでたりする誰かが一夜のうちに持って行って分解したりしてどこかで売れるので、そのままにしていきなさい、とも。

 

そして、あなたの荷物も少し置いていっていいわよ、そんな何日もは困るけど、今後あなたがリオに来る時があったら、2~3日とかだったら私の家に泊まっていいからね、と言ってくれた。

私の家にいつでも泊まりに来て、と言わず、そんな何日もは困るとあらかじめ言ってくれるのが逆に有難く、本当にたまになら泊まって良いと思ってくれてるのがわかる。

 

私だって本当に図々しく何日も彼女の家に泊まったら上手くいかないのは了承していた。

 

でもその気持ちがとっても嬉しかったので、急遽どうでもいいものもわざと詰めてミカン箱ほどの大きさの段ボールひと箱を彼女に託した。私はここにまた来る、愛がある、という気持ちを込めた、つもりだ。

 

ここを去る時はもっともっともっと感傷的になるんじゃないかと恐れていたが、思っていたよりも最後という感じはしないで済んだ。

 

部屋を掃除し終わり、いよいよタクシーに荷物を積んで去る時の窓越しに、家の前まで出て来て見送ってくれたサンドラさんへ、

 

大家さんがあなたで無かったら、私はここにこんなに長く部屋を借りて住むことは出来なかった。ありがとう。

 

と、気持ちを言った。

 

 

どこまで彼女に私の気持ちが伝わったかは、わからない。

 

 

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家の前で銃撃戦があった話

前回話したように、私は今リオの別宅に来ている。

ここ二年ほどリオのカーニバルには出ていないのだが、せめてチャンピオンパレードくらいは観たいということもあり、カーニバル後はしばらくリオに行く計画をしていた。

 

ホテルなどの手配を事前にせずとも思いたった時にふらっと行けるのが別宅を借りている最大の利点だ。

危険な地域にあるおんぼろアパートとはいえ、ガスコンロ、鍋類、食器類、冷蔵庫、電子レンジ、wifiの線も引いたし果ては常備の食料や調味料まで、生活するのに最低限のものは全て揃えている。何も持って行かなくとも予備のパンツや着替え、アクセサリー類さえ置いてきているので、最悪少しのお金とバスに乗るための身分証明書と家の鍵さえ忘れなければ準備を入念にせずとも身軽に気安くリオまで小旅行ができるのだ。(サンパウローリオ間は飛行機で1時間、バスで6~7時間ほど)

長年の通い生活から電車、バスのルートも、どこに何時までどの店が開いているかなども把握している。

屋根はあるもののここは本当はお外なのかな?と思うくらい暑くて埃っぽいアパートといえども、朝から流れ込む他の部屋のおじさんたちの加齢臭がどんなにえげつなかろうとも、たとえ訪ねて来た友人たちに同情の目を向けられどんなにディスられようとも、ベッドから数歩でシャワーから料理までできるのは自堕落だが考えようによっては快適とも思えるほど慣れた今となっては、間違いなく私には世界一落ち着く場所といえた。

今年のリオのチャンピオンパレードは3月9日の土曜日だったので、2,3日前にリオには行くことを予定していたのだが、サンパウロでカーニバルに出た疲れなどもあってだらだらと数日が過ぎ、結局リオに着いたのは当日の朝となった。

去年の教訓もあったためせめて夜にリオに着くのは避けようとサンパウロから夜行バスに乗り、朝方リオの家に着いたのだった。

リオのチャンピオンパレードは素晴らしく、やっぱりリオはいいなあ~、などとゴキゲンに過ごしていた中、アパートの階下に住む大家のサンドラさんと少し話をする機会があった。

ちょっと立ち話をしようとすると制され、ちょうど今6時だから呪文を唱えながらこれを家の前に撒かなければならないのだ、とビニールに入った褐色の液体を見せて言う。

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それは、以前体調を著しく壊した私をサンドラさんの行きつけの教会に連れていってくれたときに、これをシャワーを浴びる時に悪魔よ去れ!といいながら体に流すのだ、と渡されたのと同じシロモノだった。

私がリオに着くまさに前日の夜10時頃、このアパートのすぐ前の道で銃撃戦が起こったと言うのだ。

そのため、ここにもう悪いものが来ないようにこれから呪文を唱えながらこの道に撒いて回る、ということであった。

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お取り込み中のようだったので、また後で話をしようと言って一旦別れたのちに、階下のサンドラさん宅に呼ばれ夕食をついばみながら詳しい話を聞く。

警察に追われたバンジード(マフィアの一員)がこの道に逃げて来て、マシンガンをぶっぱなしながら向いの家の塀を飛び越えて中にまで侵入したという。

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私の部屋の窓から撮った 向かいの家の写真。その奥にある丘の小ファベーラからバンジードたちが最近降りてきているということだ。

 

反対側から来た警官がマシンガンで応戦し、パパパパパパンと鳴り響くものすごい銃声に驚いたサンドラさんは無邪気に遊んでいた孫娘を抱いてとっさに床に伏せたそうだ。

 

いつもはね、ちょうど娘が孫娘の翌日の学校の為に体操着を洗濯する時間だったの。でもたまたま仕事から帰ってきてその日は疲れて寝てしまっていてね、、、。

 

と、通りに面した庭の奥の洗い場までおいでおいでと案内された。

 

 翌日ね、水を屋上のタンクから引こうと思ってスイッチを上げようとしたら何かに引っかかってうまく上がらないの。おかしいと思ってスイッチの裏を見てみたらね、、、

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スイッチをひょいと持ち上げて裏側をめくると、そこには生々しい銃痕があった。

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 庭のほうに回ってみると、窓の斜め右下にもぽつりと銃痕があり、壁を突き抜けてスイッチの裏側を通り

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さらに銃痕は洗い場を通過し反対側の壁にも穴の痕がある。(銃痕の穴自体はサンドラさんがセメントでひとまず埋めたようだ。)

 

ね?銃の球が洗い場のこのあたりに落ちてたの。警察の放った流れ弾がここに当たってたのよ。この銃痕のルートからしたらもしいつものように私か娘が洗い場に居たら、頭か胸らへんを突き抜けていたはずだったのよ、、、

と、サンドラさんは身震いをした。

その時説明しながらサンドラさんが洗うしぐさをしてかがむと確かに丁度頭のあたり、まっすぐに立った時には丁度胸のあたりの高さのところに銃痕があった。

 

去年よりも状況はもっとひどくなってるんじゃないか。。。 

 

1年前に私が訪れ銃を突き付けられた翌日の昼間、その現場の傍を通っても大丈夫なもんかと恐る恐る外に出た。

こちらにいる時は毎日と言っていいほど通い詰めているパン屋(コンビニほどでは無いが一通り何でも売っているし、軽食も頼める)に行く時に必ず通る道なのだが、サンドラさんが最近その辺りにバンジードが常駐している、と言っていたので警戒したのだ。

だが昼間だし、近所の人たちもいつもと同じようにちらほら通行しているのを確認したので、大丈夫と判断して意を決してその道を通ってみる。

家の角を曲がり、件の道に出るとすぐ後ろの小ファベーラの入り口に何か杖のようなものに寄りかかった人が立っているのが確認できた。

私は乱視なので割と近くまで行かないと人の顔や持ち物などを把握できないのだが、もしかしないでしょうね。。。と思ってさりげなさを装い近くを通り過ぎる時にその人物を横目で見ると、そう、その杖のようなものはやはり、、なのであった。

 

今まで私のリオの家をファベーラの入り口から徒歩五分、と紹介していたのだが、それは巨大ファベーラの入り口までの事で、このような現状の昨今、事実をもって訂正しておかなければなるまい。

ファベーラ(小)の入り口まで30秒、と。

 

それでも、それから去年数回訪れた際にサンドラさんに確認すると、最近はわりと安全で見張りまではいない、と言っていたので少し安心していたのだが、今回また銃撃戦というこれである。しかも家の真ん前で。

実際今回10日ほどこの家で過ごしたが、相変わらず道行く車はハザードを点けて走行しているし、車がむやみに通れないように道の真ん中に廃材のゴミが山積みにされていたり、工事でもないのにポールに縄が張られて車が通りにくくされている道があったりと、未だバンジードの気配は濃厚だ。

夜遅くなってバスを降りて歩いて帰る際、バイクが私の近くまで来て顔を確認し(たように思う)、Uターンしてまたどこかに行く、という不自然な動きをされたことも2度ほどあった。

サンドラさんにあればバンジードじゃないのか?と言うと、そうね、怪しい者がいるとそうやって確認するのよ、近所の人に聞き込みをしてあそこに住んでる子だ、ってわかれば何にもしないから大丈夫よ。

逆に最近はあんなにいた強盗はいなくなったの。バンジードがここら辺を仕切っているおかげでね。

相変わらずのサンドラさんのバンジードへの信頼は感じたが、さすがの彼女も下手したら娘か自分が死んでいたかもしれないということで、痛し痒し、と苦い表情を見せた。

 

私だって他人事ではなく、もし1日早く着いていたら、巻き込まれていた可能性もある。

夕食をとっくに食べ終えて、今月の家賃を支払い、いろいろ雑談をしつつもこれからしようとする話に気を取られ上の空の私だったが、とうとうもういい加減切り出さなければならない。

溜まっていた家賃の領収証を律儀に全部取っておいてくれてそれを持ってきたサンドラさんに向かい、思い切って告げた。

 

 

実は、今月で私はここを引き払うつもりだ。

 

と。

 

そう、私は明日、8年借りていたこの家を去る。

 

 

 

 

 

家の近所で銃を突き付けられた時の話

カーニバルも無事終わり、少しお休みをいただき、現在私はリオの別宅に来ている。

joe.hatenadiary.com


 ここらでも書いているように、リオの別宅は貧民街からほど近く、その中でも特に私の借りているアパートはクソ貧乏人のみが住めるある意味選ばれし者たちのアパートだ。

 

私のこの家は、ブラジルで最も悪名高い巨大ファベイラ(貧民街)であるコンプレックス・アレマオンからすぐのところに位置する。

もろファベーラでは無いが安全とは決して言えず普通の日本人が好んで住むような立地でも無く、だが慣れもあって私にはなんだかんだ居心地も良くてかなり気に入ってしまい、アパートを借りはじめてから早丸8年が過ぎた。

住み始めたころは警察とこのファベーラの一大抗争が巻き起こっている最中で、一年くらいは徒歩五分のところにあるファベーラの入り口に銃を持ったアーミーがでっかい装甲車の上に駐在していた。(それまで装甲車というものを間近で見たことがなかったため、なぜこんな家の近所の道に戦車が?。。。とおののき途方に暮れたものだった)

 

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装甲車参考資料。冗談ではなく、本当にこんな感じのものだった。

 

なので暴動が起きただの、銃撃戦が近くであっただのという話は日常茶飯事で、TVでニュースを見ていると、さっき帰り道で通ったばかりのところが暴動で焼き討ちにあっている、なんてことさえもあった。

 

そして去年、カーニバル後に久々にこの家を訪れようとリオに降り立ち、夜もそこそこ更けてきた時間だったのでUBER(安い民間タクシーのようなもの)を頼み、あと一分で家に着く、という時にふいに何者かの静止によって車が止められた。

ん?

と思ってその何者かを確認しようと目を向けると、そいつは逆におまたちは何者だ?と運転手と私の方向に向け銃を突き付けている。

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

ついにこの時がキターーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

いつか遭うかもしれないと覚悟はしていたが、恐怖のあまりイナズマのような衝撃が身体を貫き一瞬頭は真っ白になった。

 

“死”という一文字が脳裏に踊る。

 

パニックながらもなんとか持ち直し命だけは助けてもらえるよう、とりあえずもっている金目のものは全部出そうと震える指先で自分のバッグに手をかけようとするが、こういう時はバッグをまさぐるなど怪しい動きをするとズドンとやられる恐れがあることを思い出し、バッグはココにある、といつでも指させるよう心の準備だけしておく。

運転手さんは、僕はUBERの運転手でお客である彼女をここまで送っていくだけだ。彼女はここを曲がった角の家に住んでいるのだ、と説明している。

強盗と思われたその男は、運転手さんとしばし会話を交わした後、よし、じゃあ行って良し、と私たちのタマ(命)も金品も取らずに私たちを解放した。

 

彼の背中が遠ざかっているのをミラー越しに確認し、角を曲がって家の前で降りる時に、いったいアレは何だったのか?と運転手さんに慌てどもりながら聞いてみる。

アレはここらを仕切っているバンジード(マフィア)で、私たちが怪しい者でないかと疑い確認したんだよ、彼らのシマに入る時には車内の灯りとハザードランプを点けて走行しないといけない決まりになっているのに僕は知らなかったから点けていなかっただろう?それで奴に怪しまれてしまったんだよ。

運転手の彼もさすがに相当にビビっていたようだがさすがのリオっ子、上手に回避してくれたので本当にありがとうとお礼を言い、知らなかったとはいえ危ないところを通らせてしまいすまなかったと詫びて、戻りは別のルートを紹介しハザードを点けて帰っていただいた。

そんな目にはここらへんで一回も遭ったことは無く、今までそんな決まりなど無かった筈なので驚いて家に荷物を置きこけつまろびつ速攻で大家サンドラさんを訪ねた。

ついさっきあったことを興奮しながら話すもサンドラさんはこともなげに、

ああ、そうなのよ、最近バンジードがこっちのほうまで下りて来ていてね、そういう決まりになってるの。敵のバンジードとの抗争があってね、ファベーラに敵のバンジードが入ってこないように最近あそこに見張りが立っているのよ。

と、まるで夕食に何を食べたかと聞かれたくらいにサラっと言ってのける。

 

サンドラさんも別段普段と変わらない暮らしをしているようだった。

 

なので私の気もだんだんと落ち着いてきて、そうかそんなもんか、、、とは思えたが、やはり久々にリオに訪ねてくる時は非常に緊張しなければならず気が重くなってしまった。

ここ二年はリオのカーニバルで出ることもしておらず特に以前のようにしばしば来る必要は無くなっていた上にサンパウロでの生活の忙しさも相まって、この頃からさらに少しずつこの家から私の足は遠のいてしまっていった。

 

 

 

 

ブラジルのエステに行ってみた話

カーニバルも近い。

追い込みの練習等のせいもあって私の膝の状態は全く回復の兆しを見せず、去年の今頃とほとんど変わらず同じくらい痛い。

まずはここで膝おじさん完全終了の悲しいお知らせです。

 

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膝、と言えば、今日ブラジルのエステということろに行ってみた。

カーニバルも近いので、もう自力ではどうにもならない昨今、ちょっと試してみようじゃないかと思い立ったのだ。

なぜ膝と言えば、なのかというと、私は自分の丸膝の上に乗っかっている肉をこよなく憎んでいるからだ。

もう思春期の頃から長らく、ダイエットをしてみたりいろんな努力をしたのに足が全然細くならず膝の皿はでかいままその上に鎮座した肉はたるみおまえは膝にゾウさん飼ってんのかっていうくらいなもんで、若い頃お風呂の中で必死で塩もみ(粗塩♡)をしてる最中に悲しくなって、“こんなにも足が太いのだからもう本当に死のう…”、と泣きながら決意したこともあったほどだ。

 

思春期恐るべし。

よかったのかわるかったのか、次の日からもお菓子を食べたりしながら、今日までのうのうと生き延びている。

まったく私の膝には現在まで見た目にも故障にも悩まされっぱなしだ。

私のコンプレックスヒストリーはチェーン状に次から次へと繋がって語り始めると自分の人生以上に長くなってしまう可能性の高いパンドラの箱であるので(特に飲んだときな。)これくらいにして。

 

まあ、カーニバルも近いし、興味もあったし、ブラジルで試しにエステというとこに行ってみようかなと思ったわけだ。

 

でも、もちろん金は無い。

なのでGROUPONを使って近所で安いものを探してみた。

具体的にどんなことをするのかポルトガル語の説明で理解しきれないので、安くてそれっぽいものに直接行って後学のためにも一度体験してみようじゃないか。

私が購入を決めたクーポンはスーパーセールということで、

25000レアルが79レアル

になっていた。(※79レアルは2000円ちょい。2019年2月現在)

 

どんなお人よしが見ても絶対嘘だとわかる割引率だったが、そこはいろんなセッションを試せるというパッケージだったので、まあ一回行っただけでもこの値段なら諦めはつきそうだし、変なとこだったらもう行かなければいいし、ブラジルの経験値上げとしても、まあ騙されたつもりで行ってみよう。

と理論武装して購入してみた。

 

騙されたつもりで、という状況の場合は大抵騙されるものだ。

 

案の定、90日間限定のセッションなのに1回目の予約を取るまで一ヶ月近くかかった。

やはりか、と思ったので、そんなに待たされるなら購入自体キャンセルしたい、と言うと、一回目の予約までは時間がかかるが、その次からはすぐに取れるから、と説明され、疑いつつもしぶしぶと従った。

GROUPONでは、わざと頻繁に予約が取れないようにしたり、他のコースを執拗に勧められたりする、と聞いたことはあってこれもそれのようだな、と思ったが、ひとまずここは目をつぶろう。

まあ、向こうも商売だし、多少はしょうがない。そんな安くばかりやっていたらあちらも商売あがったりだろうしな。

 

で、今日、やっと待望のセッションに行ってきた。

大通り沿いのビル街の大きい綺麗なビルの6階にある、よくありそうなサロンだった。

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問診表に記入すると小さい部屋に連れていかれ、気になる部位などを聞かれる。

担当と思われる愛想の良いちょっと太めの女の人(だいたいここの従業員がことごとくどっちかというと太目だった)が、幹部と思われる痩せた(この人だけが痩せていた)小さい白人の40~50代くらいの女性を連れて部屋に入って来る。

彼女は私の丸膝をチェックするとゾウさん部分をぷるっとつまみ、まあ、これは酷いわね!あなたはこのセッションをやったらいいわ!!と言って目の前の机の上にある問診票の裏にせかせかと3つの項目を書いて内容を説明しながら印をつけていく。

長い説明が続き、これは私の買ったパッケージに含まれているのか?と聞くと含まれて無いと言う。その3つのセッションは10回のパッケージで全部で5000レアル(15万)ほどだ、という。即決できるか。アホか。

悲願の膝象肉除去には心の底から興味はあり、やってみたい気持ちで私の心も膝の水もいっぱいに溢れたが、一回も試していないものをわあわあとせわしなくポルトガル語でいくら説明されても、わけのわからないパッケージを即決15万で買うほどには私は金持ちでもうっかり者でもなかった。

ある程度他の売り込みをされるのはもちろん織り込み済みだったので、とりあえず今日のところは様子見に徹して絶対に契約してはいけないと、お金は彼が出してくれるので彼に聞いてみないとわからない、という嘘を瞬時について攻撃をかわす方針を立てた。

だが執拗に食い下がって来て、架空の彼(ちなみに聞かれるままに答えていたところ、彼は日本人の商社マンで、働き者でお金はあるけど亭主関白でちょっとケチなところが玉に瑕☆、という設定になっていった)に相談して次に決める、と何度も言ってるのに、

『ほら、あなたは爪を綺麗にケアもしてるじゃない!それと一緒よ?!(たまたま材料費だけで爪をデコってもらったばかりだった)彼に相談しないで自分で買わなきゃ!あなただって働いているんでしょ?どうしてもというなら彼に今から電話して聞きなさい!だってこんなチャンスもうないのよ!今日は特別に5000レアルだけど、普段は倍くらいするの。もう今日を逃したらこの価格であなたに案内できないのよ?ねえどうして!?こんなにお得なんだもの、彼氏に聞かないで自分のお金で買えばいいじゃない!分割だってできるのよ?現代の働く女性がそんなに彼氏に聞かないと何もできないなんてダメよ!!』

うるせえ。

おまえに私の彼(架空)を悪く言われるいわれはねえ。

あ、言ってないか。でも、どっちにしてもそんなことまで言われる筋合いはねえ。大きなお世話だ。

しかし絵にかいたような定型のセールス手法だ。

話をしているうちに彼女がまるでビー玉のような目をしている事に気が付いた。

どこの国も同じだな。

今もあるのだろうか原宿でキャッチに捕まって雑居ビルの小部屋に連れ込まれた人にラッセンの絵(レプリカ)を高額のローンで買わせようとしている人と同じ目だ。

相手を値踏みし人とは思っておらず、目の奥が虚ろで感情が無い。

ビー玉があんまりしつこいので、今日は時間が無いから、そして彼氏に聞いて次のセッションまでに決めてくるので、とにかく今日は今日のセッションをして帰りたい、と数回押し問答をた挙句やっと解放されセッションに入れた。

足に変なぬるぬるしたものを塗られ、ド新人と思われる子が2~3分やる気ないマッサージをしたあと、何の光も出ないただの大型マッサージ器のようなもので5分ほど両足をブルブルして、ハイ終わり、と言われた。

曰く、今日は他の機械が壊れたので、今日はこれしかできない、という。

 

ウソつけ。

 

なるほど、そういうことか。

 

 

 

最近こちらに長い日本人の友人が言っていて思い切り膝を打ったのだが、

 

ブラジルにいると辛抱強くなるか、攻撃的になるか、それとも誰にも関与せずに生きる術を身につけるか、じゃないかねぇー

 

なんて話をしていて、私は、その状況とテンションにもよるのだが主に攻撃と関与せずの混合型であり(いつまでたっても決して辛抱強くはならないの♡)、この国では理不尽な目に遭うことも多いので、よっておこりんぼ型と化す時も多い。とにかく文句を言わなければどうにもならないことも多々あるからだ。それで正しい主張をしてもやはり何にもならなくて徒労にまみれるだけのことのほうが多いにしても。

 

ちなみにその友人は、日本で普通に暮らしていて小学校六年生の時にお母さんに、

さあみんなこれから出かけるわよ~、

と軽く言われて、幼心にほうほうこれから家族で旅行かどっかに出かけるのだな、と思いついて行くと、そのままブラジルに連れていかれ住むことになっていた、というなかなかに香ばしくワイルドな環境を生き抜いてきた経緯があるので、彼女のブラジル観にはいちいち重みがあるのだ。

 

 仕方なし、帰り支度をして受付で一応次の予約を取ろうとすると、あと20日後しか予約が取れない、という。

1回目以降はすぐ予約ができる、って言ったじゃない!?と言えば、

ええ、その時はそう言ったと思うわ。予約自体は空いてるの。でもあなたは彼女(ビー玉)の査定によって20日後以降しか取れないということになったの。そう決まっているの。

と、ぶっちゃけてきた。

その頃には受付のその彼女の目もどんどんビー玉のようになってきていた。

あげくに今日やっていないセッションの項目にまでサインをしろ、と言われたので、さすがにそれはひどいと抗議するも、わかった、と言いながら他のスタッフにここに適当にサイン書いといて、と後ろでしらっと言っている。

要は初回にもっと高い契約をしない貧乏人にはクーポンの正規のセッションも全てやらせず、予約の間隔をできるだけ開けるように指示されているのだろう。こんな文句を言われるのは良くあることなんだろうな、と感じさせる堂々たるたたずまいだった。

私は親玉ビー玉のお眼鏡にかなわなかった、ということだろう。

しかも今日の私の恰好と言えば、すっぴんに髪の毛をてっぺんで無造作にお団子にしてノーアクセサリー、パーカーにアディダスのスパッツにスニーカー、という、私がこのエステで働いていたとしても、こいつ、すがすがしいほど金の臭いしねえな、と即座に戦力外通告を突きつけたくなるような出で立ちであった。

 

最後にさすがに腹も立ったしもう来ないだろうなとも思い、

いくら安いクーポンの客で他の契約をしなかったからって言ったって、あなたたちの扱いは酷いと思うよ、と捨て台詞を言って受付を後にする。

 受付嬢はビー玉の目に一瞬だけ苦いものを浮かべた。

 

しょうがねえ。

 

 

ほうらね、騙されたつもりで、って時はこんなもんさ。

 

自分にも反省点はある。

これも経験さ。

 

まあ、負け惜しみなんだが。

 

私がブラジルで完全『我関せず型』となる日もそう遠くないのかもしれない。

 

 

 

 

 

今日の私のブラジルと、西原理恵子さんの漫画を読んで思ったこと。

暑い。

こちとら現在ブラジル・サンパウロの真夏真(三文字全部漢字ほぼおんなじ♡)っ只中だ。

みなさまはいかがお過ごしか。

恵方巻食い過ぎて腹を壊してはいまいかな。

まあ、そんなに幸福に貪欲になりなさんなよ。

 

この夏は久しぶりに天気の良い日が続いており、日中の日差しもめっぽう強い。

と、いっても、サンパウロはリオなどもっと北の方と比べると特に夜はかなり涼しいし、さらにサンパウロの私の家は比較的涼しくクーラーが無くても耐えられるくらい快適だ。

日本の夏と比べてもじめじめしておらず、日陰においてはしごくカラっとしている。

 

今日は最近できたドラッグクイーンの友達に誘われ、サンパウロのちょい外れのほうにある彼女の所属するサンバチームに行ってきた。

 

彼女とは、この1月下旬に行われた、去年私が出てベストドレッサー賞をいただいたサンパウロの2番目に大きい(と思われる)カーニバルサンバコンテスト(今年は私はコンテストには不参加)の、サンバの多様性をテーマとした今年の開幕の踊り手グループにお互い選んでいただいたという縁で、仲良くなった。

ちなみに他の開会のショー招待者はサンパウロの子供のカーニバルの女王と王様、プラスサイズの女王2名、ドラッグクイーン(←誘ってくれた友達)、トランスジェンダーの女王、サンバを踊るダウン症の女の子、赤毛の白人の身体キレキレの踊り子、私(←外国人代表らしい)という、まさに多様なラインナップであった。

 

仕事としてではなく、純粋に楽しむために全く見知らぬサンバチームに訪れることは昨今の私には稀な事で、面倒見の良い彼女のナイスアシストと、ちょっと外れの方に位置するチームだということもあり皆日本人である私を珍しがってとっても歓迎してくれて、久しぶりにリラックスした楽しい時間を過ごすことができた。ありがとう、フライーラ。

私は、主にブラジルに住む日本人の方たちに向けレッスンをさせていただいていることもあり、サンパウロの中心地で毎日愛を叫んでいる都合上、サンパウロのバリバリ都会に住んでいる埼玉出身ブラジルシティーガールである。

 

本日訪れたそのチームは、聞いたところサンバ会場でパレードを行う中で最も中心地から遠いチームらしく、家から電車など乗り継いで一時間半ほどのところにあった。

 

帰りは、電車が30分ほど遅れやがり、私の家の最寄りの地下鉄まで終電で辿り着けなかったため、仕方なく終電があった電車の最終地点で降りてタクシー的なもの(UBER)を呼んで帰らざるを得なかった。

 

私の乗った駅から一緒の車両に乗って来て少し話をした女の子が同じ駅で降り、

あなたはどこまで行くの?私も地下鉄で彼氏の家まで行くはずだったのに、電車が遅れたせいで地下鉄が終わっちゃったね。。。

と、話しかけてきた。

 

聞くとその彼の家はタクシーで私の家へ行く道の中間あたりで、一緒に相乗りをしても良いと思える場所だった。

 

でもね、悲しいかな、私、少し、知ってるの。

彼女は私の東洋人顔と、なまりのあるポルトガル語から、私が外国人だということはわかっていたと思う。

私は全くもって、わがままなクソ人間であるのだが、それなりにできる範囲は他人に親切にしてあげたいとは常日頃から思ってはいる。

だが、悲しいかな、ブラジルでは外国人を騙そうとする人がたくさんいるので、過剰までに警戒しないといけないことも多い。

 

最終電車で一緒に降りた駅で、私は携帯でタクシーを呼び、彼女をどうしたもんかと思案する。

彼女は、携帯で彼氏にここまで迎えに来てくれと連絡を試みているのだが、まだ連絡がつかないのだ、と言う。

 

彼女を残して私だけ帰るのは心配だったので、では、私の家の方が遠いし、あなたは5レアルくらいくれればいいから、一緒に帰ろうか、と提案してみた。

私は地下鉄で彼の家にいくつもりだったから、小銭しか持ってないの。。。

と、彼女は言ってポケットの小銭を私に見せる。

 

つか、ギリギリすぎんだろう。

 

でも、そんなことは決して裕福では無いブラジル人の間では起こりうることだが。

 

 

うん、そう、知ってる。あやしいの。

 

でも、私も若かりし頃、日本で酔っぱらったり、うっかり財布忘れて家出てしまい、困り果てて友達とかに交通費借りたことだってあるし(さすがに通りすがりの人に交通費借りたことは無いけどさ)。

 

それで、その子の彼氏がUBERで迎えに来てくれるから、あなたもそれに一緒に乗っていって折半しない?と提案されるが、それだけはきっぱりと、車は私が呼ぶからと言って断った。

 

で、ん?と、瞬時に彼女が銃などを隠し持っていないかどうか改めて服装をチェックする。

彼女はバッグなども持っておらず、携帯だけ持った手ぶらで、キャミに短パンという軽装だったので武器は持ってはいなそうだった。

ここブラジルで知らない人のさらに知り合いの車になんて乗ったら絶対に危険に決まっている。

どこに連れていかれるかわからない。やや貧しそうではあったがふつうぽい女の子だといえ、油断してはいけない。

盗まれ、危害を加えられる可能性だってあるのだから。

 

そうこうしているうちに私の呼んだタクシーが着いた。

ええい、ままよと彼女の手を引いた。

 

もう、いいや。なんか彼女を放って行けない。

今日は久しぶりにブラジルでいろんな人に良くしてもらったし。

もしちょっと悪い子だったとしても、私が呼んだタクシー内では彼女も私に危害を加えることはできないだろう。

 

うん、でも、だからね、知ってるの。

服装を改めてチェックしたと同時に、彼女の主な歯が数本無かったのも既に気が付いてたの。

彼氏の家まで寄って行くから、住所を教えて、って言ったけど、彼氏が最寄り駅まで迎えに来てくれるから、タクシー代は彼氏が持って来てくれるからちゃんと半分払うからねって言われて、じゃあ、彼氏が迎えに来てくれるのは駅のどっち側?って聞いても、わからない、と言う。

 

私は、だからね、何度も言うけどさ、ちょっとはさ、知ってるのよ。

 

でも、今日はせっかく気分がいいし、お金の問題では無くて、彼女が目的地で何も言わずお金を払わずにタダ乗りして逃げて降り去っていくのだけは、見たくなかったんだ。

 

だから、彼女の降りるとこらへんの少し前で、今日はお金はいらないよ、私の帰り道の途中だし。困った時はお互い様だからさ。

と、言いました。

ちゃんと払うつもりだったのかもしれない、でも、親切にしたつもりだったのに、もうブラジルで嫌な思いをしたくなくて、万が一彼女に裏切られるのが怖くて自分から切り出した。

 

彼女はすがすがしくさっぱりと、ありがと、と言って、ああ、ここらへんでいい、と言って降りていった。私の名前すら聞かないままに。

 

そのタクシーの運転手さんが話しかけてくる。

私たちの会話を聞いていた彼は、もちろん状況を察していた。

私と彼女が電車の中で知り合ったばかりということや、私が外国人だということ、タクシーのお金はいらないと彼女に言っていたこと。

 

会話のはじめは、君はとってもいい人だね、困った時は皆で助け合うものだから。みんなが助け合う輪ができたら最高だよね、と言ってくれていたが、だんだん説教になってきた。

 

私はある程度わかってたから、、、私がちょっとした親切を、日本人は金を持ってるから利用したろ、とかで無くて、他の困っている人にちょっと親切にしようかと彼女が思ってくれたらいいよね、騙そうとする人もいるけど、私も困っていた時に名前も知らない見ず知らずのブラジル人に助けてもらったこともあるし、、、なんてことも言った。

 

彼は、わからない、わからないよ?でも、彼氏の住所がわからないとかおかしいよね?どこらへんに彼氏が迎えに来るの?って聞いてた時にも駅のどちら側かもわかってなかったし。

本当に残念なことに人を騙そうとする、特に君のような外国人を騙そうとする人がこの国ではたくさんいるんだよ、と、こんこんと説教をしてくる。

 

さらに、わからない、わからないよ?でもね、多分彼女はアプリとかで知り合った誰かもわからない男に会うところだったんじゃないかな、と僕は思うよ。え?では彼女はアプリで知り合った男に身体を売るためにここに来たのかって?いや、そこまでは僕にもわからないけどね。

家の前に着き、ほら、でも料金は彼女の降りるとこを通ってもほとんど変わらなかったよ?と言ってみる。

そういう問題じゃないよ。お金の問題じゃないんだ。とにかく君は本当に悪いブラジル人にはくれぐれも気を付けないといけないよ、と、タクシーを降りる間際まで心配(説教)してくれた。

 

自分ではある程度判断できているつもりでも、きっと生粋のブラジル人から見たら、私はお人良しで危なっかしく見えるのだろう。

 

前述のように知り合った人にできるだけ礼節を持って親切にしたいと常日頃思っているはいる私だ。己の贖罪のため(別に犯罪を犯したわけではない)の、自己満足かもしれない。

だが、ここでは外国人・日本人は金を持っているのだと、たかってくる輩も多いことは私も良く知っている。

だから、本当は皆に好かれたい、もっと親切にしたいという我が欲望もあったりして、言い方は悪いが小銭程度は私が少し多く払っても別にいい、とここでの経験上思っているが、それが相手にとって癖にならないように控えざるを得ない時もいっぱいある。

いつも私もそれをしてしまうと、ブラジル人みんなそれが当たり前になってしまい、結果的に、私ももちろんそうなのだが、他の外国人・日本人までもが嫌な目に遭ってしまうこともあるかもしれないとも、思う。

 

難しいところだ。

 

 

私は、西原理恵子さんの本が好きで、ほとんど読んでいる。

最近も、ダーリンは70歳(代w今後も続くと思うので)シリーズを読み返していた。

彼女は(直接存じ上げないのに彼女、なんて私が言うのは偉そうで申し訳ないが)、日本の、この時代的に、特に現代の女性が生きるのを楽にしてくれる生き方を提示してくれるパイオニアであり、面白くとっつきやすく(時に常識外れで露悪的な部分もあるがw)あっぱれな生き様を見せてくれていて、私にはとても勇気づけられるものだ。

私が知らないだけかもしれないが、他にこんなにも年上のモデルとして女性が楽に生きられるような生き方を見せてくれる方は知らない。愛に満ち、そして辛い日常すらキレキレでギリギリのギャグにしてしまうセンスと技量。

だから、すでに高名であった高須クリニック(に行ったことはまだ無いが)のダーリンの方も、面白くも豊かで立派な方だなあと、彼女の本などを通して知ることになった。

 

その影響だか、今日は終電で会ったその彼女にちょっとした親切くらいしたいという気になったのかもしれない。

盗まれたり、殺されなかったし、いいや。

 

私は西原理恵子さんや高須さんのように突き抜けることはできぬ凡人ではあるが、愛を持って人生を全うできたらいいなあとそんなことを思う、ブラジル午前5時、だ。

 

 明日も仕事さ。もう寝ろ。

自分は裕福ではもちろん無く、5000円以上のものを買う時は自然と身体が震えてしまう小者感あふれるザ・庶民であるのだが、願わくば、いつかケチなことを気にしない小金持ちくらいになって袖振り合うも他生の縁と、困っている誰かのために惜しみなく気前よくバンバン愛情もお金も使うような人になれたらいいなあ、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

膝通信~大谷翔平もやったというPRP再生医療の、良く効く版というAPS治療をやってみた話その後と、うまい棒

 


さて、皆様お待ちかね、もはや私のライフワークと化しつつある、私の膝☆通信である。

だから、ちょっとつまんないよ、言っとくけどさ。

 

八月の終わりに日本の地元の病院で膝の再生治療を受け、早四カ月が過ぎた。

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効果がちゃんと見られた暁には皆様にご報告差し上げようと思いつつこれといった決め手がみられないまま、経過を見ていた。

 

どう書くべきなのかやや逡巡したが、正直な感想を時系列に沿って述べさせていただきたい。

 

注射直後→むしろ痛くなったが、これは一時的なモノ(と、言われてたしな)。。。

一ヶ月後→はっきり言って注射前と変わんねえ。でも、あまり無理はせず、様子を見よう。

二カ月後→ん?引き続き痛い時もあるけれど、あれ?でも、前よかなんか良くなってる感じするぞ?

三カ月後→おお、まだ少し痛いことは痛いけど、でもかなり良くなって来た実感が。明らかに以前より痛みを感じる瞬間が減っていると思われる。

よし、ここらでいっちょう、仕事以外では控えていたがもっと踊りの練習をしたり、筋トレとかも負荷を上げて、も少しハードにやってみようじゃないか。

四か月後現在→あら?良くなった実感があったからイケると思ったのに…。やはり今の私には負荷が重かったのか…?忙しかったり無理をしここ一カ月、体調を崩してしまったせいもあるのかな…?また日々痛みがあり思うように動かせないことも多くなってきてしまった。

今年も例年と同様の生活を送れば、また同じ症状になる胸でドキがいっぱいだ。←今ココ。

 

さらにいろいろとそういうことに詳しい方に聞いたりしても、とにかく治療に専念し膝を治すエクササイズをやったらいい、と言われてしまうばかりだ。

以前から、とにもかくにも、膝を治してからの踊りの練習や筋トレなのだ、とは言われてもいたのだが、私なりにだが(もっといい情報を持っている方はぜひご一報いただきたい泣)もう二年以上もいろいろ手を尽くしてきた上、何十万も治療に使ったが治っていないというのに、いったいこれ以上何をしたらいいのか、、、という気持ちでそのたびにやるせなく、辛く感情的になったという名目で甘いものを腹いっぱい食べたりもしている。

 

私の膝のために働いてくれているはずの、いたいけな膝おじさんたちの気力も強大な敵の前、ついに命尽き果ててしまったのか、、、。

固唾を飲んで私の膝おじさんたちを応援してくださっていた皆さんには、ご期待に沿えることのできないままでいる自分の膝ともども、とても口惜しく不甲斐なく、非常に申し訳なく思っている。

 (ただし、再生治療についてを否定しているわけではないのであしからず。皆さん良いお医者さんだったと思うし、予め人によっては効かないかも知れないという説明も受けておったので。)

私は現在ブラジルにおるので、経過を報告し日本の主治医にどういう状況かを問うこともままならないので、これからこの治療によってまだ快方に向かう余地があるのかどうかは現段階では正直、五里霧中である。

 

去年の日本一時帰国前の静脈瘤の手術前後のトラブル、さらにその術後に内腿が痺れてしまい未だ治らないことなど、その手術の経過も良くないので、ますますブラジルの病院が信用できなくなってしまっている昨今、まだブラジルの病院には罹るつもりは今のところは、無い。

 

現在の方針としては、いろいろ聞いた時にこちらのとあるスポーツジムにおいて、膝などが悪い人の為のリハビリと膝の筋トレの間と思われる療法士のやっているセッションがあるのを見つけたので、それに通いはじめた(これがブラジルの物価からしたら超高いのよ。泣)、というもの、と、

 

昨年の日本での膝治療のくだりで出て来た看護師の友人が、あー、ごめんごめん、私の専門なのに忘れてた、と言ってすぐ連絡をくれた治療に、今後良くならない場合期待をかけるというものだ。

番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常④闘膝痛記Ⅲ最先端医療への道・出会い編 - ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

 

 なにしろ、その治療は膝の状態を正面切って回復させるという類の治療では無いが、脳内か神経かなんかの本来人間の持つ作用において、痛みと症状を止める(感じさせなくする、過剰に感じなければそれはそれで治ったと同じような作用であるらしい(自分のなりの理解ですが))、というような、正規の総合病院で行われている怪しくない治療が存在する、という話だった。

なので、件のブラジルのジムで膝回復セッションを10回ほどやってみ、もしその効果が無ければまた今年の八月前後に日本に時帰国をすることにし、その治療を受ける方向で進めて行こうと思っている。

 

 

というわけで遺憾ながらまだこの膝シリーズを当分ひっぱらせていただくことになってしまいそうだ。

 まあ、私はよいのだが膝が、皆さんにはまことに面目なく合わす顔がねえ(江戸っ子)といっては蒼い顔で始終平謝りでおるのが、全くもって不憫で仕方がない。

 

ところで最近、日本に一時帰国なされた生徒さんたちが、立て続けて私にうまい棒を貢いで(お土産として)くださった。

家に着くなり光の速さくらいで速攻いただいた。そんでやっぱ、超、うまかった。

うまい棒はいくら日本の反対側にいようとも、やはりうまい、というこの揺るぎなき真実。

もしこの輪(うまい輪という兄弟袋菓子もあるのは余談)が今後もっともっと広がれば、私が2万本以上のうまい棒をお土産として受け取ることが出来、トータルとして再生治療分の金額とトントンにすることも、いずれできるそんな日がくるのかもしれない。

 

何十年かかるかは知らんが。

 

とにかくもう これ以上、私が一うまい棒たりとも無駄にしない事を、皆さんは祈っていてくださると有難い。

 f:id:joE:20190116133042j:plain たこなぐりらしい。

 

※お土産をくださった方にケチをつける意図は全く無く、いただいた味ももちろん超うまくて有難たかったのではあるが、ご参考まで付け加えておくと、私のうまい棒・好きな味ランキングNUMBARSファイルvol.1によると、1.めんたいこ 2.野菜サラダ 3.チーズ(その日の気分により変動)となっている。

万が一に備えて皆さん一応知っておいていただくと良いだろうと思いここに記す。

私が死んだ時には、それで葬式のでっかい花輪を作り飾って、皆さんお帰りの際には好きなだけお持ちいただくという葬儀風習をその後の新たなる日本文化として埼玉あたりを中心に確立させたい。

そしてそれを家で食した方などが、

 

確かにうまいが“野菜サラダ味”とはいったいどういう概念なのか

 

という永遠に解けない謎を私と共有していただけたなら、非常に本望に思う。

 

ブラジルのアサイーがうますぎる件

また長い間ブログ更新を怠ってしまった。

自分で勝手に上げているブログであるというのに(そんなに誰も待ってないしな)、なにぶんヒラメキ重視とうそぶいて天才ぶりたい鼻持ちならない文豪気取りなところが私にはある、と、いうご理解で、ごく少数派の皆様もここは手打ちにしていただきたい。

経過をご心配くださっている全国の私の膝ファンでいらっしゃる方には大変申し訳ないが、なんか急に思い立ったので今日はアサイーの話だ。

日本ではセレブやモデルたちが食すアサイーボウルという触れ込みのもと、ハワイ経由でどんぶらこっこと日本に渡り、2,3年前にブレイクしたご存知驚異のパワーフルーツだ。

日本ではオレンジジュースなどと混ぜて薄めてごまかした感がする流行りに乗っただけのただの甘い紫汁などもスーパーでかなり見かけたが、こちらではアサイー果実を精製しアイス状になって売られているものがポピュラーである。(ジュースとかも無いわけじゃ無いけどね。)

こ洒落た店では日本と同じようにアサイーボウルとしてイチゴやバナナをトッピングして出したり、庶民的な店でもお好みでイチゴ、練乳、チョコレートやらのぺっとり甘いエキスやら、朝食でミルクをかけて食うカリカリしたシリアル、ピーナッツやチョコレートチップなどをのせたり間に挟んだりもできるところも多い。

私の独断と偏見ではあるが、通はやはりストレートでいきたいところだ。

本当のストレートは砂糖を混ぜてないものなのだが、アマゾンで初めてアサイーのナチュラルジュースを飲んだ時に

 

これは泥、ですか?

 

という感想を持ったので、砂糖くらい混ぜたものを食させていただきたい。

 

スーパーで買えるタイプのアイス状アサイーの中で私の今お気に入りのメーカーは写真のものだ。

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見かけないメーカーではあったがいきつけのスーパーで安く売っているのを見つけたので戯れに買ってみた。

これがあらまあ、コスパも良いくせに、なめらかで美味い。

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なめらか~

 

他の有名メーカーと比べても遜色無いというかむしろ好きなくらいだ。

他のよく見かけるメーカーは同じたいてい一リットルで22~30レアル前後するのだが(リオ・サンパウロ自分調べ)、これはだいたい16レアル(500円程度、2019年1月現在)である。

日本ではいったいこの値段でどれだけのアサイーが食べられるというのだ。

最近思いつく私がブラジルに住む一番のアドバンテージが、

 

アサイーが安くてうまい

 

であるのは、自分でも少し悲しく思わないわけでもない。

だが、こればかりは本当にありがたい。アサイーは本当に美味で、何よりも私の疲れた心を癒ししょぼくれた生活を潤してくれるのだから。

 

ただ、そのためにある悩みで切実に悩んでいる。

 

私はストレスが溜まると他人に当たるのではなく(ま、そういう時も結構あるがw)基本的には自分に向けてしまう、そんなちょっぴり内向的な女の子♡だ。

要は食でストレスを解消する、自分は傷つけても他人は傷つけない、ダイアモンドは傷つかない、そんな善良で優しい人間であると思ってくれたらいい。

もし食という逃げ場がなければ、とんだ手に負えない街の荒くれ者と化し、親を殴っては金をせびり通行人にマシンガンをぶっ放しては近所に火をつけて回っていたところだ。みんなは命拾いしたとくれぐれもアサイーには感謝を捧げて欲しい。

 

 とにかく、アサイーは美味しすぎる。

 

そう、実はアサイーが美味しすぎるというのが目下の悩みなのだ。

私はアイスぽいものが大~好き、しかも冷たいものを食べてもお腹をこわさないタイプで、ついつい一回で

アサイーを一リットルぺろりと平らげてしまうからだ。

 

体型と健康を気にしなければならない上、太りやすい人間に、これはきつい。

栄養たっぷりな上、砂糖がしこたま入っているので、下手したら一リットルで千カロリー超えの案件であると思われる。

実際に数年前に激太りしていた時は、地道な日々の努力がクソほど苦手なくせに、毎日毎日仕事のようにコツコツと一回に少なくとも500mlのアサイー摂取をする努力は決して怠らなかった。

 

もうあの頃の私には戻りたくない。

 

それにいくら滋養のあるものだとはいえ、そんなにいっぺんに大量に食べていて絶対に身体に良いわけがない。

ストレスとアサイー以外での偏った食生活のせいもあったのだろうが、その当時は実際に二週間周期で風邪を引いていたものだった。

 

安くてうまいアサイーを見つけたといっても、ブラジルの物価も爆上がり中であるし(日本の感覚だと毎年物価が上がるというのに未だ慣れない。ガリガリ君が10円値上がりしただけで社員たちが謝っている写真が記事になる国とは違うのだ。毎日食べるとなると私の経済力においては高いし)、その頃ほどにはハマっているわけではないのだが、今も実際アサイーを食べながらこれを書いていて、すでに二杯目を平らげ、三杯目をおかわりしようとしているところである。

ちなみに私の盛り付けペースでは、一リットルを分けて四杯で完食とあいなる。

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ああ、そうこうしている間に三杯目もあっという間に食べてしまった。

多分すぐさま四杯目もいってしまうだろう。

 

 

ああ、アサイーがうますぎる。

 

 

番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常⑨闘膝痛記Ⅹ・最先端医療への道、その後

さて、APS療法による治療は全て終了した。

さようなら、そしてありがとう。皆様には長々と私の膝に付き合ってくださり、膝ともどもとても感謝している。

有難いことに翌日からさっそく膝の痛みはビタイチなくなり、日本出発前に富士登頂、フルマラソンにチャレンジしなんと大会新記録を樹立。表彰式からその足で臨んだトライアスロンの世界大会では2位を大きく引き離し世界記録をマーク。あんまり調子が良くなったので飛行機には乗らずにブラジルまで歩いて戻ってきた。(たまに泳いだ。)

というようなご報告を皆さんご期待されているのだと思うが、

翌日から膝は腫れ痛み出した。

え、じゃあ逆に悪くなっちゃったの?と思った方。

早とちりに気をつけて。

そんなんじゃ、あなたのその早とちりが原因で夫(妻)や恋人と別れ、職場は追われる羽目になり、道に落ちてるバナナの皮で滑って転んでいずれ死ぬ。

2,3日は膝がかなり痛くなること、下手したら1週間くらい続くことは膝名医先生より治療直後に聞いていた。

治療して5日ほど経ち、やっと少し楽に感じ始めた頃にはもう日本出発の前日となっていた。

では、治療して二週間経った今は治ったのかどうか、と問われれば。

 

 

 

まだわからない。

 

 

 

のだ。

この治療は傷んだ組織の修復を促すものなので、その修復がある程度進むまで時間がかかる。注射を打ったらすぐに治る、という類のものではないのだ。

ではいつ治療の効果が出るのか?といえば、 確か効いた場合は1~2カ月くらいで効果が出てくる、という話だった。

3ヶ月後に症状の変化についてのアンケートを受けることになっているので、それくらいが効いたか効かないかの判断がつくひとつの区切りなのだと思う。

現在の膝の状態と言えば、正直以前とあんまり変わらない。だが、なんか良くなっていくような、膝内が活性化されつつあるような、そんな気がする。

、、、のは、願望と、2万うまい棒(単位)を無駄にしたくないという心理がなせる思い込みなのだろうか。

 

「おい、まだひっぱるのか」「騙された」「金返せ」と、おっしゃりたい気持ちもわかる。

だが、そういったことなので文句を言われても困るのだ。私のせいじゃないし、金は返さない。

冒頭でさよならを告げたばかりではあるが、皆様引き続きもう少々私の膝にお付き合いいだきたい。

 

 とりあえず、今私にできることは、膝修復工事のために下僕のように働かされているおじさんたちを全力で応援することだけだ。

 

ぜひ皆さんも心の中でおじさんたちにエールを送ってやって欲しい。

“膝おじさん”は、いつもあなたの心に住んでいる。

 

 

それでは皆様、次回私の膝とは「ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常・闘膝痛気Ⅺ・経過報告編」でまたお会いしましょう。

 

 

番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常⑧闘膝痛記Ⅶ最先端医療への道・APS(高濃度PRP)療法、いよいよ注射編

 

さて、今日APSの注射を打つと決まり、看護師さんに注射に必要な血を採ってもらう。

右手で二箇所刺されるも針が血管を捉えられず、選手交代ののち、左手に変えてやっと採血してもらうことができた。

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それを遠心分離器にかけたりの用意があるというのでまた待合室で待つことになった。

さらに1時間くらい待っていると、受付の方が申し訳なさそうに、注射は専門女医先生ではなくて膝名医先生がやることになったのだが、前の手術が長引いていてまだ結構時間がかかりそうだ、と言う。

あの正直で素晴らしい人格者としてご存知、天才美人再生医療専門家女医先生(中国語みてえ)がやってくれるのかと思ってはいたが、かなり遅くもなったし時間の都合などもあるのだろう。まあ膝名医先生であってもとりたてて不満は無い。

 

もう夕刻も過ぎ、ほとんど周りに誰もいなくなっていた。

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そういうこともあるさ。もう待つしかあるまい。

外では雷鳴が轟き、雨が降り始めたようだ。院内がやけに暗く感じた。

 

すっかり日が暮れてきた頃、やっとお呼びがかかった。

膝名医先生は私が本当に今日来るとは思っていなかったらしく、少し驚いたようだった。

注射をする前に、ブログに上げてもいいかと断ってAPS注射の写真を撮らせてもらう。

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この中に働くおじさんたちがやる気満々で蠢いているのかと思うと、なんか効きそうな気分になってくる。

さらに調子に乗って25万するという噂の精製キッド(使用済み・捨てるところだった)の写真撮影も頼んでみた。

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先生にも写っていただこうかと思ったのだが、腕だけ出演。

膝名医先生は、

「他の機械の写真も撮って良いよ、せっかく高いお金払ってるんだから、それくらいはねえ。他の患者さんとかにもこういう風に全部見せてやればいいんだよなあ~。」

とさすが膝名医と名高いだけあって太っ腹なことを仰り、精製する機械の方へ案内してくださった。

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機械1・正面 多分おじさん入り血液をぶん回しおじさんとそれ以外を分ける機械。それ以外って何だ。怖い。

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機械1・上面

 

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機械2と抗菌ケース的な何かか?

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機械2の操作説明と思われる

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機械2横、ケースの側面についていた説明文。機械1を使う時の手順ぽい。モビラートってなんだ。

 

写真撮影をサクッと終えたら、いよいよ注射のお時間だ。

膝に水が溜まっていると効き目が鈍るということで、腫れていた膝の水をまず抜いてもらう。

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安定の鮮やかなみりん色だ。

 

だがその注射がまあ痛い。すごく痛い。

膝の水は抜き慣れていたはずだし、ヒアルロン酸も注射器で入れ続けていたが、かつてそれほど痛みを感じた事は無かったので大して痛くないだろうと油断していた。

「ううぉ、うぉう…」と思わず声が出てしまう。

全て終わった後で先生が言うに、二回針を刺すより一度で済んだほうがよかろうと、膝の水を抜きそのまま同じ針先を活用して私の血液から精製したAPS液(おじさん液)を注射したので、太めの針を使用したのだという。

なるほど。だからあんなに痛かったのか。

思わずホッとして気が緩み、

「そうだったんですね~、よかった!先生は膝の名医だっていうのに、あまりに痛いんで腕が鈍ってんのかと思いましたよ~!!」

と、私としては親しみを込めた冗談のつもりだったのだが、いつもの調子でうっかりいらぬことを口走ってしまった。

サラリーマンなら会社で偉い人に余計なことを言ってしまい、北に飛ばされるタイプだ。

先生と看護師さんは一瞬戸惑ったのち、私がえへへと笑うと一緒に少し笑ってくれた。

大らかな先生で本当に良かった。

 

帰ろうとすると院内の主要なところ以外は電気が点いていなかった。

夜の病院とはこういうものかと思っていたが、激しい雷雨のせいでいつの間にか停電していたらしい。

そのトラブルもあって長く待たされたのだな、と合点する。

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約束していた友人たちと早く合流したいのに、駐車場のバーが停電のせいで上がらないまま、院内でもいろんな対応に追われているのだろう、人を呼んでもなかなか来てくれず、さらに車内で30分ほど待つ。写真奥に見えるのが病院。停電のため真っ暗だ。

 

一度家に帰り車を置いて友人たちの待つ地元の飲み屋へ向かった。

膝名医先生に特に何も言われなかったのだが去り際に一応、

「今日お酒飲んでも大丈夫ですか?」

と質問してみた。

『たくさんじゃなきゃいいけど。今日はまあ一杯くらいにしときなさいよ』

「わかりました。じゃあ二杯くらいにしておきます笑」

と言って、先生に苦笑されながら帰った。

 

 

 

 

 

実際は、三杯飲んだ。

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番外編~ブラジルに住んでない・日本人サンバダンサーの華麗な日常⑦闘膝痛記Ⅵ最先端医療への道・APS(高濃度PRP)療法、診察編2

ついに治療の日はやって来た。

だが朝目覚めた時、私は病院に行くつもりなどさらさらなかった。

一応の予約をした時に、いつまでにやると決めないとダメですか?もしキャンセルするとしたらいつまでに連絡すれば、、、?と問うも、

『あ~、いらないいらない。こっちも忙しいし、来なくても誰も気にしないから大丈夫。』

多分特殊対応だとは思われるが、膝名医先生はフランクにそうおっしゃった。

なのでお言葉に甘えてぶっちぎろうかと考えていたのだった。

しかし、週末に5回目のヒアルロン酸治療(5回でワンターン)も終えたのだが、ほとんど効果は感じられなかったし、他の施術においてもやはり同様だった。

さらに前々日に急遽浅草サンバカーニバルのお手伝いで(演者ではない。スタッフだ)駆り出され張り切って久々に動き回ったこともあり、治るどころか膝は腫れ、痛みは増していた。

昼過ぎとなり前日の酒がまだ若干残っているぼんやりした頭で考える。

ああ、そういえばもう来週には日本にいないんだなあ…。やり残したことないかなあ。。。つーか、え、マジ来週?え、え?もうそんなんなる?え!?ダメじゃん!膝、治ってないじゃん!そんで多分このままじゃ治んないじゃん!どーしよどーしよ!!…今何時だ…?お、予約した時間にはちょうど間に合いそうだな…とりあえず、、、行って、考えよう。うん、やっぱり専門だという先生に最後に話だけでもちゃんと聞いてみよう。

と、土壇場になって、咄嗟に病院に行ってみることに変更したのだ。

 

予約は入っていたものの、予想はしていたがかなり待たされた。

夕方から友人との予定が入っていたので、もしかしたら遅れるかもと断りを入れておく。

名前を呼ばれ診察室に入り、やっと再生医療の専門女医先生にお目にかかれた。

本当に美人だな、、、女医さんで、頭も良くて、若くて美人って、、、すげーな、人生で思い通りにいかない事なんてないんだろうな~。。。つーか、そんな人信用できるんだろうか。こんな何もかも持っているキミになぞ私の膝の気持ちはわかるまい。

 と、1億パーセントひがみだけでできている感情を抱きつつ診察に臨む。

まあ今日は話だけ聞こうと思ってきたんだし、いっか。話だけ話だけ。

実はまだこの治療をするかを迷っていることを告げると、専門女医先生は私の話に熱心に耳を傾け質問に答えながら非常にわかりやすく説明をしてくれた。

この治療で半月板損傷に効いたというデータもあること。水が溜まりやすい人には炎症や痛みが収まる可能性は高いこと。私のケースでは膝に痛みを感じているうちに脳のその伝達する部分が過剰に発達して痛みを余計に感じてしまうという現象が起こり慢性化につながっている恐れがあること。

やはりこの治療はデータが少なくそれぞれの体質や症状などにもよるので万人に治るとは言い切れないのだが、私の症状の場合は改善する可能性が高いと思われること。

ほう、やはり話は聞いてみるものだ。思ったよりも良くなる可能性は高そうじゃないか。

ただし、効いたとしてもその効果が長く続くかどうかはまだわかっていない、という。

『いや、実は私は踊りをやってまして、ただ、私が現役でやれるのももうそんなに長くないと思っているので、この数年だけでも…最後に、また思いっきり踊れるようにどうしても治したいんです。』

「そうなんですね、1,2年であれば効果が継続する可能性は高いです。。。踊りは、どういった踊りをされているんですか?」

『あ、サンバ、です。』

 

「ああ、どうりでお綺麗な方だと思った。」

 

繰り返そう。先生はこう仰った。

 

「ああ、どうりでお綺麗な方だと思った。」

 

「ああ、どうりでお綺麗な方だと思った。」

 

「ああ、どうりでお綺麗な方だと思った。」

 

ここは とても大事なところなので3回繰り返した。

 

この先生はなんて正直な方なんだろう。信用できる。人を見る目がある。ご自分のほうが若くてお美しいのに人を褒めるなんてとこも謙虚でなかなか見どころがあるし、コミュニケーション能力も申し分ない。その上頭も良くて優しく品がある。この先生なら施術の腕の方も間違いなく期待ができ、私の膝の気持ちのすべてがわかるだろう。前言なんて撤回だ。

 

気が付くと私はこう口走っていた。

 

『私、やっぱり今日、やります!』

 

 

2万本のうまい棒が飛んでいく。